第2話 日常の終焉 後編

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/29 📚 シリーズ: 桜の生贄 📝 1,753文字 ✅ 全年齢

あらすじ

<p>第2話 日常の終焉 後編</p><p>丸メガネの奥で、思考が急速に冷え切っていく。</p><p>大樹の顔から血の気が引いていくのを見て、僕は自分の内側に欠落した|何《・》|か《・》を感じてしまった。</p>

本文

第2話 日常の終焉 後編

丸メガネの奥で、思考が急速に冷え切っていく。

大樹の顔から血の気が引いていくのを見て、僕は自分の内側に欠落した何・か・を感じてしまった。

親友がこれほど怯えているのに、僕の脳内はそれをた・だ・の・攻・略・対・象・と・し・か・認・識・できていない。

この異常な客観性が、いずれ大樹だけでなく自分さえ切り捨ててしまうのではないか——そんな形のない恐怖が背筋を撫でた。

「……ユーリ、笑ってるのかよ? 目くらましなんて、あんな化け物に効くのか?」

大樹の声は掠れていた。僕は意識して自分の表情を引き締め直す。笑っていたのかもしれない。自分でも気づかないうちに。

「……お前、そういうとこだぞ。こんな時まで、なんでそんな冷静でいられるんだよ……」

大樹の怯えた視線が刺さる。掌の冷たさを悟られないよう、僕は彼の手を強く握り返した。

「効くと思うよ。あいつは人間離れしてるけど、僕たちと同じように粘膜がある。調理室に乾燥唐辛子があるはずだ。正面から勝てない敵には生理的な弱点を突く。それしかないんだ」

「唐辛子……お前、エグいこと考えるな。でも、それしかねぇか。行こう、調理室だ」

二人は壁に背を這わせ、影を重ねるようにして廊下を進む。現場の近くを通ると、鼻を突く強烈な血の匂いと床の黒ずんだ水たまりが迫る。視線を逸らさなければ、思考がまた勝手にイベントとして処理を始めてしまいそうだった。

息を殺して調理室へ滑り込み、重いスライドドアを静かに閉めて施錠する。

棚の奥を探り、カサカサと音を立てる乾燥唐辛子の袋を見つけ出した。

安堵した、その瞬間だった――――。

ドンッ――。

腹の底を突き上げる重低音が響く。足音というより、校舎そのものを叩くような暴力的な振動だ。

ギリっ……ギリっ……。

重厚な大鎌の切っ先が床を削り、火花を散らしながら近づいてくる。

「隠れるんだ!」

硬直する大樹の腕を強引に引き、大型の掃除用ロッカーへ滑り込んだ。

狭い鉄の箱の中で二人の体温が混ざり合い、汗と鉄の匂いが鼻を突く。僕は丸メガネを押し上げ、通気口へ目を凝らした。

ギィィ……ッ。調理室の扉がゆっくり開く。

大樹を余裕で超える岩のような巨体。漆黒の軍服。暗闇の中で、二つの深紅の瞳がぎらりと光を放っている。刃にこびりついた肉片から、ポタポタと赤いシミが床に広がっていく。

あれがさっきまで生きていた誰かのものだと分かっているのに、感情が追いつかない。

指先が冷たく、心臓だけが早鐘を打っていた。感情が、肉体に置き去りにされていく。恐怖を感じない自分が、恐ろしかった。

「どこに隠れやがったァ? 小虫ども……出てこいよォッ!」

ガシャァァァンッ!!

男が軽く腕を振るっただけで、頑丈なステンレス台が紙細工のように割れて壁際まで吹き飛んだ。ロッカーの鉄板が衝撃波に震え、大樹がガタガタと歯の根を鳴らす。

僕は唐辛子の袋を握り直し、隣の大樹の手を強く握りしめた。

(まだだ、動くな)音のない言葉で、必死に彼を繋ぎ止める。

男は僕たちのロッカーの目の前でぴたりと足を止めた。

薄い鉄板一枚を隔てた向こう側に奴がいる。通気口から熱を帯息が伝わってきた。

「……クク、青いな。まだだ。絶望がもっと熟すまで、逃がしてやるよ……」

愉悦に歪んだ微笑。男は大鎌の刃を引きずり、闇の奥へ去っていった。

遠ざかる足音が完全に消えるまで、僕たちは呼吸することすら忘れていた。

「……っはぁ、はぁ……死ぬかと思った……」

大樹が扉を押し開き、床に崩れ落ちる。顔はもう生者の色ではない。その姿を見ていると、胸の奥が少しだけ痛んだ。彼を『戦力』として計算していた自分を思い出す。

「クソッ……なんなんだよ、あれ……!」

僕は静かに立ち上がり、ずれた丸メガネを直した。

あの男は、僕たちがここにいると知っていて見逃したのだ。僕たちの絶望が熟すのを待つために。

それでも、足を止める理由にはならない。

「……行こう、大樹。立ち止まったら、次こそ刈り取られる」

柔らかい声で促しながらも、僕の内側ではかつてないほど冷徹な思考が研ぎ澄まされていた。

丸メガネの奥で、思考が静かに、そして急速に冷え切っていく——。

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作者について

桜花桜餅

桜花桜餅

スプラッターホラー小説メインに執筆してますが現在は練習で色んなジャンル書いてます。

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