第5話 反撃の代償

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/29 📚 シリーズ: 桜の生贄 📝 1,961文字 ✅ 全年齢

あらすじ

<p>第5話 反撃の代償 </p><p>廊下を駆け抜ける。</p><p>月明かりの射さない闇の中で、僕と大樹の足音だけが異様に響き渡っていた。</p>

本文

第5話 反撃の代償

廊下を駆け抜ける。

月明かりの射さない闇の中で、僕と大樹の足音だけが異様に響き渡っていた。

背後からは確実に、逃れようのない死の音が追ってきている。

壁を耳障りに擦る金属音。地を割るような重苦しい足音。巨体が愉悦に肩を揺らし、大鎌を引きずりながら迫る音だ。

「はっ、はっ……どっちに逃げる!?」

「いいかユーリ、二手に分かれるぞ! 俺が囮になって引きつける!」

大樹は叫び、僕を突き飛ばすようにして反対の階段へと駆け出そうとした。

だが、大樹の手が離れた瞬間、僕は自分の口角が耳まで吊り上がっていることに気づき、慄いた。

(僕は……僕は、大樹が囮になるのを、喜んでいるのか?)

「ユーリ、お前……笑ってるのか?」

大樹の震える声が、背中越しに聞こえた。僕は何も答えられず、ただ唐辛子の小瓶を強く握りしめた。

「……はぁぁーち、きゅうぅぅぅ……じゅうぅぅぅ」

刹那。背後で空気が裂ける轟音がした。

大鎌の刃が床を叩き割り、コンクリートの礫が背中に突き刺さる。

「行け、ユーリッ!」大樹が逆方向に走る。

だが、殺人鬼の赤い瞳は大樹には目もくれず、明確な殺意を持って、足の遅い僕だけを執拗に追ってきた。

捕まえやすい方から確実に狩る。

一匹ずつ絶望を刈り取るために、あいつは大樹の囮作戦を無言の足取りで踏みにじった。

(保健室のノートの切れ端……『翌朝にはいなくなっていた』。地下へ続く隠し扉。図書室のヒント……)

直前の思考は迫る死の熱圧に焼かれて霧散し、僕はただ震える足で男子トイレへ転がり込んだ。

一番奥の個室に駆け込み、鍵をかける。指が激しく震えて空を切った。

「……ククッ……チビ、隠れんの下手すぎだろォ」

獲物の絶望を味わい尽くす靴音が迫る。

パニックのなか鞄に手を突っ込み、小瓶を握りしめた。

「みぃぃぃつけたぞぉッッ!!!」

ズガァンッ!! 衝撃とともに扉が粉砕された。

巨躯が踏み込んでくる。僕は生存本能だけで小瓶の中身を奴の顔面へと叩きつけた。

「死ねぇぇぇっ!!!」

赤オレンジ色の粉末が赤い瞳と開かれた口内へ吸い込まれた。

粉末が喉の奥に張り付き、灼けるような刺激が広がる。

「ッ……ぐ、あぁぁぁッ!!」

狂乱の咆哮。顔を押さえ、大鎌を無差別に振り回す。

陶器の洗面台が爆ぜ、鏡が粉々に砕け散った。

逆上した獣の叫び。僕はその地獄から逃れるように掃除用具入れの影へ身を滑り込ませ、口を塞いだ。咳き込みそうになるのを手を噛んで抑え込む。

だが、そのとき。

廊下から、見知ったクラスメイトの絶叫が届いた。

「ガァァァァァッ!! あのクソガキがァァッ!!」

手痛い反撃を食らった屈辱が理性を焼き尽くしていた。

男は逃げ惑う山寺さんの髪を鷲掴みにすると、そのまま壁へ叩きつけた。

鈍い破壊音。彼女は血の泡を吐いて崩れ落ち、物言わぬ肉塊へと変わっていった。

「アハハッ! もっと肉を、絶望を寄越せェッ!!」

噴水のような血沫が掃除用具入れにまで降りかかり、扉の隙間にゴロリと転がってきたのは、川村さんの頭部だった。

見知った彼の瞳が、「なぜ助けてくれなかったのか」と責めているように見えた。

(……僕のせいだ……。抵抗しなければ……二人が殺されることはなかったかもしれない……)

胃のあたりが急激に重くなる。指先が冷たく、心臓だけが早鐘を打っていた。

「ごめん……ごめん、ごめん……!」涙がメガネを曇らせる。

だが、そのすぐ隣で、冷徹な思考がクリアに計算を始めていた。

(これで殺人鬼の気は済んだのかな。足音が遠い……今出れば、僕は助かるんだろうか?)

本当の吐き気がした。僕は、あの殺人鬼の大鎌よりも先に、自分自身の狂気の手で切り裂かれていたのだ。

足音が遠ざかる直前。軍靴の音が、僕の隠れている掃除用具入れの前でぴたりと止まった。

「お前の番はまだだ。あ・の・女・|が呼んでいる……クク、いい声で鳴きそうだな、次は」

鎌の刃先が隙間から差し込まれ、震えを確認するように揺れた。

不気味な鼻歌交じりに、鼻鼻歌が闇の奥へ消えていった。

ヒュー、ヒューと喉が鳴る。川村さんの断末魔と同じ音が出ることが恐ろしくてたまらない。

僕は震える手で扉を押し開けた。

瞼を閉じさせてあげようと川村さんの頭部に指を伸ばしかけ、止めた。触れなかった。

触れれば、「お前だけ助かるのか」と引きずり込まれる気がしたからだ。

「ごめん……。大樹を探さなきゃ……」

自分でも驚くほど冷たく乾いた声が出た。山寺さんの遺体を跨いで、暗い廊下の先へ歩き出す。

涙はもう出ない。

大樹と再会したとき、自分はもう以前のユーリではない。この冷たい目で、彼をどう見るのだろう――。

鼻を突く鉄の匂いと散らばった残骸。

僕はただ、己の内側に深まる地獄の中を、静かに歩き出した。

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作者について

桜花桜餅

桜花桜餅

スプラッターホラー小説メインに執筆してますが現在は練習で色んなジャンル書いてます。

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