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第三十話 後日談

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/29 📚 シリーズ: 桃華伝 〜真伝・桃太郎〜 📝 3,757文字 ✅ 全年齢

あらすじ

天界と人界、黄泉の狭間にある神々の国。 《桃》の化身・桃華は、鬼神族の侵攻によって滅びかけた天界から、破邪の聖剣《桃光》を託され地上へ逃れた。 しかし追っ手に深手を負わされ、川へ落ちた桃華は記憶を失ってしまう。 彼女を救ったのは、山里で暮らす老夫婦だった。 桃の香りをまとい、名も思い出せない少女に、二人は「桃太郎」という新たな名を与える。 穏やかな日々の中で、桃太郎は初めて家族の温かさを知る。 だが、鬼神族の襲来によって失われた記憶と使命を取り戻した彼女は、大切な人々を守るため、再び剣を取る。 旅立つ桃華へ、謎の老人は告げた。 「お前には三つの力が必要となる」 犬――すなわち忠義。 猿――すなわち知恵。 鳥――すなわち天を翔ける導き。 桃華は聖剣と、老夫婦から託されたきびだんごを携え、三人の仲間を求めて旅に出る。 その先で待つのは、雷神の血を引く武人、異国より渡った猿妖、そして最古の霊鳥。 これは、鬼を完全な悪とは断じない、新たな桃太郎の物語。 正義と悪が入れ替わる世界で、桃の娘は何を守り、何を討つのか――。

本文

都。

源頼光は屋敷の縁側に腰を下ろし、遠く西の空を眺めていた。

数日前まで、遥か彼方からでも感じられていた禍々しい鬼気。

それが――消えている。

空はどこまでも穏やかだった。

頼光は目を細める。

「……鬼気が晴れた。」

その口元に、僅かな笑みが浮かんだ。

「金時め。無事に勤めを果たしたようじゃな。」

その傍らには、頼光に仕える四天王の面々がいた。

一人が空を見上げる。

「では、ほどなく帰ってくるでしょう。」

「いや。」

別の一人が笑う。

「金時のことじゃ。しばらくは帰ってこんぞ。」

「ワシもそう思う。」

頼光も笑った。

「鬼退治が終わったとなれば、今頃は新しい土地を見て回っておるか、うまい物でも探しておる頃じゃろう。」

「違いない。」

「酒も飲んでおるでしょうな。」

「それも間違いない。」

皆が笑う。

頼光は再び空を見上げた。

青い空。

もう、鬼気はどこにもない。

「まあ――」

頼光は膝へ手を置いた。

「ワシが死ぬ前に帰ってくれば、それでよいがの。」

一瞬の沈黙。

そして――。

「はっはっはっはっ!」

屋敷に、男たちの笑い声が響いた。

頼光も腹を抱えて笑っていた。

金時が今どこで何をしているのか。

それを心配する者は、そこには一人もいなかった。

無事であることは、晴れ渡った空が何より雄弁に物語っていた。

     ◇

天界。

雲海の彼方を見下ろす、一人の僧の姿があった。

栴檀功徳仏せんだんくどくぶつ――。

かつて三蔵法師と呼ばれ、三人の弟子と一頭の白馬を連れ、遥か天竺を目指した者。

その視線の先。

遥か地上には、桃華たちと共に笑う蜜秋の姿があった。

その後ろへ、二人の男が歩み寄る。

浄壇使者。

そして金身羅漢。

かつて猪八戒、沙悟浄と呼ばれた二人だった。

三蔵は振り返ることなく尋ねた。

「ご苦労様でした。」

そして、僅かに微笑む。

「どうでしたか? 久しぶりの地上は。」

猪八戒は腹をさすりながら答えた。

「俺はこっちの方がいいですな。」

三蔵が振り返る。

「なぜです?」

「腹も減らないし。」

一瞬の沈黙。

沙悟浄が吹き出した。

「はははっ。兄貴は相変わらずですね。」

「なんだよ。腹が減らないってのは大事だぞ。」

「天竺への旅でも、そればかり言っていたではありませんか。」

「だからだよ。あの旅で一生分、腹を空かせたんだ。」

二人の笑い声が、静かな天界に響いた。

三蔵も小さく笑う。

そして再び地上へ目を向けた。

そこには蜜秋がいる。

仏の位を捨て。

斉天大聖という名さえ隠し。

ただの「蜜秋」として、仲間たちと笑っている。

「悟空。」

小さく、その名を呼んだ。

地上の蜜秋に聞こえるはずはない。

それでも三蔵は語りかける。

「あなたは、自由に生きなさい。」

猪八戒と沙悟浄が三蔵を見る。

「仏の位など――」

三蔵は穏やかに微笑んだ。

「あなたには、足枷でしかないでしょう。」

沙悟浄が尋ねる。

「よろしいのですか?」

「何がです?」

「悟空兄貴が、戻ってこなくても。」

三蔵は少しだけ考えた。

そして首を横に振る。

「悟空は、戻ってこないのではありません。」

再び地上を見る。

「また、旅に出たのです。」

猪八戒が笑った。

「なるほど。」

三蔵の目には、かつての光景が映っていた。

果てしなく続く道。

馬に乗る自分。

前を行く悟空。

腹が減ったと騒ぐ八戒。

その横で呆れる悟浄。

そして白龍。

長く、苦しく――。

それでも楽しかった旅。

「悟空。」

三蔵はもう一度、その名を呼んだ。

「今度は、あなた自身の旅を。」

地上では。

何も知らない蜜秋が、ふと空を見上げた。

「……ん?」

「どうしたんじゃ?」

金時が尋ねる。

蜜秋はしばらく空を見つめ――。

やがて笑った。

「ううん。」

如意棒を肩へ担ぐ。

「なんでもない。」

     ◇

鬼無の里。

「姉上!」

雉牙の声が屋敷に響いた。

呼び止められた凰が、ぎくりと足を止める。

その肩には小さな旅包み。

「……なんじゃ。」

「なんじゃ、ではありません。」

雉牙は凰の前へ回り込んだ。

「どちらへ行かれるおつもりですか。」

「散歩じゃ。」

「その荷物を持って?」

「少し遠出するだけじゃ。」

「桃華様たちのところへ?」

「…………。」

凰は目を逸らした。

「知らぬ。」

雉牙は深いため息をつく。

「勝手にどこかへ行こうとしないでください!」

「妾は鳳凰じゃぞ。どこへ行こうと妾の勝手であろう!」

「だから困るのです!」

「何がじゃ!」

「凰様は、この鬼無の里の象徴。そして結界の要でもあるのですよ!」

凰が口を尖らせる。

「少しくらい留守にしたところで、どうということもなかろう。」

「鬼ヶ島へ行かれた時も、鑾駕様がどれほど心配なされたと――」

「分かった分かった!」

凰は面倒くさそうに手を振った。

「行かぬ! 行かぬから、その説教をやめよ!」

     ◇

しばらくして。

凰は窓辺に頬杖をつき、ぼんやりと外を眺めていた。

青い空を、鳥たちが自由に飛んでいる。

「…………。」

ぱたぱた。

手にした扇だけが、所在なさげに動いている。

「暇じゃのう。」

後ろに控えていた雉牙が答える。

「つい先日まで鬼ヶ島で戦っておられたでしょう。」

「それとこれとは別じゃ。」

「少しはお休みください。」

「…………。」

凰はまた空を眺める。

やがて、何かを思い出したように呟いた。

「……きび団子。」

「はい?」

凰は頬を膨らませた。

「妾だけ、きび団子を食べてはおらぬ。」

「そこですか?」

「大事なことじゃ。」

凰は再び大きなため息をつく。

「金時も蜜秋も、うまかったと言っておったのに……。」

そしてまた窓の外を見た。

「暇じゃのう。」

「…………。」

「きび団子、食べたいのう。」

雉牙は何も答えなかった。

     ◇

あれから、何年経っただろうか。

桃華には、もうよく分からなかった。

春が来て。

夏が過ぎ。

山々が色付き。

雪が積もる。

そんな季節を、幾度繰り返しただろう。

幾度目かの冬を迎えた頃。

おじいさんが、静かに息を引き取った。

眠るような最期だった。

村の皆で弔いを済ませたあと、金時さんは頼光様のもとへ戻っていった。

「桃華殿。」

旅立ちの日。

金時さんは、いつものように大斧を肩へ担いでいた。

「また会おう。」

「はい。」

それだけだった。

きっと、また会える。

だから別れの言葉など必要なかった。

蜜秋さんは、そのまま村に残った。

時々ふらりと山へ入っては、熊や猪を担いで帰ってくる。

最初こそ村の人たちも驚いていたけれど、いつの間にか

すっかり人気者になっていた。

「蜜秋ちゃん、また頼むよ!」

「いいよー。でも今度きび団子作ってね!」

そんな声が聞こえてくることも珍しくなくなった。

凰さんも、時々顔を見せに来た。

けれど――。

「凰様!」

決まって、きび団子を食べる前に雉牙さんがやって来る。

「また勝手に里を抜け出して!」

「待て! 今日はまだ一つも食べておらぬ!」

「帰りますよ!」

「せめて一つ! 一つだけじゃ!」

そう言いながら連れ戻されていく凰さんを、おばあさんはいつも笑って見送っていた。

「また作っておきますからね。」

「本当か!」

「凰様!」

そんな日々が続いた。

そして――。

それから何度目かの春を迎えた頃。

おばあさんも、静かに逝った。

     ◇

春風が吹いていた。

二つ並んだ墓の前。

桃華は摘んできた桃の花を、そっと供えた。

目を閉じる。

この家へ来た日のことを思い出す。

傷つき、川へと落ちた自分を助けてくれた二人。

何者かも分からない自分を家へ迎えてくれた。

名前を失っていた自分に、新しい名前をくれた。

桃太郎。

そして――。

家族になってくれた。

桃華は静かに手を合わせた。

「おじいさん。」

少しだけ間を置く。

「おばあさん。」

風が桃の花を揺らした。

「いってまいります。」

桃華は立ち上がった。

もう振り返らなかった。

     ◇

村外れの道。

桃華は一人、歩いていた。

かつて――。

何度も自分たちの前へ現れ、進むべき道を示してくれた白髭の老人。

意富加牟豆美命と出会った、あの場所。

そこに今日は、老人の姿はなかった。

代わりに――。

三人の、見知った姿があった。

一人は、大斧を肩に担いでいる。

一人は、如意棒を肩に乗せている。

そしてもう一人は、扇をぱたぱたと仰いでいた。

桃華は足を止める。

「……皆さん。」

金時が豪快に笑った。

「遅いぞ、桃華殿!」

蜜秋も手を振る。

「待ちくたびれたよ。」

凰は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「まったくじゃ。」

そして、ぼそり。

「妾はまだ、きび団子を食べておらぬというのに。」

桃華は一瞬きょとんとして――。

笑った。

「では、まずはきび団子を食べてからにしましょうか。」

「それでは旅立てぬではないか!」

「凰が言い出したんじゃん。」

「うるさい!」

金時の笑い声が響く。

桃華も笑った。

何年経っても、何も変わっていない。

「それで――」

桃華は三人を見る。

「どちらへ行くのですか?」

金時が答える。

「決めておらん。」

「え?」

蜜秋が笑う。

「だからいいんじゃない。」

凰も扇を閉じる。

「行ったことのない場所へ行けばよかろう。」

桃華は三人を見つめた。

かつて自分は、何も知らなかった。

天界しか知らず。

地上へ降りて初めて、人の暮らしを知った。

旅に出て初めて、世界の広さを知った。

そして――。

たくさんの人に出会った。

桃華は微笑んだ。

「そうですね。」

四人は歩き出した。

行き先など、まだ決まっていない。

どんな出会いが待っているのかも分からない。

けれど、それでいい。

桃太郎としての物語は、もう終わった。

ここから始まるのは――。

桃華の物語なのだから。

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作者について

鳳 翔平

「小説家になろう」で連載中の物を、一部修正してこちらにも投稿させてもらってます。 文章作成で、AI利用してますが、プロット、シナリオは完全作者の物。そこにAIには一切介入させません。

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