第2話 口しか無い女医——NO BODY, ONLY VOICE

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/3 📚 シリーズ: その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 📝 2,724文字 ✅ 全年齢

あらすじ

その腕、天才につき 〜スクラップ都市の機化傭兵〜 - 第2話 口しか無い女医——NO BODY, ONLY VOICE

本文

「触るな」と言われたところで、腕はもう肩に付いていたし、外して返す気も無かった。

意識も朦朧としていたし、とりあえず無視することにした。

なんだか、拗ねている声も聞こえたが、俺はそのまま眠りについた。

朝の光で目が覚めた。穴の底は相変わらず穴の底で、違うのは左腕だけだった。

白い腕は夜のあいだも白かった。幻覚なら覚めれば消える。消えないなら、現実ということになる。

『起きたのね』

声も消えていなかった。

泥の壁に指をかけると、新しい腕は音もなく俺の全体重を持ち上げた。右腕と両脚が悲鳴を上げるぶんまで、左腕が黙って引き受けた。穴の縁まで、ものの数分だった。

『見事なものでしょう。私が作ったのだから当然だけど』

「……あんた、何なんだ。腕のAIか」

『AI?』

声の温度が三度は下がった。

『人を量産プログラムと一緒にしないでちょうだい。私は専門家よ。あんたの身体にいちばん足りていないやつ』

振り向くと、瓦礫の上に白衣の女が座っていた。

昨日まで誰もいなかった場所に、当たり前の顔で足を組んでいる。眼の故障は、とうとう人間まで作るようになったらしい。

『立ちなさい。歩いて。止まって』

女は俺の周りをゆっくり一周した。

『右腕。八洲やしまの型落ち、三世代前ね。肘の軸が緩んでる。銃まで仕込んで手首側が重いのに、補正を入れていない。醜いわ』

『脚。右は八洲やしま、左は漢陽ハンヤンの鋳物。銘柄どころか設計思想から違う。歩くたびに右へ三度傾いて、腰で誤魔化してる。よく今まで転ばなかったわね。醜い』

「型番も見ないで分かるのかよ」

『型番なんて読んでないわ。ネジの掛け方、配線の逃がし方、端子の世代。作り方は指紋なのよ。企業ごとに癖があって、癖は嘘をつかない』

「三世代前ってのは」

『端子の規格が二回変わった痕がある。だから少なくとも三世代前。それだけの話』

『背骨のバスは世代がバラバラ。信号が渋滞してる。あんたの身体、命令してから動くまでが遠いのよ。醜いわね』

『電池は膨らみかけのシエラ。いつ破裂してもおかしくない。冷却は半分詰まってる。よく生きてるわ、あんた』

「中身まで見えるのかよ」

『繋がってるのよ、私は。あんたの配線の音が全部聞こえるの。聞こえるだけで、触れないけど』

『眼。更新はいつから切れてるの』

「知らない。買ったときからだ」

『道理でね』

女はそこで、少しだけ黙った。

『中枢は』

「中枢?」

『……いいわ。あとにしましょう』

『混ぜ物の身体を笑う会社もあるわ。天工集団てんこうしゅうだん——中枢から爪先まで一式で揃えさせる思想の会社。揃えれば確かに速いのよ。そのかわり、他社の枠を一つ挟んだだけで途端に腐る。相性の悪さまで設計のうちなの。囲い込みというのは、ああいう形でやるものよ』

「で、俺の身体は」

『天工てんこうがいちばん嫌う形ね。誇りなさい』

それから両手を腰に当てて、締めくくった。

『人の身体は三十三の枠で数えるの。あんたの枠で褒められるのは、今朝ついた左腕ひとつ。総評——その組み方は醜いわ。組んだやつの顔が見てみたい』

「俺だよ」

『知ってる』

「あんた、勝手に動かしたりしないだろうな。俺の身体」

『できないわよ。私に手足は無いの。口だけ。安心なさい、口は一流よ』

「じゃあ直すってのは」

『一晩いろいろ考えたのよ。あんたの機体台帳も読ませてもらった——私が見たところと二箇所ずれてたわ。台帳のほうが誤魔化されてる。あんた、中古屋に一杯食わされてるわよ』

『直すのはあんた。私は口を貸すだけ。手を動かすのも、痛いのも、あんたの仕事。それでどう?』

医者みたいな口の利き方をするので、呼び名はドクにした。

『センスの無い呼び名ね』

そう言ったきり訂正しなかったから、まんざらでもないんだと思う。

※

腹が鳴った。診察より飯だ。

市場街は谷から三十分ほど歩いた先にある。解体屋の火花が飛んで、油と香辛料の匂いが混ざる。俺の知っている中で、いちばん生きている場所だ。すれ違う誰もドクを見なかった。ドクのほうは看板をひとつずつ眺めて、一度だけ黙った。

『……知らない名前ばかりね』

それきり何も言わなかった。

銅線の袋は昨日の落下でほとんど失くした。

『銅拾いに戻るの?』

「他に何がある」

『やめておきなさい。あの稼ぎじゃ、あんたの維持費に追いつかない。ゆっくり死んでいくだけよ。だいたい——その身体、もう昨日までの身体じゃないでしょう』

考えたこともなかった、と言えば嘘になる。傭兵ギルドは市場街のどん詰まりに、いつもあった。ただ、片腕が死にかけの寄せ集めに回ってくる仕事なんて無い。あそこは身体が資本の商売だ。昨日までの俺には、入り口さえ無かった。

今朝、俺は穴を数分で登った。

『9級なら届くわ。それにギルドの報酬は現物が出ることがある。あんたの身体には、金と同じくらい部品が要るのよ』

それで決まりだった。

※

羅針盤の紋を掲げた分所は、市場街のどん詰まりにある。

「こんな外れにも窓口があるんだな」

『あるのよ、どこにでも。ここは分所。本部は中央にあるわ』

ドクの声は講義の調子になった。

『どこにでも窓口がある、という事実そのものが信用で、信用が商売の元手なの。この分所単体なら赤字でしょうね。それでも閉じない。飢えた区は依頼が多くて、人が安いから』

飢えた街の人間としては、返す言葉もなかった。

9級の登録はタダだった。もらえるのは認識票と、依頼板を見る権利。それだけだ。

認識票は薄い鉄の板で、番号のほかには何も書いていない。縁に黒い読み取りの帯が一本走っていて、機械はこれで俺を数えるらしい。9級に名前は要らないらしい。

受付の女は俺の左腕を一瞥して、何も言わなかった。ここでは他人の身体をじろじろ見ないのが礼儀だ。代わりに一言だけくれた。

「9級に回るのは残り物だよ。取り合いだからね」

依頼板には紙が並んでいた。割のいい護衛は8級から上の連中が持っていく。解体の日雇いは明日の朝から。沿岸の見回りは組が決まっている。

いちばん上に、赤い判の押された紙が一枚あった。

——野良のら、討伐。谷の北。6級以上。

「野良ってなんだ」

「あんたが聞くには早いね」

受付の女は紙のほうを見もしなかった。

「谷の北で鉄がぶつかる音がするだろ。あれだよ。あの音がしてるうちは、あっちに近づかないことだ」

一枚だけ、誰も手をつけていない紙があった。

廃線区での回収。単価は安い。場所が悪い。誰も拾わない残り物。ただ、本日実施・即日払いの判が押してあった。

依頼板の横で、ドクが腕を組んでいた。

『待ちなさい。まず身体を直してからよ。準備が——』

剥がして受付に出した。今日の飯は、今日の仕事からしか出ない。

『——九割、と言ったのよ』

長いため息が頭の中に落ちた。

認識票を首にかけて、俺は笑った。

「残りの一割で勝つんだよ」

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