ビルオーナー(一)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
長編&連作 作品集
本文
王都の一等地に建つ「魔導マルチテナントビル」は、部屋ごとに異なる空間結界が張られた、少々変わった賃貸ビルだ。
このビルのオーナーである佐藤純は、戦闘力こそ一般人並み。だがビル内に限り、絶対的な管理権限を持っている。結界の強さ、広さ、重力、気温——テナントに迷惑さえかけなければ、その気になれば部屋の中を灼熱の砂漠にも極寒の氷原にも変えられる。もっとも純の関心事は、そんな力の使い道ではない。もっぱら家賃がちゃんと入るかどうか、それと、テナントたちが機嫌よく商売できているかどうか、それくらいだった。
【13坪の頑固者】
「大家さん!大家さぁぁん!!」
管理ギルドの担当者が、朝からビルに駆け込んできた。彼は普段、テナントたちの人間模様を特等席で眺めて一人感動しているタイプの、いわば良質な観客なのだが、今日ばかりは顔面蒼白。
「1階です!1階が大変なことに!」
純は読んでいた家賃台帳から顔を上げる。
「1階って、先週入居したドワーフの武器屋か。まさかもう夜逃げか?」
「逆です!居座りすぎて床が抜けそうなんです!」
「それはそれで、新しい心配事だな」
純が1階に降りると、そこはもう武器屋の内装ではなかった。床には大穴が開き、盛大な金属音と怒声が響いてくる。覗き込むと、ドワーフの鍛冶職人が、汗だくで巨大な炉を組み上げているところだと分かった。
「おい大家!ちょうどいいところに来た!見ろ、この炉を!」
「見事な炉だな。うちの店舗の下に、いつの間にか秘密基地ができてるとは思わなかったよ」
「秘密基地じゃない、工房じゃ!13坪でまともな大剣が打てるか!わしの魂の一振りには、この炉が必要なんじゃ!」
「気持ちは分かるよ。分かるんだけど、これ、契約書にはなかった話だよな」
「細かいことを気にするな。家賃はちゃんと払っとる」
「家賃を払ってくれてるのは、本当にありがたいと思ってる。でも、それと床をくり抜いていいのは、別の話だ」
純はしゃがみ込み、掘られた穴の縁を指でなぞる。石壁の断面には、丁寧な仕事の跡が残っていた。急ごしらえではない。何日もかけて掘り進めたものだと分かる。悔しいが、腕はいいらしい。
「仕事は丁寧だな。それは素直に認めるよ」
「わ、分かるのか?」
「見れば分かるさ。ただ、腕がいいのと、ルールを守るのは、また別の話だから」
担当者が横から震え声で割り込んでくる。
「大家さん、感心してる場合じゃないです! このままだと構造強度の限界です! 上の階まで崩れます! 3階の薬草店も、5階の占い師も、みんな下に……!」
「分かってる分かってる。ちゃんと止めるから、そんなに震えなくていいよ」
純はドワーフの前にしゃがみ、目線を合わせる。
「なあ。あんたの炉、俺も見てみたい気持ちはあるんだ。名剣ってのがどんなものか、興味もある。だけど、このままじゃビル全体が巻き添えになる。上の店子まで潰れたら、あんたの炉どころじゃなくなるだろう」
「……それは、まあ、そうじゃが」
「だから、一旦だけ止めてくれないか。話はそれからにしよう」
「うるさい!わしの魂の一振りを、誰にも止めさせん!」
「そうか。それなら、仕方ないな」
純はフッと息を吐き、右手をかざす。指先で空間に触れるように操作すると、カチ、カチ、と何かが噛み合う音がした。ドワーフが掘り進めた地下空間だけに、重力を十倍にかける。
「な、なんじゃこりゃあ!」
炉の周りの工具が一斉に床へ叩きつけられ、ドワーフ自身も膝からくずおれた。立ち上がろうとするが、体が鉛のように重く動かない。腕を持ち上げるだけで顔が真っ赤になっている。
「ごめんな、驚かせて。でも、言った通り止めさせてもらった。うちのビルは無断改築禁止なんだ」
純はしゃがんだまま、困ったように笑う。
「掘りたいなら、補強魔法の追加家賃をいただきたい。それが難しいなら、その炉、悪いけど明日には片付けてもらうことになる」
「ま、待て……この重さは、いったい……」
「ビル内限定の重力操作。オーナー権限でね。外に出れば、ちゃんと元に戻るから安心してくれ」
ドワーフは重力に押しつぶされながら、純を見上げた。屈強な鍛冶職人の顔に、初めて冷や汗が浮かぶ。
「この大家……見た目は普通なのに、とんでもないな……」
「そんなに褒めても、家賃は割引かないよ。払う気になったかな」
「払う! 払うから、この重さをどうにかしてくれ!」
純が指先を軽く動かすと、重力はすぐに元へ戻った。ドワーフはその場にへたり込み、しばらく荒い息を整えていた。
「地下の拡張分は、こちらで補強魔法をかけ直しておくよ。工事費と追加家賃、合わせて金貨50枚くらいになると思う」
「た、高いのう……」
「無断で掘った分の後始末込みだと思ってほしい。それとも、この炉、今すぐ壊すか?」
「そ、それは困る!払う、払うから、炉だけは残してくれ!」
「最初から、そう言ってくれればよかったんだけどな」
ドワーフはしばし唸っていたが、やがて観念したように頷いた。それから思い出したように、ぼそりと付け加えた。
「……完成したら、一本、打ってやる。お前用にな」
「へぇ、それは楽しみにしてるよ」
翌日、ドワーフはきっちり追加家賃を金貨で納めた。地下は純の補強魔法で固められ、頑丈な魔導武器屋がビルの1階に正式に誕生。炉から立ち上る火の匂いが、以前より少しだけ落ち着いた店構えに馴染んでいた。
担当者は、一部始終を見届けてほくほく顔だった。
「いやあ、大家さんって本当にお人好しですよね。あそこまで話を聞いてあげて」
「聞くだけ聞いて、最後はちゃんと締めるのが大家業だと思ってる」
「善処します、じゃなくて、次からは崩れる前に報告しますね」
「頼むよ、本当に」
純はそう言いながら、台帳に「1階・追加家賃回収済み」と書き加えた。
魔導ビルは、静かで、少しだけ賑やかな平穏が戻ってきた。
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