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ビルオーナー(五)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/15 📚 シリーズ: 明日のラブレター 📝 2,647文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

長編&連作 作品集

本文

王都のまんなかにある「魔導マルチテナントビル」。それぞれの部屋に不思議な結界が張られた、ちょっと特別な賃貸ビル。

管理人の佐藤 純は、戦う力のないふつうの人間。だけど、ビルのなかでは絶対的な力を持っている。入居者に迷惑がかからない範囲なら、部屋の広さも、温度や重力まで、思いのままに変えることができる。とはいえ彼の目的はとてもシンプルで、ちゃんと家賃をもらうことと、お店のみんなが安全に過ごせるように見守ることだけ。

ギルドから派遣されてきた担当者は、大の物語好き。このビルで起こるいろんな出来事を眺めては、一人でこっそり感動している。

【深海のバー】

ビルの地下深くに、古い配管だらけの、使われていないボイラー室があった。広さにして10坪ほど。埃と錆の匂いが染みついた、忘れられた場所。

「大家さん、地下の空っぽのボイラー室、入居者きまったんですね!」

担当者が台帳をめくりながら聞いてくる。

「ああ。水魔法を使うマスターが、あそこでバーを開きたいと言ってきてな」

「あんな薄暗いところにバーですか。お客さん、来るんでしょうか」

「本人は自信ありげだったよ。まあ、見てみよう」

数日後、担当者を連れて純が地下へ降りると、錆びた鉄扉の向こうから、かすかに潮の香りが漂ってきた。扉を開けた瞬間、思わず息を呑む。

10坪しかないはずの空間は、壁一面が本物の深海と繋がっていた。分厚いガラス越しに広がるのは、青と紫が幾重にも溶け合う、果てのない水の世界。巨大なジンベエザメが、まるで空を泳ぐようにゆったりと横切り、その周りを、光る古代魚の群れが、無数の星屑をまき散らすように瞬きながら旋回している。時折、深海クラゲの群れが、淡いピンクや水色の光を明滅させながらふわりと浮かび上がり、まるで水中に咲く花畑のようだった。天井からは青白い光が波紋のように降り注ぎ、店内のグラスや酒瓶の縁を、きらきらと美しく縁取っている。床には、細かな砂粒に混じって夜光貝のかけらが敷き詰められ、歩くたびに小さな光の粒がふわりと舞い上がった。

カウンターの向こうには、人魚族のマスターが静かに佇んでいる。長い髪が、光を受けるたびに銀色にきらめいた。

「いらっしゃいませ、大家さん」

「これは……見事なものだな」

「地上の喧騒から離れて、少しだけ深く潜れる場所にしたかったんです」

マスターはグラスを一つ取り出し、透き通った水を注ぐ。グラスの中で、小さな光の粒がゆっくりと渦を巻き、まるでグラスの中に星空を閉じ込めたようだった。

「よろしければ、一杯どうぞ。深海の澄んだ水で作った特製の一杯です」

口に含むと、ひんやりとした涼しさが喉を通り抜け、体の芯まで静かに落ち着いていく。

担当者は手帳を握りしめたまま、しばらく呆然と壁のガラスを見つめていた。

「地下の物置が、まさかこんな幻想的なバーになるなんて……!これは記録しないと!」

そう言って、震える手でメモを取り始める。

バーは静かな評判を呼び、疲れた仕事帰りの住人たちが、ふらりと立ち寄っては、光り輝く深海の景色を眺めながら杯を傾けていくようになった。誰もが扉をくぐった瞬間、青い光に包まれて、肩の力がふっと抜けて、深く息をつく。ビルの最下層に、静かな安らぎの場所が生まれていた。

そんなある日、純は思いがけない人物が地下へ続く階段を降り、バーの中へ入っていくのを目撃する。

「あれは……」

「大家さん、あの人って……」

全身に傷を負い、鎧のあちこちが欠けた、大物オーガの女戦士。激しいダンジョン攻略から帰ってきたばかりなのだろう、足取りは重く、纏う空気にもいつもの覇気がない。

純と担当者は、そっと後を追い、バーの扉の隙間から中を覗いた。

女戦士は鎧を脱ぎ捨てて、ソファに沈み込み、ガラスの向こうをゆらゆらと流れる、深海の青い光をじっと見つめていた。頭上を、光る古代魚の群れがゆっくりと通り過ぎ、その光の残像が、彼女の疲れた頬の上を、淡く滑るように流れていった。普段は高潔でプライドが高く、誰にも弱みを見せないと評判の彼女が、今はただ疲れ果てた一人の女性として、深く息を吐いていた。

「……生き返るわ」

マスターが差し出したグラスを両手で受け取り、静かに口をつける。グラスの中で揺れる光の粒が、彼女の瞳にも小さく映り込んでいた。

「今日は、随分と手強い相手だったようですね」

「ええ……三日三晩、休む間もなかった。でも、ここに来ると、不思議とその記憶も薄れていく気がする」

彼女はそう言って、微笑んだ。普段は見せない、穏やかな微笑みだった。

「……あれが、あのオーガの女戦士……いつも隙のない顔しかしてないのに」

担当者が小声で呟く。純は静かに頷いた。

「誰にだって、鎧を脱げる場所は必要なんだろうな」

しばらくして、女戦士は純たちの気配に気づき、少し気まずそうに姿勢を正した。

「……大家、見苦しいところを」

「見苦しくなんてないですよ。お疲れ様でした」

純は穏やかにそう告げた。

「うちのビルの地下は、どんな戦士でも、武器を置いて休める場所ですから。ゆっくりしていってください」

女戦士は一瞬驚いたように目を見開き、それからふっと表情を緩めた。水面を漂う光が、二人の間をゆっくりと通り過ぎていく。

「……ありがとう、大家。今度から、ここを私の避難所にさせてもらう」

「いつでもどうぞ。マスターも、腕によりをかけて待ってると思いますよ」

「もちろんです」

マスターは静かに微笑み、グラスをそっと磨き始めた。磨かれたグラスの表面に、深海の青い光がゆらゆらと映り込んでいる。

翌月、管理室に家賃を届けにやってきたマスターの手には、深海の宝石のように輝く魔石があった。透明な石の中には、小さな光の粒がいくつも閉じ込められ、傾けるたびに、まるで水中で瞬く星のように色を変えた。純はそれを台帳の上に並べ、しばらく光の揺らめきを眺めた。

「湿気対策だけは、魔法できっちりお願いしますね」

「もちろんです、大家さん。この空間、湿気には人一倍気を遣っていますので」

「そういうところ、ちゃんとしてて助かる」

魔石を一緒に覗き込んでいた担当者は、手帳を胸に抱えながら、感嘆したように呟いた。

「マルチテナントビルの可能性は無限大ですね……!次はどんなお店が入るのか、楽しみで仕方ありません」

その夜も、地下の奥では、青く輝く深海の光が静かに揺れ、疲れた誰かが、ゆっくりと階段を降りてくるのを待っていた。

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JJ

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