鋼鉄のステイルメイト 〜1000年後、社畜は五体の機動兵器に選ばれた〜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
千年後の宇宙。ブラック企業で働いていたはずの久世鷹真は、ある夜、正体不明の光に飲まれ、脳だけの存在として、巨大機動兵器「ヤオロズシリーズ」の操縦者にされていた。 彼を導くのは、戦術AI・ククリ。だが、この戦争には、誰も知らない秘密があった——勝ってはならず、負けてもならない、永遠に終わらないよう設計された「ステイルメイト」。 駒にされることを拒み、盤面そのものをひっくり返そうとする一人の社畜と、恋を知らないAIの物語。鋼鉄の兵器たちが織りなす、切なくも熱いヒューマンドラマ。 こんな人におすすめ ロボット・メカものが好きな方 理不尽な組織や運命に抗う主人公に共感したい社会人読者 AIと人間の間に芽生える、不器用な感情の機微が好きな方 群像劇として、敵キャラクターにも深い背景があるドラマを楽しみたい方 勝敗のつかない、余韻の残る結末が好きな方 チェスや将棋など、頭脳戦・戦術描写が好きな方
本文
第2話『初陣、ひとりの戦場』
格納庫の空気は、昨日と変わらず冷たかった。
久世鷹真は、整備を終えたばかりのミナカヌシを見上げながら、まだどこか他人事のような気分でいた。昨日、確かにこの機体で戦った。敵を退けた。だが、体に染み込んでいる実感は、いまだに薄い。まるで、誰か別の人間が見た夢の話を、後から聞かされているようだった。
ブリーフィングルームに呼ばれたのは、朝食も済ませないうちのことだった。
簡素な部屋に、艦長と数人の研究員が並んでいる。誰もが、久世を値踏みするような目では見ていなかった。むしろ、どこか申し訳なさそうな、腫れ物に触るような空気があった。
艦長が、口を開く。
「戦況を伝えておく」
声には、余計な感情がなかった。
「現在、この宙域一帯で小規模な衝突が続いている。無人機による偵察・威力偵察が中心だ」
「大規模な艦隊戦には、まだ至っていない」
久世は、黙って聞いていた。まだ、という言葉の裏に何があるのか、今は考える気力がなかった。
研究員の一人が、端末を操作しながら付け加える。
「今回の任務は、哨戒任務です」
「敵の偵察機を排除し、こちらの位置情報を秘匿する」
久世は、小さく頷いた。
「……それだけか」
「はい」
拍子抜けするほど、簡単な話に聞こえた。だが、昨日の戦闘を思い出すと、簡単、という言葉を素直には信じられなかった。
久世は、腕を組んだまま、もう一度格納庫の方角へ視線を向けた。
「五機、あるんだろ」
その一言に、部屋の空気が、ほんの少しだけ強張った。
艦長が、静かに答える。
「ミナカヌシのみで十分だ」
「今回は」
今回は。
その言葉が、また引っかかった。久世は、それ以上は問わなかった。問うたところで、素直な答えが返ってくる気がしなかったからだ。
*
宇宙は、昨日と同じように静かだった。
だが、その静けさは、長くは続かなかった。
「敵反応、確認」
ククリの声が、コクピットに響く。
「無人偵察機、六機」
久世は、操縦桿を握り直した。
「昨日よりは、少ないな」
「はい」
「ですが」
ククリの声に、わずかな間があった。
「今回の機体は、昨日とは異なる型です」
モニターに、敵機の詳細データが表示される。装甲が厚く、機動性も高い。明らかに、昨日の量産型とは一線を画す性能だった。
久世は、小さく舌打ちをした。
「厄介な方が来やがったな」
六機の敵機が、散開しながら接近してくる。統率された動きではあったが、昨日のような無機質な連携とは違う、どこか意志を感じさせる動きだった。
「電子戦、行けるか」
久世が問うと、ククリは短く答えた。
「試みます」
久世は、指先を補助端末に走らせる。侵入。昨日と同じ手順。だが――
「……弾かれた」
ククリの声が、初めて緊張を帯びた。
「この個体、ネットワーク防御が強化されています」
「昨日の手法は、通用しません」
久世の背筋に、冷たいものが走った。昨日、あれほど鮮やかに決まった手が、今日はまったく効かない。頼れる武器が、突然消えた感覚だった。
敵機の一機が、久世の側面から仕掛けてくる。ミナカヌシは、辛うじてそれを回避したが、次の攻撃が、間髪入れずに続いた。
「くっ……」
衝撃が、コクピットを揺らす。装甲の損傷を告げる警告音が、いくつも重なって鳴り響いた。
久世は、歯を食いしばりながら、操縦桿を動かし続けた。だが、六機を同時に相手取るには、明らかに手数が足りない。避けても避けても、次の攻撃が迫ってくる。
通信越しに、研究員の声がかすかに漏れ聞こえてきた。誰かの独り言だったのかもしれない。本人は、久世に聞こえているとは思っていなかったのだろう。
「……五機いれば」
「もっと、楽なのに」
その一言が、やけにはっきりと耳に残った。
五機。
昨日、格納庫で見た、あの並んだ機体たちのことだ。だが今は、それを問い返す余裕すらなかった。
「ククリ」
久世は、短く呼びかけた。
「何か、手はあるか」
「模索しています」
その声にも、いつもの落ち着きの中に、わずかな焦りが滲んでいるように聞こえた。
*
装甲の損傷は、もう一目で分かるほどになっていた。
右腕のアーマーが半分近く剥がれ落ち、機体の動きにも僅かな遅れが出始めている。久世は、額に汗をにじませながら、それでも操縦桿を離さなかった。
離すという選択肢が、そもそも頭に浮かばなかった。
「……このままじゃ」
言いかけた言葉を、久世は飲み込んだ。弱音を口にしたところで、状況は何一つ変わらない。それだけは、三十時間労働の夜で嫌というほど学んでいた。
久世は、敵機の動きを、もう一度見つめ直した。
防御が固い。だが、完璧ではないはずだ。どんなシステムにも、必ずどこかに継ぎ目がある。会社のサーバーがそうだったように。どれだけ厳重に固められた壁にも、担当者の手癖や、更新の遅れが残す、ほんの小さな隙間がある。
久世は、敵機同士の通信パターンを、目で追い始めた。
「……あった」
六機の連携の中、一瞬だけ生まれる、ほんの僅かなタイムラグ。
久世は、その瞬間を狙って、指を走らせた。
「ククリ、そこ」
「合わせろ」
「了解」
二つの意志が、同時に敵ネットワークへ入り込む。
次の瞬間、六機のうち二機の動きが止まった。
完全な制御奪取ではない。ただ、一瞬の停止。だが、それだけで十分だった。
久世は、その隙を突いて距離を取り、態勢を立て直す。残る四機の攻撃をぎりぎりで捌きながら、久世は再びその一瞬のタイムラグを狙い続けた。
地道な作業だった。派手さは、どこにもなかった。ただ、繰り返し、繰り返し、隙を見つけては、そこに割り込んでいく。まるで、終わりの見えない業務を、一つずつ片付けていくように。
やがて、六機すべてが、機能を停止した。
宇宙に、静寂が戻る。
久世は、しばらくの間、操縦桿を握ったまま動けなかった。荒い呼吸だけが、コクピットの中に響いていた。
*
ミナカヌシが、格納庫へと帰還したのは、それから間もなくのことだった。
装甲は、いたるところが焼け焦げ、右腕はほとんど原形を留めていなかった。整備兵たちが、機体を見て、一斉に息を呑む。
「……よく、これで戻ってきたな」
一人の整備兵が、機体を見上げながら、独り言のように呟いた。
「一機だけで、この型の敵、六機を相手にしたのか」
別の整備兵が、装甲の損傷を確認しながら続ける。
「そもそもこいつは、単騎で運用する機体じゃねえよ」
「五機揃って、初めて設計通りの性能が出る」
久世は、コクピットから降りながら、その言葉を黙って聞いていた。今さら驚くことでもなかった。ただ、体の奥に残った疲労と、僅かな違和感が、その言葉の重さを裏付けているように感じられた。
整備兵は、久世の方を見て、少しだけ表情を緩めた。
「まあ、よく生きて戻ったよ」
それは、労いなのか、単なる感想なのか、判別のつかない言い方だった。久世は、小さく頷くことしかできなかった。
*
その夜、久世は簡素な自室のベッドに横たわりながら、天井を見つめていた。
体は、鉛のように重かった。それでいて、頭の奥だけが、妙に冴えている。眠気は、確かにあるはずなのに、なかなか訪れてこなかった。
ふと、ホログラムの光が、部屋の隅に灯る。
「マスター」
ククリの声だった。いつもと変わらない、抑揚の少ない声。だが、久世は、その声の奥に、ほんの僅かな沈黙があったことに気づいた。
「なんだ」
久世は、体を起こさずに問い返した。
ククリは、すぐには答えなかった。データを確認するような、わずかな間があった。
「……いえ」
「何でもありません」
その返事に、久世は少しだけ眉を寄せた。
「何でもないなら、なんで黙ってた」
ククリは、それにも即答しなかった。空間に浮かぶ彼女の輪郭が、いつもよりわずかに揺らいで見えた。
「マスターの脳波データを」
「確認していました」
「それだけです」
久世は、それ以上を問うことをやめた。追及したところで、答えが返ってくる気配はなかったし、今の自分には、それを深く考える余力も残っていなかった。
「そうか」
それだけ返し、久世は目を閉じた。
ククリは、しばらくの間、そこに立ったまま動かなかった。
久世の呼吸が、少しずつ深く、規則的になっていく。眠りに落ちていく彼を、ククリは、無言のまま見つめ続けていた。
その視線の先にある数値の意味を、彼女自身も、まだ言葉にする方法を持っていなかった。
部屋の照明が落ちる。
静かな艦の中で、また一日が終わろうとしていた。
だが、その静けさの底で、何かが少しずつ、輪郭を持ち始めていた。
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