鋼鉄のステイルメイト 〜1000年後、社畜は五体の機動兵器に選ばれた〜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
千年後の宇宙。ブラック企業で働いていたはずの久世鷹真は、ある夜、正体不明の光に飲まれ、脳だけの存在として、巨大機動兵器「ヤオロズシリーズ」の操縦者にされていた。 彼を導くのは、戦術AI・ククリ。だが、この戦争には、誰も知らない秘密があった——勝ってはならず、負けてもならない、永遠に終わらないよう設計された「ステイルメイト」。 駒にされることを拒み、盤面そのものをひっくり返そうとする一人の社畜と、恋を知らないAIの物語。鋼鉄の兵器たちが織りなす、切なくも熱いヒューマンドラマ。 こんな人におすすめ ロボット・メカものが好きな方 理不尽な組織や運命に抗う主人公に共感したい社会人読者 AIと人間の間に芽生える、不器用な感情の機微が好きな方 群像劇として、敵キャラクターにも深い背景があるドラマを楽しみたい方 勝敗のつかない、余韻の残る結末が好きな方 チェスや将棋など、頭脳戦・戦術描写が好きな方
本文
第1話『鋼鉄の目覚め』
白い天井だった。
久世鷹真は、しばらくの間、それが天井であることにすら気づけなかった。視界の焦点が合わない。ただ、光の反射だけがぼんやりと網膜に映っていた。
知らない匂いがする。消毒液のような、それでいてどこか金属質な匂い。知らない部屋の、知らない静けさ。
手を握ってみる。
指の関節が、思っていたよりもなめらかに動いた。
「……なんだこれ」
声が、自分のものとは思えないほど若かった。
起き上がろうとした瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走る。久世は顔をしかめ、こめかみを押さえた。その時、視界の端にあったモニターが、音もなく点灯した。
白衣を着た男が映る。表情は穏やかだが、どこか事務的だった。
「目覚めましたか」
久世は、掠れた声で返す。
「ここ……どこだ。病院か?」
男は、間を置かずに答えた。
「西暦三〇一四年」
「地球圏外宇宙軍、研究施設です」
言葉の意味が、頭の中を素通りしていく。理解が追いつかない、というより、理解することを脳が拒んでいるようだった。
久世は、しばらく黙って天井を見つめた。
「……夢だな」
「いいえ」
男の声には、揺らぎがなかった。
「現実です。あなたは、千年前の人間です」
久世は笑った。乾いた、力のない笑いだった。
「誘拐じゃねえか」
「人類存亡のためです」
「ブラック企業と同じ言い訳だな」
軽口のつもりだった。だが、男はそれを冗談として受け取らなかった。淡々と、説明を続ける。
「人類は現在、宇宙戦争の最中にあります。そして、あなたは戦争のために選ばれました」
「あなたの肉体はクローンです。記憶のみを保存し、再生しました」
久世は、自分の腕を見た。若い。皮膚に張りがある。骨ばった指先だけが、なぜか見覚えのある形をしていた。
「……マジか」
声が、震えていることに自分でも気づいた。怒りなのか、恐怖なのか、判別がつかない。ただ、体の内側から何かがせり上がってくる感覚だけがあった。
男は続ける。
「あなたには、ある適性があります」
「精神耐性です。通常の人間は、この兵器との接続に耐えられず発狂します」
久世は、眉を寄せた。
「なんだそれ」
「あなたは、ブラック企業に勤務していましたね」
その一言に、久世は思わず息を止めた。
「……だから耐えられるって言うのか」
「はい。実証済みです」
「ひでえ理由だな」
笑うしかなかった。笑わなければ、他にどうすればいいのか分からなかった。
*
モニターの映像が切り替わる。
巨大な格納庫。金属の壁が、無機質な光を反射している。その中央に、五機の巨大な機体が並んでいた。
「ヤオロズシリーズです」
男の声に合わせ、機体の名が一つずつ表示されていく。
一号機、フツノミタマ。
二号機、クロイカヅチ。
三号機、ミナカヌシ。
四号機、ヒノカグツチ。
五号機、タケミカヅチ。
久世は、その名前の並びをぼんやりと眺めた。
「全部、神様かよ」
「神話由来です」
「実際の操縦者は、一人です」
久世は、視線をモニターに戻した。
「……は?」
「あなたです」
言葉が続かない。五機の巨体を、一人で。想像すらできなかった。
男は、久世の困惑を読み取ったように、静かに付け加えた。
「詳細は、追って説明します」
「まずは、あなたが直接乗る機体だけを」
画面が拡大され、中央の機体が大きく映し出される。他の四機より、一回り存在感が違って見えた。
「三号機、ミナカヌシ。司令機です」
「あなたが操縦するのは、この一機だけです。今は」
その、今は、という一言が、久世の胸に小さく引っかかった。だが、それを問い返す気力は、まだ湧いてこなかった。
その時だった。コクピットの光が、ふと揺らぐ。
空間に、淡い粒子が集まっていく。
少女の姿が、そこに浮かび上がった。
白い髪。感情の読めない、静かな瞳。軍服に似た、簡素な衣装。輪郭はどこか透き通っていて、彼女がこの場に実体を持たないことを、見た瞬間に理解させた。
「初めまして」
「マスター」
声は、抑揚がほとんどなかった。それでいて、どこか耳に残る響きだった。
久世は、しばらく言葉を失っていた。
「……誰だ」
「戦術AI、ククリです」
久世は、ため息とも呼べない息を吐いた。
「神様みたいな名前ばっかだな、ここは」
「ヤオロズOSですから」
それだけ返すと、ククリは黙った。
久世も、それ以上は何も言わなかった。会話を続ける言葉が見つからなかった、というより、この状況で軽口を叩き続ける気力そのものが、体のどこかで底をついていた。
沈黙が、少しの間、二人の間に横たわった。
ホログラムの少女は、瞬きもせず、ただ久世を見つめている。久世は、その視線から目を逸らすように、格納庫の映像へと顔を向けた。
言いたいことは、いくつもあった気がした。だが、どれも言葉にする前に、喉の奥で消えていった。
*
警報が鳴ったのは、それから間もなくのことだった。
赤い光が、モニター越しにも伝わってくるほど強く明滅する。
「敵機接近!」
「無人機部隊です!」
オペレーターの声が、施設内に響き渡る。
久世は、思わず声を上げた。
「いきなり実戦かよ」
「テストは後です」
「出撃してください」
男の声に、迷いはなかった。まるで、この状況こそが最初から予定されていたかのように。
久世は、開きかけた口を閉じた。断る、という選択肢が頭をよぎった。だが、それを言葉にする前に、体が勝手に動いていた。三十時間働き続けた、あの夜と同じように。命令されれば、体は動く。考えるより先に。
ミナカヌシのコクピットに、久世の意識が繋がれる。
視界が、一変した。
宇宙が、そこにあった。
星の光すら届かない、深い闇。その向こうから、無数の光点が近づいてくる。
ククリの声が、静かに響く。
「敵数、確認できません」
「多すぎる、とだけ申し上げます」
久世は、操縦桿を握った手に、じわりと汗がにじむのを感じた。
「……冗談だろ」
「冗談ではありません」
その返しに、皮肉を混ぜる余裕もなさそうだった。ククリは、ただ淡々と、事実だけを告げていた。
敵機群が、視界いっぱいに広がる。無機質な機体が、統率された動きで接近してくる。まるで、群れそのものが一つの意志を持っているかのようだった。
久世は、そのデータをじっと見つめた。通信。信号。ネットワーク。
見覚えのある形をしていた。
「……これ」
呟く。
「ただのサーバーと同じじゃねえか」
ククリが、わずかに反応する。
「?」
久世は、指を動かした。操縦桿ではなく、その脇にあった補助端末に。
電子戦。侵入。
三十時間、朝までにと急かされ続けた夜。上司の無茶な要求に応え続けるために、久世が積み重ねてきたのは、派手な戦術でも、天才的な閃きでもなかった。ただ、目の前の問題を、地道に、一つずつ潰していくことだけだった。
その積み重ねが今、ここで役に立っている。
久世は、小さく息を吐いた。
「……いただき」
次の瞬間、敵機群の動きが乱れた。
制御を奪われた無人機が、互いに射線を交錯させる。統率されていた群れが、一瞬で混乱に陥っていく。
ククリの声が、わずかに揺れた。
「敵制御権、奪取確認」
久世は、乾いた笑いを浮かべた。
「ブラック企業のサーバーより、簡単だったな」
戦場が、静まり返っていく。無人機は、次々と機能を停止させ、あるいは互いを撃ち合って自壊していった。
久世は、その光景を、どこか他人事のように眺めていた。実感が、まだ追いついてこない。
これは、勝利、なのだろうか。
*
ミナカヌシが、格納庫へと帰還する。
久世は、コクピットの中で、しばらく動けなかった。呼吸は落ち着いているのに、体の芯だけが、まだ小さく震えているような気がした。
外に出ると、格納庫の空気は、想像していたよりも冷たかった。
久世は、しばらく無言のまま、金属の床を見つめていた。誰かに何か言われるのを待っていたわけではない。ただ、次に何をすればいいのか、自分でも分からなかった。
ホログラムの光が、静かに傍らに現れる。
「お疲れ様でした」
ククリの声に、久世は視線を上げた。
「……ああ」
それだけしか、言葉が出てこなかった。
しばらくの沈黙があった。ククリは、何かを言いかけて、それを飲み込んだような、そんな間を挟んだ。久世は、それに気づいたが、あえて問わなかった。今は、何かを深く尋ねる気力が残っていなかった。
やがて、ククリが、静かに口を開いた。
「あなたなら」
「この戦争を、終わらせる可能性があります」
久世は、その言葉を、しばらく頭の中で反芻した。
終わらせる。自分が。この、得体の知れない戦争を。
実感なんて、まるで湧かなかった。ただ、あまりにも現実離れした響きに、体の奥から乾いた笑いがこみ上げてきた。
「社畜が」
「宇宙救うのかよ」
声は、自分でも驚くほど平坦だった。
ククリは、それに何も答えなかった。ただ、静かにそこに立っていた。
格納庫の照明が、二人の影を長く伸ばしている。
久世は、その影を見つめながら、まだ何も飲み込めていない自分に気づいていた。
宇宙は、静かだった。
だが、その静けさの向こうで、何かがすでに始まっていることだけは、確かだった。
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