終章 花灯りの向こう

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/12 📚 シリーズ: 夜明けを縫う、あなたの隣で〜記憶を失う星織りと、忘れないと誓った風渡りの旅〜 📝 1,667文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

夜明けを縫う、あなたの隣で〜記憶を失う星織りと、忘れないと誓った風渡りの旅〜 - 終章 花灯りの向こう

本文

ハイネが帰ったあと、ミアは窓を開けた。

 春の風が入ってくる。

 空は青く、どこにもひびはない。

「明日、教会を出たら何をしたい?」

「ククに林檎をあげます」

「覚えてたんだ」

「塔で約束しましたから。そのあとは、母の故郷へ行きたいです」

「うん」

「私が覚えていない町を、回ってみたい。水門の村も、白嶺の森も。それから、まだ知らない場所へも」

「全部、一緒に行こう」

「風渡りのお仕事は?」

「だから、道を回るんでしょう。荷物一つ増えるくらい、問題ありません」

「私を荷物に数えましたね?」

「大切な同行者です」

「言い直しても遅いです」

 エルナは笑い、窓辺へ歩み寄った。

 ミアの赤い外套は、塔へ向かう途中で大きく裂けていた。病室に裁縫道具を持ち込み、少しずつ直している。

 裏地には、青い組紐を縫いつけた。

 半分は外套に。

 もう半分は、自分の髪に。

「これなら、離れません」

 エルナが外套を羽織らせると、ミアは裏地の青い糸へ触れた。

「エルナの髪からは離れてる」

「同じ糸です」

「そういう意味じゃなくて」

 腰を抱かれ、引き寄せられる。

「近すぎます」

「離れないように」

「誰も来ないでしょうか」

「来たら、恋人を抱きしめていると言います」

 その呼び方に、胸がくすぐったくなる。

「私も言っていいですか?」

「何を?」

「恋人だと」

「言ってくれないと困る」

「では、ミアは私の恋人です」

「うん」

「私が愛している人です」

 ミアの目が潤む。

「また泣くんですか?」

「これは嬉しいほう」

「知っています」

 エルナは、恋人の頬に口づけた。

 明日は、教会の外で迎える最初の朝だった。

     ◇

 一年後。

 リノアの川に、ふたたび花灯りが流れていた。

「今度こそ、右からです」

 薄青の服を着たエルナが、念を押す。

「わかってる。右、左、回る」

「それは私から見た右ですか?」

「私から見た右」

「では、逆です」

「始まる前から混乱させないで」

 楽団が演奏を始めた。

 二人は手を取り、人の輪へ入る。

 一歩、二歩。今度こそ靴先はぶつからない。回るところで少しよろけたが、ミアが腰を支えた。

「上手くなりましたね」

「一年も練習したからね」

「草原で三回、宿で二回だけです」

「前よりは多い」

 笑い合い、もう一度回る。

 花灯り祭のために戻ってきた二人を、町の人々は温かく迎えてくれた。

 あの夜に助けた女の子は、エルナへ青い花の灯りを渡した。以前の約束どおり、母親と二人で作ったという。

 エルナは最初の祭りを覚えていない。

 けれど今夜の音楽も、ミアの手の温かさも、流れる灯りの色も、ここにいる自分のものだった。

 旅の途中、二人は小さな町に家を借りた。

 一階は仕立てと繕い物の店。二階には、二人で使うには少し狭い台所と、同じ寝台がある。

 ミアは以前と変わらず荷を運び、エルナは店で針を持つ。ときには二人で遠くへ旅をした。小さな天裂が開けば、各地の星杭を通して糸を束ねる手伝いもしている。

 特別ではない日々だった。

 朝はミアの機嫌が悪く、エルナが茶を淹れる。

 仕事から帰った外套には、たいてい新しい穴が増えている。

 蜂蜜菓子を買ってきた日は半分にし、ときどき大きさで揉める。

 そんな一つ一つを、エルナは今も手帳に書いていた。

 忘れることだけが理由ではない。

 いつか二人で読み返し、こんなこともあったと笑うために。

 曲が終わる。

 拍手のなか、ミアはつないだ手を離さなかった。

「約束、守れたね」

「はい。二人で踊れました」

「来年も来る?」

「来年も、その次も」

「おばあさんになっても?」

「ミアが私の足を踏まなくなるまで」

「さっきは踏んでない」

「一度だけ」

「あれは床が悪い」

 言い合いながら、川辺へ歩いた。

 人混みを抜けたところで、エルナが足を止める。

「ミア」

「何?」

「愛しています」

「急にどうしたの」

「思ったことは伝えないと、ないのと同じなのでしょう?」

 それは、最初の花灯り祭でミアが言った言葉だった。

 エルナ自身は覚えていない。手帳で知り、好きになった言葉だ。

 ミアは目を細めた。

「うん。私も愛してる」

 川を流れる青い花の向こうで、夜が明け始めていた。

 世界を救うための特別な朝ではない。

 隣にいる人と、何度でも迎えられる朝だった。

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