鋼鉄のステイルメイト 〜1000年後、社畜は五体の機動兵器に選ばれた〜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
千年後の宇宙。ブラック企業で働いていたはずの久世鷹真は、ある夜、正体不明の光に飲まれ、脳だけの存在として、巨大機動兵器「ヤオロズシリーズ」の操縦者にされていた。 彼を導くのは、戦術AI・ククリ。だが、この戦争には、誰も知らない秘密があった——勝ってはならず、負けてもならない、永遠に終わらないよう設計された「ステイルメイト」。 駒にされることを拒み、盤面そのものをひっくり返そうとする一人の社畜と、恋を知らないAIの物語。鋼鉄の兵器たちが織りなす、切なくも熱いヒューマンドラマ。 こんな人におすすめ ロボット・メカものが好きな方 理不尽な組織や運命に抗う主人公に共感したい社会人読者 AIと人間の間に芽生える、不器用な感情の機微が好きな方 群像劇として、敵キャラクターにも深い背景があるドラマを楽しみたい方 勝敗のつかない、余韻の残る結末が好きな方 チェスや将棋など、頭脳戦・戦術描写が好きな方 0話含む全31話(最終回30話)
本文
第5話『分社、二人目』
哨戒任務は、この一週間ですでに三度目だった。
久世鷹真は、ミナカヌシのコクピットで、モニターに映る星々をぼんやりと眺めていた。特に代わり映えのしない光景だった。同じ航路、同じ手順、同じ静けさ。だが、その繰り返しの中にこそ、久世は奇妙な安心感を覚え始めていた。
変化のない日々。それは、かつての職場では決して得られなかったものだった。
「マスター」
ククリの声が、思考を遮った。
「敵反応、確認」
久世は、姿勢を正した。
「数は」
「艦隊規模ではありません」
「斥候部隊と推定されます」
モニターに、複数の光点が表示される。無人機よりも、明らかに慎重な動きだった。散開せず、一定の距離を保ちながら、こちらの様子を窺っているような、探るような接近の仕方だった。
久世は、その動きを見て、小さく息を吐いた。
「……値踏みされてる感じだな」
「はい」
「敵は、こちらの戦力を測ろうとしている可能性があります」
久世は、操縦桿を握り直した。今までの敵とは、少し質が違う。そんな予感があった。
*
最初の交戦は、あっけなく始まった。
敵の一機が、こちらの位置を確認したかのように、通信らしき信号を発する。それを合図に、残りの機体が一斉に散開し、包囲の陣形を取り始めた。
久世は、その動きを見ながら、ふと考えた。
――速い。
これまで相手にしてきた無人機とは、明らかに機動のキレが違う。旋回の角度、加速のタイミング、どれもが洗練されていた。
「ククリ」
久世は、静かに呼びかけた。
「クロイカヅチ、使えるか」
これまで、久世が明確な意志を持って分社を呼び出したことは、一度もなかった。フツノミタマの一件以来、久世の中には、分社に対するどこか慎重な感覚が残っていた。だが今、この状況では、それを言っている場合ではなかった。
「可能です」
ククリの声に、わずかな緊張が混じった気がした。
「起動します」
格納庫に残っていたはずの機体が、瞬時に反応する。青い装甲を纏った、鋭利な印象の機体――クロイカヅチが、宇宙の闇の中に姿を現した。
久世は、その動きを、自分の意志で導いた。フツノミタマの時とは違う。確かに、自分がこの機体を動かしている。その感覚が、久世の背筋に、小さな緊張と高揚を同時に走らせた。
クロイカヅチが、加速する。
速い。あまりにも速かった。視界が、一瞬で切り替わるような感覚。敵機の陣形の隙間を縫うように、クロイカヅチが疾走する。
「電磁攪乱、展開」
久世の指示に、機体が応じる。
放たれた電磁波が、敵機群のセンサーとネットワークを同時に乱していく。統率されていたはずの陣形が、みるみるうちに崩れていった。
敵の一機が、通信の混線に苛立ったように、無理な機動を取る。それが、致命的な隙になった。
クロイカヅチの一閃が、その機体を切り裂く。
久世は、その光景を、どこか冷静に見つめていた。恐怖でも、興奮でもない。ただ、必要な作業を、必要な手順でこなしている。そんな感覚だった。
残りの敵機は、混乱の中で統率を失い、次々と撃破されていく。あるいは、撃破される前に、機体を翻して離脱していった。
戦闘は、驚くほど短く終わった。
久世は、大きく息を吐いた。額に汗が滲んでいたが、それは恐怖によるものではなく、集中の証だった。
「……勝てたな」
「はい」
ククリの声には、いつもよりわずかに柔らかな響きがあった。
*
その頃、離脱した敵機の一つが、傷ついた機体を引きずりながら、味方の宙域へと逃げ込んでいた。
パイロットは、コクピットの中で、震える手を握りしめていた。生きて帰れたことへの安堵よりも、目にしたものへの恐怖の方が、はるかに大きかった。
基地に帰還すると、パイロットは、まだ言葉も整理できないまま、上官の前に引き出された。
「報告しろ」
短い命令に、パイロットは、掠れた声を絞り出した。
「……見ました」
「ヤオロズが……動いています」
その一言に、部屋の空気が、一瞬で張り詰めた。
「確かか」
「はい……間違いありません」
パイロットは、震える声で続けた。
「動きが、まるで……人間じゃないみたいでした」
「予測できない、いや、こっちの動きを全部読んでいるような」
上官たちは、互いに視線を交わした。誰も、すぐには言葉を発しなかった。
噂は、それから瞬く間に広がっていった。前線の兵士たちの間で、囁かれる言葉が一つ増えた。
ヤオロズが、動き出した。
*
遠く離れた宙域。
暗い戦艦のブリッジで、一人の男が、その報告を静かに受け取っていた。
ゼル=アークは、モニターに映る戦闘記録を、感情の読めない目で見つめていた。クロイカヅチの動き。電磁攪乱の展開速度。すべてが、想定より早い成長曲線を描いていた。
部下が、緊張した声で報告する。
「敵斥候部隊、壊滅しました」
「クロイカヅチによる、電磁戦です」
ゼルは、それに答えなかった。ただ、しばらくモニターを見つめ続けていた。
やがて、独り言のように、静かに呟いた。
「……早いな」
それだけだった。だが、その一言には、明らかに何かを見定めたような響きがあった。
部下が、次の指示を待つように、ゼルの方を見た。
ゼルは、しばらく沈黙してから、小さく口を開いた。
「そろそろ」
「本腰を、入れるか」
その声に、感情の起伏はなかった。ただ、静かな確信だけが滲んでいた。
部下は、その言葉の意味を、正確には測りかねていた。
モニターの光が、ゼルの横顔を、青白く照らし出していた。
*
ムラクモへの帰艦後、久世は格納庫でクロイカヅチの装甲を見上げていた。
傷は、ほとんどついていなかった。ミナカヌシとは、明らかに戦い方の質が違う。速さと、正確さ。そして、久世自身の意志で、確かに操ることができた。
その事実が、久世の中に、小さな期待と、同時にどこか落ち着かない感覚を生んでいた。
「ククリ」
久世は、静かに問いかけた。
「五機、全部」
「俺が、動かせるのか?」
しばらくの沈黙があった。
ククリは、すぐには答えなかった。まるで、その問いの重さを、確かめるような間だった。
久世は、その沈黙の中で、自分がその質問を、これまでずっと避けてきたことに気づいていた。
格納庫の照明が、静かに二人を照らしている。
答えを待つ久世の耳に、機械の稼働音だけが、規則正しく響いていた。
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