鋼鉄のステイルメイト 〜1000年後、社畜は五体の機動兵器に選ばれた〜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
千年後の宇宙。ブラック企業で働いていたはずの久世鷹真は、ある夜、正体不明の光に飲まれ、脳だけの存在として、巨大機動兵器「ヤオロズシリーズ」の操縦者にされていた。 彼を導くのは、戦術AI・ククリ。だが、この戦争には、誰も知らない秘密があった——勝ってはならず、負けてもならない、永遠に終わらないよう設計された「ステイルメイト」。 駒にされることを拒み、盤面そのものをひっくり返そうとする一人の社畜と、恋を知らないAIの物語。鋼鉄の兵器たちが織りなす、切なくも熱いヒューマンドラマ。 こんな人におすすめ ロボット・メカものが好きな方 理不尽な組織や運命に抗う主人公に共感したい社会人読者 AIと人間の間に芽生える、不器用な感情の機微が好きな方 群像劇として、敵キャラクターにも深い背景があるドラマを楽しみたい方 勝敗のつかない、余韻の残る結末が好きな方 チェスや将棋など、頭脳戦・戦術描写が好きな方 0話含む全31話(最終回30話)
本文
第6話『チェスプレイヤーと、名もなき敵機』
その日の任務は、これまでの哨戒とは規模が違った。
艦長の説明によれば、敵艦隊の一部が、この宙域を通過する予定があるという。直接の交戦は避けたいところだが、監視と、必要であれば妨害も辞さない――そういう任務だった。
久世鷹真は、格納庫でミナカヌシに乗り込みながら、隣に並ぶ機体を見上げた。
ヒノカグツチ。
これまでの二機と違い、その巨体には、無骨な砲身がいくつも取り付けられていた。優雅さよりも、圧倒的な質量そのもので語りかけてくるような機体だった。
「今日は、こいつも使うのか」
久世の問いに、ククリが答える。
「状況によります」
「重火力支援機です。近接戦には向きません」
久世は、小さく頷いた。フツノミタマの謎、クロイカヅチの手応え。少しずつ、五機という存在が、久世の中で輪郭を持ち始めていた。それでも、まだ全てを理解しているとは、到底言えなかった。
*
敵艦隊は、予定より早く姿を現した。
規模は、これまでの斥候部隊とは比較にならなかった。中型艦を中心に、護衛の無人機と、複数のメタルトルーパーが展開している。
「……思ったより、大きいな」
久世は、モニターに映る敵影の数を見て、小さく息を吐いた。
「監視だけで済むと思うか、これ」
「難しいと思われます」
ククリの声は、いつも通り淡々としていたが、その内容は決して楽観的ではなかった。
久世は、操縦桿を握り直した。
「なら、やるしかねえな」
ミナカヌシが前進する。同時に、久世は初めて、自らの意志でヒノカグツチの起動を命じた。
「支援、頼む」
「了解」
巨大な砲身が、宇宙空間で唸りを上げる。放たれた砲撃が、敵の護衛部隊を次々と薙ぎ払っていく。派手さはないが、確実に戦況を押し込んでいく重みのある一撃だった。
久世は、その光景を見ながら、小さな手応えを感じていた。数を減らされていく敵。押し込まれていく陣形。悪くない、そう思いかけた瞬間だった。
一機の敵機が、他とはまったく異なる動きで、戦場に割り込んできた。
*
その機体は、無駄のない、鋭い輪郭をしていた。装甲は決して重厚ではないが、動き一つひとつに、明確な意志が感じられた。
ヒノカグツチの砲撃を、その機体は最小限の動きで回避する。まるで、着弾点をあらかじめ知っていたかのような、無駄のなさだった。
「なんだ、あいつ……」
久世は、思わず呟いた。
「敵機、識別できません」
ククリの声にも、わずかな緊張が滲んでいた。
「機体データベースに該当なし。ですが」
「動きのパターンは、既存の量産機とは、明らかに異なります」
久世は、その機体の動きを注視した。無駄のない加速。的確な距離取り。まるで、盤面全体を見渡しているかのような立ち回り。
久世は、操縦桿を握る手に、じわりと力を込めた。
「……ミナカヌシで相手する」
ヒノカグツチに後方支援を任せ、久世はミナカヌシを前へと進めた。
両者の距離が、急速に詰まっていく。
最初の一合は、互いに探り合うような、慎重な接触だった。久世が仕掛けた一撃を、敵機は最小限の動きで受け流す。逆に放たれた反撃も、久世は辛うじて回避した。
久世は、その一瞬のやり取りだけで、相手の力量を悟った。
――強い。
これまで相手取ってきた敵とは、明らかに一線を画していた。
通信が、不意に開かれた。
「……ヤオロズか」
低く、落ち着いた声だった。
久世は、わずかに息を呑んだ。
「……そっちは、誰だ」
返答は、すぐには来なかった。ほんの数秒の沈黙の後、静かな声が続いた。
「名乗るほどの相手か、まだ分からない」
その言葉には、侮蔑ではなく、むしろ純粋な値踏みの響きがあった。
久世は、小さく笑った。
「随分な言い草だな」
「悪く思うな」
敵パイロットの声には、どこか静かな余裕があった。
「今日のところは、これで十分だ」
その一言と同時に、敵機は距離を取り始めた。追撃しようとした久世だったが、ククリの声が制止する。
「マスター、深追いは危険です」
「艦隊本体が、態勢を立て直しています」
久世は、舌打ちをしながら、追撃を諦めた。
戦場全体が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。敵艦隊は、被害を抑えたまま、撤退の動きを見せ始めていた。
*
戦闘の余韻の中、久世はふと、盤面全体を俯瞰するような感覚に襲われた。
自軍の配置。敵の配置。互いに探り合い、決定打を避けるように動いていた、あの敵機の存在。
久世は、無意識のうちに、あるイメージを重ねていた。
――チェスだ。
駒を、一つずつ確かめるように動かす感覚。決着をつけず、次の一手を計るような、あの盤面の緊張感。
その感覚に、久世自身、少し戸惑った。なぜ今、そんなことを思ったのか、自分でもうまく説明がつかなかった。
「ククリ」
久世は、静かに呟いた。
「今の戦い方……なんか、チェスみたいだったな」
ククリは、少し間を置いてから答えた。
「チェス、ですか」
「はい。マスターの趣味の一つですね」
久世は、小さく苦笑した。
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
うまく言葉にできない感覚だった。久世は、それ以上を説明することを諦め、小さく息を吐いた。
「……いや、いい。気のせいかもな」
その違和感は、まだ形を持たない、ただの予感に過ぎなかった。だが、久世の胸の奥に、小さな棘のように残り続けていた。
*
同じ頃、離脱した一機のコクピットの中で、一人の男が、静かに息を整えていた。
ガルド=レイヴン。
彼は、モニターに残るミナカヌシの戦闘記録を、繰り返し見返していた。動きの一つひとつを、丁寧に、確かめるように。
「……まだ、底が見えない」
独り言のように、彼は呟いた。
悔しさは、不思議となかった。ただ、純粋な興味と、それに近い高揚が、彼の胸の中に静かに燃えていた。
こんな相手と巡り合ったのは、久しぶりのことだった。
ガルドは、モニターを閉じながら、小さく口の端を上げた。
「……次は」
「決着を、つける」
その声には、確かな決意が滲んでいた。
宇宙は、何事もなかったかのように、静かに広がり続けていた。
だが、盤面の上では、確かに一つの駒が、新たな意志を持って動き始めていた。
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