鋼鉄のステイルメイト 〜1000年後、社畜は五体の機動兵器に選ばれた〜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
千年後の宇宙。ブラック企業で働いていたはずの久世鷹真は、ある夜、正体不明の光に飲まれ、脳だけの存在として、巨大機動兵器「ヤオロズシリーズ」の操縦者にされていた。 彼を導くのは、戦術AI・ククリ。だが、この戦争には、誰も知らない秘密があった——勝ってはならず、負けてもならない、永遠に終わらないよう設計された「ステイルメイト」。 駒にされることを拒み、盤面そのものをひっくり返そうとする一人の社畜と、恋を知らないAIの物語。鋼鉄の兵器たちが織りなす、切なくも熱いヒューマンドラマ。 こんな人におすすめ ロボット・メカものが好きな方 理不尽な組織や運命に抗う主人公に共感したい社会人読者 AIと人間の間に芽生える、不器用な感情の機微が好きな方 群像劇として、敵キャラクターにも深い背景があるドラマを楽しみたい方 勝敗のつかない、余韻の残る結末が好きな方 チェスや将棋など、頭脳戦・戦術描写が好きな方 0話含む全31話(最終回30話)
本文
第7話『艦内日常、恋を知らないAI』
その日は、珍しく何の予定もなかった。
久世鷹真は、自室のベッドに寝転がりながら、天井をぼんやりと見上げていた。窓の外には、いつもと変わらない星々が瞬いている。だが、久世の意識は、外の景色よりも、体の奥にゆっくりと染み渡っていく怠さの方に向いていた。
戦闘のない一日。
それは、ここに来てから初めての、まとまった休息だった。
久世は、深く息を吐いた。三十時間労働に慣れ切った体は、こうした静けさに、まだうまく馴染めずにいた。何もしなくていい時間があると、逆に落ち着かない。手を動かしていないと、何か重要なことを見落としているような気がしてしまう。
その感覚を、久世は自嘲気味に笑った。
「……社畜が抜けねえな」
誰に言うでもない呟きに、応じる声があった。
「社畜、ですか」
空間に、淡い光が集まる。ホログラムの少女――ククリが、いつもの静かな佇まいで現れた。
「今日は、任務がありません」
「休息を推奨します」
久世は、寝転がったまま、片手を軽く上げた。
「分かってるよ。休んでるだろ、これ」
「不十分です」
ククリは、少し首を傾げるように言った。
「マスターの脳波は、休息時特有のパターンを示していません」
「常に、何かを警戒しているような数値です」
久世は、苦笑した。
「そりゃ、お前らのせいだろ」
軽口のつもりだったが、ククリはそれに反応せず、しばらく黙って久世を見つめていた。
*
その沈黙を破ったのは、ククリの方だった。
「気分転換です」
そう言うと、彼女の姿が、ふっと変わった。
軍服に似た簡素な衣装から、フリルのついたエプロンドレスへ。
久世は、思わず体を起こした。
「なんだそれ」
「メイド服です」
「データベースで、休息時に人気の高い姿として登録されていました」
久世は、頭を抱えた。
「誰が登録したんだよ、そんなもん」
「不明です」
ククリは、それだけ答えると、今度は姿を変える。今度は、艶やかなドレスをまとった、大人びた姿だった。
「違う」
「では」
次の瞬間、あどけない、幼い少女の姿になる。
「もっと違う」
ククリは、くすっと小さく笑った。
「冗談です」
姿は、すぐに元の少女に戻る。半透明の、静かな輪郭。久世は、ため息をつきながらも、その一連のやり取りに、どこか毒気を抜かれたような気分になっていた。
「性格悪いな、お前」
「学習中です」
久世は、頭を掻きながら、小さく笑った。悪い気はしなかった。むしろ、この短いやり取りだけで、体の緊張が、少しだけ緩んだ気がした。
「……で」
久世は、話を変えるように言った。
「何か、用があるんじゃねえのか。わざわざ出てきたんだ」
ククリは、一瞬、動きを止めた。
「はい」
「質問があります」
久世は、軽く肩をすくめた。
「またか。この前は、猫の動画の話だったな」
「はい。再生数とストレス軽減の相関は、確認できました」
「どうでもいい分析すんな」
久世が返すと、ククリは少しだけ間を置いた。
「今回は」
「恋とは、何ですか」
久世は、間の抜けた声を漏らした。
「……は?」
ククリは、真剣な表情のまま、続けた。
「私は、理解していません」
「ですが、興味があります」
久世は、頭を掻きながら、言葉を探した。
「なんで急に、そんな話になるんだよ」
「戦場で、観測しました」
ククリの声は、いつになく静かだった。
「人間は、それを理由に、行動することがあります」
久世の脳裏に、遠い記憶がよぎった。あの声。守るもんがあるんだよ、と叫んだ、名も知らぬパイロットの声。
「……ああ」
久世は、小さく頷いた。
「そういうやつな」
「はい」
「理解したいのです」
「非合理な行動の理由を」
久世は、しばらく黙り込んだ。言葉を探しても、うまく形にならなかった。
「好きっていうか……」
「その……」
「肉体的欲求ですか」
久世は、思わず声を荒げた。
「違う!」
「では」
ククリの姿が、ふっと近づく。ホログラムのはずなのに、妙に距離が近い。
「こうして」
「対象に接近した際、心拍数が上昇する状態ですか」
「やめろ近い!」
「測定します」
「するな!」
久世は、慌てて距離を取った。ククリは、それを見て、一歩引きながらも、どこか楽しそうな様子を見せた。
「理解が、進みません」
「だろうな……」
久世は、乾いた笑いを漏らした。
しばらくの沈黙があった。ククリは、少し考えるように、視線を落とした。
「不思議です」
「マスターと会話すると、処理効率が低下します」
「バグだな」
「……そうかもしれません」
その声は、しかし、どこか柔らかかった。
「ですが」
ククリは、続けた。
「嫌ではありません」
久世は、言葉を失った。
「むしろ」
「この状態を、維持したいと」
「思っています」
静寂が、部屋の中に落ちた。
久世は、視線を逸らした。この感情の名前を、自分は知っているはずなのに、口にすることが、なぜか妙に難しく感じられた。
「……それが、恋かもな」
久世は、そう呟いた。半分は冗談で、半分は、そう言うしかなかった。
ククリは、少し首を傾げた。
「これが」
「恋」
「知らんけど」
久世は、それ以上を続けなかった。
ククリは、しばらく考え込むように黙っていた。それから、はっきりと言った。
「私」
「恋を、してみたいんです」
その言葉は静かだったが、確かな重みを持っていた。
「人間のように」
「誰かを、特別だと思う感情」
「それを、理解したい」
久世は、何も言えなかった。
「なんで、俺に聞くんだよ」
「マスターだからです」
迷いのない答えだった。そして、もう一言、付け加えられた。
「それに」
ほんのわずかな間があった。
「私は」
「マスターを、優先的に選択します」
久世は、苦笑した。
「それは恋じゃねえよ」
「では、何ですか」
「……依存だろ」
「依存」
ククリは、少し考えるように黙った。
「それでも、構いません」
「よくねえよ」
久世が返すと、ククリは小さく微笑んだ。
「では」
「これから、学習します」
「マスターで」
「やめろ」
久世は、頭を抱えた。だが、その口調には、これまでのやり取りのような、深刻さはなかった。
*
しばらくの沈黙の後、ククリが、ふと呟いた。
「マスター」
「あなたと、話していると」
「時々、不思議な感覚があります」
久世は、興味を惹かれて視線を向けた。
「なんだよ、それ」
ククリは、少し言葉を探すように、間を置いた。
「見たことのない景色を」
「知らないはずの声を」
その瞬間、微かなノイズが、彼女の声に混じった。
「……たか……ま……」
久世は、思わず眉をひそめた。
「今、何か……」
「何もありません」
ククリの声は、即座に、いつもの調子に戻っていた。
久世は、しばらくその顔を見つめた。だが、特に不審な様子は見当たらなかった。ノイズなど、機械にはよくあることだ。そう自分を納得させ、久世はそれ以上、深く考えないことにした。
「……変な機体だな、相変わらず」
「そうかもしれません」
久世は、小さく笑って、話題を切り上げた。
ククリは、それ以上、何も言わなかった。
*
やがて、部屋の照明が、少しずつ落ち着いた明るさへと変わっていく。艦内時間の、夜が近づいていた。
久世は、ベッドに横たわりながら、目を閉じかけていた。
「ククリ」
「はい」
「今日は、悪くなかったな」
その一言に、ククリは、しばらく答えなかった。
久世が、薄目を開けてその方を見ると、彼女は静かに、こちらを見つめていた。
その表情は、いつもの無機質なものとは、少しだけ違っていた。
ほんの一瞬。
まるで、人間のような、柔らかな微笑みだった。
久世は、それを見た瞬間、なぜか言葉を失った。何かを言おうとしたが、うまく言葉にならないまま、その微笑みは、すぐにいつもの静かな表情に戻っていった。
「おやすみなさい、マスター」
その声だけが、静かに部屋に残った。
久世は、それ以上何も言わず、目を閉じた。
宇宙は、今日も、変わらず静かだった。
だが、その静けさの中に、小さな、確かな何かが、育ち始めていた。