『怪獣駆除企業ガッタトン〜施工写真を撮るまでは殴るな!〜』
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
自衛隊から地方の中小企業「ゼニアル重工」へ出向させられた迫間拓海。彼に与えられた仕事は、自社製品の展示用置物ロボット『ガッタトン』に乗って……怪獣の足元で「施工前・施工中・施工後」の写真を撮影すること!? 災害救助予算(公共事業費)を引くために手書き黒板を持って怪獣へ突進する新人営業。 1本80万円の解体用ニッパーの刃こぼれに悲鳴を上げる血も涙もない経理。 国会での白鳥防衛大臣による伝説の迷答弁「撮れます!現に山田君は撮れました!」。 そして、ネット炎上と労基の指導を突っぱねて導入される「工事写真アプリ(評価点+15点)」——。 国家の縦割り行政と安全規定が自衛隊の最新鋭機を縛り付ける中、現場の意地と超法規的「全部盛り(違法改修)」で立ち上がるのは、不格好で愚直な民間企業と現場の公務員たちだった! 【全6話構成】 第1話: 初出撃とゼニアル重工の現実(プロトタイプ受領と黒板文化) 第2話: 『施工前写真を撮るまでは殴るな!』(超大型ニッパーと命がけの三点写真) 第3話: 『国会審議:撮れます!山田君は撮れました!』(大炎上と工事写真アプリ導入) 第4話: 『最強怪獣襲来と超法規的「全部盛り」』(自衛隊機大破と官民一体の暴走魔改造) 第5話: 『施工完了:天満市防衛戦』(決死の爆発背景シャッターと本工事完了) 第6話: 『会計検査官と始末書を抱えて』(一太郎書類バトルと平和な日常への帰還) 名前はダサいが仕様は超絶イケメンな12mロボ『ガッタトン』が、重工メーカーの現場のプライドと大量の請求書を背負って天満市を駆け抜ける!
本文
第6話 最終話:『会計検査官と始末書を抱えて』
万年筆の先が紙を引っ掻くカリカリという執拗な音が、冷え切った会議室に重苦しく響き渡っていた。
十月上旬、秋風が吹く天満市の朝。ゼニアル重工の本社二階にある大会議室は、焦げたトナーと古い紙の匂い、そして刺すような緊張感に満たされていた。長机の上に整然と並べられたのは、高さ一メートルを超える幾多のバインダーの山だ。そのすべてに、時代錯誤な『一太郎』フォーマットで印刷された出撃顛末書、修繕費明細、そして数千枚に及ぶ施工写真がぎっしりと綴じ込まれていた。
「……なるほど。自衛隊『陸自一号機』の大破現場における『部材緊急撤去および一時保管』、ですか」
銀縁メガネの奥から冷ややかな視線を走らせているのは、防衛省会計監査局から派遣された首席会計検査官、鬼塚(おにづか)だった。鉄のように硬い表情をしたその男は、白手袋をはめた指先で一枚の書類をコンコンと叩く。
「ですが銭有さん、天野さん。いくら現場が混乱していたとはいえ、国の所有物である最新鋭プロトタイプの高出力プラズマキャノンを無断で取り外し、貴社の民間重機『ガッタトン』に繋ぎ変えて破壊処理に使用した。これはどう見ても『物品の不当流用』および『不法解体』に該当します。この数千万円におよぶ改修費用請求、到底認めるわけにはいきませんね」
会議室の隅でパイプ椅子に座っていた迫間拓海は、胃のあたりをギュッと揉み締めながら生唾を飲み込んだ。コックピットで怪獣の熱線を前にした時よりも、この静寂な室内の方がはるかに心臓に悪い。
「やっぱりダメか……」と迫間が絶望しかけた、その時だった。
「お言葉ですが、鬼塚検査官!」
凛とした声が室内の静気を切り裂いた。立ち上がったのは、ゼニアル重工経理部の銭有華乃と、天満市役所防災課の天野ほのかの二人だった。示し合わせたかのように同時に胸を張る二人の眼光は、まさに獲物を狙う鷹そのものだ。
「不当流用? 不法解体? 何を言っているんですか!」
華乃が電卓をパーンと音を立てて机に叩き付けた。
「あれは不法解体ではなく、公共工事における『支給部材の緊急流用によるコスト削減措置』です! もしあの時、陸自一号機の残骸を現場に放置していれば、怪獣の熱線で完全に溶融・消失し、国は数百億円の資産を全額損失していたはずです! 我が社が危険を冒してパーツを『一時回収』し、ガッタトンの油圧系統に適合させて再利用したことで、資産の残存価値を最大限に活用したんですよ!?」
「そ、そうです!」
天野ほのかも間髪入れずに分厚い行政規程集をドンと広げた。
「天満市道路条例第42条および災害復旧特例法に基づき、当時の国道257号線は『市および県の管理下における超緊急修繕工事区間』に指定されていました! 現場で発生した障害物の撤去および再資源化の決定権は、地方自治体にあります! 国からの指示書ですか? 何度も申し上げている通り、当時の現場は怪獣の放つ強力な電磁波で通信が完全に途絶していました! 『通信障害により国の待機命令を受信不能であった』旨の証明書は、天満市長の公印付きで提出済みです!」
「む……通信障害の証明書……」
鬼塚検査官の眉根がピクリと跳ね上がった。
「それだけではありませんわ!」
華乃がバインダーから、刷り立ての写真を束でバサッと広げた。そこに写っているのは、工事写真アプリによって電子黒板が自動合成された、鮮明極まりない現場写真の数々だ。
「施工前! 施工中! そして怪獣撃破の瞬間を完璧なアングルで捉えた施工後写真! すべて電子国土情報対応の工事写真アプリで撮影し、改ざん防止のタイムスタンプも付与されています! これにより、今回の対怪獣砕石撤去作業における出来形管理評価点は、行政ガイドライン上限の『+十五点』を加算! 完璧な公共事業として処理されているんです!」
「あ、アプリで……プラス十五点……だと!?」
鬼塚の顔色が一変した。会計検査官にとって、地方自治体の公印と、完璧な電子データによって固められた「評価点+十五点」の書類は、最も反論しにくい絶対の壁なのだ。
「さらに! 現場で手書き黒板を持たされていた山田君の件についても、危険手当および特別教育手当の支給明細を添付し、労働基準監督署からの適合証明を取得済みです!」
華乃はニヤリと不敵な笑みを浮かべ、最後の決定打となる書類を叩きつけた。
「自衛隊一号機のパーツ流用により、新規兵器調達費用はゼロ! 天満市の防災DX補助金を適用し、今回の出撃で発生した純請求額は、ガッタトンの燃料代と破損したニッパーの修繕費、そして山田君の手当のみ! 当初の予定予算から実に『八割のコストカット』を実現しています! これのどこが『不当な経費請求』なんですか! むしろ省労力・低予算で怪獣を撃破した優良事例として、防衛省から表彰されてもいいくらいです!!」
「ぐ……ぐぬぬぬぬっ……!」
完璧すぎる書類の理論武装と、怒涛の弾幕のような口撃の前に、鬼塚検査官は額からタラタラと脂汗を流し、手にした万年筆をガタガタと震わせた。
「し、しかし……一太郎フォーマットのインデントが、一部三ミリほどズレているような……」
「それは防衛省本省が指定してきた昭和のフォーマットの仕様です!!」
華乃と天野さんの同時の一喝が、会議室に轟いた。
「……認める。今回の出撃経費および修繕費、満額支払いの方向で……処理します……」
鬼塚検査官がガクリと肩を落とし、承認印を書類に捺印した瞬間、会議室の外で見守っていた社員たちから地鳴りのような歓声が上がった。
「勝った……! 勝ったぞぉぉぉ!」
銭有社長が山田太郎と抱き合って歓喜の舞を踊り、柴田班長が「酒だ! 今夜は宴会だ!」と油まみれの拳を突き上げた。
「はぁ……助かった……」
迫間は長椅子の背もたれに深く体重を預け、天井を仰いだ。命を賭けた怪獣との戦いよりも、この書類バトルの方が生きた心地がしなかった。
「迫間さん、お疲れ様。はい、温かいお茶」
華乃がすっきりと澄み切った笑顔で湯飲みを差し出してきた。
「これでガッタトンの修理代も出たし、山田君の手当も払えるわ。あなたの来月の給料も、自衛隊から無事に振り込まれるわね」
「だから俺の給料はハナから自衛隊から出てるんだって……まあ、ありがとうございます」
迫間がお茶を一口すすると、香ばしい湯気とともに、長かった戦いの緊張がすーっとけていくのが分かった。
その時、会議室の大型テレビから聞き覚えのある声が流れてきた。ニュース番組の緊急会見だ。
『えー、今回の天満市における巨大未確認生物の沈黙につきましては……』
画面に映し出されていたのは、白鳥防衛大臣だった。相変わらず禿げ上がった頭頂部を光らせながら、胸を張って記者陣のフラッシュを浴びている。
『我が省の適切な公共事業管理、および現場との緊密な連携、そして何より我が省が導入を推進した「工事写真アプリ」による透明性の高い現場指揮の結実であります! 山田君が撮影した見事な施工後写真こそ、我が省の防災DX政策の勝利と言えましょう!』
テレビの前のゼニアル重工一同は、一瞬だけ沈黙した。
「「「どの口が言ってんだあの親父!!!」」」
全員のズッコケのツッコミが、秋空の天満市に空しく響き渡った。
* * *
それから、二週間の月日が流れた。
台風が一過したあとの天満市の秋空は、どこまでも高く、澄み切っていた。心地よい秋風が、ゼニアル重工の敷地内を通り抜けていく。
ゼニアル重工の正門前。そこには、すっかり元の姿に戻った『ガッタトン』がどっしりと鎮座していた。
自衛隊から違法移植(仮)されたプラズマキャノンや重装甲はすべて取り外され、返却(という名の書類上の破棄処理)された。右腕には新品の看板——『安全第一・株式会社ゼニアル重工』が固く握られている。
ガッタトンの足元で、迫間拓海は作業服の袖を捲り上げ、バケツとデッキブラシを手にして汗を流していた。
「よし、ここもキレイになったな」
迫間が拭き取っていたのは、ガッタトンの右肩にこびりついた鳩のフンだった。
怪獣との死闘を繰り広げ、国会を揺るがし、会計検査官を返り討ちにした巨大ロボット・ガッタトン。だが、平和になった今、その唯一の仕事は再び「看板持ち」と「鳩のフン掃除」に戻っていた。
「迫間隊長ー! 休憩にしましょう!」
事務所の玄関から、山田太郎が缶コーヒーを両手に抱えて走ってきた。その首には、今やすっかり相棒となった防水タブレットが下げられている。
「サンキュ、山田君。……どうだ、営業の仕事は?」
「最高ですよ!」
山田は缶コーヒーを迫間に手渡し、爽やかに笑った。
「工事写真アプリのおかげで、市内の建設業者さんから『うちもあのアプリ教えろ』って問い合わせが殺到してて。怪獣のおかげで営業成績はダントツのトップです! 危険手当も入ったので、今夜は奮発して焼肉に行きます!」
「そりゃよかった。もう怪獣の足元で木製黒板を掲げなくていいしな」
「あはは、あれはあれで、一生の思い出ですけどね!」
二人が笑い合っていると、ガッタトンの脚部に設置されたスピーカーから、聞き慣れたキーキー声が落ちてきた。
『ちょっと迫間さん! 遊んでないでガッタトンの定期点検簿、一太郎で入力しといてよ! 柴田班長が「油圧バルブからオイルがにじんでる」って言ってるわよ!』
「華乃さん、俺はもう点検終わらせましたよ! 書類も作成済みです!」
『あら、意外と手際がいいじゃない。じゃあ、来月のガッタトンの維持費計算も手伝って!』
「それは経理の仕事でしょうが!」
いつもの会話。いつもの日常。
自衛隊のプロトタイプパイロットとしての挫折、怪獣との死闘、書類の山。色々とありすぎたが、迫間はこの不格好で賑やかな会社が、心から好きになっていた。
その時——。
「迫間さぁぁぁぁん!!」
遠くから、甲高い叫び声とともに、一台の軽アシスト自転車が猛スピードでゼニアル重工の正門へ滑り込んできた。天満市役所防災課の天野ほのかだ。前カゴには、はち切れんばかりの分厚い書類の山が積み上げられている。
「天野さん? どうしたんですか、そんなに息を切らせて」
自転車を乗り捨てた天野ほのかは、ゼーゼーと肩を上下させながら、迫間の目の前でバインダーをドサッと掲げた。
「大変です迫間さん! 天満市と天満県、そして防衛省の三者合同で『新・広域防災会議』の設立が決まりました!」
「防災会議? まあ、今回の件もありましたし、良いことじゃないですか」
「それでですね! その会議の『民間技術顧問』として、ゼニアル重工と迫間さんの指名が入ったんです!」
天野ほのかは、上目遣いで迫間をじっと見つめた。その頬が、少しだけ赤く染まっている。
「……あの、私情込み……というか、私の猛アピールで推進した書類なんですけど……。これで迫間さん、これからも週に三回は市役所の私のデスクに来て、書類の打ち合わせをしなきゃいけなくなりました!」
「え……」
「断らせませんからね! はい、これが提出用の『顧問着任申請書』と『会議要綱』です! 全三〇ページ、もちろん一太郎フォーマットです!」
「また一太郎かよぉぉぉぉ!!」
迫間の叫び声が、秋のどこまでも高い空へと爽やかに突き抜けていった。
ガッタトンが正門前で静かに佇み、風に揺れる看板がカタンと音を立てる。
怪獣がいなくなっても、彼らの平和で、胃が痛くて、けれど少しだけ誇らしい日常の戦いは、これからもずっと続いていくのだ。
(完)