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旅行代理店(二)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/14 📚 シリーズ: 明日のラブレター 📝 2,426文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

長編&連作 作品集

本文

旅行代理店(二)

【豪華なランチ】

昼食は、ホテルのレストランで供された。

案内された大広間には、白いクロスの掛かったテーブルがいくつも並び、天井からは大きな硝子細工の照明が下がっている。参加者全員に、その日の昼食を指定する予約券まで用意されていた。まるで最初から、この四十人分の席が長い間予約されていたかのように。

「この料理、写真に載ってますね」

パンフレットを手にした参加者が、コース料理の一皿を見比べながらそう言う。周りの何人かも、同じように冊子や、写真を鞄から取り出していた。

「なんだか、ここに来たことがあるような気がするんですよね。初めてなんですけど」

参加者の一人が、誰に言うともなくそう漏らした。隣の人も、それに小さく頷いていた。

「私もです。庭を見た瞬間、ふっと」

「懐かしい、っていうのとも違うんですけど……」

言葉にしようとして、誰もがうまく言い当てられずにいる。会話はそこで途切れ、また別の話題へと移っていった。誰も、それ以上は追及しない。純の目には、単に旅先の高揚が生んだ気まぐれな感傷としか映らなかった。

食堂の場所を迷いなく言い当てたことも、庭の位置を知っていたことも、プールの円い形まで語れたことも——その一つひとつの奥には、本人たちにも説明のつかない何かが横たわっていた。うまく言葉にできない懐かしさが、体の奥のほうから、静かに滲み出してくるような感覚。血の中に、ずっと昔から仕舞われていた記憶が、この日だけ薄く溶け出しているような。

けれど、誰もそれを疑わない。運転手も、バスガイドも、参加者たちも、それをただの自分の記憶として、当たり前に受け入れているだけだった。

純と婚約者だけが、その輪の外にいる。二人にはその懐かしさが、まるで訪れなかった。

【パンフレットの日付】

コース料理の皿がすべて下げられ、そろそろ帰り支度をという段になって、婚約者がふと、隣の席の参加者が置いたままにしていたパンフレットに目を留めた。

「これ……ずいぶん古いですね」

軽い調子でそう言いながら、彼女は何気なくそれを手に取る。表紙はすでに色が抜け、端がやわらかく丸まっていた。ページをめくると、印刷の色もどこか薄れて見える。何の気なしに裏返し、隅に小さく刷られた発行年を目で追う。

そこで、彼女の指の動きが止まった。

もう一度、同じ箇所に目を戻す。見間違いかと思い、パンフレットを窓の光にかざしてみる。それでも、そこに並ぶ数字は変わらない。

「純さん、これ……」

呼ばれて、純も顔を寄せる。彼女が示す先を覗き込み、印字された日付を確認した。四十年以上前の年号。西暦も、月日も、はっきりと読み取れる。

「古い在庫か何かじゃないか」

そう言いかけて、純は言葉を止める。在庫にしては、紙の傷み方が不自然だった。それに、この紙の質感は、今日配られた資料とはまるで違う。

婚約者は、パンフレットを握りしめたまま、レストランの中を見渡した。参加者たちの服装、テーブルに並んだ食器、壁にかけられた絵。どれも、確かにこの時代のものに見える。なのに、手の中の一枚だけが、明らかに違う時間からここへ紛れ込んでいた。

「今日って……何年の、何月何日でしたっけ」

彼女がそう尋ねた瞬間、純は自分でも驚くほど、すぐには答えられなかった。当たり前に分かっているはずのことが、頭の中で急に輪郭を失っていく。今日という日付が、何かひどく曖昧なものに感じられてくる。

——自分たちは今、本当に「今日」にいるのだろうか。

そんな考えが浮かんだ瞬間、背筋を冷たいものが伝った。パンフレットの日付は、単なる古い印刷物の年号ではなく、今この瞬間、自分たちが本来いるはずのない時間へ足を踏み入れてしまった、その証のように思えてくる。

婚約者は、まだパンフレットを握りしめたまま、純の顔を見つめている。答えを求めるような視線だった。だが純にも、答えられることは何もない。

そのとき、周囲の参加者たちが席を立ち始めた。

「楽しかったですね」

「また来たいですね」

誰もが変わらぬ笑顔のまま、談笑しながらレストランを出ていく。純たちの動揺には、誰一人として気づく様子がない。

【最後の写真】

帰る前に、全員でホテルを背景に記念写真を撮ることになった。

四十人の参加者。運転手。バスガイド。婚約者。全員が、正面玄関を背に横一列に並んでいく。

純はスマートフォンを構えながら、まだどこか落ち着かない気持ちを抱えていた。地図アプリを開いて確かめたときには、確かにこの場所にホテルが在った。だが今は、その確認そのものが、ひどく心もとないものに思えてくる。

ファインダー越しに映る光景は、あくまで穏やかだった。笑顔を浮かべる参加者たち。その奥に、変わらず建つ白い壁と、手入れの行き届いた庭。

シャッターを切る。

ホテルを背にした、明るい記念写真が一枚、画面の中に残った。

バスに乗り込み、一行は出発した。帰りの車内でも、参加者たちは今日一日を振り返り、楽しげに言葉を交わしている。誰の顔にも、疑いの色はない。

純はスマートフォンを取り出し、さっき撮ったばかりの写真を開いた。隣では婚約者が、まだ何か言いたげな表情でこちらを覗き込んでいた。

画面に、四十人の参加者が写っている。運転手も、バスガイドも、婚約者も、笑顔のまま並んでいる。

——けれど。

背景にあるはずのホテルだけが、写っていなかった。

建物があるはずの場所に広がっていたのは、水面を静かに揺らす、一面の湖だった。

純は、その画像から目を離せずにいた。隣で婚約者が、小さく息を呑む気配がした。

窓の外を、見覚えのない山肌が流れていく。ふと、純の胸の奥に、何か温かいものが滲んだ。かつて誰かが、この道を通ったことがあるような——うまく言葉にならない、ひどく親しい感覚。振り払おうとしても、それは薄い膜のように、いつまでも肌に貼りついたまま離れていかない。

隣に座る婚約者の横顔も、いつの間にか、あの穏やかな微笑みを浮かべ始めていた。

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JJ

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