名探偵登場
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ゆすり屋の男が、人気のない廃工場で殺害された。 犯人と目されるのは、彼に殺意を抱く二人の男。 互いの存在を知らぬまま現場へ向かった二人の行動には、奇妙な食い違いがあった。 何気ない発言や不自然な行動、現場に残された小さな痕跡をつなぎ合わせたとき、事件の構図は思いもよらぬ形へ反転する。 二つの殺意が交錯した先に待つ真相とは――。
本文
ある休日の昼下がりのことだ。
睡眠不足の眠い目をこすりながら、私、雨宮慎嗣は、友人の田母神洋輔のもとを訪ねた。
「――これが昨晩思い付いたアイデアを、徹夜でまとめた草案なんだ」
プロの推理作家を目指し、日夜習作の執筆に明け暮れる私は、読書家で特にミステリ小説を好むこの友人に、よくアドバイスを求めていた。今回も「フーダニット(誰が犯人か?)」を主眼に置いた短編の草案に目を通してもらったところだ。
「どうだ? 三谷と木村のどちらが犯人か、お前には分かったか?」
タブレット端末の画面から目を離すと、田母神は私の目を見据え、ニヤリと口元を歪めた。
「ああ。真犯人は外科医の木村。そうだろ?」
彼は何の躊躇もなく即答する。正解だ。
だとしても――だ。
「言っておくが、当てずっぽうなら正解とは認めないぞ? 容疑者は二人なんだ。適当に答えても五十パーセントの確率で当たるんだからな」
簡単に言い当てられてしまった私は、悔し紛れに反論する。
「もちろん、根拠はあるさ」
缶ビールをひと口飲むと、田母神は自信満々で答える。
「聞かせてもらおうじゃないか、その根拠を」
そう言い返しながら、私もビールにひと口付けた。
「その前に――」
彼はタブレットの画面を私に向け、文字の羅列を指差す。
「君はフーダニットと言っていたけれども、これは叙述トリックも仕掛けているよな?」
この男、もうそこまで見抜いたのか。
「別にアンフェアではないだろう? 叙述トリックを抜きにしても、犯人が特定出来るように書いたつもりだ」
「まあね。試みとしては面白いと思うよ」
「納得したところで、お前の推理を聞かせてくれよ」
そう言いながら、私は居住まいを正す。
「僕が木村を犯人だと特定した根拠――。それは、三谷と木村の行動は一見同時進行しているように見えて、実際はそうではなかったんじゃないのか、木村が黒須を殺したのは《《昼間の出来事》》だったんじゃないかと考えたんだ。つまり、木村と三谷の行動には《《半日程度のタイムラグ》》があった。作者の君が仕掛けた、時間錯誤を誘う叙述トリックというわけだ」
悔しいが、田母神には全てお見通しのようだ。
「どこからそう推理したんだ?」
「まず、三谷の描写には『夕食』『夜勤の支度』『夜の道路』という、今が夜であることを示唆する語句がいくつも出て来るけれど、木村の方にはそれが全く無い。冒頭で木村が『勤め先の病院から帰宅した』のは夜勤明けという意味であり、早朝の場面だった。そう考えると、それ以降の二人の描写に生じる《《いくつかの矛盾点》》にも全て説明がつく」
「矛盾点というか、書き手が作中に仕掛けた叙述トリックの伏線――ヒントだな。どのへんが矛盾していると思った?」
「まずは……三谷が車で移動するシーンで、カーラジオの音声がその日の夕方から夜にかけて雨が降っていることを伝えている。だが、木村は外出時、手には何も持っていなかった。雨が降る前の午前中に廃工場へ行っていたからだ。もし彼が夜に行動していたのなら、いくら身軽にしたかったとしても傘くらいは持って出かけたはずさ」
相変わらず鋭い男だ。よく気付いたな。
「次に木村が自宅の最寄り駅に着いたシーンだ。駅の構内アナウンスが『《《八時》》四十二分発〜』と言っているけれど、夜であれば時刻を『《《二十時》》四十二分』と言うはずだ。まだある。木村がタクシーを降りて廃工場へ徒歩で向かうシーン。時間は十一時を過ぎていた。木村は余りの緊張から、自販機で缶ビールを買って飲んでいるが、夜の十一時過ぎだったらあり得ない行動だ」
「そこまで読み取っていたか。さすがは名探偵だな」
この田母神洋輔という男は、過去にいくつかの犯罪捜査で警察に協力し、そのずば抜けた洞察力で難事件を解決に導いてきた。実際の話、ちょっとした探偵でもあるのだ。
「さっき雨宮が言ったように、叙述トリック以外にも、作中には純粋に犯人を特定するための手がかりがあったな」
彼は顎の無精髭を撫でながら続ける。
「ああ、そこまで分かったのか?」
「うん。被害者の黒須は『背後から不意を突かれ』、致命傷となった頸部の傷口の様子から『刃物は被害者側から見て右から左へ使用された』」
田母神は刃物を逆手で持つように握りしめた左手を自分の喉もとに掲げ、突き刺した刃物で喉を切り裂くようなジェスチャーをして見せる。
「このことから、犯人の利き手は左手であることが分かる。三谷と木村それぞれの冒頭のシーンで、三谷は右手で、木村は左手でスマホの画面を操作している。ここですでに木村が左利きであることが提示されていた」
「じゃあ、これはどう説明する? 木村の時も三谷の時も、廃工場内に入り込んだ場面で『男の悲鳴が響き渡って』いる。犯人の木村の場合は、黒須を殺害した際の黒須本人の声だと考えられるけれども、三谷の場合は誰なんだ?」
「簡単な話さ。夜遅い時間に、真っ暗な廃工場の中で血まみれの死体を目撃したら、誰だって悲鳴をあげたくなるだろう? 三谷自身の悲鳴だったのさ。昼間殺された黒須の死体を目の当たりにして、恐ろしくなった彼は慌ててその場を離れ、車に飛び乗った。速度違反を起こすほどの猛スピードで、廃工場から逃げ出したんだ」
田母神は完璧なロジックで次々とこちらの仕掛けを崩し、伏線を回収していく。
「ちなみに、作中で警察が三谷を重要参考人としながらも、犯人と特定出来なかった理由として挙げていた『不可解な行動』。これは黒須の死亡推定時刻と、三谷が廃工場を訪れた時間に半日もの開きがあったこと。そして速度違反で捕まるほど慌てて廃工場から逃げ出したことだよな?」
「ああ、その通り」
「もし仮に三谷が犯人で、昼間に一度廃工場へ行って黒須を殺害し、何らかの理由で深夜にもう一度現場に戻ったのだとしたら、大慌てで逃げ出したことの説明がつかない。殺人を犯して慎重に行動していたはずの彼は、間違っても速度違反で捕まったりはしなかっただろう」
まさに百点満点の考察だ。では、これならどうだ。
「じゃあ最後に。黒須から三谷への電話はどう説明する? 朝、木村へ呼び出しの電話をしたのはもちろん黒須だ。だけど彼は昼間すでに木村に殺されている。その日の夜、三谷に電話することは絶対に出来ないだろう」
「何の問題もない。黒須の携帯電話を持ち去ったのが木村だったんだ。彼は黒須の携帯のアドレス帳から、自分以外のゆすり先の存在を知った。そして夜の七時ごろ、黒須の携帯電話を使って三谷へ電話をかけた。黒須になりすましてね」
田母神はビールにひと口付け、さらに続ける。
「木村は三谷がどんな理由で黒須からゆすられていたのか、詳しくは分からなかっただろう。だから電話では具体的な内容には触れず、『あのこと』としか言っていない」
まったくもって、そのとおりだ。
「なぜ、木村はそんなことをしたんだと思う?」
「黒須殺しの罪を三谷に着せられるかもしれないと木村は考えた、ってのはどうだ?」
完敗だった。ぐうの音も出なかった。
田母神はこちらが用意した謎を、全て解き明かしてしまった。
「――なあ、雨宮」
私が落胆していると、田母神はニヤニヤと薄笑みを浮かべながら訊いてきた。
「黒須の三谷へのゆすりネタだった轢き逃げ事故、被害者は搬送先の病院で息を引き取ったんだよな?」
「ああ、そうだ」
「で、木村のネタは彼の手術中の医療ミスだ」
「それがどうか――あっ!」
私は思わず息を呑んだ。
「この二つの出来事に繋がりを持たせれば、物語にもうひと捻り加えられるんじゃないか?」
自分で書いていながら、完全に盲点だった。
確かに、最後の最後で大どんでん返しが作れそうだ。
「気付いていなかった。プロットを組み直してみるよ」
まったく、この男の観察眼にはいつも頭が下がる。書き手の私が見落としていた伏線を見つけ出すとは。
私は自分が飲むつもりだった未開封の缶ビールを、謝礼のつもりで彼の前に差し出した。アルコールを燃料にして生きていると言っても過言ではない田母神の頬が、途端に緩む。
「傑作が生まれたら、また読ませてくれよ」
彼はビールを手に取ると、プルタブを開けて口に運び、旨そうに喉へ流し込んだ。
「田母神、ついでに訊くけど――」
「ん?」
「この話、お前がタイトルを付けるとしたら、なんて付ける?」
「そうだなあ……」
彼は腕を組み、天井を見上げる。
そしてしばらく考えた末に、ゆっくりと口を開いた。
「黒須を殺したのは木村だった。三谷も黒須を殺そうとしていた。一人の殺意は現実となり、もう一人の殺意は、真犯人を隠すために利用された――」
田母神は独り言のように、ブツブツと口ずさむ。そして――
「二つの殺意が交錯したとき、一つの殺人が完成した――これを小説にするのなら、タイトルは『交錯する殺意』なんてのはどうだ?」
〈了〉
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