名字限定戦隊 タナカレンジャー
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
熱い王道展開とギャグのギャップが好きな方 世界の存亡を賭けた限界突破の覚醒バトルで熱く燃え上がった直後、一転してくだらない日常会話や内輪揉めで笑わせてくれる、王道の熱血×コメディの黄金比を楽しみたい方に最適です。 愛すべきポンコツヒーローたちの群像劇が読みたい方 個性が強すぎる「タナカレンジャー」の面々をはじめ、独自すぎる美学を貫くスズキライダーやプリティーサトーなど、人間味あふれる愛くるしいキャラクターたちの掛け合いに癒やされたい方にお薦めです。 サクッと読めてスカッと元気がもらえる作品を探している方 テンポの良いストーリー展開とカタルシス抜群の必殺技、そして最後は誰も傷つかない平和でクスッと笑える結末で、読後に明るく晴れやかな気分になりたい方にぴったりです。
本文
第6話:遠(ピー)の戸籍改変大作戦
塩気を孕んだ潮風が容赦なく肌を穿ち、海鳥の甲高い鳴き声が果てしない青空へ溶けていく。 波飛沫が太陽光を乱反射させ、まるで砕け散ったダイヤモンドの粒のように煌めく海原の只中で、巨大な高級客船が穏やかに波をかき分けて進んでいた。 その豪華絢爛な船上で、男は自らの苗字という名の重圧に押し潰されそうになりながら、絶望の叫びを上げていた。
「もう嫌だ……! 頼むから俺を『田中』に改名させてくれぇぇぇッ!」
東京湾沖合を航行する大型客船『グランド・オーシャン号』の最上階デッキ。 人気旅番組『豪華船旅・全国苗字めぐり』の生放送ロケの最中、ゲストの遠(ピー)は膝を折り、頭を抱えて大海原に向かって叫んでいた。
番組メインMCのココ(ピー)こと田中、そしてゲストの鈴木〇くん、佐藤〇里さんが呆然と見守る中、遠(ピー)の顔面は土色に変色していた。
それもそのはず、客船の数百メートル手前の海面が突如として盛り上がり、漆黒の甲羅と不気味な触手を蠢かせる怪獣型の怪人——「海魔獣ヌシドン」が姿を現したのだ。
「落ち着いて遠(ピー)さん! 生放送中ですよ!」 ココ(ピー)の田中が必死にフォローを入れるが、遠(ピー)のパニックは止まらない。
「落ち着けるかよ! だってそうだろ!? スズキライダーは『鈴木』、サトーは『佐藤』、そしてタナカレンジャーは『田中』……! どいつもこいつも自分の苗字の奴しか助けない主義なんだぞ! ニュースで見たろ!? マイナーでややこしい苗字の俺たちが襲われても、身を呈して守ってなんてくれないんだ! 助けてもらえないんだよッ!」
「あ、あの人たちのこだわりは異常ですからね……!」鈴木〇くんが必死に宥める。
「嫌だ! 俺は今日から『田中』になる! 田中遠(ピー)になるんだ! 戸籍法を変えてでも、今すぐこの場で改名申請書類を提出するッ!」
「いや、船の上から役所に届出は出せませんって!」佐藤〇里さんが泣きそうな声でツッコミを入れる。
怪人ヌシドンが湿った潮の悪臭を撒き散らしながら、地鳴りのような咆哮を上げた。触手が海面を叩き割り、客船に巨大な横揺れが襲いかかる。生放送のカメラが大きく傾き、遠(ピー)の叫びが虚しく響き渡っていた。
【
ババババババババババッ!!
その時、重苦しい雰囲気を切り裂くように、上空から猛烈なローター音が降り注いだ。
見上げれば、雲を抜けて姿を現したのは最新鋭の双発超大型ヘリコプター。 客船の最上階デッキの上にホバリングしたヘリのスライドドアが開き、サングラスを外した重厚な革ジャン姿の男——スズキライダー(変身前)が姿を現した。
ワイヤーで一気に降下し、甲板に着地したスズキライダーは重厚な構えをとる。
「鈴木の平和は俺が守る。スズキライダー見参!」
スズキライダーは、即座に鈴木〇くんを確保。続いて音声さん、ADの鈴木さんも確保。彼は自分の苗字である『鈴木』を救うと、間髪入れずに怪人との戦闘へ移行する。
さらに、もう一方向の空から真っ赤に塗装された高級VIPヘリが滑り込んでくる。
ヘリを飛ばしてきたプリティサトー(22歳)が、ヘリのドアを開けてワイヤーを手に取った。
「愛と希望と佐藤のために魔法少女プリティーサトー、さとう(砂糖)に代わって執行よ!」
サトーがあざとくポーズを決め、一気にワイヤーで甲板へと降下を開始した——その瞬間である。
ドォッ!!
上空のローター風と降下による猛烈な逆風が同時に彼女を襲った。
「きゃあッ!?」
空中を舞うサトーのフリルスカートが容赦なく捲り上がり、白日の下に晒されたのは、彼女が勝負の時にしか着用しない鮮烈極まる「赤のTバック」。 降下中の無防備な姿勢も相まって、贅沢なレースとシルクの赤が白波と青空の中で眩い存在感を放ち、生放送のカメラと全国の視聴者の目を釘付けにした。
「見えた……! 眩しすぎる赤が……!」カメラマン(佐藤)が歓喜の声を上げる。
そのまま甲板へと見事に着地したプリティサトーは、すぐさま佐藤〇里さんとカメラマンを安全圏へ退避させた。取り残されたココ(ピー)の田中と遠(ピー)は、二人のかき鳴らす戦闘の余波を避けながら「気をつけて逃げる」ほかなかった。
「同胞の救出は完了した! 暴れん坊の怪人め、これより貴様を粉砕する!」 スズキライダーとプリティサトーが激しい戦闘に突入する——。
——だが、その時。
「ハァ……ハァ……! よ、ようやく着いたぞ……ッ!」
客船の側面に降ろされていた舷梯(タラップの階段)の最上段から、汗と潮水に塗れた男の手がニュッと伸び、デッキの手すりを掴んだ。
ぞろぞろとタラップを登ってきたのは、タナカレンジャーの5人であった。
彼らにはヘリをチャーターする資金など1円もない。 ファミレスでスズキに奢ってもらった後、港で途方に暮れていたところを地元のベテラン漁師・田中秀匡さん(80歳)のボロ漁船に乗せてもらい、船を全開で飛ばして客船に追いついたのだ。 そして、揺れる漁船から客船側面の細く長いタラップへ飛び移り、数十メートルの階段を自力で駆け登ってきたのである。
「ハッ……ハッ……ゼェ……!」 激しく息を切らし、膝に手をつきながらも、タナカレッドがココ(ピー)の田中の前に立ちふさがった。
「息を切らしながら……ココ(ピー)田中は助けても! 遠(ピー)は助けない! 名字限定戦隊タナカレンジャー!」
名乗りと同時にココ(ピー)田中とデレクターの田中さんを確保する。
「堂々と差別化して名乗るなよッ! 助けろよ俺もッ!」 遠(ピー)の悲痛なツッコミが響き渡る。
元女子総合格闘技無敗王者のタナカイエローはといえば——。
「あー……私さ、タラップの階段登ってる途中で下見たら、高所恐怖症と船酔いがダブルで来てマジで無理……ゲフッ」 相わらず「自分の金でヘリを呼ぶ」という発想は彼女の個人主義の辞書にはなかった。
「遅いぞ『田中』ども!」 怪人と交戦中だったスズキライダーが、這いつくばるタナカレンジャーを見下ろして呆れ顔を浮かべた。
「サトーの勝負下着の余韻も冷めやらぬうちに到着とは、相変わらず要領の悪い奴らだ。救助は済んだ、交戦の邪魔をするな!」 「うるさいわね! こっちは命がけでタラップ登ってきたのよ!」ピンクが噛みつく。
だがタナカレッドはスズキの制止を無視してそのままの勢いで立ち上がり、見捨てられて逃げ回っていた遠(ピー)のもとへ駆け寄った。
「聞いたぞ遠(ピー)! 貴様、我が『田中』の苗字に改名したいと言ったなッ! その志、実に感銘を受けた!」
「えっ!? あ、いや、それはお前らが『田中』しか守ってくれないからであって——」
「だがッ! 苗字とは魂の刻印! 戸籍の改変などという重大な手続きを、そのような生半可な気持ちで行うことは断じて許されん! ブルー、戸籍法の規定を解説しろ!」
「はいッ!」ブルーがカバンから分厚い六法全書を取り出し、めくった。
「戸籍法第107条1項! 『やむを得ない事由によって氏を変更しようとするときは、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない』! 遠(ピー)さん、あなたの申請理由には重大な不備があります!」
「はぁ!?」遠(ピー)が開いた口が塞がらない。
「第一に!」レッドがビシッと指を突きつける。「『怪人に襲われて助けてもらえなさそうだから』は『やむを得ない事由』に該当しない! 第二に、申請書類における本籍地の記載と現住所の世帯主記載における『遠』のしんにょうの点の数に表記揺れがあるッ!」
「知らんよそんなこと!? 俺は今、怪人に喰われそうなんだよッ!」
タナカレンジャー5人はパニックになる遠(ピー)を取り囲み、「苗字変更における手続きの厳密さ」と「行政書類の不備」について熱狂的な説教を開始した。
「……あいつら、またやってるわ」 怪人と激闘を繰り広げていたスズキライダーとプリティサトーが額を押さえて溜息をつく。怪人ヌシドンも、眼前で始まった熱烈な説教と自分を完全無視するタナカレンジャーに困惑し、攻撃の手を止めてしまっていた。
その時であった。
ブォォォォォォン……ッ!!
水平線の彼方から重厚なスクリュー音が響き、灰色の巨大な鋼鉄の城——海上自衛隊の護衛艦群が姿を現した。
甲板の巨大な主砲が高速で回転し、怪人ヌシドンへ正確に照準を合わせた。
『こちら海上自衛隊。当該海域における人命の安全を確認。これより未確認巨大生物の排除行動に移行する』
ズガァァァァァァァンッ!!
高圧加熱弾頭が直撃し、怪人ヌシドンは悲鳴を上げる暇もなく一瞬で粉砕され、黒煙となって消滅した。発生から処理まで、まさに一瞬。
「あ……」 説教の途中でまたしても水を差されたタナカレッドが、ポカンと空を仰いだ。
「ま、またか……。説教の途中で、警察や『コームレンジャー』どころか今度は自衛隊に怪人を倒された……」 「だから言ったでしょ」ピンクが呆れたように鼻を鳴らす。「書類の不備だかなんだか知らないけど、現場の危険は行政より早く去っていくのよ」
遠(ピー)は安心感と怒涛の説教の疲労で、デッキにぐったりと倒れ込んでいた。
「……もう改名なんてしないよ……遠(ピー)のままでいい……」
怪人が一瞬で撃滅され、戦いを打ち切られたスズキライダーとプリティサトーは、呆れつつもスマートにヘリへと戻っていく。
「じゃあな『田中』。救助も戦闘もこなせぬまま、また不備の追求だけで終わったか」 スズキが鼻で笑い、サトーも「サトーも帰りますわ〜♪」と手を振って大空へ去っていった。
取り残されたタナカレンジャーは、客船の横に横付けされたボロ船の上から「おい若者ども、早く降りてこんと置いていくぞい!」と叫ぶ80歳の田中秀匡さんの声を聞き、再びあの長いタラップを降りなければならない現実に絶望していた。
「……またしても、成果ゼロか」ブルーが力なく肩を落とす。
「何を言うかブルー! 我々は一人の男が軽率に苗字を変えようとする過ちを防いだのだ!」
彼らがそんなやり取りを繰り広げている客船の上空——遥か高空を、一機の超小型ステルスドローンが静かに旋回していた。
そのドローンが捉えた映像は、陸上の高層ビルの一室へとリアルタイムで送信されている。
高級スーツに身を包んだ男——多中(たなか)が、冷徹な瞳でモニター画面を見つめていた。画面には、タラップの前で押し合いへし合いをするダサいタナカレンジャーの姿が映っている。
「……どこまでも愚かで、惨めな奴らだ」
多中は冷酷な笑みを浮かべた。
全国にわずか170人ほどしか存在しない、超激レアな苗字を持つ男・多中。 本業の経営と投資で巨額の資産を持つ彼は、自腹の豊富な資金で裏社会に秘密裏に手配し、たった一人で最新鋭の戦闘システムを作り上げていた。
「全国4位の雑多な『田中』どもめ。説教に興じ、自衛隊に獲物を奪われ、タラップにしがみつく……これが貴様らの正義か? 吐き気がするな」
多中の指がキーボードを叩くと、モニターの画面が切り替わり、秘密ラボで完成した『たった一両の漆黒の新型アーマー』の設計図と実機映像が映し出された。
「我が『多中』の名誉のため、貴様らには舞台から退場してもらう。本物の誇りというものを、その身体に刻み込んでやる……」
夕闇が迫る海の上、自分たちに向けられた巨大な悪意の存在に、タナカレンジャーはまだ誰も気づいていなかった。
(第7話へ続く)