7話 帰れない騎士 後編
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あらすじ
死んだ冒険者を蘇らせる事を仕事にする蘇生屋トルクは、今日も死体を探しにダンジョンへと潜る。人助け?いいや、ただの飯の種だよ。モンスター退治や宝探しみたいな夢もロマンもありゃしない。そんな冒険者の物語。
本文
「全くユーベルト坊ちゃんも困ったものでな!
仮にもアシュフォート家の三男であるのに未だに冒険者に憧れているのだ!」
青い炎のランタンが揺れるセーフルームの中、壁に寄りかかり口を血で濡らし肉を貪りながらホルテは喋る。
その横ではトルクが黙って干し肉を齧り、口の中の塩味を噛み締める。
イコは何かを言いたげに、さっきから静かにトルクを見つめていた。
「いや、勿論冒険者という仕事は必要であるし侮辱する意図はない。
だが、旦那様の言う様に将来は家業を継がれるご長男の補佐をやるのが務めというものだと何度諭しても聞き入れてはくれぬのだ」
ホルテはため息交じりに語りを続ける。だが、その視線はトルクには向けられていない。どこか宙を見ている様な虚ろな視線だった。
語りを止める事無く、トルクは黙って干し肉を口に運ぶ。
「冒険者になるんだと勉強をサボり剣を振り回しては家出を繰り返して、旦那様も奥様も困っているのだ。私もそれに付き合わされて何度怒られた事か……。
特に……なんだったか、ああそうだ。
『レッドマンティス』という冒険者チームにいたく憧れを持っていたな。
貴殿は知っているか?」
その言葉に、トルクの手がピタリと止まり顔が固まる。
しかしそれも数秒、すぐに元の様に静かな顔へと戻る。
「あぁ、そのチームの名前はよく聞く。有名なんだってな」
「そうか。ううむ。いずれにせよ、坊ちゃんには冒険者を諦めて欲しいのだが言い出したら聞かぬからなぁ……おっと、そろそろ坊ちゃんを探しに行かねばならんな。
もし坊ちゃんを見つけたのならば坊ちゃんを保護して欲しい!!
このホルテ・フォン・ディシャモンの名にかけて相応の礼はすると約束する!」
「わかった、そうする」
「うむ、では済まぬが先を急ぐでな!!縁があればまた会おう!!」
数日前と全く同じやり取り、台詞。
熱の無いトルクの返事を気にした様子もなく、ホルテは走り去る。
ガシャガシャと音を立てて去っていくホルテの背中を、トルクは黙ってみていた。
「おじさん……」
イコが何かを言いたげにトルクを見る。
「わかってる」
トルクは背中に壁を預けたまま干し肉を齧り続ける。
「あいつはな……もう数か月前からああやって『坊ちゃん』を探し回ってるんだよ。この迷宮の中で、ずっと外に出ないまま、な。
『気狂い騎士殿』と冒険者達から言われてやがる」
真っ直ぐな様で、焦点の合っていない眼。
さっきまでのやり取りも、会うたびに何度もやった事だった。
「モンスターに食われたか、転移系の罠で飛ばされたかは知らんがな。
死体が仮に無事でも、数か月も経ってたらもう蘇生は出来ない。
イコ、お前知り合いにあいつが話してた様な身なりのゴーストの知り合いはいるか?」
ふるふる、とイコが黙って首を横に振る。
トルクは干し肉を飲み干すと、どこか遠くを見る様な目で天井を見上げる。
「……帰れなくなっちまったんだよ、あいつは。
この迷宮で、大事な物を奪われちまったんだ。
それを取り返せるまで、あいつはどこにも帰れない」
「おじさんは?」
イコの問いかけに、トルクは暫く黙り込む。
やがて、静かに体を起こした。
「俺はこれしか能が無いだけだ。
……行くぞ、明日の朝飯とお前の聖水分、稼がにゃならん」
トルクは迷宮の闇へと足を向け、イコはその横を浮かびながら着いていく。
その日からホルテと再会する事は無かった。
暫く後に、ホルテが居た階層にゾンビ出現の警告文がギルドの掲示板に貼りだされる事になる。
◇◇◇
「ホルテの奴、とうとうマジで狂いやがったか」
「間違いねぇ。全身鎧の姿の奴を見たのが何人もいる。モンスターも冒険者も見境なしだそうだ。足はそう速くないから逃げるのは容易らしいが」
ギルドにいる荒くれ者達の間では、既にホルテの話で持ち切りだ。
そんな話を余所に、トルクは無言で身支度を済ませていた。
そこに、カウンター席に座っていたギルドマスターが声を掛けてくる。
「行くのか、幼女趣味(ロリコン)トルク。一応気をつけろよ」
「刺し殺すぞ」
「まぁ、お前さんの場合はその嬢ちゃんの幽霊が憑いてるから心配はねぇか。
ゾンビなんざ倒した所で得なんかありゃしねぇからな」
「……ああ」
ギルドマスターの軽口にトルクは振り返る事もなく迷宮へと向かう。
その顔の目の影が少し濃くなっている事に気付く者はイコ以外いなかった。
◇◇◇
8階層。
いつもと比べ、血の匂いと空気の澱みが酷くなっている。
「……イコ、ホルテがどこにいるかわかるか」
「わかる。でも、なんか変。あの騎士の人だけど、騎士の人じゃないのがいっぱい混じってる感じ」
眼の前の暗闇を見据えて、静かにトルクがスティレットを抜く。
イコの導きのまま歩いていると道端にはこの階層のモンスターの死骸が転がっている。
どれも、切り刻まれた物ばかりで壁や床は血の線が飛び散っていた。
「あっちにいる」
イコが迷宮の闇の向こうを指し示す。
ガシャ… ガシャ…
聞き覚えのある金属音がゆっくりと近づいて来るのがわかった。
同時に、血の匂いと腐臭が鼻に飛び込んでくる。
「おぉ……う、おぅ……ぉぉ……」
ランタンの明かりに照らされて現れたホルテは土気色の顔に、眼の下が窪み、だらしなく開いた口。生前の精悍さは微塵も感じられない。
何より、ホルテに纏わりつく様に無数の人の顔の様な靄が不気味な光を放っていた。
「……ゴーストに憑りつかれやがったな。しかも団体さんかよ」
イコの様な例外を除いて、ゴーストは生前の未練から肉体に憑りつこうとする。
特に体力の無い者、そして心が弱り切った者がゴーストに蝕まれ、やがて正気と生命を失ったゾンビとなり生物を見境なく襲う存在になり果てる。
ゴーストは未練のある魂を好む、という説もある。
「坊ちゃ…ん…」
ホルテだった者がそう小さく呟き、剣を引きずりながらこちらへとやってくる。
ゴースト共にとっては、ホルテがご馳走に見えたのだろう。
スティレットを握る手がギリリと締まった。
「……イコ、向こう行ってろ」
トルクはそう言うとポーチから聖水を取り出し、片手でコルク栓を開くとスティレットへとかけていく。
やがてスティレットが青白い光を放つと、トルクは膝を深く曲げ、地を這う高さまで姿勢を低く沈めた。
「傍から見りゃ見苦しいよなぁ……いつまでも、未練たらしく居座って……
なぁ、ホルテよ」
「坊ちゃ…ん…ぼっちゃあああ……ん」
「……話すのももう無理か。まぁ、いいさ。――俺もお喋りは好きじゃない」
トルクは小さく自嘲すると、その眼の影を一段と濃くした。
――次の瞬間、地を這うような突撃姿勢へと移る。その右手には、聖水の光を得た一本の短剣――スティレットが握られている。
切るのではなく、貫く事に特化した冷徹なる鉄の針。
右肘を極限まで後ろへ引き穿つ準備を整え、爆発的な推進力を生み出す為の力を軋む両足に蓄える。
ピシリとした空気が肌を刺す。
「――」
深く、短い呼吸。
次の瞬間、トルクの身体が跳ねた。
ドン、と空気を破る破裂音を残し、彼は地を蹴って跳んだ。
姿勢を低く保ったまま、文字通り一本の矢と化して一直線に突撃する。
ホルテの分厚い装甲、胸元の心臓だけを冷酷に見据え、トルクは神速の刺突へとその身を躍らせた。
「お、あぉあああああ!!!」
ホルテが叫び声を上げながら剣を叩きつけるが、振り下ろされた鉄塊は虚しく床を打ち砕くだけ。
残像を置き去りにし、すでにトルクは男の懐深くへ滑り込んでいた。
「……今、解放してやる」
後方の右腕を全身のバネで動かし、青白い針がホルテの鎧の中心へ突き刺す。
ドスッ
スティレットの切っ先が鎧を貫き、そしてその奥の心臓を貫いた。
ジュワアアアアアア!!!
どこか悲鳴の様な蒸発音と肉の焦げる匂い。
そして、ホルテの体から解き放たれる様に光の粒がいくつも天へと昇っていく。
「坊…ちゃん……」
ホルテが、白く濁った眼を天に向けながら、まるで何かを掴もうとするかのように両手を伸ばす。
「そこに……おられた、の…ですね……」
◇◇◇
『さあ、いつまでもそこにいては危ないですよ』
ホルテの遠い記憶。黄金の陽光が揺れる庭園。
視界の先にはまだ幼い顔立ちのユーベルトが植木の上で金の髪を揺らし不貞腐れた表情で居座っていた。
『うるさい、あっちに行け! ……俺なんかいなくても、誰も困らないだろ』
横へ逸らしたその目には薄っすらと涙の跡があった。
『エルヴィン兄上も、トーベル兄上も、俺なんかと違って頭が良い。
メイド達が陰で言ってたのを聞いたぞ。俺はこの家の出来損ないだって』
『なんと……誰がそんな事を言っていたのですか!?』
ホルテは手を強く握りしめる。
『そのような無礼者は私が殴り倒して差し上げますよ!!
教えて下さい!誰が言っていたのですか!?』
『いらんことをするな。どうせ本当の事だ。それにそんな事をしたらホルテが父上に怒られるだろ』
『構いません!!それでも殴ります!!本当かどうかなど問題ではありません!!
坊ちゃんを傷つけた、それだけで殴る理由に事足ります!!』
ユーベルトが驚いた顔でホルテを見た。
『私は、確かにこの家に仕える騎士です。ですがその前に、ユーベルト坊ちゃまに仕える騎士なのです。貴方をお守りする事が私の役目でもあり、誉なのです。
どうか、騎士としてその役割を全うさせて下さい』
そしてホルテは木の上のユーベルトに向かって両手を伸ばす。
『さぁ、帰りましょう坊ちゃん。 私達の家に』
木の上のユーベルトが躊躇う様に俯く。しかしやがて、おずおずとホルテに向かって手を伸ばしてきた。ホルテはその手を逃さない様に、より手を伸ばしていく……
◇◇◇
「坊ちゃ…ん……さぁ、一緒…に……帰……」
両手を天に伸ばしたホルテの体の中から、最後の光が解き放たれて天へ昇る。
ホルテの体はそのまま後ろへと倒れ、ガシャンという金属音が響く。
そして、動かなくなった。
スチャッ…
トルクは無言のまま、聖水の光を失ったスティレットを鞘に納める。
「おじさん。もうこの騎士の人、いなくなっちゃったの?」
空中から身を乗り出し、倒れた男の顔を覗き込むイコ。
目を見開いたままの亡骸に、命の揺らめきは宿っていない。
空虚な骸だけが転がっていた。
「……憑りついたゴースト共と一緒に、魂が浄化された。もう蘇生は出来ない。
それに……」
冷えた石畳へ膝をつく。
指先を伸ばし、ホルテの開いた瞼を下ろさせた。
白濁した瞳が隠れ、静かな寝顔へと変わる。
「こいつは帰りたがってたんだ。もう、いい加減帰してやれ」
首元へ手を滑らせ、一気に力を込める。
引きちぎられた金属片が、掌の中で冷たく硬い感触を残した。
「じゃあな、騎士殿」
背を向け、一歩を踏み出す。
薄暗い通路を遡り、地下世界からの脱出へ足を進めた。
――後日。
ギルドの掲示板からゾンビ出現の警告文は無くなり、
名簿の中に1人の男性の名の横に死亡の文字が書き加えられた。
トルクはポケットの中の冷たい小銭を弄りながら独りごちた。
自分から進んで冒険者になりたがる、ましてや迷宮に潜る奴にロクなのはいない。
英雄を夢見るバカと、日の下でまともに働けないろくでなし。
そして……
迷宮で大切な何かを失って、壊れて、帰れなくなった人間だけだ。
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