❖✦✙ 濃密なる至福の果てにある、ほろ苦き深淵 Ⅴ ✙✦❖
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p> ひとくち、艶やかにその結晶を割る。 歯を立てた瞬間、冷徹だった黒は彼女の体温に触れて恐ろしいほどの熱量でとろけ出し、甘美な深淵へと彼女のすべてを連れ去っていく。</p><p> 頭の芯が焼き切れるような衝撃が彼女の五感を灼(や)いた。口内で融けていくカカオの闇は、ただの甘味ではない。 それは地下のコンチェで時間操作の魔法によって練り上げられ、人間の負の感情を揮発させて代わりに「幸福感」の魔力を定着させた禁忌の結晶。</p><p> 胸の奥に澱のように溜まっていた孤独も、日々のストレスも、喉の奥に張り付いていた行き場のない涙も――そのすべてが、ドロドロに溶け出すカカオバターに包まれ、極上の甘
本文
ひとくち、艶やかにその結晶を割る。 歯を立てた瞬間、冷徹だった黒は彼女の体温に触れて恐ろしいほどの熱量でとろけ出し、甘美な深淵へと彼女のすべてを連れ去っていく。
頭の芯が焼き切れるような衝撃が彼女の五感を灼(や)いた。口内で融けていくカカオの闇は、ただの甘味ではない。 それは地下のコンチェで時間操作の魔法によって練り上げられ、人間の負の感情を揮発させて代わりに「幸福感」の魔力を定着させた禁忌の結晶。
胸の奥に澱のように溜まっていた孤独も、日々のストレスも、喉の奥に張り付いていた行き場のない涙も――そのすべてが、ドロドロに溶け出すカカオバターに包まれ、極上の甘美へと優しく融解していく。
「あ、……っ」彼女の目から、融けていくショコラと同じ、艶やかな黒い涙がこぼれ落ちた。
あまりの幸福の毒に脳が痺れ、呼吸の仕方も忘れて恍惚に涙を流す彼女の前へ、すっと音もなく硝子のカップが差し出される。
「……ふふ、魂の渇きに、最も深く寄り添う一杯です」
カウンターの奥。 ラフに捲り上げた前腕の『抽出の魔法陣』を妖しく明滅させたジェラルドが、眼鏡『看破の硝子』の奥の黄水晶の瞳を、パッと金色に光らせていた。
彼が彼女の魂の変調を静かに見抜き、その絶望の深さを正確に計測して淹れたのは、赤ワインのように妖艶な色香を放つ漆黒の珈琲。
その芳醇な香りが鼻腔を抜けた瞬間、彼女の現実(せかい)に、決定的なバグが走る。
全方位から降り注ぐ美しい音の檻、五感を灼くカカオの闇、そして魂の渇きを極限まで潤す、漆黒の珈琲。
3人の完璧な調和(アンサンブル)に包まれながら、彼女は、もう二度と戻れない甘い深淵へと、ただ、満ち足りた涙を流しながら墜ちてゆく――。
作品統計
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