primus=1:interior ∉ façade─内側にある建前
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
夫の浮気を問い詰めた明楽メルは、勢いのまま足元の水たまりに魔法陣を描いた。 「異世界に行く」 もちろん、本当に行けるとは思っていなかった。 ところが次に目を覚ました場所は見知らぬ部屋。しかも自分の体は小学校低学年ほどに幼くなっている。 そんなメルを拾ったのは、銀髪の美青年――自称・悪魔のヴィザーゴだった。 「名前はアキラにしようか」 妙に馴れ馴れしく、人の思考を勝手に読み、肝心なことほど妙な言い回しをするヴィザーゴ。 その従者である三尾の狐ルーモと白山羊ヴェーロ。 言葉も常識も違う世界で、メル改め“アキラ”の奇妙な生活が始まる。 けれど、この世界はどうもおかしい。 消えたはずの傷。 元の自分とは異なる身体。 自分の真名を知る者たち。 ヴィザーゴが口にする「層」と呼ばれるもの。 そして、異世界へ来たはずなのに再び現れる、彼女がいた世界。 ここは本当に「異世界」なのか。 そもそも、自分は何者なのか。 ――まあ、それはそれとして。 服は欲しい。 靴も欲しい。 ご飯は食べたい。 旦那は一発殴っておきたい。 深刻になりきれないメルと、善良とは少々言い難い悪魔。 行き先のわからない二人が辿るのは、偶然でも、運命でもない。
本文
窓からの明るい日差しに、隣にいるのが旦那でないことに驚いて目が覚めた。
どうやら夢はまだ続いているらしい。
――現実なんだろうけど。
若干、薄まり始めたとはいえ、分類としては“黒”になる旦那の顔色に比べると、ヴィザーゴさんの顔は死人のように白い。
てか、美人だな。
美人は目を閉じていても美人なのか。
睫毛ながっ。
睫毛が影作るって漫画の中だけと思ってたよ。
……にしても白いなぁ。
血が通ってる感じがしないよ。
もしや、面の皮が厚いってことか?
「くっ、ぷっ……朝からそれかい?僕の顔をそんな風に評価するなんて……」
あ、プライドを傷付けてしまったかしら?
謝らねば。
「誘惑してみようか――?」
と、往年の少女漫画よろしく、顎をくいっとあげられた。
生まれて初めての顎クイですよ。
旦那には出来ない芸当だわ。
見つめ合った刹那(笑)、はたと我に返る。
「さすがに絵面がキツ過ぎます。美形悪魔と純日本人幼女とかって、それなんてファンタジー、ですよ」
「Fantasy……?Fabula mirabilis?」
日本のファンタジーは難しいようです。
「それはそうと、なんで裸なの?」
「休む時って、服着るの?」
や、まあ個人の好みだけど。
ヴィザーゴさんの適度に引き締まった体は、所謂細マッチョというやつで、女子好きするよなーと……あれ?
ちらりと見えた、股間にはあるべきものがない。
凝視はしてない。
今のあたしと同じだ。
「そっちはヴェーロの担当。僕は必要ないんだよ」
そうですか。
ヴィザーゴさんで誘って、ヴェーロさんが実践ですか。
……怖くないか?それ。
「老若男女、効き目はあるねぇ」
そうですか。
ルーモさんとヴェーロさんも、すっかり身支度は整えていて、獣姿ではなくなってる。
残念。
いつか、獣の姿のルーモさんとヴェーロさんの間でもふもふしたい。
ふふ。――お二人の冷ややかな視線が向けられている……気がする。
「まったく、ルーモヴェーロは勤勉だよねぇ」
詠唱も、指くるくるも無く、陽射しとは違う光の帯で、昨日とは違う衣服を身に纏うヴィザーゴさん。
おお、魔女っ子変身バンクやね。
袖のたっぷりとしたドレスシャツに、スッキリしたスラックスで、昨日のじゃらじゃらはしていなくて、オフの日のV系バンドマンみたいです。
イメージだけど。
にしても、シンプルな装いもお似合いになる。
美人はいいなあ。
「アキラはどうする?poupée en biscuitとかどう?」
ぷぺ……ビスクドールってことですか?
日本人顔にロココなふりふりドレスはなあ。
「面白いと思うけど」
面白い、言ってるやんっ!
でも……なんだろう、悲しいな。
スーツしか浮かばない。
社畜ではなかったはずなんだけどな。
日常着ている割合が、断然スーツだからか?
そしたら、いつの間にか、某アイドルが着てそうな、創作派手制服な装いになっていた。
これはこれで可愛いですけど。
「魔法で作ったの?」
「んー……imitatio. かな?アキラの“ここ”の似た感じを構成したけど、違った?」
ヴィザーゴさんは、人差し指で自分の頭をつついた。
あたしの頭にあったものってことですか?
歌って踊る趣味はないのだけど。
ヴィザーゴさんが、なにかを作ってくれる時は気を付けよう。
額同士をこつんと当てて、ヴィザーゴさんは目を閉じる。
「……次はこの絵の中で、弓みたいのを持った耳の長い子の、着ている意味の無さそうな服はどう?」
イヤです。
さて、そんな漫才みたいなやり取りをしていると、「あさなぁさな」とチャルマさんです。
朝食の準備が出来たと、お迎えに来てくれました。
フィリーノさんって、チャルマさんをヴィザーゴさんから離そうとしてなかったっけ?
いや、眠そうな目で無精髭を生やしたフォルティオさんを従えてました。
一晩中、廊下にいらしたんでしょうか?
尤も、彼のお目当てはルーモさんでもあるようで、ちゃっかりチャルマさんをだしに使って……袖にされているようです。
それにしても、朝食ねぇ……食べたものは一体どうなって、どこにいくんだろう?
「動力かな?」
全部ですか?
「全部だねぇ」
よくわからん。
昨夜の夕食もしっかり食べたけどさ。
お腹がすいた、感じはないよな。
と、いうかあたしより随分と小さいチャルマさんが、一人で歩いてるのに、あたしは抱っこされているこの図は一体なんだろう。
喋ることに次いで、歩くことも忘れそうだよ。
あれ?
「あっ!あたしっ!顔洗ってない!」
唐突に気づいてしまった。
「気になる?」
なります。
乙女の慎みというやつですよ。
ま、余すとこ無く見られてるんだろうけど。
「おかおあらうの?こっちだよ」
チャルマさん、気が利きますね。
そのままチャルマさんの案内で、扉の前に着く。
「ここは?」
「おふろばだよ」
そうか、風呂場か。
なら、下ろして貰おう。
「一人で平気?」
って……こんな姿でも大人ですよ?あたし。
どういう扱いになるのかはわからんけど、既婚者ですからねっ!
――――浴室って言ってたよね?
湯船はなくて、板張り……簀の子の床。
その床の中央に……噴水かな?
陶器っぽい材質で、ヴェーロさんでも一抱えはありそうな器の中に、見たこと無い突起物。
何だろうね。
どんな風に使うのかしら?
北欧のサウナみたいだなぁと、しげしげと見入っていたら、チャルマさんに、
「おふろの日は、きょうですよぉ」
と言われた。
お風呂の日があるのか。
「そうなんだ。楽しみ」
と答えたら、はて?な顔された。
通じてないみたいですね。
困った顔のチャルマさんも可愛いのだけれど、ちっちゃい子を苛めてる気分にもなるので、口の両端を指できゅっと上げて、にこにこを表現してみる。
通じるかな?
あ、チャルマさんにこにこになった。
しかも指付き。
真似っこですね。
くぅ~!ういやつめ。
当初の目的をこなそう。
顔を洗う仕草をすると、チャルマさんが「こっちだよ」と手を引っ張ってくれた。
部屋の隅に洗面ボウルのような容器があって、やっぱり中央に突起。
部屋の中央にあるやつの小型版、なのかな?
どうすんだ?
迷っていたら、チャルマさんがつまみを捻ろうとしてる……けど力が足らないようです。
これ?と指差すと、チャルマさんがこくんと頷いた。
つまみを捻ると、中央の突起部分から水が吹き出した。
なんだっけ?あー公園とかにあった給水機。
下から上に水が出るやつ。
これが洗面台かあ。
あたしのいたところとは随分違うのね。
洗顔フォーム……は無さそうだから、水だけ洗顔。
なのに、幼い肌はつるっつるだわ。
「たおる、どおぞ」
チャルマさんがタオルっていうか、手拭いを差し出してくれる。
ええこや。
面と向かえば、幼児語でも頭に入るのに、お礼も伝えられないのかと思うと、もどかしい。
ヴィザーゴさんよ。
折角なら双方向の通訳機をつけてくれてもよかったんじゃない?
でも、ま。
通じなくてもいいや。
気は心よね。
「ありがとう」
というと、
「ありやと!」
とチャルマさん。
こてんと小首を傾げて。
あ、それはあたしの真似ですね。
ううっ!なんて愛らしい。
いとをかしだわ。
チャルマさんとお手々繋いで、廊下を歩いていたら、つい鼻唄が出てしまって。
チャルマさんが合わせて歌い出したのですが、歌詞が分かりません。
パンの顔した正義の味方のリズムを刻んでいたんだけど。
はや。
彼には人種の壁は無いも同然のようです。
食堂に着くと、ヴィザーゴさんは座っていて……なぜ膝をぽんぽんと叩いている。
……それって。
一人で食べたいって言ったよねっ!
とはいえ、席はヴィザーゴさんの隣なのだけどね!
食卓には、丸いものが浮かんでいるスープが用意されていて、一見すると御雑煮のようだった。
醤油とか、お味噌とかに似た香りがするけれど、何か違う。
何が違うのかは判らないのだけど、違うことだけが判る。
食卓に並んだ、先割れスプーンと蓮華をミックスしたような、陶器っぽいカトラリー。
お汁を掬えて、かつ具を切ることが出来るとかって、汁物には最適では?
お汁の入った、天使みたいな意匠のお鉢。
それをヴィザーゴさんに出すって、フィリーノさんたちも負けていないのね。
「いただきます」
って、手を合わせると、チャルマさんもやってる。
フィリーノさんやカヴァリーロさん、フォルティオさんも同じ様に手を合わせてるところを見ると、ここにも同じような食事の挨拶があるのかしらね?
ヴィザーゴさんたちにはなさそうですね。
で、食べてみると、丸いのは餅というよりは、お団子で。
キノコや山菜たっぷりで体によさそうだ。
と、いうかこのお団子。
水団というよりは、お米なのかな?
――米?……いやいやいや。
フィリーノさんたちにしろ、昨日の靴屋さんにしろ、ここの人たちは日本人離れした顔をしているじゃないか。
安直に、ここは日本かも?なんて、早計過ぎじゃないか?
「ねえ?ヴィザーゴさん?これは何?」
「oryza……えーと、イネ?」
イネ?稲は食えんがな。
でも、米なのか。
うるち米か、もち米か。
タイ米ってのもあるか。
潰してあるから判んないけど。
「口に合わない?不味い?」
って、作ってくれただろうフィリーノさんたちの前で、なんてこと言い出すんだっ!
ほら、睨んでるじゃない!
「美味しいよっ!」
「僕はお肉の方がいいなあ」
「黙れ」
悪魔の戯れ言は聞かないことにしておこう。
食事が終わると、フィリーノさん、カヴァリーロさん、フォルティオさん、チャルマさんは、両手のひらを上にあげたあと、合掌して、
「たまはれました」
と、唱えて目を閉じた。
賜る?なのかね?
ごちそうさまでした、ということなのだろうか?
合掌なのだよね、指を組むのではなくて。