鋼鉄のステイルメイト 〜1000年後、社畜は五体の機動兵器に選ばれた〜
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
千年後の宇宙。ブラック企業で働いていたはずの久世鷹真は、ある夜、正体不明の光に飲まれ、脳だけの存在として、巨大機動兵器「ヤオロズシリーズ」の操縦者にされていた。 彼を導くのは、戦術AI・ククリ。だが、この戦争には、誰も知らない秘密があった——勝ってはならず、負けてもならない、永遠に終わらないよう設計された「ステイルメイト」。 駒にされることを拒み、盤面そのものをひっくり返そうとする一人の社畜と、恋を知らないAIの物語。鋼鉄の兵器たちが織りなす、切なくも熱いヒューマンドラマ。 こんな人におすすめ ロボット・メカものが好きな方 理不尽な組織や運命に抗う主人公に共感したい社会人読者 AIと人間の間に芽生える、不器用な感情の機微が好きな方 群像劇として、敵キャラクターにも深い背景があるドラマを楽しみたい方 勝敗のつかない、余韻の残る結末が好きな方 チェスや将棋など、頭脳戦・戦術描写が好きな方 0話含む全31話(最終回30話)
本文
第8話『ガルド、堕つ』
その日、艦全体に、これまでとは異なる緊張が張り詰めていた。
敵艦隊の再編成――偵察部隊からの報告によれば、以前接触した、あの動きの異なる機体を含む部隊が、明確な意図を持ってこちらの哨戒ルートへと接近しているという。
久世鷹真は、格納庫でミナカヌシに乗り込みながら、自然と体が強張るのを感じていた。
あの声。あの、値踏みするような静かな口調。
――今日のところは、これで十分だ。
あの言葉の意味を、久世は今日、思い知ることになるのかもしれない。
「フツノミタマ、クロイカヅチ、ヒノカグツチ」
久世は、静かに三機の名を呼んだ。
「全部、連れていく」
「了解」
ククリの声に、いつもより張りがあった。
*
敵は、想像していたよりも早く姿を現した。
中規模の部隊。だが、その中心には、久世がはっきりと覚えている、あの鋭い輪郭の機体があった。
「……来たな」
久世は、静かに呟いた。
通信が、開かれる。
「また会ったな」
落ち着いた声だった。だが、前回とは違う、確かな熱を帯びていた。
「今日は、逃げないぞ」
久世は、操縦桿を握り直した。
「上等だ」
戦闘が、始まった。
最初に動いたのは、ヒノカグツチだった。重い砲撃が、敵の外周部隊を薙ぎ払っていく。だが、あの機体――久世は、まだ名前を知らなかった――は、その砲撃の隙間を、まるで見切っているかのように駆け抜けてきた。
「速い……」
久世は、思わず息を呑んだ。
クロイカヅチが、その動きに合わせて反応する。電磁攪乱を仕掛けようとした瞬間、敵機は、進路を急激に変え、それを回避した。
「攪乱、効きません」
ククリの声に、久世は歯を食いしばった。
「情報を、共有されてるのか……」
敵は、まるで前回の戦闘データを分析し尽くしたかのように、こちらの手を、一つずつ読んで潰してきていた。
フツノミタマが、近接戦を仕掛ける。巨大な剣が振り下ろされるが、敵機は最小限の動きでそれを躱し、逆に鋭いカウンターを放ってきた。装甲が、火花を散らして削れる。
「くっ……」
久世は、初めて、明確な焦りを感じた。三機を同時に動かしているにもかかわらず、押し切れない。それどころか、着実に押し返されている。
「マスター」
ククリの声が、静かに響いた。
「敵は、こちらの戦術パターンを、学習しています」
「同じ手は、通用しません」
久世は、唇を噛んだ。
――なら、違う手を打つしかない。
久世は、三機の動きを、あえてこれまでとは違う組み合わせに切り替えた。予測されたパターンを外し、不規則な連携を作り出す。フツノミタマが囮となり、クロイカヅチが死角から仕掛け、ヒノカグツチが着弾点を絞り込む。
敵機の動きに、初めて、わずかな乱れが生まれた。
「……そこだ」
久世は、その一瞬を見逃さなかった。
*
敵パイロットは、コクピットの中で、額に汗を滲ませていた。
これまで、これほどまでに読み切れない相手はいなかった。一つのパターンに慣れたと思えば、すぐに次の形へと変化していく。まるで、盤面そのものが、絶えず作り変えられているようだった。
「……化け物、かよ」
その呟きは、誰にも届かなかった。
次の瞬間、視界の端に、回避しきれない一撃が迫っていた。
「――っ!」
衝撃が、機体を貫いた。
コクピットの寸前、装甲の要となる部分に、フツノミタマの一撃が突き刺さる。爆発は起きなかった。ただ、機体は大きく揺れ、動力を失い、その場に力なく傾いていく。
完全な、大破だった。
戦場に、静寂が戻っていく。周囲の敵機は、指揮官機の撃破を悟り、次々と撤退を始めていた。
久世は、荒い息のまま、その光景を見つめていた。
*
その光景から、少し離れた宙域。
誰の目にも留まらない、暗い影の中で、二機の小型機が、密かに動いていた。
大破した機体に近づき、そのハッチ付近に取り付く。緊急脱出用のポッドが、静かに切り離される。作業は、ほんの数十秒で終わった。
小型機は、脱出ポッドを回収すると、音もなく戦場を離れていった。
その一部始終を、久世は、見ていなかった。
*
戦闘が終わり、宇宙に再び静けさが戻る。
久世は、しばらくの間、動くことができなかった。荒い呼吸だけが、コクピットの中に響いていた。
勝った。だが、その実感は、思っていたよりもずっと重く、鈍いものだった。
久世は、ようやく声を絞り出した。
「……殺したのか」
その問いに、ククリは、すぐには答えなかった。
わずかな沈黙。データを確認するような、短い間。
「……いいえ」
久世は、思わず息を止めた。
「生存反応を、確認しています」
久世は、しばらく、言葉を発せなかった。
安堵、というには、あまりにも複雑な感情だった。喜んでいいのか、それすら分からなかった。ただ、殺していない、という事実だけが、胸の奥に、重く、鈍く、沈んでいった。
「……そうか」
それだけを返し、久世は、操縦桿から手を離した。
全身が、鉛のように重かった。勝利の実感は、どこにもなかった。ただ、これから何かが、確実に変わり始めているという予感だけが、久世の胸の中に、静かに残り続けていた。
宇宙は、何事もなかったかのように、静まり返っていた。
だが、その静けさの向こうで、すでに新しい駒が、盤面から静かに姿を消していた。