【日常編 ―― L'Ordinaire:影の視線とミルクの深淵】
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
<p>地下一階のチョコレート工房にて地下一階のチョコレート工房は、いつでも肌が粟立つほどに冷え切っている。</p><p>大理石の作業台の上、どろどろと艶やかに溶けた漆黒のカカオを見つめながら、俺は冷徹なポーカーフェイスの裏側で、ただ一人のことだけを考えていた。</p><p>俺の、たった一粒の光。 二階の『<strong>開かずの書斎</strong>』の奥で、クラゲのような可憐なウェーブのくせ毛を、ゆらゆらと漂わせているあのお方――オーナーのことだ。 あの飄々としたジェリーのように、スマートに大人の余裕を気取って微笑むことなんて、俺にはできない。</p>
本文
アルベリック
地下一階のチョコレート工房にて地下一階のチョコレート工房は、いつでも肌が粟立つほどに冷え切っている。
大理石の作業台の上、どろどろと艶やかに溶けた漆黒のカカオを見つめながら、俺は冷徹なポーカーフェイスの裏側で、ただ一人のことだけを考えていた。
俺の、たった一粒の光。 二階の『開かずの書斎』の奥で、クラゲのような可憐なウェーブのくせ毛を、ゆらゆらと漂わせているあのお方――オーナーのことだ。 あの飄々としたジェリーのように、スマートに大人の余裕を気取って微笑むことなんて、俺にはできない。
「機械は禁止だよ? わたし、甘いのが好きなんだけどな」 パーカーの袖口を揺らしながら、少し悪戯っぽくそう告げられたあの刹那から、俺はこの大理石の前で、ただ静かにパレットナイフを握る手に力を込めることしかできない、不器用な影だ。
お客様用のショコラなら、マニュアル通りに処理すればいい。全自動の魔導錬金テンパリング機のスイッチには冷たく背を向け、俺はただ、目の前の大理石に向き合う。
あなた様に捧げる結晶だけは、この俺の手で、直接泥臭く美しく練り上げると決めている。
漆黒のカカオの海へ、俺は純白の、濃密なミルクをそっと注ぎ込んだ。 それはお客様には決して出さない、あなた様のためだけの、優しく蕩けるような『ミルク多め』の深い甘味。
白と黒が混ざり合い、滑らかな波紋を描いていくその瞬間、俺の耳から首筋は、あなた様への狂おしいほどの独占欲で熱く、真っ赤に染まりそうになる。本当は、今すぐその白くて小さな手のひらをお借りして、掬い上げた指先に誓いのキスを落としたい。
そして、あなたが俺のこの黒髪を、愛おしそうに何度も優しく、よしよしと【 なでなで 】してくれる、あのあたたかい聖域に溺れてしまいたい。実際の口からも、取り繕った態度の裏からも、それ以上のおねだりや嫉妬の全貌は一文字も漏らさない。
ただ、こうして命がけの誓いをミルク多めのショコラに練り込むことでしか、俺はあなた様への想いを表現できないのだ。ミルクに融けたショコラを見つめながら、俺は静かに、狂おしいほど潤んだ黒曜石の瞳で、まだ見ぬ二階の静寂をジッと見上げていた。
(あなた様のその手のひらのぬくもりだけで、俺のこの壊れた魂を、すべて救い出してください、オーナー……っ)
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