💍舌・アンダー・ザ・トレジャー⛏️
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
誓いの指輪……のはずが、指輪を巡る4つのショート狂想曲。 誓いの指輪――。 それは愛の証である。 夏の日に紡がれる、運命のリングを取り巻く、男女の愛おしい4つのアンソロジー。 (ショートショート4編) 【収録エピソード】 💍舌・アンダー・ザ・トレジャー⛏️ 🎋愛・ハート・オン・ファイア🔥 🧸ぬいぐるみ・エンドレス・ワールド🌏 🎆爆音・イン・ザ・ダーク🌊
本文
「結婚しよう」
夏祭りの喧騒の中で、彼は言った。
遠くで祭囃子が鳴っている。
浴衣姿の人々が行き交い。
焼きそばの匂い。
たこ焼きの湯気。
子供の叫び声が入り混じっていた。
そんな中。
金魚すくいの屋台と、フランクフルトの屋台の間で。
彼は私にプロポーズした。
「何でここなんだよ?」
私は思わず聞いた。
「駄目だった?」
「いや」
駄目ではない。
場所がどうであれ、彼と結婚することについては、もうずいぶん前から決めていた。
雰囲気というものを一切考慮しない男ではあるが。
それも含めて、今さらだった。
「まっ、良いけど」
「え?」
「結婚する」
一瞬。
彼は私の顔を見つめたまま固まった。
それから。
「本当に?」
「嘘で言うかよ」
「やった!」
彼は子供みたいに笑った。
周りの人が何事かとこちらを見るくらい、大きな声で笑った。
「ありがとう!」
「声でかい」
「ごめん。でも、嬉しくて」
嬉しそうな彼を見ていると、私も少しだけ恥ずかしくなった。
プロポーズの場所が夏祭りのど真ん中だったことくらい、まあ許してやろう。
「それで」
彼が言った。
「婚約指輪は、ここに用意してある」
「用意してある?」
「うん」
彼は自信満々に、すぐ横を指さした。
私は、その先を見る。
屋台があった。
「屋台で買うのか?」
「買うというか、もう用意してある」
「屋台に?」
「そう」
彼がうなずく。
屋台のおっさんも、こちらを見てニコニコとうなずいている。
何だ。
この二人。
いつの間に意気投合したんだ。
「おめでとうございます!」
おっさんが言った。
「ありがとうございます」
彼が答えた。
私を置いて話が進んでいる。
おっさんは、屋台の奥から商品を一つ取り出した。
そして、両手で大事そうに私へ差し出してくる。
私は、まず商品を見た。
赤い。
丸い。
棒が刺さっている。
次に、屋台の上に掲げられた看板を確認した。
『りんご飴』
私は、おっさんに視線を戻した。
おっさんは満面の笑顔だった。
「どうぞ!」
りんご飴を渡された。
「どうも」
受け取ってしまった。
ずっしりと重い。
表面の飴が、祭りの明かりを反射して、てかてかと光っている。
私は、りんご飴を見る。
彼を見る。
もう一度、りんご飴を見る。
「りんご飴でどうしろと?」
私が聞くと、彼は待ってましたとばかりに笑った。
「これが、僕からのサプライズだ」
「サプライズ」
「りんご飴を、よく見てみて」
「見てるけど」
「もっと近くで」
私は言われたとおり、りんご飴を顔の前まで持ち上げた。
透明な飴の層。
赤いりんご。
木の棒。
普通のりんご飴に見える。
けれど――。
屋台の明かりにかざして、少し角度を変えたとき。
りんごの下。
棒の根元付近に。
何かが埋まっているのが見えた。
「ん?」
目を凝らす。
銀色の輪。
小さな石。
「指輪?」
「そう!」
彼が嬉しそうに言った。
「婚約指輪!」
りんご飴の中に。
婚約指輪が埋まっていた――。
「……何で?」
「普通に渡すだけじゃ、つまらないと思って」
「うん」
「夏祭りらしい演出にしたくて」
「うん」
「屋台のおじさんに相談したら、協力してくれたんだ」
「おじさんも?」
「最初は驚いたよ!」
おっさんが笑う。
「でも、こんなめでたいこと、断れないからね!」
「そうですか」
「指輪がずれないように、りんごの芯の近くにしっかり固定してあるから!」
「固定したの?」
「しっかりね!」
しっかり固定されているらしい。
私は再び、りんご飴を見る。
指輪は、りんごの下部に埋まっている。
取り出すには。
表面の飴を突破し。
りんごの果肉を食べ進め。
芯の近くまで到達する必要がある。
「りんご飴、食べ終わるまで指輪はお預けか」
「そういうことになるね」
私は、りんご飴を見つめた――。
焼きそば。
たこ焼き。
フランクフルト。
ベビーカステラ。
かき氷。
もう散々食べ歩いたあとだ。
「今かよ……」
「頑張って」
私はりんご飴を舐めた。
甘い。
硬い。
ほとんど減らない。
「噛めば?」
「歯が折れる」
「夫婦で支え合おう」
「お前が原因だろ」
彼と屋台のおっさんが笑う。
笑い事じゃない。
私は必死に舐め続けた。
数分後――。
舌も指も、りんご飴もべとべとだった。
「なあ」
「何?」
「これ、指輪までたどり着いても、べとべとのままはめろってことか?」
彼が黙る。
屋台のおっさんも黙る。
私は、もう一度りんご飴を見た。
彼と結婚することに後悔はない。
ただ――。
人生最初の共同作業が、りんご飴の掘削作業になるとは思わなかった。
「頑張って!」
彼が言う。
「お姉さん、あと少し!」
屋台のおっさんも言う。
「まだ指輪まで四センチくらいあるけどな!」
私は、りんご飴を。
必死に。
舐め続けた――。
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