第7話 続けた先にあるもの
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
友奈は、うまくやることより、続けることの意味をつかみ始める。人形の扱いも、舞台の流れも、まだ完璧ではない。それでも、保存会の中で役割を任されるうちに、自分なりの工夫と責任感で場を支えられるようになっていく。北条兼信や桐生澄香たちの背中を見ながら、両親がこの土地で自分を育てた理由も、誰かに決められた答えではなく、自分の言葉で受け止め直せるようになる。
本文
「友奈、これ、頼めるか」
北条兼信(72)の声に、陽崎友奈(16)は一瞬だけ手を止めた。
「……はい」
返事をしてから、胸の奥が少しだけ温かくなる。
前は、何を渡されても不安でいっぱいだった。今も不安が消えたわけじゃない。けれど、言われたことをそのままやるだけじゃなくて、どこを見ればいいか、少しずつ分かるようになってきた。
友奈は道具箱のふたを開け、ひとつひとつ確認する。必要なものを先に出して、あとで慌てないように並べる。そうしていると、澄香が横目で見て、小さくうなずいた。
「前より手際がいいね」
「……ほんとですか」
「ほんと。急に上手くなるわけじゃないけど、ちゃんと見てるのが分かる」
友奈は、目を伏せたまま、少しだけ唇を結んだ。
褒められると、まだ慣れない。けれど、もう前みたいにすぐ下を向くことはなかった。
舞台の脇では、北条が人形の袖口を整えている。大きな手なのに、動きは驚くほど細かい。友奈はその背中を見ながら、そっと布を折り直した。
「……ここ、これでいいですか」
「見せてみろ」
北条は友奈の手元を一度見て、短く息を吐く。
「前よりいい。だが、まだ雑だ」
「……はい」
「でも、言われたことを覚えてる。そこは悪くない」
友奈は、少しだけ顔を上げた。厳しい言い方なのに、完全には突き放されない。その距離感が、今の友奈にはちょうどよかった。
保存会の中では、誰かが言う前に次の動きが始まる。布を片づける人、木枠を運ぶ人、細部を確かめる人。それぞれが静かに動いているのに、どこかでつながっている。
友奈は、その輪の中で、自分にできることを探すようになっていた。
「澄香さん、これも持っていきます」
「ありがとう。助かるよ」
桐生澄香(67)は、そう言うと、友奈が持ちやすいように道具の向きを変えてくれる。
その細やかさに、友奈は何度も救われた。
“任される”ということは、ただ仕事を振られることじゃない。
ちゃんと見てもらえていること。
少しずつ、ここにいていいと思えること。
友奈は、ふと窓の外を見る。
初夏の光が、白く強くなっていた。畑の緑がまぶしくて、遠くの道路を走る車の音が、かすかに届く。見慣れたはずの景色なのに、今日はどこか違って見えた。
その視線に気づいた澄香が、作業の手を止める。
「何かあった?」
友奈は少し迷ってから、首を横に振った。
「……いえ。なんか、ここにいるの、変じゃないなって」
澄香は、驚いたように目を細めたあと、静かに笑った。
「それは、よかった」
友奈は、返事の代わりに小さく息を吐く。
人形の扱いは、まだ完璧じゃない。舞台の流れも、たまに頭が真っ白になる。それでも、前よりは分かる。
何を見ればいいか。
どこで支えればいいか。
どんなふうに手を出せば、誰かの邪魔にならないか。
そういうことが、少しずつ身体に入ってきていた。
「友奈、次は片づけも頼めるか」
「はい」
北条の声は相変わらずぶっきらぼうだ。でも、友奈はもう、必要以上に怯えない。
「……やります」
そう答えると、北条はほんの少しだけ目を細めた。
「その言い方ならいい」
友奈は、その一言に、胸の奥がじわっと熱くなるのを感じた。
両親がどうして群馬で自分を育てたのか。なぜ東京ではなく、この土地を選んだのか。
前なら、ただの疑問だった。
今は、違う。
誰かがここで暮らすと決めた理由。
何もないように見える場所を、何もないままにはしなかった人たちの手。
そういうものを、友奈は少しずつ自分の中に入れていく。
父の拓也(44)が無言で玄関の靴をそろえていたこと。
母の美咲(42)が、夕方になると当たり前みたいに台所へ立っていたこと。
それらが、ただの習慣じゃなかったような気がしてくる。
友奈は、道具を持ち直した。
まだ不器用だ。
それでも、任されたことをやりきろうとする気持ちは、もう前よりずっと確かだった。
保存会の中で、北条の背中も、澄香の手つきも、海斗の無駄のない動きも、全部が友奈の目に残っていく。
そのひとつひとつを見て、友奈は少しずつ、自分の言葉を探し始める。
ここで育った理由を。
この土地にいる理由を。
まだうまくは言えない。
でも、言葉にしてみたいと思えるところまで来ていた。
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