第2話 刃に刻む重みと、破られた平穏
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
中世ヨーロッパを思わせる世界を舞台に、剣とサーベル、人間と魔族が交差する物語。 《過剰な魔力》という、呪いにも似た力を宿す少年シグル。 奴隷だった彼は、元・王国軍総司令官である養父ゴーヴァンから、魔力に頼らず生き抜くための実戦サーベル術を叩き込まれていた。 温かな家族に囲まれ、穏やかな日々を送っていたシグル。 しかし――その平穏は、一夜にして破られる。 現れたのは、不気味な鉄の仮面をつけた謎の刺客。 そして事件の後、軍上層部によって進められる不可解な隠蔽。 なぜ、あの男は現れたのか。 なぜ、この事件は隠されようとしているのか。 やがてシグルは、受け継いだサーベルと、家族や仲間たちから託された想いを胸に、幾つもの謎を追う旅へと踏み出す。 その旅の先で待っているのは、《過剰な魔力》に秘められた真実。 そして、人間と魔族が歩んできた長い歴史の裏側だった――。
本文
翌朝。朝靄が薄く残る庭の訓練場に、規則的な素振りの音が響いていた。
昨夜ゴーヴァンと汗を流した地下鍛錬場とは違い、朝日が差し込むこの場所はシグルの大好きな空間だったが、今日はどこか寂しげだった。義父ゴーヴァンは「用事がある」と言い残し、朝早くから出かけてしまっていたからだ。だからこそ、シグルは一人で黙々とサーベルを振っていたのだが——
「……父さん、最近よく出かけるな。せっかく当主の座も軍の職務も、ギャハッド兄さんに引き継いだんだから、少しはゆっくりすればいいのに。やっぱり、何か……?」
「ゴーヴァン様だって、色々とお忙しいのよ」
汗を拭いながらぽつりと呟いたシグルの背後から、鈴を転がすような澄んだ声が届いた。
振り向くと、そこにはフィナンが立っていた。
動きやすい軽装に身を包み、手には練習用の曲刀(ファルシオン)を携えている。朝日を浴びて輝く髪と、しなやかな立ち姿が印象的だった。
「フィナン……! どうしてここに?」
「出がけのゴーヴァン様にお会いしたのよ。『シグルが一人で根を詰めているだろうから、相手をしてやってくれ』って頼まれちゃった」
フィナンはクスリと笑うと、腰のファルシオンを軽く叩いた。
「なに? ギルドの昇格試験に失敗したからって、私に合わせる顔がないと思って避けてたの? 私はあなたのライバルで、実戦剣術の師匠なのよ。さあ、ゴーヴァン様との稽古でどれくらい身につけたか、見せてもらうわ」
「う……避けてたわけじゃないけど……よろしく頼む、フィナン」
図星を突かれて微かに頬をかいたシグルだったが、嬉しさを隠せずにサーベルを構え直した。
◇
朝の柔らかな陽光が注ぐ庭で、激しい金属音と芝を蹴る足音が交互に響き渡る。
シグルは荒い呼吸を整えながら、正対するフィナンを見据えていた。
「——甘い! 実戦なら、今の振り下ろしで首を跳ねられているわよ!」
フィナンの掲げた練習用ファルシオンが、眩い銀の弧を描く。
直後、シグルの木剣は根元から弾き飛ばされ、乾いた音を立てて芝生の上を転がった。
「くっ……!」
「はい、私の勝ち! これで通算八十七勝六十敗ね、シグル」
フィナンは額の汗を小さく拭い、胸を張った。
一歳年上の十六歳。だが十四歳でギルドに登録し、《Dランク》——同世代の駆け出し冒険者の中では頭一つ抜けた実績を持つ彼女は、シグルにとって幼馴染であると同時に、泥臭い実戦剣術を叩き込んでくれた先輩でもあった。
「やっぱりフィナンのファルシオンは速いな……途中まで軌道が見えてたのに、急に踏み込みの軸が変わるから反応できなかった」
「ふふん、それが曲線刃の強みよ。……けど」
勝ち誇っていたフィナンだったが、ふと自分の胸元に視線を落とすと、急に困惑したように息を漏らした。
「……最近、どうも踏み込んだ時に上半身のバランスが崩れやすいのよね。身体が成長して重心が変わったせいか、俊敏さが命のファルシオン使いとしては、ちょっと悩みなのだけれど……」
「おやおや、フィナンちゃん。そんなことで悩んでいるのかい?」
庭園の木陰から、ぬっと現れたのはオークニー家の次男——ガリスだった。
相変わらず崩した軍服を羽織り、あくびを噛み殺しながら二人へ歩み寄ってくる。
「ガリス兄さん……」
「いいかい、フィナンちゃん。身体の重心が変わったなら、昔のフォームに固執するから軸がブレるんだ。変化した身体の質量を、そのまま《遠心力》と《踏み込みの重み》に変換してごらん。胸元の重みを刃に乗せれば、ファルシオンの一閃は、以前の一・五倍にはなるはずだよ」
ガリスは扇子を弄(もてあそ)びながら、事もなげに言った。
「自分の身体の変化を受け入れて刃に乗せるんだ。……まあ、俺個人としては、その豊かに実った胸元が揺れる華麗な剣舞は、男として眼福以外の何物でもないんだがね! いやあ、育ち盛りは——」
フィナンが「胸元の重さを……乗せる……?」と目から鱗が落ちかけた瞬間。
(バリバリバリッ——!!)
紫電の閃光が青空からピンポイントで落ち、ガリスの頭頂部を撃ち抜いた。
「あばばばばばっ!? 待っ、モルガナ姉さん! 今のは純粋な理論指導と美への探求で——!!」
「——いい話で終わらせないのが、あんたの最低なところよ、ガリス」
邸宅のテラスから、長女モルガナが冷ややかな視線を浴びせていた。指先にはまだバチバチと電撃の残光が漂っている。
「アドバイス自体は悔しいほど的確なのが、余計に腹立たしいわね。さっさと自分の部屋の片付けでもしなさい、昼行灯」
「ひ、ひどい……親切心で言ったのに……」
髪を逆立て煙を吐きながら部屋へと退散していくガリスの背中を、ふたりは見送った。
「……相変わらず下品な人だけど、ガリス様の言った通りかもしれないわ。自分の体の変化を『乗せる重み』として使えば……うん、いけそう!」
「さすがガリス兄さんだな。昔から剣の理屈だけは誰よりも詳しいんだ……」
だが、部屋へ戻るため背を向けたガリスの顔から、一瞬だけ笑みが消えた。
シグルは、その変化を見逃さなかった。
(ガリス兄さんは、いつもこうやって下品な道化を演じて、なぜ自分の鋭さを隠すのだろう……)
◇
稽古を終え、呼吸を整えながら木陰で汗を拭っていた時だった。フィナンの表情から先ほどの明るさが消え、ふと影が落ちた。
「ねえ、シグル。……実はうちの父様(パルジファル卿)が珍しく焦っていて、ゴーヴァン様と急いで話をしなければならないと言っていたわ」
「パルジファル卿が……? 」
「詳しくは話してくれなかったけどね。……ただ、平和になったはずなのに、水面下で嫌な風が吹いているのは確かよ。増税や不穏な噂も増えているし……でも、シグル」
フィナンは真剣な眼差しでシグルの目を見つめ返した。
「一人で抱え込まないでね。私たちがいるんだから」
「……うん。ありがとう、フィナン」
「それじゃあ、私そろそろ自分の屋敷に戻って着替えてくるわね」
フィナンが汗を拭いながら手を振って去っていった後、シグルは喉を潤そうとベンチへ向かった。
ガリスが腰掛けていたその場所には、飲みかけの酒瓶の代わりに、小さく折りたたまれた羊皮紙がぽつんと一枚残されていた。部屋へ追い払われる直前、ガリスがコソッと置いていったものらしい。
『ちょいと街まで、美味(うま)い酒と綺麗なお姉さんを探しに行ってくる。父上やモルガナ姉さんには内緒な。シグル、剣の振りすぎで腕を壊すなよ』
「もう……相変わらず自由なんだから」
シグルは呆れて息を吐き、メモをポケットにねじ込んだ。
だが——普段なら「面倒だ」と昼間から絶対に出歩かないはずのガリスが、なぜこのタイミングで黙って消えたのか。シグルの胸に、小さな引っかかりが残った。
◇
夜。オークニー家の屋敷は、重苦しい静寂に包まれていた。
長男ギャハッドは軍の任で不在、ガリスも街へ出たまま戻らず、モルガナも自室で魔導書の解読に没頭しているため、暖炉の薪が爆ぜる音だけが静かに響く食堂で、シグルと義母ヴィヴィアンの二人だけで寂しく夕食を終えようとしていた頃。
重厚な玄関ドアが開き、重い足音が廊下を響かせてやってきた。
「……ただいま戻った」
姿を現したのは、義父ゴーヴァンだった。
だが、その顔色はいつになく蒼白で、眉間には深く刻まれた皺がある。元・王国軍総司令官としてどんな修羅場でも動じなかった男が、あからさまに『焦燥』と『苦悩』を滲ませていた。
「お帰りなさい、ゴーヴァン。……ずいぶんと遅かったのね」
出迎えたヴィヴィアンの瞳が微かに揺れる。長年寄り添ってきた彼女には、一目で分かった。夫が、ただならぬ何かを抱えていることを。
「ああ。……シグル、今夜はもう部屋に入って早く休みなさい」
「あ……はい、父さん。お休みなさい」
それだけ言い残すと、ゴーヴァンは食事にも手をつけず、そのまま奥の書斎へと足早に向かってしまった。
「少し温かいハーブティーでも淹(い)れて持っていきますね。シグル、あなたも温かくして休むのよ」
ヴィヴィアンは優しくそう言い残すと、夫を案じて厨房へと向かった。
一人廊下に残されたシグルは、胸の奥を締め付けるような嫌な予感に足を止め、たたずんでいた。
……それから数分後。湯気の立つカップを載せたトレーを手に、ヴィヴィアンが静まり返った書斎の廊下へと差し掛かった——その、直後だった。
——ドガァンッ!!!
静まり返った館の奥——ゴーヴァンの書斎から、空気を激しく震わせる巨大な衝撃音が轟いた。
「きゃあっ!?」
ガシャンと陶器の割れる甲高い音が廊下に響き渡る。
「父さん……っ!? 母さんはそこで待っていて!」
衝撃音を聞きつけたシグルは反射的に廊下の壁に立てかけてあった練習用サーベルをひったくり、石畳を蹴って書斎へと走り出した。
叩き割られた扉の破片を飛び越え、部屋へと雪崩れ込む。
目に飛び込んできたのは、無惨に荒れ果てた光景だった。
重厚な本棚は倒れ、散乱した羊皮紙や書籍が床を埋め尽くしている。そしてその中央で、元・軍総司令官たるゴーヴァンが吐血し、床に倒れ伏していた。
「——何事!? シグル!」
異変を察知し、自室から階段を駆け下りてきたモルガナが手に魔導燈を掲げて追いついてくる。その指先はすでに臨戦態勢の魔導を帯びていた。
高窓から差し込む冷たい月光と、魔導燈の青白い光が重なったその一瞬。
倒れたゴーヴァンの傍らに立つ『一筋の黒い影』が、鮮明に浮き彫りとなる。
影の顔面を覆っていたのは——冷血で不気味な、鉄の仮面だった。
(第2話・完)
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。