第3話 刻まれた恐怖と、深まる暗雲
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
中世ヨーロッパを思わせる世界を舞台に、剣とサーベル、人間と魔族が交差する物語。 《過剰な魔力》という、呪いにも似た力を宿す少年シグル。 奴隷だった彼は、元・王国軍総司令官である養父ゴーヴァンから、魔力に頼らず生き抜くための実戦サーベル術を叩き込まれていた。 温かな家族に囲まれ、穏やかな日々を送っていたシグル。 しかし――その平穏は、一夜にして破られる。 現れたのは、不気味な鉄の仮面をつけた謎の刺客。 そして事件の後、軍上層部によって進められる不可解な隠蔽。 なぜ、あの男は現れたのか。 なぜ、この事件は隠されようとしているのか。 やがてシグルは、受け継いだサーベルと、家族や仲間たちから託された想いを胸に、幾つもの謎を追う旅へと踏み出す。 その旅の先で待っているのは、《過剰な魔力》に秘められた真実。 そして、人間と魔族が歩んできた長い歴史の裏側だった――。
本文
仮面の奥にある双眸が、ゴーヴァンから——駆けつけたシグルへと、静かに向けられる。
まるで、シグルがここへ来るのを『待っていた』かのように。
視線が交差した瞬間、シグルの体内で、何かが悲鳴のような怒号をあげた。
「き、貴様……っ!! 父さんに……何をしたー!」
怒りで血が上ったシグルは、渾身の力で相手の首元へ木剣を一閃させた。だが、鉄仮面は振り返りもせず、ただ、鬱陶しそうに片腕を軽く振るう。
(ガァァァンッ——!!)
「ぐあッ……!?」
爆風のごとき衝撃波が襲いかかり、シグルの木剣は一瞬で粉砕された。そのまま壁まで吹き飛ばされ、激しく背中を打ちつける。
痛みに耐えながら必死に立ち上がったシグルの目に映ったのは、床に倒れたゴーヴァンの傍らに転がる、彼愛用の真鍮柄のサーベルだった。
シグルは床を這うようにしてその柄を握り締め、身を起こす。背後の入り口付近では、追いついた義母ヴィヴィアンが悲鳴を噛み殺し、モルガナが魔導燈を掲げて青ざめた顔で身構えていた。
「待て……っ!」
サーベルを構え、なおも立ちふさがろうとしたシグルに、鉄仮面がゆっくりと顔を向けた。
(……ッ……カハッ……!!)
息が止まる。
それは単なる強者の威圧感などではなかった。
全身から凍りつくような冷や汗が噴出し、心臓を素手で握り潰されるような強烈な恐怖。世界が暗闇に呑み込まれ、存在そのものが異なると叩きつけられるような、絶望的なまでの《存在の重み》。
(な、なんだ……この圧迫感は……!? 人間じゃない……世界そのものが、僕を殺しに来ている……!?)
指一本、声一つ出すことすら許されない冷たい金縛り。
男はシグルの恐怖を『観察』するように一瞬だけ見つめると、興味を失ったように窓から夜の庭へと跳んだ。
「シグルっ!! 飲まれてはダメよ、正気に戻りなさい……ッ!!」
入口で魔導燈を抱えるモルガナの悲痛な叫びで、弾かれたように束縛が解ける。
「逃がすかあああっ!!」
恐怖を怒りで塗りつぶし、シグルはサーベルを手に窓枠を跳び越えた。
月光が照らす夜の庭園。着地した鉄仮面は逃げる素振りも見せず、追ってきたシグルを迎え撃つようにゆっくりと向き直る。
再び全身を襲う、死の圧迫感。正攻法では逆立ちしても勝てない。シグルは歯を食いしばり、己の中で固く封印していた《過剰な魔力》を極限まで解放しようと、体内の魔導回路を暴走させかけた——その時だった。
「ダメよ、シグルッ!!」
夜の静寂を切り裂く叫びとともに、鋭い人影が横から割って入り、シグルの前に立ちふさがった。
「フィナン……!? どうしてここに……!?」
「別件で動けないパルジファル卿(父様)から『大事な伝言がある』って夜遅くに頼まれてきたら、あなたが凄い顔で庭に飛び出していくのが見えて……っ!」
息を切らしたフィナンは、シグルの体から溢れ出しかけている尋常ではない魔力の気配を感じ取り、必死の相貌でシグルの胸を押し止めた。
「それ以上その力を使っちゃダメ! 身体が壊れるわ! ゴーヴァン様からも言われているでしょう!? 『魔力に頼るな。泥を這うような実戦の術を身体に叩き込め』って……! あなたが私と組んだ時、そう誓ったじゃない!!」
「…わ、わかっている……! けど、あいつは父さんを……!」
シグルが叫びかけたその時、庭園の木々の影から、黒い外套を纏った別の不気味な影が滑り出すように現れた。
「……様、そろそろ時間です。近隣の警備が動きます」
「……」
鉄仮面は言葉を発することなく、影の促しに応じるように身を翻し、夜の闇の奥へと吸い込まれるように消え去っていった。
「くっ、待て……っ!」
「お前ごとき青二歳が、あの方の相手をするまでもない」
追いかけようとしたシグルの前に、立ち残った『影』——熟練の暗殺騎士のごとき構えをとる男が立ちはだかった。
「邪魔をするなッ!」
シグルとフィナンは瞬時に視線を交わし、長年の稽古で培った完璧なコンビネーションで同時に踏み込んだ。
フィナンのファルシオンが描く鋭い銀の弧が敵の意識を引きつけ、体勢を崩させる。そのわずかな隙を突き、シグルの泥臭い実戦サーベルが最短距離で肉薄——暗殺者の胸甲を浅く切り裂いた。
(……チッ、動きに無駄がない。……これ以上は警備が来る、撤退か。あの方は、一体何を気にされておられるのだ……?)
剣を交えた影の男は苦々しく距離を取ると、冷ややかな視線を投げかけた。
「小僧、命拾いしたな」
影の男はシグルの凄絶な魔力の残り香を一瞬だけ警戒するように一瞥すると、一瞬で屋敷の生垣の向こうへと姿を消した。
「ハァ……ハァ……どうやら、見逃してくれたようね……」
ファルシオンを構えたまま肩で息を吐くフィナンが、不安そうに顔を寄せる。
「……シグル、一体何があったの!?あれは、ただの盗賊の類じゃないでしょう!?」
「父さんが……あの鉄仮面に襲われて……っ!」
胸を突く激しい焦燥感。一刻を争う最悪の予感が脳裏をよぎり、シグルは弾かれたように叫んだ。
「戻るぞ、書斎へ!!」
二人は夜の庭を狂ったように駆け戻り、破砕された書斎へ飛び込んだ。
そこには、血の匂いと息をのむような絶望的な静けさが広がっていた。
魔導燈の青白い光の中、ヴィヴィアンは膝をついて夫の頭を優しく抱きかかえ、嗚咽の音を押し殺していた。モルガナは血の気の引いた顔で必死に治癒の魔術を手に宿らせている。
だが——床の上に横たわるゴーヴァンの身体からは、すでに脈動が急速に薄れつつあった。
「父さん……! 父さんッ!!」
シグルは床に膝をつき、冷たくなりゆく義父の手を強く握りしめた。
激しい慟哭と途方もない絶望に視界が歪む中、シグルの手の中で、大樹のようだった父の体温がゆっくりと失われていくのだった。
(第3話・完)
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