第二十九話「災級」
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あらすじ
『魔王るこ討伐記』あらすじ 剣士、魔法使い、弓使い、薬師―― 誰もがひとつの「スキル」を持って生きる世界。 冒険者たちは仲間とパーティを組み、ダンジョンを攻略し、魔物を討ち、日々さまざまな依頼をこなしていた。 そんな世界に君臨する、絶対的な敵。 魔王――るこ。 そして魔王に仕える、四人の強者――「四天」。 世界各地では、まだ互いの存在すら知らない者たちの物語が始まっていた。 一人で依頼をこなす剣士。 冒険者を夢見る弓使いの少女。 小さな薬草店で働く少女。 記憶を失った、異常なほど剣の強い謎の男。 そして――羊一匹にすら苦戦する、新米冒険者たち。 英雄だけが、この物語の主人公ではない。 冒険者も、商人も、ギルドの受付も、街で暮らす普通の人々も。 それぞれが出会い、別れ、時に敵となり、時に仲間となり―― やがて無関係だったはずの物語は、一つへと繋がっていく。 しかし彼らはまだ知らない。 なぜ魔王るこは世界を滅ぼそうとしているのか。 「魔王」とは、本当に世界の敵なのか。 そして―― この世界そのものに、誰も知らない秘密が眠っていることを。 これは、魔王を倒す英雄一人の物語ではない。 この世界に生きる、たくさんの人々の物語。 『魔王るこ討伐記』 ――魔王を倒したその先に、本当の答えがある。
本文
――ゴォォォン
――ゴォォォン
低く重い鐘の音が、グラディアの街を揺らしていた。
つい先ほどまでハイドラグーンの優勝を祝う歓声で埋め尽くされていた大闘技場から、熱気が一瞬にして消えている。
何万人もの観客が言葉を失い、同じ方向を見つめていた。
グラディアの遥か向こう、青かった空の中に一つだけ黒い影が浮かんでいる。
「ドラゴン……?」
「嘘だろ……」
「本物なのか……?」
「おい……こっちに来てないか……?」
まだ遠い。
それでも翼を広げた輪郭がここからはっきり見えるほど巨大で、一度羽ばたくたびに黒い影は少しずつ大きくなっていく。
しかも、その周囲には先ほどまでなかったはずの雲まで集まり始めていた。
カズキ「……あれが、ドラゴン……」
カズキは空を見上げたまま動けなかった。
この大会で、多くの強者を見た。
巨大化したたぬビス、小柄な身体からは想像もつかない力を振るったZ、ダイヤモンド級の冒険者たち。
人間の限界を超えたような戦いを何度も目の前で見てきた。
それでも――あれは違う。
まだ戦ってすらいない。
遥か遠くを飛んでいるだけなのに、身体が勝手に警告している。
ジェノス「……でかすぎるだろ」
ひっかるん「いやいやいや……あれは笑えないって」
カズキ「どれくらいあるんだ……?」
距離がありすぎて、大きさすら正確には分からない。
ただ一つ分かる。
あれは確実に、こちらへ向かっている。
――ゴォォォン
再び警鐘が鳴った。
その直後、大闘技場の出入口から数人の兵士が駆け込んでくる。
兵士「大会運営本部より緊急報告!!」
ざわめきが止まる。
兵士「接近中の大型飛行魔物を確認! 外見的特徴、および周囲で発生している風の異常から――嵐龍と思われます!」
「嵐龍……」
「聞いたことあるぞ……」
「まさか……」
冒険者らしい者たちの表情が一斉に変わった。
兵士は息を切らしながら、それでも声を張り上げる。
兵士「危険度は――おそらく推定危険度5、《災級》です!!」
その言葉が落ちた瞬間、ドラゴンという言葉を聞いた時以上に空気が変わった。
「…………」
「災級……?」
「おい……冗談だろ」
「なんでそんなのがグラディアに……」
「逃げろ……」
顔を青くする者、荷物を掴む者、立ち上がったまま動けなくなる者。
周囲の反応を見て、カズキが眉を寄せた。
カズキ「……危険度5って、そんなにまずいのか?」
ジェノス「俺も数字までは知らねぇな」
るいひろ「そりゃお前ら、冒険者じゃないもんな」
近くにいたるいひろが、嵐龍から視線を外さないまま答える。
るいひろ「魔物の危険度は七段階に分けられてる。単純な強さだけじゃなく、どれだけ人や街に被害を出す可能性があるかっていう目安だ」
カズキ「七段階?」
るいひろ「ああ。1が《獣級》。普通の低級魔物で、新人冒険者でも討伐できる程度」
るいひろ「2が《凶級》。一人より複数人での討伐が推奨される。放っておけば村に被害が出ることもある」
ジェノス「それでもまだ2かよ」
るいひろ「3が《禍級》。ここからは熟練冒険者が必要になる。集落や街に大きな被害が出てもおかしくない」
ひっかるん「……まだ3なんだけど」
るいひろ「4が《厄級》。都市にとって明確な脅威だ。基本的には上位冒険者が対応する」
そこで、るいひろの言葉が止まった。
バサバサバサッ!!
大闘技場に掲げられた無数の旗が、一斉に揺れる。
先ほどまでほとんどなかった風が、急に闘技場の中まで吹き込んできた。
カズキ「……まさか」
るいひろ「まだあんなに離れてるのにな」
全員の視線が再び空へ向く。
黒い影の周囲では、集まった雲がゆっくりと渦を巻き始めていた。
るいひろ「そして5が《災級》。たった一体で、都市を壊滅させる可能性がある」
カズキ「……」
ジェノス「一体で……都市を?」
るいひろ「ああ」
ひっかるん「じゃあ6と7は……?」
るいひろ「6が《天災級》。複数の都市、場合によっちゃ国が動いて対応する規模」
ひっかるん「国……」
るいひろ「最後が7、《終焉級》。国の存亡そのものを脅かす。そんなのが現れたら、一つの街だけの問題じゃない。歴史に残る災害だ」
カズキ「じゃあ……あいつは……」
るいひろ「ああ。上から三番目だ」
――ゴォォォン
三度目の警鐘。
その音をきっかけに、張り詰めていたものが切れた。
「逃げろ!!」
「早くしろ!」
「どこに行けばいい!?」
「押すな!!」
「子供がいるんだぞ!!」
観客たちが一斉に動き始める。
中には闘技場の外へ出ようとする者もいて、出入口へ向かう人の流れが急激に膨れ上がった。
カズキ「まずい!」
るいひろ「このままじゃドラゴンが来る前に事故が起きるぞ!」
その時だった。
maro「おちついてええええええーーーーーー!!!」
大闘技場全体を震わせるほどの声が響いた。
実況席では、つい先ほどまで決勝戦を実況していたmaroが立ち上がり、マイクを握りしめている。
maro「闘技場にいる皆さーーーん!! 外には出ないでくださーーーーい!!」
maro「街にいる皆さーーーん!! グラディア闘技場にいそげええええええーーーーーー!!!」
「闘技場に!?」
「ここに避難するのか!?」
maro「この闘技場には大会用の防護結界がありまーーーす!! 外へ逃げるよりここへ集まってくださーーーーい!!」
maro「係員の指示に従って!! 押さない!! 走らない!! おちついてええええええーーーーーー!!!」
混乱していた観客たちの動きが止まり、外へ向かおうとしていた者たちも次々と足を止める。
大会のために作られた大闘技場は、グラディアでも特に頑丈な施設であり、今も大会用の防護結界が生きている。
ジェノス「……あの人、こういう時めちゃくちゃ声通るな」
ひっかるん「普段からあれだけ叫んでるからな」
ジェノス「大会中はうるせぇと思ってたけど――」
maro「そこーーーーーー!! 聞こえてるぞおおおおおおーーーーーー!!!」
ジェノス「…………」
ひっかるん「…………」
カズキ「……行こう。俺たちもできること探そう」
笑いは起きない。
もう嵐龍は近い。
ざるそば「よし! 俺たちも手伝うぞ!」
ねこ「街の人をこっちに連れてくればいいんだね!」
ざるそば「ああ! まだ外にいる奴を闘技場まで連れてくる!」
ぴりからし「行こう!」
むっちゃん「うん!」
《銀の羊》が街へ向かって走り出す。
すでに風は強くなり始め、嵐龍がまだ街へ到達していないにもかかわらず、屋根の瓦や看板が激しく揺れ、細かな破片が宙を舞っていた。
「危ない!!」
風に煽られた小さな瓦礫が、避難している人々へ向かって飛んでいく。
むっちゃん「――【誘導】!」
むっちゃんが手を伸ばす。
飛んできた瓦礫の軌道がわずかにずれ、人々の横を抜けて地面へ転がった。
むっちゃん「今のうちに行って!」
「ありがとう!」
ざるそば「闘技場まで急げ! 中に入れば係員がいる!」
ねこ「こっちは私が見てくる!」
ぴりからし「怪我してる人がいたら呼んで!」
四人はそれぞれ別の方向へ走る。
ドラゴンとは戦えない。
それでも、今の自分たちだからできることはある。
少し先では、マリンも街の人々を闘技場へ誘導していた。
マリン「こっち! 闘技場までもう少しだから!」
「子供が転んだ!」
マリン「待って、私が行く!」
マリンが駆け寄り、転んだ子供を抱き起こす。
その頭上では、風に煽られた看板が大きく軋んでいた。
マリン「急ごう! ここにいる方が危ない!」
戦える者が全員、嵐龍へ向かえばいいわけではない。
前線で時間を稼ぐ者がいるから、逃げられる人がいる。
そして逃げる人を守る者がいるからこそ、前線で戦う者たちも後ろを気にせず戦える。
七つ影もすでに動き始めていた。
スペース「水と包帯はここに出すぞ!」
「え?」
スペース「離れてろ」
ドサドサドサッ!!
【収納】から物資が次々と現れる。
「こ、こんなに!?」
スペース「足りなかったら言え」
かずくん「待て」
かずくんが顔を上げ、街の方へ耳を澄ませる。
にょろん「どうした?」
かずくん「……向こうの建物。声がする」
すけじゅに「まだ人がいる?」
かずくん「三人」
にょろん「行くぞ」
七つ影が走り出そうとして、あぶらメンタルだけが周囲を見回した。
あぶらメンタル「……そういや、お頭は?」
スペース「いない」
あぶらメンタル「また?」
にょろん「まただな」
あぶらメンタル「いつから?」
スペース「知らん」
あぶらメンタル「まあ、そのうち帰ってくるかぁ」
にょろん「だな」
それで話は終わった。
あぶらメンタル「で、俺は?」
スペース「物資運べ」
あぶらメンタル「俺、怪我人なんだけど」
スペース「喋れる」
あぶらメンタル「判断基準そこ!?」
文句を言いながらも、あぶらメンタルは水の入った箱を抱えた。
大会で受けたダメージはまだ残っているうえ、【脱力】を活かす彼の戦い方は巨大なドラゴンとは相性が悪い。
だからこそ、今できることをする。
中央舞台では、ハイドラグーンが槍を支えに立っていた。
この大会で最後まで勝ち残った優勝者だが、その身体には決勝で受けた傷が残り、呼吸も完全には整っていない。
少し離れたところでは、yukiもゆっくり身体を起こしていた。
ハイドラグーン「……最悪のタイミングだな」
yuki「……さすがに、今はきついなぁ」
ハイドラグーン「無理はするな」
yuki「それ、今優勝したばっかりの人が言う?」
ハイドラグーン「……それもそうだな」
二人がわずかに口元を緩める。
大会には多くの強者が集まっている。
だが皮肉にも、その多くが激戦を終えた直後だった。
その時――。
グオオオオオオオオオオオオッ!!
咆哮が響いた。
空気そのものが震え、遠くにいるはずなのに腹の底を直接殴られたような衝撃が伝わってくる。
兵士「嵐龍、速度上昇!! 急速接近!!」
嵐龍が翼を畳む。
次の瞬間、空気が弾けた。
ドンッ!!
るいひろ「来るぞ!!」
先ほどまで遠くにあった影が、目に見えて大きくなっていく。
五月雨「構えろ!」
ゆかマキ「いやいやいや、速っ!?」
たたたつ「言ってる場合じゃない!」
はに「もう来るよ!」
耀平「避難が終わるまで絶対に通すな!」
グラディア外縁、街へ繋がる広い場所へ戦える者たちが集まっていた。
五月雨、ゆかマキ、耀平、はに、レックウザ、あやと。そこへ、たたたつも加わる。
五月雨「倒す必要はない! まずは街に入れるな!!」
ゆかマキ「倒すじゃなくて?」
五月雨「危険度5だぞ!」
ゆかマキ「ですよねー!」
はに「時間を稼げればいい」
たたたつ「分かりやすくていいね」
そして巨大な影が、ついにグラディアの目前へ姿を現した。
ゆかマキ「……でっか」
遠くから見ていた時とは比較にならない。
翼を広げれば空を覆い、鱗に覆われた巨体が陽光を遮る。翼の周囲では風が渦を巻き、そのたびに地上の砂や小石が巻き上がった。
五月雨「来るぞ!!」
嵐龍が翼を振る。
ゴオオオオオオオオオッ!!
ゆかマキ「うわああっ!?」
はに「っ……!」
ただ翼を振っただけで暴風が巻き起こり、人間の身体を後ろへ押し戻していく。
たたたつ「このくらいなら――!」
【疾風】。
たたたつは身体を低くして暴風の中へ飛び込み、一歩、二歩と踏み込んだところで一気に嵐龍の側面へ回った。
たたたつ「そこっ!」
短剣を振り抜く。
ガキンッ!!
たたたつ「硬っ……!」
刃が鱗に弾かれた直後、嵐龍の尾が横薙ぎに迫る。
たたたつは咄嗟に身体を沈めて巨大な尾を頭上へ通したが、その風圧だけで身体が浮いた。
はに「こっち!」
反対側では、はにの残像が散る。
巨大な瞳がそちらへ向いた瞬間、ゆかマキが地面を蹴った。
ゆかマキ「せえええええい!!」
大きくなったバットを両手で握り、全身の力を乗せて前脚へ叩き込む。
ゴンッ!!
ゆかマキ「いっっったぁぁぁぁ!!」
耀平「下がれ!!」
頭上から巨大な爪が落ちてくる。
ゆかマキが後方へ飛んだ直後、爪が地面へ突き刺さった。
ズドォォン!!
ゆかマキ「……今の当たったら私が場外ホームランだったんだけど」
五月雨「場外で済むか!」
ゆかマキ「ですよね!」
五月雨たちも左右へ散り、次々と攻撃を叩き込んでいく。
鱗に小さな傷が入り、欠けた破片が地面へ落ちるものの、嵐龍は気にした様子すら見せずグラディアへ向かって足を踏み出した。
ズンッ
五月雨「くそ……!」
はに「止まらない……」
その時、後方にいたレックウザが小さく息を吐いた。
レックウザ「……仕方ねぇな」
ゆかマキ「レックウザ?」
レックウザ「大会じゃ使えなかったんだよ」
ゆかマキ「何を?」
レックウザ「この状態、細かい加減が利かねぇ。力も身体も一気に変わるから、あんな狭い舞台じゃ相手より先に舞台を壊しかねねぇんだ」
たたたつ「……そんなの持ってたの?」
レックウザ「持ってた」
ゆかマキ「使いなさいよ!」
レックウザ「だから使えねぇって言ってんだろ!」
一瞬だけ、いつもの調子が戻る。
だがレックウザはすぐ嵐龍へ向き直った。
レックウザ「それに相手も人間だったしな。けど――こいつ相手なら、加減する必要もねぇ」
拳を強く握る。
身体から溢れ出した魔力が膨れ上がり、足元へ細い亀裂が走った。
レックウザ「――【龍化】」
ドンッ!!
レックウザの身体が変わる。
硬質な鱗が現れ、瞳が鋭く変化し、膨れ上がった力に耐えきれず踏み締めた地面が軋んでいく。
ゆかマキ「……それ、大会で使わなくて正解だったかも」
レックウザ「だろ?」
明らかに先ほどまでとは違う。
それでも、目の前にいるのは都市一つを滅ぼし得る《災級》。
嵐龍が頭を低くした。
五月雨「来るぞ!!」
巨体が地面を蹴る。
レックウザ「おおおおおおおお!!」
レックウザは逃げず、真正面から両腕を突き出した。
ズドォォォォォン!!
レックウザ「ぐっ……うぅぅぅぅ!!」
受け止めた瞬間、両脚が地面を削りながら後ろへ滑っていく。
五メートル、十メートルと押し込まれ、それでも両腕を離さない。
カズキ「レックウザ!!」
るいひろ「押し返してるんじゃない!」
カズキ「え?」
るいひろ「あいつ……全力で耐えてるだけだ!!」
さらに押される。
【龍化】してなお、力の差は歴然としていた。
それでもレックウザは歯を食いしばり、地面へ爪を立てるように両脚を踏ん張る。
レックウザ「ぐ……っそがああああああ!!」
レックウザ「止まれって……言ってんだろぉぉぉ!!」
ズズ……ッ
削られていた地面が止まり、同時に嵐龍の巨体もわずかに停止する。
五月雨「今だ!!」
たたたつ「行く!」
はに「うん!」
ゆかマキ「今度こそ!!」
五月雨たちが一斉に左右から飛び込み、レックウザが身体を張って受け止めている間に攻撃を叩き込んでいく。
倒すためではない。
少しでも削り、少しでも長く止めるため。
そして――時間を作るために。
その後ろで、Amが静かに両手を上げていた。
Am「――炎よ」
右手に炎が灯る。
Am「――闇よ」
左手には、周囲の光を飲み込むような闇が生まれる。
Am「交わり、重なり――」
誰にも見せてこなかった詠唱が、静かに始まった。
前線では、嵐龍が激しく首を振った。
レックウザは両腕に力を込めて耐えようとするが、次の瞬間には巨大な頭部を横から叩きつけられた。
ドゴォッ!!
レックウザ「がっ……!」
【龍化】した身体が地面を跳ねながら吹き飛んでいく。
ゆかマキ「レックウザ!!」
五月雨「前を空けるな!!」
五月雨たちがすぐに穴を埋める。
たたたつが【疾風】で側面へ回り、はにの残像が反対側へ散る。その隙を狙ってゆかマキがバットを振り抜き、耀平やあやとも攻撃を重ねた。
しかし嵐龍が翼を大きく振れば、それだけで状況は一変する。
ドォォォン!!
五月雨「ぐっ!」
ゆかマキ「きゃあっ!」
たたたつ「っ……!」
暴風に巻き込まれた者たちが地面へ投げ出される。
それでも立てる者は、また立ち上がった。
Am「――相反する力を一つとし」
その後方では詠唱が続いている。
炎が膨らみ、それを包み込むように闇が広がっていく。
Am「――その全てを、一点へ」
二つの力はやがて一つの黒い球体へと収束し、その内部では赤い炎が今にも弾けそうなほど激しく暴れていた。
周囲の空気まで震え始める。
るいひろ「……なんだ、あれ」
Amが顔を上げた。
Am「……できた」
そして、前線へ向かって叫ぶ。
Am「どいて!! 全員、そこから離れて!!」
五月雨が振り返り、Amの前に生まれたものを見た瞬間に表情を変える。
五月雨「全員退け!!」
レックウザも地面を蹴って嵐龍から離れ、たたたつとはにが左右へ飛ぶ。
射線が開く。
Amは両手を嵐龍へ向けた。
Am「極限魔法――」
そこで声が止まった。
Am「…………っ」
嵐龍の向こう側。
そこにあるのは――グラディア。
今も大勢の人々が闘技場を目指して走っている。
Am「……撃てない」
これを放てば嵐龍には届く。
だが、嵐龍だけでは済まない。
Am「街まで……」
その時。
SHIN「ちょっと待て!!」
Am「え?」
大闘技場の方角から声が響く。
特別観覧席にいたはずの男が飛び降り、そのまま凄まじい勢いでこちらへ駆けてきていた。
SHIN「今吹き飛ばしてやるから、そこにそれを撃て!!」
SHINは止まらない。
嵐龍が新たな敵に気づき、巨大な頭を向ける。
SHIN「おらあああああああ!!」
踏み込んだSHINが、その巨体へ拳を振り抜いた。
ドッ――
一瞬だけ、音が消えた。
直後。
ドゴォォォォォォォォォォン!!!
嵐龍の巨体が地面から浮き上がった。
カズキ「…………は?」
何人もの戦士が攻撃しても、進行を止めるだけで精一杯だった巨体。
レックウザが【龍化】して、ようやくわずかな時間だけ食い止められた相手。
それが今、一人の男の拳によってグラディアから遠ざかる方向へ吹き飛ばされていく。
SHIN「Am!!」
Am「――っ!」
もう迷う必要はない。
嵐龍の向こうに街はない。
Am「極限魔法――《フォースエクスプロージョン》!!」
炎と闇が完全に重なった力が解き放たれ、一瞬、視界が白く染まった。
ドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
凄まじい爆発が嵐龍を飲み込む。
炎と闇が入り混じり、巨大な衝撃が周囲の地面を抉り取っていく。
遠く離れたグラディアまで爆風が押し寄せた。
maro「皆さーーーーん!! 伏せてええええええーーーーーー!!!」
闘技場へ向かっていた人々が一斉に身を低くする。
砂埃を巻き上げながら爆風が街を駆け抜け、しばらくしてようやく収まった。
Am「……はぁ……はぁ……」
Amの両腕から力が抜け、足元がふらつく。
そのまま膝をついた。
Am「もう……無理……」
今の一撃で魔力を使い切った。
これ以上の戦闘はできない。
それでも、誰もAmを責める者などいなかった。
あれほどの一撃。
さすがに終わった。
誰もがそう思った。
「……嘘だろ」
掠れた声が聞こえた。
爆炎が晴れていく。
その向こうで、巨大な影が動いた。
グオ……ォォォ……
カズキ「……まだ……生きてる……?」
嵐龍。
全身を覆っていた鱗は各所で砕け、翼も大きく傷ついている。身体中から血を流し、立っていること自体が不思議なほどの傷を負っていた。
明らかに弱っている。
それでも倒れていない。
るいひろ「……これが、災級……」
第一陣は限界だった。
レックウザはすでに【龍化】を解き、片膝をついたまま荒い呼吸を繰り返している。
レックウザ「……悪い……もう無理だ……」
五月雨も肩で息をし、ゆかマキはバットを支えにどうにか立っていた。
たたたつも先ほどまでの速度では動けず、はにも身体中に傷を負っている。
Amは完全に戦闘不能。
それでも嵐龍は、再びグラディアへ顔を向けた。
街では今も避難が続いている。
ねこ「こっちにはもういない!」
ざるそば「よし! 次の通りだ!」
むっちゃん「待って! 怪我してる人がいる!」
ぴりからし「私が行く!」
《銀の羊》はまだ走っていた。
少し離れた場所では、マリンが転んだ子供を抱き起こしている。
マリン「立てる?」
「う、うん……」
マリン「じゃあ一緒に行こう。闘技場までもう少しだから」
七つ影も同じだった。
スペースが必要な物資を【収納】から出し続け、かずくんは周囲の声へ耳を澄ませる。
かずくん「……左! あっちにも一人いる!」
にょろん「すけじゅに!」
すけじゅに「分かった!」
戦場から離れた場所でも、戦いは続いている。
だからこそ、嵐龍をこれ以上街へ近づけるわけにはいかなかった。
ジェノス「……なら」
ジェノスの手に炎が灯る。
ジェノス「次は俺たちだろ」
カズキ「ジェノス……」
サイタマタマ「俺も行く」
サイタマタマが前へ出る。
その隣には、いれも並んだ。
いれ「こっちもいるぞ」
さらに一人、また一人と、大会に出場していた者たちが前へ出てくる。
すでに大会では敗れている。
第一陣ほどの力もない。
だが、目の前の嵐龍も無傷ではない。
ジェノス「ここまで削ってくれたんだ。だったら――俺たちが繋ぐぞ」
カズキは手にした剣を強く握り直した。
カズキ「……行こう」
第二陣が走り出す。
嵐龍もそれに気づき、傷だらけの身体で咆哮を上げた。
グオオオオオオッ!!
弱っている。
間違いなく弱っている。
それでも相手は《災級》。
横薙ぎに振られた巨大な尾を避けきれず、一人がまともに受けて地面を転がった。
「ぐあっ!!」
ジェノス「このっ!!」
ジェノスが炎を放つ。
砕けた鱗の隙間へ炎が直撃すると、今度は確かに嵐龍の身体が揺れた。
ジェノス「効いた!!」
サイタマタマ「続けるぞ!!」
第二陣が一斉に畳み掛ける。
第一陣が作った傷と、Amが破壊した鱗。
そこを狙えば、今の自分たちの攻撃でも通る。
サイタマタマが正面から注意を引きつけ、その隙にいれたちが左右へ散る。
嵐龍は鬱陶しそうに頭を振ると、巨大な腕を横薙ぎに振り抜いた。
ドゴッ!!
ジェノス「がっ!!」
避けきれなかったジェノスの身体が吹き飛び、地面を何度も転がっていく。
カズキ「ジェノス!!」
ジェノス「だ、大丈夫……前見ろ!!」
声に反応して振り返る。
すでに嵐龍の爪が目の前まで迫っていた。
カズキ「っ!」
咄嗟に身体を捻る。
巨大な爪が頬のすぐ横を通過し、巻き起こった風だけで髪が大きく揺れた。
嵐龍の左脚がわずかに沈む。
その変化を捉えた瞬間、カズキは後ろではなく前へ踏み込み、直後に迫った巨大な尾を背後へ通した。
サイタマタマ「……!?」
そのまま懐へ潜り込み、傷ついた鱗へ剣を振り下ろす。
ガキンッ!!
刃が食い込んだ。
グオオオオッ!!
カズキ「いける……!」
第一陣の戦いを、ずっと見ていた。
翼を動かす前に何が変わるのか。
尾を振る時、どこへ体重が移るのか。
爪を振り下ろす前にどちらへ視線を向け、身体のどこに力が入るのか。
そして攻撃の直前、周囲の風がどう変化するのか。
何度も見たからこそ、ただ巨大で速いだけに思えていた動きの中に、少しずつ繋がりが見え始めている。
嵐龍の右腕が動くと同時に身体を沈めて爪をかわし、そのまま横へ踏み込む。
完全に見切っているわけではない。
ほんの少し判断が遅れれば、その一撃だけで終わる。
それでもカズキは、紙一重で避け続けた。
カズキ「っ……!」
爪の先端が肩を掠め、服と皮膚を切り裂く。
痛みに顔を歪めながらも足は止めず、すぐに嵐龍の次の動きを見る。
いれ「……なんで避けられるんだ?」
弱って速度が落ちているとはいえ、第一陣ですら苦戦した攻撃だ。
それをカズキは、一度避けるごとに少しずつ理解し始めている。
サイタマタマ「カズキ! 後ろ!」
カズキ「分かってる!」
振り返らない。
地面へ落ちた影と背後から聞こえる風の音に反応して一歩だけ横へずれると、直前まで立っていた場所を巨大な爪が砕いた。
カズキはそのまま身体を回転させ、無防備になった腕の傷へ剣を走らせる。
ザンッ!!
刃が入る。
少し離れた場所で、きいこがその戦いを静かに見つめていた。
きいこ「……あの方」
SHIN「ああ」
きいこ「先ほどより、動きが……」
SHIN「変わってる」
SHINは笑っていた。
大会でも見た。
yukiとの戦いでもそうだった。
最初は対応できていなかった攻撃に、戦いながら追いついていく。
だが今は、それ以上だった。
SHIN「大会ん時より速ぇな」
振り下ろされた爪を身体を捻ってかわし、続けて迫る尾の下へ潜り込む。
嵐龍が大きく翼を広げた瞬間には、カズキは風が来るより先に地面を蹴ってその場を離れていた。
爪が頬を掠め、尾が服を裂く。
どれも余裕を持って避けているわけではない。
あとほんの少し判断が遅れていれば致命傷。
それでもカズキの目は、嵐龍から離れなかった。
カズキ「次は――」
少しずつ分かってくる。
戦えば戦うほど、先ほどまで見えなかったものが見えてくる。
嵐龍の視線が動き、前脚へ力が入る。
身体がわずかに沈んだ瞬間、その先にある動きがカズキの頭の中で繋がった。
カズキ「ここだ!!」
嵐龍が攻撃へ移るより先に地面を蹴る。
狙うのは首元。
《フォースエクスプロージョン》によって大きく砕かれた鱗の隙間へ踏み込み、全身の力を乗せて剣を振り抜いた。
ザンッ!!
深く入った。
グオオオオオオオッ!!
嵐龍が大きく仰け反る。
カズキ「入った――!」
その瞬間。
パキッ
カズキ「……え?」
手元から嫌な音が聞こえた。
刃の中央に一本の亀裂が走り、そのまま一気に広がっていく。
バキンッ!!
剣が――折れた。
カズキ「…………」
手元に残ったのは、半分になった剣。
その向こうで嵐龍がゆっくりとカズキへ顔を向けた。
カズキ「……まずい」
巨大な口が開き、その奥へ眩い光が集まり始める。
るいひろ「カズキ!!」
ジェノス「逃げろ!!」
動こうとする。
だが、脚が言うことを聞かない。
ここまで限界を超えて身体を動かし続けた。
次に何が来るのかは分かっている。
逃げなければならないことも分かっている。
それなのに身体が、もう追いつかない。
嵐龍の口内で光が膨れ上がった。
カズキ「…………っ」
避けられない。
次の瞬間、嵐龍の口から凄まじいブレスが放たれた。
ドォォォォォォォォォッ!!
視界が光で埋まる。
その直前。
ドンッ!!
一人の男が、カズキの前へ降り立った。
カズキ「……え?」
SHIN。
彼は迫るブレスを前にしても避けようとはせず、右腕を上げただけだった。
その腕を、薄い光のような【気】が覆う。
SHIN「ふんっ!!」
腕を振る。
バァァァァァァン!!
真正面から迫っていたブレスが、SHINの腕に触れた瞬間に軌道を変え、そのまま空へ弾き飛ばされる。
ドォォォォォン!!
遥か上空で爆発した。
カズキ「…………は?」
理解できない。
腕一本。
たったそれだけで、あのブレスを弾いた。
SHIN「お前!!」
突然SHINが振り返った。
カズキ「は、はい!?」
SHIN「お前、大会に出てたカズキだよな!!」
カズキ「え……はい!」
SHIN「やっぱりそうか!!」
満面の笑みを浮かべると、SHINは親指で自分を指した。
SHIN「お前――俺の弟子になれ!!」
カズキ「…………はい?」
グオオオオオオオオッ!!
背後で嵐龍が咆哮する。
カズキ「う、後ろ!!」
SHIN「ん?」
SHINが振り返った。
傷だらけの嵐龍は、それでも倒れない。
残った力を振り絞るように身体を起こし、目の前のSHINを睨みつけていた。
SHIN「ああ、悪い悪い。まだ終わってなかったな」
右手を上げる。
拳ではない。
五本の指を揃えた手刀へ、【気】が集まり始める。
カズキ「……」
空気が変わった。
レックウザの【龍化】とも違う。
Amの極限魔法とも違う。
ハイドラグーンとも、yukiとも、すーだまんとも違う。
ただ腕を上げただけなのに、カズキの身体が震える。
SHIN「よく頑張ったな、お前ら」
レックウザが顔を上げる。
五月雨、ゆかマキ、たたたつ、はに、Am。
ジェノス、サイタマタマ、いれ、そしてカズキ。
その言葉は、ここまで戦った全員へ向けられていた。
SHIN「ここまで削ってくれりゃ――あとは俺がやる」
SHINが足を踏み込む。
嵐龍も咆哮を上げ、その巨大な腕を振り上げた。
次の瞬間、カズキの視界からSHINが消える。
カズキ「――え?」
見失った。
そう思った時にはもう、SHINは嵐龍の目の前にいた。
振り上げられた右腕。
そこへ集まった【気】が、一瞬だけ鋭い輪郭を作る。
SHIN「――《断天》」
手刀が振り下ろされた。
一瞬だけ、音が消える。
嵐龍の頭頂から巨体を縦断するように、細い一本の線が走った。
ズ……
カズキ「…………え?」
巨大な身体が、ゆっくりと左右へずれていく。
ズドォォォォォォォォォォン!!!
真っ二つに断たれた嵐龍の巨体が左右へ倒れ、大地を大きく揺らした。
舞い上がった砂埃の向こうで、もう嵐龍が動くことはなかった。
「…………」
「…………え?」
誰もすぐには声を出せなかった。
推定危険度5。
一体で都市を壊滅させ得る《災級》。
レックウザが身体を張って止め、五月雨たちが削った。
Amが極限魔法を撃ち込み、第二陣がその傷をさらに広げた。
カズキも限界まで食らいついた。
それでもなお立っていた怪物を――たった一度の手刀が両断した。
カズキ「……これが……」
誰かが掠れた声で呟く。
「マスター……」
SHINが地面へ着地する。
右手を軽く振ると、何事もなかったかのようにカズキの方を向いた。
SHIN「で!!」
カズキ「……え?」
SHIN「弟子の話なんだけどよ!!」
カズキ「今するんですか!?」
その瞬間、遠く離れたグラディアの実況席から、大闘技場を何度も沸かせた声が響いた。
maro「嵐龍――――――!!」
maro「討伐されましたああああああああああああああああ!!!」
一瞬の静寂。
そして。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
大闘技場から、グラディアの通りから。
街中を揺らすほどの歓声が上がった。
大会のために集まった者たち。
戦った者も、敗れた者も。
前線には立てなくても、人々を闘技場まで導いた者も、怪我人を運んだ者も、物資を届けた者もいる。
誰か一人が守った街ではない。
何人もの人間が役目を繋ぎ、時間を繋ぎ、最後まで諦めなかった。
その先で――
グラディアは、生き残った。
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