9話 イコの休日(前編)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
死んだ冒険者を蘇らせる事を仕事にする蘇生屋トルクは、今日も死体を探しにダンジョンへと潜る。人助け?いいや、ただの飯の種だよ。モンスター退治や宝探しみたいな夢もロマンもありゃしない。そんな冒険者の物語。
本文
朝、ギルド直営の安宿の部屋でトルクがシーツに丸まる上でイコが跳ねていた。
「おじさーん!ダンジョン行こうよーダンジョン!」
遊園地に連れてけ、みたいなノリで急かすイコ。
腰に重みが加わる度にトルクの口からぐぇっと蛙の様な声が漏れる。
「やかましい。どの道今は迷宮の変化期だから行けないっつーの」
トルクがシーツを頭で覆い寝そべりながら答える。
周期的に迷宮の構造が変わる変化期は、何が起こるかわからない為ギルドによってダンジョンへ入る事は禁止されている。
「そういう事だから今日は一日蘇生屋は休業だ。寝る」
「むー……」
トルクが枕に顔を伏せるのを見るとイコは頬を膨らませて窓から飛び去った。
(やれやれ、やっと寝れる……)
至福の二度寝に沈みかけた、その時だった。
ドンドン!
遠慮の欠片もないノックの音が、眠りかけた意識を無理やり引きずり起こす。
トルクがシーツの中で眉をひそめていると、返事を待つ気などないらしく、扉が開いた。
「トルクさん、依頼だよ。ギルド直々にあんたご指名さ」
宿の女将の声にトルクが不満げに顔を上げる。
恰幅の良い女将が、ドアの前でふんぞり返って立っていた。
「なんで俺なんだよ。蘇生屋なら他にもいるだろうが。ヘイズとか」
「ヘイズならこの間辞めちまったよ。知らなかったのかい?」
「はぁ?まだなってから半年しか経ってねぇじゃねぇか」
女将の言葉に唖然とするトルク。
「ボルトはまだ新米だし、リレイは他の依頼でいないからあんたしかいないんだよ」
一日中寝る休みの予定がご破算な事を悟り渋々とベッドから起き上がるトルク。
ギルドに雇われの身であるトルクは、安宿の家賃免除や蘇生薬や聖水の料金補助の恩恵がある代わりにこういうギルド指定の依頼は断れない誓約がある。
はぁ、と思わずため息が出る。
「自由で羨ましいな、子供は……」
イコが飛び去った窓を恨めしそうに見つめるトルクだった。
◇◇◇
イコは町を飛び回り、活気あふれる市場を見て回っていた。
「はぁーい、今朝採れたての新鮮な野菜だ!安いよー!」
「王都で流行りの最新の髪飾り入荷したよ!お嬢さんおひとつ如何です?」
商人たちの呼び声が飛び交い、荷車が石畳を軋ませながら行き交う。
焼きたてのパンの匂いが煙突から漂ってくる。
その一角で、井戸端に集まった女たちの話し声が耳に入った。
「近頃子供が行方不明になる事件が多いらしいわねぇ」
「この前フローネさんの所の息子さんが帰ってこなかったらしいわ」
不穏な会話を横に飛び回るが、誰も自分を見えている様子はない。
前にトルクが、冒険者の様に死が身近にあり過ぎて、死と生の境界線が曖昧になった者はゴーストが見えやすくなると言っていた事を思い出す。
道行く誰もがイコの体をすり抜けていく。
ここの人々にとって、死は壁の向こう側にある。
「つまんなーい……」
イコはとある家の屋根に座り足をプラプラさせる。
それを咎める者は誰もいない。
もう帰ろうかと思い始めた時、ふと町の建物の陰で集まって泣いている子供達が居るのが目に入った。
近くを通りかかる大人達はその子達を見る素振りも無く通り過ぎていく。
「どうしたの?」
イコが飛んで行ってその子達に声を掛けると、子供達は一瞬驚き、イコを見た。
「帰れなくなっちゃった……」「おうちに帰りたい……」
子供が次々に言う。
「迷子になっちゃったの?」
その言葉を聞いた子供たちが、一斉に口を閉ざした。
先ほどまで涙に濡れていた顔から、表情が消える。
瞳が黒い穴へと変わり、小さな体が水面に映る影のように揺らぎ始めた。
「帰りたいよ」
「ママにあいたい」
「ここからだして」
「どうして、ぼくたちが」
子供達はゴーストだった。
ゴーストの体からドス黒いオーラが浮かび始め、子供達の姿が骸骨の様なやせ細った顔になっていく。
「どうして!どうして!!」
「帰りたいよぉ!!」
「暗いよ!!狭いよぉぉ!!!」
ゴースト達が一斉にイコに手を伸ばし飛び掛かろうとする。
しかしイコは表情を変える事無く髪の毛を伸ばしてゴースト達を捕まえ抑えつけた。
「!?」
自分達が掴まれた事に驚く子供のゴースト達。
「落ち着いて、お願い」
イコの呼びかけに、ドス黒いオーラは霧散し始め、ゴースト達の姿が元の子供の姿に戻っていく。
イコの髪の毛の中で、ゴースト達は抵抗を止め、小さな手でイコの髪の毛をぎゅっと掴んだ。
「教えて。皆、どこにいるの?」
イコの問いかけに、子供達が一斉に同じ方向を指さす。
下水道へと続く洞窟だった。
◇◇◇
下水道の回廊の奥、使われなくなった物置小屋に男達が三人いた。
小柄な男と、細身の男、そして無精ひげのヘイズ。
セーフルームと同じ青いカンテラの灯りに包まれた部屋で苛立った様子でヘイズは部屋のテーブルに肘をついて椅子に座っている。
「売人と連絡が着いた。今夜ここを出るぞ。上では衛兵共が嗅ぎまわってるからそれまでは動くなとの事だ」細身の男が言う。
「チッ、まだここで缶詰かよ」
「我慢しろ。それも今日で終わりだ。うまくいけばお前の賭け事の借金全部チャラになる金額だぞ」
「わかってるよ。やっとここからおさらばできるぜ」
「な、なぁ……本当にやるのかよ?」
小柄な男が俯きながら言うと、ヘイズが苛立ちを隠さずに怒鳴る。
「今更ゴチャゴチャ言うんじゃねえ!てめぇだって冒険者辞めてぇクチだろうが!!」
「そういえば、お前は確か蘇生屋だったな」
細身の男の言葉に、ヘイズが吐き捨てる様に答える。
「あんなの毎日死体漁りばっかりでまともな奴がやる仕事じゃねぇよ!!」
「そんなものか。あのトルクとかいう蘇生屋は随分と長く蘇生屋を続けてるみたいだが?」
「トルク、か……」
ヘイズの顔が忌々し気に歪む。
「……お前らにはショボくれたオッサンにしか見えねぇんだろうけどな。
俺から言わせりゃアイツが冒険者の中で一番まともじゃねぇ。
俺はこの仕事始めてからゴーストが見えるようになっちまった」
ヘイズがテーブルに置かれた手を握り締めながら呟く。
「なのに、あいつはいつも涼しい顔して迷宮に潜りやがる。
最近はゴーストに憑りつかれたって聞いたのに、あいつは平然としてやがる!」
ガンッ!!
テーブルに叩きつけられたヘイズの拳は微かに震えていた。
「俺はいつも周りにうめき声や囁き声が聞こえてきて、この部屋みてぇにモンスター除けの結界を張ってなきゃ眠れなくなったんだよ!
もう冒険者稼業も迷宮潜りもウンザリだ!!俺は別の町でやり直す!その為に金がいるんだよ!!」
「そ、そりゃあわかってるけどよぉ……」
部屋の中の木箱をチラリと見る小柄な男。
「何も殺す事は無かったんじゃ……」
「うるせぇ!!
泣くわ喚くわ、挙句に逃げ出そうとしやがったガキどもが悪いんだ!!
死んでも後で蘇生させるんだから問題ねぇだろ!!
だから俺は悪くねぇ!!」
ヘイズは木箱から目を背け、俯いた。
テーブルの木目を見つめる目は、そこに何か答えでも書かれているかのように動かない。
「そうだよ、俺は、俺は悪くねぇ。俺は悪くねぇんだ……!」
「悪いよ」
突如部屋の中に響いた静かな幼い声。
三人が入口を見やると、白い髪と白い目の少女
――イコが立っていた。
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