10話 イコの休日(後編)
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あらすじ
死んだ冒険者を蘇らせる事を仕事にする蘇生屋トルクは、今日も死体を探しにダンジョンへと潜る。人助け?いいや、ただの飯の種だよ。モンスター退治や宝探しみたいな夢もロマンもありゃしない。そんな冒険者の物語。
本文
(なんだ、このガキ……いつ入ってきた?)
ドアを開ける音も部屋に入ってくる足音も無かった。
いつの間にか自分達の前にいた白い髪の少女は、ガラスの様に透き通った白い目でこちらを見つめている。
(ゴースト……? いや、あり得ねぇ)
ヘイズは部屋の四隅にある青い炎を宿したランタンを見つめる。
魔除けの炎はモンスターやゴーストの類を寄せ付けない。
だからただの子供の筈だ。
目の前の少女はゴーストの様に揺らめいていない、ハッキリとした輪郭を持って立っている。
だが、どうしてか。
さっきから冷や汗が止まらない。
ゴクリ、とヘイズは無意識に唾をのむ。
目の前の少女を前に、ヘイズは動けずにいた。
「おやおや、どうしたのかな、お嬢ちゃん? 迷子になったのかい?」
仲間の細身の男が優しい声と笑顔でその少女に近寄る。
少女からは見えないように背中に隠された片手には、ナイフが握られていた。
「君一人? お父さんやお母さんはいないのかな?」
「おじさんがいるよ。今はいないけど」
少女が無表情で答えると細身の男がニヤリと笑う。
ゾクッ
その時、ヘイズの背中に悪寒が走った。
「そうか……それは良かったよ……」
「お、おい待て!! そいつは――」
ヘイズが止めるより速く細身の男が隠していたナイフを少女の胸に突き付けた。
スゥッ
しかしナイフは、持っていた手ごと少女の背中へとすり抜けた。
「……え?」
細身の男が少女の胸に埋もれた自分の腕を呆然と見つめる。
少女は細身の男の顔を黙って見つめ、感情を込めない声を放つ。
「お前、きらい」
シュルルルルッ
「うごぇええ!?」
少女の白い髪が伸びるとあっという間に細身の男の全身に巻き付き、そしてその束縛は首にも及んだ。
「あ、あご、ああ、ぁ……!」
男が体を必死にばたつかせながら悶える声が喉から漏れる。
ミシミシ、と骨が軋む様な音が微かに聞こえてくるが、
少女はそれを虫でも見るかの様な冷たい目で見ていた。
「て、てめぇ!!」
小柄な男が近くにあった手斧を少女に向かって投げつける。
だが、手斧は少女の眼前で静止する。
少女が視線を細身の男から小柄な男へと移した。
「……ひぃ!?」
小柄な男が身を竦ませた時、静止していた手斧が逆戻りするかのように小柄な男に向かって飛んでいく。
ザグッ ボギッ
「あ゛っ!?」「ぉご……っ」
小柄な男の頭が手斧にかち割られた音と細身の男の首の骨が折れる音が同時に部屋に響いた。
「なっ……なっ……!?」
椅子から転げ落ちるヘイズ。
巻き付けた髪の毛から細身の男が解放されると、細身の男は糸が切れた人形の様にぐしゃりと床に倒れ込み動かなくなった。
ガタ ガタ
部屋の四隅にある青い炎のランタンが不自然に揺れ動く。
少女の体がふわりと浮き上がると、途端に部屋中が身震いする様な冷気に包まれた。
そして、ランタンの中の青い炎がフッと消える。
部屋が暗闇に包まれる中で、何故か少女の姿だけはクッキリとヘイズの目に映っていた。
「な、なんだよ……なんなんだよお前は!?
……ひぃっ!!!」
少女の周りに、ぼんやりとした影が浮かび上がる。
やがてそれは子供の姿となった。
自分が誘拐し、殺した子供達。
無言で真っ黒な穴の様な空虚な瞳がヘイズを睨みつける。
「ち、ちくしょお!!来るな、来るな化け物ぉぉ!!!」
ヘイズは近くの別の木箱から聖水の入った瓶を取り出し、少女たちめがけて聖水を振りかけた。
しかし聖水は少女たちの前で止まり、水の球となって宙に浮かぶ。
ゴーストなのに聖水が効かない。
未知の事態にヘイズが震えている中、少女は空中に浮かぶ聖水の粒を見つめていたが、冷たく平坦な声で言い放った。
「いらない」
少女がヘイズを指さすと、聖水は一斉にヘイズ目掛けて飛んでいく。
「うぼごぉ!?」
聖水がヘイズの口に入り込み、気道を塞いだ。
「おぼっ、ごっ、ごぼごぼっごぼぉぉ!!」
必死に吐き出そうとするが、聖水はまるでへばり付いたかのように喉から離れない。
息が詰まり、酸欠で頭がガンガン痛くなる。
「ぼっごぼぼぼぼっ!!」
遂にヘイズは自らの喉を掻きむしり始める。
皮膚が破れ血が噴き出すが、それでもヘイズは掻きむしる事を止めなかった。
ヘイズの目には、自分を取り囲む様に子供達のゴーストが無言でこちらを見下ろしている光景が映る。声にならない悲鳴がヘイズの喉に響く。
「ご……ぼっ………」
やがて、ヘイズは恐怖にひきつらせた顔のまま、喉から血を噴きだし倒れ、
部屋の中に生者はいなくなった。
「………」
子供達のゴーストがヘイズの死体を黙って見つめる中、イコはゴースト達に語り掛ける。
「待ってて。すぐに助けてくれる人が来るから」
◇◇◇
「……何が起こったんだ、これは」
部屋の中の様子を見て衛兵の一人のロズが思わず呟いた。
地下水道の使われていない物置部屋の中には三人の男の死体。
一人は首があらぬ方向にねじ曲がったまま床に転がっており、もう一人の小柄な男の頭には斧が深々と突き刺さっており、床に赤い染みを作っている。
そして最後の一人は、喉を自分の手で引き裂き、恐怖を顔に張り付けたまま絶命していた。
カビとホコリ、血の匂いが充満する地獄の様な光景に新人の衛兵が思わず口をを押さえる。
そんな新人の横をすり抜ける様に、中年男性……蘇生屋のトルクが気怠い様子で部屋に踏み込んでいく。
「報酬で揉めて仲間割れ……ってわけじゃあなさそうだな。
……大方、どっかの化け物でも怒らせた感じか」
彼は死体を見ても特に気にする様子もなく、ジロジロと検分を開始していた。
(なんだ、こいつは……)
その様子にロズは僅かに顔を顰める。
最近、町の中で多発する子供を狙った誘拐事件。
それを受けて治安維持団は冒険者ギルドとの提携による捜査を開始した。
ならず者の集まりである冒険者が参加する事にロズはあまりいい顔をしなかったが、相手がモンスターである可能性も考えればやむを得ないと考えた。
この蘇生屋トルクもその一人。万が一の事態を考えての指名依頼だと言う。
「……驚いたな、こりゃあ。まさかここでこいつに会うとはな」
トルクが喉を掻きむしった男の顔を見て呟く。
「知っているのか?」
「元同僚だ。名前はヘイズ。俺と同じ蘇生屋だ。
……なるほど、そういう事か」
トルクは暫く考え込んだ後、何かに納得した様に呟くと部屋の中を物色し始める。
「おい、何をしているんだトルク殿。
まずはこいつらを蘇生させて事情を聞いた方が早いのでは?」
「こっちが先だ」
ロズの提案をトルクがバッサリと切り捨てる。
無礼な物言いにロズが思わず眉間に皺を寄せる中で、トルクはある木箱に注目した。
「……ここか」
トルクが、まるで誰かに話しかけているかのように呟くと木箱を押して脇へどかす。
そこには、レンガの壁に開けられた穴があった。
その中へトルクが身を屈めて中を覗き込むと、こちらへ振り向いた。
「あったぞ。間違いない。ガキ共を誘拐したのはこいつらだ。
……全員、ここにいた」
「どういうことだ?」
「見ればわかる」
トルクに促され、ロズが中を覗き込む。
「……っ!!」
許しがたい光景があった。
剥き出しのレンガの小部屋の中に敷き詰められてあったのは子供達の遺体。
年端もいかない、まだ10歳にもなっていない子供達が、白濁した目を見開きながら無造作に転がされている。
そのどれもが、行方不明の子供の特徴と合致するものだった。
「大方、後で蘇生させるつもりだったんだろうよ。
殺しておけば逃げられる心配も飯の世話もしなくて済む。
人身売買で取引が成立し次第蘇生すりゃあ、あとは採れたて新鮮な子供達が手に入るって寸法だ」
「クズ共が………っ!!」
ロズは傍に転がるヘイズ達を睨みつけた。
家で待つ息子は五歳。娘は先月生まれたばかりだ。
同じ世代の子供たちが、物のように扱われていた。
ロズは拳を握りしめた。
「トルク殿、子供達を蘇生させることは!?」
「問題ない。死体の傷は最小限で保存状態もいいし、恐らく一月も経っていないからまだ間に合う。ヘイズも元蘇生屋ならそこらへんはわかっている筈だ」
三人の死体を蹴り飛ばしたい衝動を必死に抑えながら問うロズと対照的に、トルクはどこまでも冷静だった。
衛兵たちが子供の遺体を一人ずつそっと穴倉から出し、床に並べていく中でトルクが一人の茶髪の男の子の遺体の傍に膝をつくと、慣れた様子でポーチから蘇生薬を取り出す。
「『いお いお あむらと 命よ戻れ』」
遺体に蘇生薬をかけて短い呪文を唱える。
すると死体が光り出し、首にあった締め跡が消えると白かった肌に赤みが戻り、白濁した目には生気が戻った。
「ごほっ、かは!?」
程なくして男の子が咳をしながら飛び上がる様に上半身を起こした。
「よう」
「え?あ……」
トルクが小さく手を上げて声を掛けると、戸惑った様子の子供がトルクを凝視する。
やがて、周りを見渡すと子供の目に涙が浮かび始めた。
「あ、あ……う、うわああああああ!!!!」
「大丈夫、もう大丈夫だ!」
ロズは泣き喚く子供を優しく抱きしめ、安心させるように背中をさする。
「君は助かったんだよ!すぐにおうちに帰れるからね!」
「……何も人の顔見て泣く事ぁねぇだろうが」
トルクはその横でため息をつきながらポツリと愚痴る。
が、すぐに仕事をする男の顔に戻った。
「おい、手持ちの蘇生薬じゃ全然足りん。
それにガキが多い。今すぐ蘇生薬の補充と応援を呼んで来てくれ」
「わ、わかりました!」
トルクの指示を受けた新人の衛兵が部屋の外へ走り出す。
「で、ガキ共は全員蘇らせるとしてこいつらはどうするんだ、衛兵殿?」
トルクが顎でヘイズ達の死体を示す。
「……当然、蘇生させる。こいつらには事情を聞いて人身売買の商人の話も聞き出さなきゃならない。そして、自分がやった罪の重さを思い知らせてやる」
「了解。……バカな奴らだ。折角迷宮から離れられたんだからまともな仕事をすりゃあ良かったのに」
ヘイズ達の死体を見やりながら小さく呟くと、トルクは他の子供の蘇生準備をし始める。
その時、ロズの目には異様な光景が映った。
トルクの周りを囲むように、子供くらいの大きさの透明な影の様な物が集まっていた。
だがその影達は揺らめいていて、どこか不安そうにロズには見えた。
「……焦るな、順番だ。全員ちゃんと帰してやるさ」
トルクが目の前の遺体から目を離さずに喋ると、その影達は静かに消える。
ロズがその不思議な光景に呆然とする中、蘇生薬の補充と応援に来た衛兵たちがドアを開けて飛び込んでくる。
次々と蘇生される子供達が泣きじゃくり、衛兵たちが慌てて宥め確保していく喧騒を余所に、トルクの静かな蘇生の呪文が柔らかな光と共に紡がれていた。
◇◇◇
「パパ、ママァ!!」
「トト!!あぁ、トト!本当に、帰って来てくれたのね!」
夕方の衛兵の詰め所の前は、我が子が無事に帰ってきた事を聞かされ駆けつけた親達と、親と再会を果たした子供達の歓声と泣き声が響いた。
互いに名を呼び抱き合い、歓喜の涙を流すその姿に、ロズは思わず鼻の奥をツンとさせる。
「本当に、本当にありがとうございます!この子を無事に帰して頂いて……」
感極まった親の一人が我が子を抱き締めながらロズへ近寄り感謝を述べる。
すぐにロズは姿勢を正し直立不動の体勢で立つと涙を瞳の奥に引っ込めた。
「いえ、我々は当然の職務を全うしたまでであります。
感謝ならばそこの蘇生屋のトルク殿に……」
ロズが功労者であるトルクを紹介しようと振り返ったが、蘇生屋はいつの間にか姿を消していた。
「トルク殿ならば、先程主犯格三人の蘇生を終えた後、報酬を受取りすぐに『疲れたから』と帰られましたよ」
衛兵の一人が答えると、ロズは思わず顔を顰めた。
折角労いの言葉でも掛けようと思っていたのに、最後まで不愛想で無礼な男だ。
(しかし……彼がいなければ子供達は助からなかったのも事実。
それに、あの男は何故か潜伏先をピタリと言い当てた)
捜査の中で、数ある主犯格の潜伏先の中でどれを調査しようかと相談していた矢先にそれまで黙っていたトルクが急にここだ、と地下水道の物置部屋を指した。
ガキがここだと言ってる、というわけのわからない理由で半信半疑ながらもあたってみると実際にその通りだった。
『……焦るな、順番だ。全員ちゃんと帰してやるさ』
ふと、トルクがあの部屋で呟いた言葉が頭の中で蘇る。
ロズは冒険者ギルドの建物がある方角を向くと、敬礼の姿勢を取った。
その横で、白い髪の少女が立っている事にロズは気付かない。
「……」
少女は感動の再会で喜び合い抱きしめ合う親子たちの姿を黙って見ていた。
「良かったね、皆」
少女の呟きに、答える者はいない。
やがて、少女は親子達の温かい喧騒を背に無言で飛び立つ。
子供の一人がふと、何かを感じて空を見上げたがその目には紅に染まり始めた空と雲以外には何も映らない。
生と死が隔てられた、いつも通りの平穏な風景だけだった。
◇◇◇
「……はぁ、結局一日中働きづめだったな」
日が沈み始めた町中、トルクが安宿への道を歩きながらぼやく。
「ま、お陰で多少は懐も潤った事だし良しとするかね」
銀貨と少しばかりの『ボーナス』で重くなったポーチを叩きながら口元を歪める。
「おじさーん」
上から高い声が近づくと、すぐにイコがトルクの傍らで浮きながら並ぶ。
「なんだ、もういいのか? お友達とお別れしなくて」
「うん。……もう皆、帰っちゃったから」
「……そうかい」
暫くの間、二人の間に沈黙が訪れる。
トルクはポーチの中から聖水の瓶を取り出すと、イコに差し出した。
「ホレ」
「わっ、ジュースだ。いいの?」
いつも渋ちんのトルクにしては珍しい行動にイコは思わず声を上げる。
「今回は臨時ボーナスが入ったからな。
ちゃんとした公的機関による依頼料と、どさくさに紛れてあいつらのアジトから蘇生薬と聖水をいくらか拝借してきた」
そう言ってトルクはポーチをポンポンと叩きながらニヤリと悪どい笑みを浮かべる。
「おじさん、それ泥棒じゃないの?」
「いいんだよ、有効活用って奴だ。あんな人攫い共に使われるよりかはマシだろ」
そうかなぁ、と言いながらもイコはポンッとコルク栓を開けると聖水をすぐに飲み干す。
「んー! やっぱり美味しー! おじさんのジュースが一番美味しいよ」
「聖水なんてどれも一緒だろうが」
「違うもん、全然違うもん。おじさんと一緒のジュースがいいの」
「わけがわからんな……」
暗くなっていく空の下でそんなやり取りをしながら二人は安宿へと向かう。
明日からはまた、迷宮に潜る日々が戻る。
生と死が曖昧な暗い穴底。
今回の子供達には、もうゴーストが見えなければいい。
ヘイズ達はずっとゴーストの影に怯え続けるだろう。
だがそれでいい。
ゴーストが見えるのもゴーストになるのも、
俺達の様なろくでなしの連中だけで十分だ。
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