第七十九話 弱肉強食の掟
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
ドォォォォォォン……!!
内側から爆ぜた雷炎の猛烈な衝撃波が、大回廊の大理石の柱を震わせ、濛々たる白煙を宙へと巻き上げていた。
焼け焦げた石畳。
その中央、火の粉が降り注ぐ爆心地に――フェンリスの巨躯が、仰向けに、大の字となって倒れ伏していた。
褐色の肌は黒く焼け爛れ、全身の毛穴から立ち上っていた凶暴な魔力の陽炎は、完全に掻き消えている。
荒い、喘ぐような呼吸。
エヴァンが直剣の切先を向け、リゼットが警戒を解かずに間合いを詰める。
だが。
泥の上に倒れ込んだフェンリスの唇が、ゆっくりと、耳まで裂かんばかりに吊り上がった。
「……カハッ……」
血の泡を吐きながら、フェンリスの喉から漏れ出たのは、濁りのない、晴れやかな哄笑だった。
「完敗だ……。ぐうの音も出ねえよ、小僧ども」
フェンリスの琥珀色の瞳が、天井の崩落口から差し込む淡い冬の光を見つめていた。
「酸の罠もねえ……落とし穴もねえ……。お前たちの全部を乗せた拳に、真正面から叩き潰されたんだ。……これ以上の戦いなんざ、あるわけねえよ。……悔いは、ねえ」
男は自らの太い首筋を無防備に晒し、テラを見上げた。
その瞳に宿っていたのは、戦いを神聖視し、自然の掟に殉じる者特有の、純粋で残酷な死への覚悟だった。
「さあ、首を獲れよ、勝者」
フェンリスは平然と言い放った。
「弱者は強者に喰われて土に還る……それが、この世の唯一の掟だ。俺の肉を喰らい、お前たちの強さを証明しろ」
敗者は死ぬ。
強者に喰われることこそが、自然の掟に従って生き抜いた戦士の、唯一にして完璧な幕引き。
フェンリスは、満足して己の死を受け入れようとしていた。
だが。
テラは武器を構えなかった。
右手の手甲を外し、泥に汚れた自らの素手を晒すと、静かにフェンリスの傍らに膝をついた。
「……僕たちは、君を喰うために戦ったんじゃない」
テラの声は、静かに、けれど大回廊の底まで染み渡るように響いた。
「僕の故郷の村もね……冬が来れば、弱い人から順に飢えて死んでいく、君の言う弱肉強食の地獄だったよ。……僕の父さんも、母さんも、幼い妹も、みんな飢えに呑まれて死んだ」
テラは首を横に振った。
「でもね、飢えを越えた村の人たちが僕にしてくれたのは……奪い合うことじゃなくて、泥の手で抱きしめて、生きて帰ってきたことを喜んでくれることだったんだ」
フェンリスの瞳が、僅かに揺れた。
「死んで満足して終わらせるなんて……ただの逃げだよ」
テラの言葉が、刃のように狂戦士の魂を切り裂いた。
「負けた痛みを抱えて……弱さを知って、それでも泥を這って生き続けることの方が、死ぬことなんかよりずっと強くて、ずっと苦しいんだ」
テラは、フェンリスの胸元を、真っ直ぐに指差した。
「奪うことしか知らない強さなんて、ちっぽけだ。……本当に強いのは、誰かを殺す拳じゃない。誰かの命を繋ぐために踏ん張れる手だ」
「な……に……?」
「フェンリス。君のその身体は、ここで喰われて死ぬためにあるんじゃない」
テラの瞳には、一片の迷いもなかった。
「生きて、負けた悔しさを背負って……君の部族の仲間たちの命を繋ぐために、その拳を使うんだよ」
――死ぬより、生きるほうが、強い。
――奪う拳より、命を繋ぐ手の方が、強い。
フェンリスの琥珀色の瞳孔が、雷撃を喰らったかのように見開かれた。
弱者は死に、強者が喰らう。
生まれてからただの一度も疑ったことのなかった「自然の掟」の天井が、目の前の泥臭い少年の言葉によって、粉々に叩き割られていた。
負けて、生き恥を晒し、それでも泥を這って命を繋ぐこと。
それが……死ぬこと以上の、過酷で気高い「強さ」だというのか。
「……ハ」
フェンリスの口から、掠れた息が漏れた。
「……死ぬより、生きるほうが……強い、だと……?」
男は天井を仰ぎ、腕で自らの目を覆った。
その唇から、震えるような、けれど魂の底から絞り出された笑いが零れ落ちる。
「……お前、本当に……どこまでも俺の度肝を抜いてくれるな、小僧」
フェンリスは腕を下ろし、テラを見据えた。
その瞳から、あの血に飢えた狂気は完全に消え去っていた。代わりに宿っていたのは、一人の誇り高き男として、新たな掟を胸に刻んだ者の静かな光だった。
「行け」
フェンリスは顎をしゃくった。
「この先……親父の『喝采』の気配が近づいてやがる。……死ぬんじゃねえぞ、テラ」
「うん。……ありがとう、フェンリス」
テラは力強く頷き、立ち上がった。
「行くわよ、あんたたち!」
リゼットの号令が飛んだ。
「これ以上、一秒も無駄にはできないわ!」
六人が一斉に地を蹴り、大回廊の石畳を駆け抜けた。
目指すは、最奥にそびえ立つ、青白い幾何学の燐光を放つ巨大な神殿の扉――『賢者の揺り籠』の心臓部。
背後に誇り高き戦友を残し、小隊は、すべての運命が集結する最終聖域へと突入していった。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。