第八十話 賢者の揺り籠
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
ロジカルな戦闘が魅力の群像劇。執筆済みのため、毎日午前6時に更新・11月30日完結予定 木や鉱石といった死んだ物質は魔力を拒絶し、術者の掌を骨ごと炭化させる。 息を吸い、肺を満たし、血を巡らせる――人間の肉体こそが唯一無二の触媒である世界。 極寒の寒村で家族を飢えで失った少年、テラ・ベルジェ。 彼がメルキオーレ魔術学院へ送られたのは、村の生き残りを賭けた「食料配給の手形」としてだった。 成績を落とせば即座に除籍、故郷は全員餓死。 首に麻縄を巻かれたような絶望の中、手に入れたのは、他人が床に撒き散らした魔力の燃え殻を吸い込み、硝子の檻に閉じ込めてぶつけるだけの、醜悪な「泥棒の小細工」だった。 名門エリートたちが優雅に呪文を紡ぐ学び舎で、テラと同じく世界の隅へと追いやられた者たちが出会う。 血統を呪い、折れぬ直剣を佩く異端の前衛・エヴァン。 没落の借財に抗い、完璧の型にすがる参謀令嬢・ルナ。 才能を弄ばれ、感覚の超火力を放つ傲岸な小隊長・リゼット。 衝撃を吸い取る悪知恵のトリックスター・エリクス。 そして、感情を殺し、汚れを消去し続ける謎の特例生・クロエ。 「不純物」「落伍者」と切り捨てられた六人は、生き残るため、互いの欠陥を凶器へと変える冷酷な契約を結ぶ。 だが、彼らが勝ち上がった先に待っていたのは―― この国の美しい魔術文明そのものが、地下深くで生きたまま魂をすり潰されている「一人の少女の生贄」の上に成り立っているという、おぞましい真実だった。 「誰かの地獄の上に成り立つ光なら、そんなもの全部叩き壊してやる」 理不尽な国家の欺瞞と、忍び寄る聖賢騎士団の断罪。 持たざる者たちが泥水を啜り、手を取り合い、世界の檻を打ち破る――本格ダーク・学園魔術戦記! ※カクヨムでも『AI本文利用』タグにて同時掲載中です 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
本文
大回廊の最奥。
青白い幾何学の燐光を放つ、高さ十メートルを超える巨大な黒鉄の観音扉が、小隊の行く手を塞いでいた。
「エヴァン、押し開けるよ!」
「ああ!」
テラとエヴァンが手甲と肩を同時に石扉へ当て、全身の筋力を乗せて押し開いた。
ガギィィィン……!!
重厚な蝶番が悲鳴を上げ、数百年ぶりに開かれた隙間から、息の詰まるような高密度のオゾン臭と、冷え切った機械油の臭気が一気に噴き出してきた。
六人が滑り込んだその空間――『賢者の揺り籠』の間。
ドーム状の巨大な地下空洞の壁面と床石を、大蛇のように太い無数の魔導パイプが血管のように這い回っていた。パイプの中を流れるのは、王都全域の街灯と結界を維持するための、青白く脈動する超高圧の霊的エネルギー。ブウン、ブウン、と腹の底を揺さぶる機械の重低音が、冷たい大気を震わせている。
そして――。
その巨大なリアクターの中心、一段高くなった祭壇の上にそびえ立っていたのは。
高さ五メートルを超える、円筒形の巨大なガラスシリンダーだった。
「あ……」
リゼットの喉から、声にならない細い息が漏れた。
濁った琥珀色の液体の中。
無重力のように力なく浮遊していたのは――二十三歳になったはずの、従姉セレナだった。
かつて庭園でリゼットの頭を優しく撫でてくれた、あの白薔薇のように美しかった面影は、見る影もなく青白く削げ落ちていた。
額から首筋、胸元、そして四肢の指先の一本に至るまで。
肉体と機械を無理やり癒着させるための、黒紫色の呪いの幾何学刻印――生贄の入れ墨が、血管のように生々しく焼き付けられている。
背骨と心臓の裏側には太い生体ケーブルが直接埋め込まれ、数分ごとに苦痛で眉を微かにピクリと動かしながら、彼女の魂と生命力が、強制的に機械の燃料として吸い上げられ続けていた。
人間ではない。
ただ生かされ、魂をすり潰されるためだけに固定された、生体部品。
「セレナ……姉様……?」
リゼットの膝が、崩れ落ちるように折れかけた。
テラが咄嗟に手甲を嵌めた手でリゼットの肩を支え、ルナが息を呑んでその痛ましい姿を見つめる。
だが。
そのシリンダーの前に、すでに二つの影が立っていた。
頭上にぶら下がる、大聖堂直通の巨大な鉄檻昇降機。騎士団の血煙がこびりついたその昇降機から降り立った、二人の侵入者。
白髪混じりのアッシュグレーの髪を揺らし、無言のまま直立する巨漢――ファウスト。
そして――シリンダーの冷たいガラスに、黒い手袋の手をそっと当てていた、黒衣の女性。
ラティナだった。
足音に気づき、ゆっくりと振り返る。
喪服のような豪奢なドレスを冷たい風に靡かせ、その黄金色の双眸が、リゼットたち六人を静かに射抜いた。
その瞳の奥に宿っていたのは、驚きではない。
長年の彷徨の果てに、すべての希望を焼き尽くされた者だけが浮かべる、凍てつくような絶望と、哀しい狂気の冷笑だった。
「……来たのね、リゼット」
ラティナの声は、機械の唸る大空洞に、鋭利な刃物のように響き渡った。
「無駄足を運んだわね。……この部屋にあるのは、貴女たちが夢見るような希望なんかじゃない。終わらせるべき、おぞましい悪夢だけよ」
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