運命の出会い
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
婚約者との出会い
本文
2005年。俺がこの世界に生を受けてから、早くも五年という月日が流れていた。
あの世界的なIT企業の株も「将来絶対に伸びるよ!」と無邪気な子供の振りをしながらねだり、結構な数量を買い込んでもらった。
結果は言わずもがなの大成功。
おかげで今では、子供のお小遣いという枠組みを遥かに超えた資金を、俺の意見を尊重する形で動かしてもらえるようになっている。
これで将来への蓄えは一歩前進したと言えるだろう。
そして五歳になった俺が今身を置いているのは、都内超高級ホテルの大グランドボールルームだ。
きらびやかなシャンデリアが天井で眩い光を放ち、生演奏のクラシックが心地よく響き渡る。国内トップの巨大財閥「橘グループ」が主催する超大型レセプションパーティー。
会場を見渡すと、前世の感覚からすれば実に不思議で華やかな光景が広がっていた。
集まっているのは政財界のトップセレブたちとそのファミリーなのだが、大人の装いは誰もが洗練された中性的なファッションで統一されている。シルエットの美しいタキシード風スーツを着こなす者もいれば、優美なドレスを身に纏う者もいる。この世界の社会構造には男女の明確な役割分担や見た目の差別化がほとんど存在しないため、誰もが己の美しさを際立たせる装いを楽しんでいるのだ。
「れんちゃん! こっちだよー!」
混み合う会場の中で、聞き覚えのある愛らしい声が響いた。
振り向くと、小さなタキシード風のジャケットを着こなした幼馴染――橘グループ関連会社社長の息子である「優」が、短い足を一所懸命に動かして駆け寄ってきた。
「優、転ばないようにね」
俺が手を差し出すと、優はその手をぎゅっと両手で握りしめ、ふにゃりと天使のような笑顔を咲かせた。
「うん! れんちゃんに会えて嬉しいな。今日のお洋服、とっても似合ってるよ!」
「ありがとう。優もすごく格好いいよ」
優の頭を撫でてやると、気持ち良さそうに目を細める。
どこからどう見ても可憐な美少女……と言いたいところだが、この世界では「アレがついていない」ので立派な『男の子』だ。前世の常識が頭をよぎりそうになるのをぐっと抑えつつ、俺は彼の頭を優しく撫でた。
幼稚園での英才教育もあり、今の優は同年代に比べて随分しっかりしてきている。挨拶も立ち振る舞いも完璧で、大人の前では立派な「社長の息子」を演じられているのだ。だが、俺の前では相変わらずこうして甘えん坊の顔を見せてくれる。ただただ愛くるしい弟のような存在で、癒やし効果が凄まじい。
「蓮、こちらにいらっしゃい」
優とたわむれていたところへ、我が藤堂グループの総帥である母親から声をかけられた。母親の後ろには、パーティーの主催者である橘財閥の橘総帥の姿もある。
「橘様、こちらが息子の蓮です」
「ほう……なるほど、噂通りの可愛らしく、聡明そうな佇まいですね」
威厳に満ちた初老の女性・橘総帥が、鋭くも温かみのある眼差しで俺を見下ろし、その傍らに控えていた一人の少女へと視線を向けた。
「響、ご挨拶をしなさい。こちらが藤堂グループの御曹司、蓮くんです」
総帥の背後から、すっと一歩前へ踏み出してきた少女。
それが、彼女――「橘響(たちばな ひびき)」との出会いだった。
俺と同い年の五歳。
だが、その佇まいは同年代の子供とは一線を画していた。
すらりと伸びた背筋に、艶やかな黒髪。何よりも特徴的なのは、氷のように冷ややかに透き通った瞳だ。彼女は会場にいる他の子供たちを、まるで路上に転がる小石か何かを見るかのような眼差しで見下ろしていた。
年不相応な落ち着き。天才ゆえに周りと会話が噛み合わず、内心で完全に同世代を「下」に見ているタイプだ。大人たちには相応の礼儀で接しているが、同世代に対してはあからさまな諦めと退屈を抱いているのが伝わってくる。
(へえ……これはまた、すごい美少女だな)
鏡で見る自分も相当な美幼児だと自負しているが、響のルックスも完璧だった。
ただ、こんなにも完璧で愛らしい美少女なのに、この世界の構造上「アレがついている側」なのだと思うと、前世の男としての脳が一瞬バグりそうになる。
「……初めまして、藤堂蓮様。橘響と申します」
形式通りの完璧な辞儀。声のトーンはどこまでも平坦で、ビジネスライクだった。
母親と橘総帥は満足そうに頷き合い、俺たちを歓談スペースへと向かわせた。どうやらこの顔合わせには「将来の婚約者候補としての面談」という意味合いが含まれているらしい。
少し落ち着いたソファ席へ移動すると、響は背筋をピンと伸ばして座り、探るような鋭い光を俺に向けた。俺が他の子供のように落ち着きなく歩き回ったりしないことを見抜き、「ただの子供ではない」と察知したらしい。
「藤堂様」
「蓮でいいよ、響ちゃん。同い年なんだからかしこまらなくても大丈夫だよ」
俺が柔らかく笑いかけると、響はピクリと眉を動かした。プライドを少し刺激されたような顔だ。
「……では、蓮様とお呼びしますわ。蓮様は、最近のけいざいの動きについてどう思われますの?」
唐突に切り出された話題に、俺は思わず内心でくすりと笑ってしまった。
「経済の動き、かい?」
「ええ! テレビのニュースでも言っていましたけれど、アメリカの『あいてぃー』という会社株がすごく伸びているそうですわ。お父様のお客さまも『これからはインターネットの時代だ』ってお話ししていましたの。だから、株というのをたくさん買えばお金が増えて一番賢い選択になりますわ!」
響は少しだけ誇らしげに胸を張った。
その顔には「どう? 五歳でこんな難しくて賢い話ができる私、すごいでしょ?」という幼い自負が見え隠れしている。
(うわあ、可愛い……! ニュースや大人の会話を聞きかじって、完璧に暗記して喋ってるんだな)
確かに五歳児が「IT株」や「インターネットの時代」なんて言葉を使って経済を語るなど、普通では考えられない超絶な知性だ。間違いなく本物の天才児である。
しかし会話の内容自体は、大人の話をそのまま受け売りして披露したくてたまらない、「お勉強したての賢い子供」の域を出ていない。
潜在スペックは化け物級だが、現時点での知識と経験値は前世で大人をやっていた俺の比ではないのだ。
俺は響のプライドを傷つけないよう配慮しつつ、彼女の「聞きかじった知識」を優しく受け止め、もう一歩だけ深い視点を返してやることにした。
「そうだね、響ちゃんの言う通り、ITの成長は間違いなさそうだ。ただ、一口にITと言っても、パソコンや部品を作る会社と、その上で便利なサービスや検索エンジンを作る会社とでは、成長の仕方が違うと思うんだ」
「え……?」
響の冷ややかな瞳に、初めて明らかな狼狽の色が浮かんだ。
「ただ『ITだから買えば儲かる』じゃなくて、その会社がどうやって利益を出しているのかを見るのが大切なんだよ。例えば、検索エンジンならただ便利だからじゃなくて、人が検索した言葉に合わせて『広告』を出す仕組みで爆発的にお金を稼いでいる、とかね」
俺は某巨大IT企業のビジネスモデルを例に挙げながら、わかりやすい言葉で噛み砕いて説明した。
響は開いた口が塞がらないといった様子で、俺の顔を凝視している。
「……そ、それは……」
「大人の言うことを覚えるだけじゃなくて、仕組みまで考えると投資はもっと面白くなるよ。でも、五歳でそこに目を着けている響ちゃんは本当にすごいと思う。勉強になったよ」
俺がごく自然に微笑みかけると、響の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
彼女の脳内では今、天変地異のような衝撃が走っているはずだ。
今まで自分と同年代の子供といえば、砂遊びやアニメの話しかできない「くだらない存在」ばかりだった。自分より賢いのは大人だけで、同世代は全員見下す対象でしかなかったのだ。
それなのに――目の前にいる同い年の男の子は、自分が自信満々に披露した知識を難なく受け止めたばかりか、さらにその先にある深い本質をサラリと提示してみせたのだから。
退屈でモノクロだった世界が、一瞬にして色鮮やかな世界へと塗り替えられた瞬間だった。
「つ、つまらない世界だと思っていましたわ……」
響がぽつりと呟いた。声が小さく震えている。
「え?」
「私……ずっと、同世代のお友達なんていらないと思っていましたの。誰も私のお話についてこれないし、私より賢くないんですもの。でも……違いましたわ!」
響は勢いよく立ち上がると、その透き通った瞳でまっすぐに俺を見つめ返してきた。そこに先ほどまでの冷ややかさは微塵もなく、熱っぽいほどの情熱が宿っていた。
「蓮様! あなたを私の『生涯のライバル』と認定しますわ!」
「え、あ、はい……?」
「それと――親たちが決めた婚約者の話ですけれど!」
ツンデレのようにそっぽを向くかと思いきや、響は直球ストレートで自分の感情をぶつけてきた。
「私、あなたのことがとっても気に入りましたの! 私より賢くて格好いい殿方なんて、後にも先にもあなたしかいませんもの! 絶対に、私の旦那様になっていただきますから覚悟してくださいましね!」
あまりの直球アプローチに、俺は思わずフリーズしてしまった。
プライドが高い天才児だからこそ、一度「自分より上」と認めた相手に対しては変に捻くれず、素直に敬意と好意を寄せてくるらしい。直球型ツンなし天才美少女、破壊力が凄まじいな。
「ちょっと待って! れんちゃんに何言ってるの!?」
そこへ、バタバタと足音を響かせて優が割り込んできた。
俺たちの会話をハラハラしながら見ていたらしい優は、俺と響の間に強引に割り込むと、小さな両腕を広げて俺をかばうように立ちはだかった。
「れんちゃんは僕と一緒に砂場でお城を作るんだから! 変なこと言わないでよ!」
「なんですの、あなた? 蓮様の幼馴染だからといって、私と蓮様の運命の会話を邪魔しないでくださる?」
「運命なんて関係ないもん! れんちゃんの隣は僕なんだから!」
「いいえ、私の婚約者候補なのですから、私の隣ですわ!」
「僕のだよ!」
「私のですわ!」
五歳児二人による、可愛らしくもバチバチとした俺の争奪戦が始まってしまった。
周りの大人は「まあまあ、仲が良くて微笑ましいわね」なんて温かい目で見守っているが、当事者の俺としては胃が痛い。
俺は頭を抱えながら二人のバトルを静観しつつ、自身の複雑な心中を整理していた。
まず、優について。
ぷくぷくの頬を膨らませて必死に俺を独占しようとしている優は文句なしに可愛い。天使だ。だが、この世界での彼は「アレがない男の子」なのだ。前世の感覚が残る俺にとって、同性を恋愛対象として見ることは流石にできない。どこまでも「可愛い弟」だ。
次に、目の前で優と張り合っている響について。
容姿はドストライクの超絶美少女。しかも自分に対する圧倒的な好意をストレートに伝えてきてくれている。男としてこんなに嬉しいことはない。ただ……彼女はアレがついている側であるという心理的ハードルを、俺がいつか乗り越えられるのかという問題はあるが。
そして、何より最大の懸念事項。
(今は前世の知識と投資経験があるから余裕ぶっていられるけど……)
チラリと響の顔を見る。俺に言い負かされたのが悔しいのか、優と口喧嘩をしながらも、時折チラチラとこちらを熱い視線で盗み見てくる。
彼女は、間違いなく本物の天才なのだ。 今は「前世の知恵(ズル)」で優位に立っているけれど、彼女が成長し、本気で世界の知識や仕組みを吸収し始めたらどうなるだろう? 俺の持っているアドバンテージなんて、あっという間に追いつかれ、追い抜かれてしまうのではないか。
将来、彼女が大人になった時――そして俺自身も成長した時、本当に俺はこのハイスペックすぎる婚約者の隣に並んでいられるのだろうか。
「なんだ、大したことなかったのね」と呆れられてしまうかもしれないという、ちょっとした恐怖。 そして、この世界の特殊な身体構造にまつわる未来へのモヤモヤ。
明確な答えなんて出そうにもない漠然とした不安と焦りが、胸の奥でじわじわと広かっていくのを感じていた。
「れんちゃん! 聞いてるの!?」 「蓮様! 私とあちらでお菓子を食べましょう!」
左右から腕を引っ張られ、俺の思考は強制終了させられた。
「はいはい、二人とも喧嘩しないで。みんなで仲良くジュースでも飲もうか」
俺は二人の頭を撫でて宥めながら、困ったように苦笑いを浮かべる。
せっかく手に入れた二度目の人生。 大企業の御曹司としての立場も、こんなに魅力的な子供たちに囲まれる日々も悪くはないけれど……これから先の未来を思うと、どうにも胃が痛くなりそうだ。
自分はこの先どうなっていくんだろう――そんな一抹の不安を抱えたまま、俺の賑やかすぎる第二の人生は、なんだかどんどん大変な方向へ転がっていく気がしてならなかった。
作品統計
📚 本を探すなら「よみどき」(あいぺんが運営する本の発見サイト)
130万冊を超えるコミック・小説・書籍の順位と値段を毎日みて、いま読むものを決められます。