フォーリーアーティスト
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
いろんな物語を落語にしてみました。 未来の話も、不思議な話も、ちょっと笑える話も。 一話ごとに、いろんな世界をお楽しみください。
本文
「音の魔術師」の、ちょっとだけ面倒くさい日常
佐藤純の仕事場には、窓がない。防音材でギチギチに固められたその小部屋は、外の騒音を完全にシャットアウトする代わりに、なぜか「納豆をかき混ぜる音」や「キャベツの千切りをミスったときの音」が常に反響している。彼は一日の大半を、存在しない音を作るフォーリーアーティストとして生きている。
その日の現場は、静まり返るどころか沸騰していた。公開まであと三週間と迫った大作映画のクライマックス、命懸けの決闘シーンで問題が発生していた。
「監督がキレてます……」
青い顔をした助監督が、純のスタジオに駆け込んできた。なんでも、俳優の殺陣もカメラワークも完璧なのに、刀と刀がぶつかる音だけがどうしようもなく「安っぽい」らしい。すでに三人のベテランが担当を放棄し、最後に冗談で回ってきたのが純だった。
試写室で問題のシーンを見せてもらう。
——カン! カーン!
なるほど、確かに軽い。というか、完全に「ホームセンターで特売のステンレス製おたま」を叩いたような音が響いている。刀身の重みも、男たちの殺気も、そのおたまのせいで完全にギャグになっていた。
スタジオに戻った純は、まず武器庫ならぬ「ガラクタ倉庫」を漁った。
フライパン、自転車のスポーク、古い扇風機の羽根、果てはなぜかストックしてある金属製のパイプ椅子。
「これでどうだ」
純は手近にあった鉄板と鉄の棒を思い切り叩きつけた。
——ガシャーン!
「うるさいな!」
隣の部屋でデスクワークをしていた別のスタッフから壁ドンが響いた。金属同士をただ打ち合わせても、映像の緊迫感には届かない。何かが足りない。圧倒的に、重厚感が足りない。
三日目、純は迷走の極みに達していた。
(金属音でダメなら、別のものだ……)
彼はすっかり思考のネジが外れ、スタジオの隅で、「生野菜をスローモーションでへし折る音」や、「冷凍保存されたカチカチのマグロをタワシでこする音」を真剣にマイクに向かって収録し始めていた。防音室の外から見れば、ただの怪しいおじさんが一人でマグロを撫で回しながら「フッ……フッ……」と不気味な息を吐いているだけのホラー空間である。
しかし、不思議なことに、その常軌を逸した試行錯誤の果てに答えはあった。
「刀を振る人間の体」に注目した。息を止めた瞬間の衣擦れ、畳を狂ったように踏み込む足の摩擦、そして刃が空を切る直前のわずかな風切り音。
それらの「地味な人間臭い音」を幾重にも重ね、最後に、さっきのマグロの表面をこそぎ落とした「重い摩擦音」を隠し味として薄く乗せる。
単体で聞けば「ただの変なおじさんの生活音」なのだが、すべてをミックスして映画の映像に合わせてみたとき、奇跡が起きた。
試写室でその音が流れた瞬間、監督はフリーズした。
十秒、二十秒、完全な沈黙。
背筋が凍るような緊張感のあと、監督はガバッと立ち上がり、純の肩を激しく掴んだ。
「これだ……! これだよ佐藤くん! まるで俺の首筋に刃物が当たってるみたいな冷や汗が出たぞ! 一体、どうやったらこんな凄まじい金属音が作れるんだ!?」
佐藤は涼しい顔で、心の中の万歳を必死に抑えながら答えた。
「企業秘密です」
(本当は冷凍マグロとタワシなんですけどね)とは、口が裂けても言えなかった。
編集室を出ると、廊下の非常灯が「ジィィィ……」と微かにうっとうしい音を立てていた。
誰も気にしない、むしろ誰もが無視するその音にすら、純は思わず足を止め、耳を澄ませてしまう。
(ほう……この非常灯のカバー、少し歪ませたらいい感じの「宇宙船の故障音」になりそうだな……)
彼にとって世界は、今日も明日も、仕事に使える「謎の効果音の宝庫」だった。
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今回は、やっていること自体がもうファンタジーみたいな職業なので、あえて普通に書いてみました。
冷凍マグロとタワシから、命懸けの決闘の音が生まれる。
魔法を使わなくても、十分「音の魔術師」なのかもしれません。
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次回 新作落語「音の魔術師」