新作落語「きのこ会議」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
SFも不思議も、まとめて落語で。
本文
新作落語「きのこ会議」
(軽く一礼)
えー、お運びいただきまして、ありがとうございます。
スーパーの野菜売り場というのは、よく見ておりますと、人間が真剣になる場所でございます。
トマトを手に取って、くるっと回して、戻す。もうひとつ取って、くるっと回して、戻す。結局、最初のを買う。
あれ、トマトの方は、たまったもんじゃございません。「なんだ、俺でよかったのか」と。
売られる側にも、売られる側の言い分がある。夜中にこっそり、そんな相談をしていたらどうなるか。今日は、そんなお噂を一席。
本編
深夜二時。明かりの消えたきのこ専門店のショーケースで、パキッと小さな音がして、ライトがぼんやり点きまして。
「第四十二回、美味しく食べていただくための事前対策会議」
これが始まります。
議長は、パックの真ん中にいつも座っているしめじ。
(扇子をすっと立てて、穏やかな声で)
「えー、みなさん。明日も開店と同時にお客さまがお見えになります。我々の使命は、ただ選ばれることではございません。『最高の形で調理されること』。ご主張のある方から、どうぞ」
真っ先に手が挙がった。えのきでございます。数本が肩を寄せ合って、ぶるぶる震えている。
(扇子を小刻みに震わせ、早口の高い声で)
「あの! あの! 私たち、とにかく束で扱ってください! 一本になった途端、個性が消えるんです! 汁物の隅っこで迷子になるんです! ベーコンできつく巻いてくださるか、鍋の真ん中でスクラムを組ませてください!」
「よろしい。えのきの皆さんは『巻く』か『まとめる』で、議事録に残しましょう」
「ありがとうございます! あっ、でもスクラムが緩んだら、どうしましょう!」
「そこは、お客さまの腕次第です」
「そんな! 不安です! 不安で、また震えてきました!」
「もう震えておられますよ」
えのきは、常にこの調子で。静かなのは、茹でられたあとだけでございます。
するってえと、パックの隅から、ふわりといい香りが漂ってくる。舞茸が、優雅に身を乗り出した。
(扇子を口元にかざし、気取った声で)
「フッ……余計な調理法など不要ですわ。私が少し熱を帯びるだけで、このお店全体が、私の香りで満たされますのよ。素揚げか、せいぜいバター醤油のソテー。主役の座は譲りませんの」
「相変わらず華やかですね、舞茸さんは」
「当然ですわ。ほら、お隣のえのきさん、もう少し離れてくださる? 香りが混ざってしまうでしょう」
「す、すみません!」
「それに、鍋の真ん中でスクラムなんて、野蛮ではなくて? お行儀の悪い」
「ひどい! ぶるぶる」
「震えないでくださる? 揺れるとわたくしの香りが散りますの」
自慢というのは、聞かされる方に迷惑なもんで。
そこへ、奥の黒い影から、低い声がした。
(扇子を膝の前に下ろし、ぐっと低く、ゆっくりと)
「……フン」
きくらげでございます。
「見た目の派手さや、香りに惑わされるのは素人だ。料理の神髄は、食感にある」
しん、と静まり返りまして。きくらげ、ツヤツヤの身を、ゆらり。
「私は卵と組む。豚バラは、少量でいい」
えのきたち、ざわざわ。
「おお……完全に『木須肉』の黄金比を理解している……!」
「引き算だ。足せば足すほど、料理は濁る」
「く……」
舞茸、悔しそうに香りを強めまして。
「わ、わたくしだって、引き算くらい……」
「香りで押してる時点で、足し算だ」
「ぐぬぬ」
職人というのは、無口なようで、ひと言が重い。
さて、そのやりとりを、不安そうに見ていたのが、白いヒダをひらひらさせているハナビラタケ。
(扇子を胸の前で小さく持ち、おずおずと)
「あの……私は、どうすればいいでしょうか。お惣菜コーナーのお客さんにも、『あら、このお花かわいい』って言われるんです。私は、お花として生け垣に並ぶべきなのか、それとも中華炒めに入ればいいのか……自分のアイデンティティが、分からなくて……」
「花屋に行けと言われるきのこは、初めて聞きましたな」
「しめじさんまで!」
「失礼しました」
しめじ、咳払いをひとつして、やさしく。
「ハナビラタケさん。あなたの美しさとシャキシャキ感は、白いスープや出汁に浮いたとき、一番映えます。お花であり、同時に、最高のきのこなのですよ」
「まあ……! スープのお花……! それなら、頑張れそうです!」
ぱっと明るくなりまして、場がほっこりしたところで、えのきの一本が、ふと手を挙げた。
「そういえば、しめじ議長ご自身は、どんな料理になりたいんですか?」
(間)
しめじ、ちょっと考えて、いつもの無難で完璧な笑顔。
「私ですか? 炊き込みご飯でも、パスタでも、お味噌汁でも、シチューの具でも構いません。主張しすぎず、かといって邪魔にもならず、どこにでも馴染んでみせますよ」
「さすが……どんなレシピ本にも、とりあえず名前が載る男……」
(きくらげの低い声で)
「うむ。あれは、ひとつの才能だ」
「いえいえ、それほどでも」
「議長、いちばん得をしてません?」
「どうでしょう。得をしているというより、争う気がないだけで」
「それを世間では、得と言うんです!」
(扇子をぱちんと閉じて)
「さあ、これで準備は万全。みなさん、各自のベストな調理法を思い描いて、床に就いてください」
パチン。ショーケースの明かりが消えまして、きのこたちは静かに目を閉じた。
えのきは束でスクラムを夢に見る。舞茸はバターの香りの中で拍手を浴びる。きくらげは卵とそっと寄り添い、ハナビラタケは白いスープに、ぷかり。
しめじは、なんにも夢を見ない。どこへでも行けますので。
(間)
さて、明くる朝。
開店の鐘が、からんからん。
最初のお客さまは、背広のおじさん。ひとり暮らしの風情で、買い物かごを下げて、ショーケースの前にすっと立った。
きのこたち、息を呑んだ。
「き、来た……」
「落ち着いて! 整列!」
「わたくし、身だしなみは……」
「香りが、すでに十分です」
おじさん、しばらく眺めてから、ぼそり。
(扇子を口元に寄せて、やや低く)
「……このきのこ、全部ください」
(間)
「ぜ……」
「全部!?」
「全員だ! 全員選ばれたぞ!」
えのき、ぶるぶる。舞茸、うっとり。きくらげ、ふっと満足そうに。ハナビラタケは、嬉し泣き。
「議長! これは、大勝利では!」
「ええ……ええ、そうですね。みなさん、これまでの努力が実を結びました」
しめじも、さすがに目頭が熱くなる。
「えのきは巻かれ、舞茸は揚げられ、きくらげは卵と、ハナビラタケはスープに。ああ、会議の成果が、すべて叶う……!」
ところが、おじさん、にっこり。
「今日は寒いから、鍋にしよう」
(間)
「全部、入れちゃおう」
(扇子をぱたり)
……。
全員、絶句。
えのき、震えが止まる。舞茸、香りが引っ込む。きくらげ、ツヤが消える。ハナビラタケ、白いヒダがしおしおとしぼむ。
「……なべ」
「……ぜんぶ」
「同じ鍋に」
「バター醤油は……」
「卵は……」
「木須肉は……」
「スープの、お花は……」
「ねえ、議長」
しめじが、遠い目で、ぽつり。
(穏やかな声で)
「……ええ。どこにでも馴染む、と申しましたが」
「はい」
「鍋は、想定しておりませんでした」
「議長ーーッ!」
そのまま、きのこたち、レジへ、かごへ、お家へ。
ぐつぐつ煮えるお鍋の中で、えのきは結局スクラムを組み、舞茸の香りは湯気に混ざり、きくらげはこりこりと存在を主張する。
そして、お鍋のふたをそっと開けたおじさん、ひとこと。
「うん。いいダシが出た」
きのこたち、湯の中で、顔を見合わせまして。
しめじ、ゆらゆら浮かびながら、静かに申しました。
「みなさん、昨夜の議題……見事に、煮詰まりました」
お後がよろしいようで。