階段の途中
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
連作短篇の形式で語られる怪談ノワール。
本文
大阪に住むH君が言った。
階段には時々見知らぬ一段があって、踏んだ感触でわかる。横を見ると壁にその段の幅だけ隙間があって、女の子の顔がはさまっている。耳を圧して両側から壁にはさまれているので苦しそうだ。眉間にしわを寄せて、かすかに濁った瞳でこちらをじっと見つめている。次の段に昇ってしまえば横を見ても何もない。天候にかかわりなく、汗だか水で、いつもその段の踏み面だけが湿っている。たまに靴の底が貼りついて、動けないことがあった。そんな時は女の子の表情がいつもにもまして苦しげだ。何か言いたそうだが、声を発することはできないらしい。唇を尖らせても駄目だ。息さえ吐けない。
ある日、彼女が自分の前を昇ってゆく姿を見たような気がした。顔を正面から見下ろしたことしかないくせに、どうして見上げた後姿で彼女の区別がつくのか。
実際、ついたのだ。
自分の顔が壁の隙間にはさまっていると知った瞬間に。
今でもちょっと見上げる視線が癖になっているのは、階段にとらわれていた時間が思ったよりずっと長かったからなのかもしれない。誰に訊いても、自分には失踪した期間などなかったのに、ずいぶん年をとったように感じる。体力が衰え、食べ物の味も薄くなった。白髪も急に増えた。なんだかあれ以来、いつも息をするのが苦しい。
だから、階段ではうつむいてはいけない。絶対に下を見るな。落ちるか、痴漢に間違われてもその方が遥かにましだ。
今度あの顔を見てしまったら、生きて帰ってこれないだろう。
たぶん、その顔は女の子とは別人だろうが。
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