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後日談

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/31 📚 シリーズ: 異伝記 📝 5,642文字 ✅ 全年齢

あらすじ

連作短篇の形式で語られる怪談ノワール。

本文

 私が接見せっけんするために部屋に入ったとき、彼は困ったような顔をして待っていた。

 二十二才の男子。中肉中背。

 顔だちにはどこといって際立った特徴はなく、町で見かけても一度では覚えていられそうにない。

 髪は本人の希望ではやばやと丸刈りにされていた。

 元配送業。勤務態度、運転技術にはまったく問題がないとされている。

 特に親しい友人はいないものの、周囲との人間関係はきわめて良好だった。

 事件は彼が休日に一人でドライブに出かけた際に起こったのである。

 彼は以下のように話した。

 わたしは車を土手に止めて河原へ下りました。流れは、水量はさほど多くありませんでしたが、四十か五十メートルの幅があったように思います。ごく普通の地方都市の川ですから、水がきれいなわけがありません。

 河原にも、流れの中にも、ゴミや空き缶が散ちらばっているのが見えました。それでも魚はいるのでしょう。

 車を止めたのは橋の手前で、たしか宿やどり木ぎ橋ばしという名でした。

 変な名前だとは思ったのです。宿やどり木ぎというのは、ほら、夏は寄生している樹木の方だってよく繁茂はんもしているので見分けがつきませんが、冬枯ふゆがれた林ではそこだけ鮮あざやかなまま緑が残っているので、はっきりとそれと指し示せるあれのことでしょう?

 上々の天気にもかかわらず河原には釣り人の姿さえ見当たりませんでした。もっとも中州や、いちめんに生い茂ったススキの陰かげになってわからなかったのかもしれません。

 ススキは季節が季節ですのできれいに枯れていましたが、丈たけの高いところではわたしの背が隠れるほどでした。休日なのはわたしばかりで、一般には平日だったせいもあるのでしょうが。

 ふだんから余り評判のいい場所ではありませんでした。

 近所の人に尋たずねればここらで幼い少女の他殺死体が見つかったという陰惨いんさんな事件の顛末てんまつが聞けることでしょう。

 わたしはそんなことは気にかけない方で、というより物見高いたちだったので、ススキの原に分け入って、こみいった繁みの間の石ころや空き缶に歩みをとられながら、死体を捜すような、どこかうさん臭くさい視線を足許あしもとの地面にめぐらしさえしたのです。

 しかし橋桁はしげたと柳やなぎの木が──周囲には土手の並木のほかに、橋の袂たもとにも一本の柳やなぎの木が植えられていました──やけに赤く、目にしみるくらい真っ赤に見えたのは、傾いた陽ざしのせいばかりではありませんでした。

 わたしが河原に下りたのはまだ二時をまわって間もない頃だったのです。

 柳やなぎの木は葉を落としているものの、枝や幹みきが赤いわけもなく、あとでわかったことですがその橋だって、錆びてもいないし赤くも何ともないごく普通の橋だったのですから。

 誰もいないと思っていたのに、ひとりの女の子がわたしのすぐそばに立っていました。

 小学生ぐらいでしょう。素足すあしにはスニーカーをつっかけただけ、襟えりぐりの大きな袖そでなしのシャツに、淡い桜色をしたデニムの短パンからすらりと伸びた長い脚をつきだして、季節はずれの、どう見ても三、四カ月はさかのぼった恰好でした。

 とたんにかぐわしい夏の熱気とともに汗と埃ほこりと溝どぶの匂においが押し寄せて、枯れ草の河原が新鮮な草いきれでいっぱいになりました。

 正確には彼女は十才でした。

 表情はもっと幼く見えましたが、真剣に何かを訴えかけるようにこちらへ投げたまなざしは、大人のわたしが気後きおくれするほどだったのです。

 といって人を威嚇いかくするようなきついものではありません。じっと見つめ返すうちに思わずしらず好きにならずにはいられない、柔らかな光りに満ちたまなざしでした。

 睫毛まつげのまばらな、奥二重の瞼まぶたをしたがえて、明るい色の瞳を際立たせる白目は充血の陰かげりもない青みがかったような白にぬけていました。むきだしの手足も、シャツの襟ぐりから覗のぞける胸も、日に焼やけた褐色の肌にはすこしも黒ずんだところなどないのです。

 見るからに活発で、健康そうで、それでいて、下のほうから順に赤や薄紫と白のしぼりの大振りな花をつけてゆく立葵たちあおいが夏の盛りにいちだんと伸びた背をすっくと立たせたような細い体に──小さな頭部が陽を浴びて、まぶしそうに目を細め、手足はとつぜんの伸長期しんちょうきにとまどっているような、そんなはかなげなところがありました。

 いくら背がのびたといってもようやくわたしの胸元にとどくかとどかないくらいです。

 顔は上を見あげる恰好で、尖とがったあごがかたむいて、笑うと歯茎がわずかに覗のぞけます。笑うといっそう愛嬌あいきょうがあるのは目尻がこころもちさがっているからでしょう。

「こんにちは」

 わたしは勇気をだして声をかけました。

 すると少女は急に人なつこい目をしてわたしにより添い、胸に頭をもたせかけたのです。

「これはこれはお嬢さん」

 わたしはふざけて言いました。腰を下ろしても、少女はわたしから離れようとしません。雑草のような髪をなでるとわたしの胸に顔を押しつけたまま、うめくような、それとも笑うのをこらえるように、くぐもった声をたてるのでした。

 名前を聞くとマチタエリコだと言いました。少し間を置いてからの、考えたようなそぶりに、わたしはこの子は事情があって家をとび出したのではないかと推察すいさつしました。

 だいたいわたしはじぶんでも軽々しく子供に好かれるはずはないと思っていたのです。

 彼女は新聞やテレビでよく見かける行方不明の少女たちに共通の、寂さびしげでもの憂げな瞳をしていました。

 どこかアンバランスな感じがするのは季節はずれの服に、伸びすぎた手足や、なぜかぶざまに短く刈り取られている髪の毛のせいばかりではありません。

「ワタシ、サミシイ」

「トモダチ、イナイ」

 彼女がしきりにたどたどしい日本語で語りかけるのを聞いてからは、帰国子女なのかとも思ったのです。

「どうしてこんなに刈っちゃったの?」

 と尋たずねると彼女はすこし悲しそうにしました。

「オトウサン、シタ」

「髪の毛のこと?あ、そうか。お父さんが切っちゃったのか」

「カミ、キッタ。オトウサン、シタ」

 どうやら切られる前には髪の毛が腰にとどくまであったということを、少女は身ぶりで示したのです。

「残念だね……」

 わたしがわたし自身に言い聞かせるように呟くと、マチタエリコは鼻をならし、シャツの裾すそをひきぬいて向き直り、脚をなげだし、

「アソボウヨ」

 と言いました。

 わたしの方も足がしびれていました。彼女のお尻を支えていた腿もも、肩を抱いた腕や腋わきの下が汗ばんで、

「アナタト、ワタシト、アソボウ」

 彼女がそう真剣になんども言いつのるのに、わたしは手近な草の茎を折ってその汁を彼女の頬ほおにこすりつけたのです。

「なにして遊ぶの?」と聞きながら。

 シャツをまくり上げるとシャツにかみつきました。といってそんなに強くはなく、脱がされまいと抵抗するというよりは生地がよだれで湿しめって、まるでわたしの指をしゃぶるように、あやされるように、そうしたのです。

 彼女のぶっきらぼうな情愛の表現は、いくぶんわたしを安心させました。わたしは大いにてこずりながらも短パンのデニム地にくいこんだきついボタンをはずしたのです。

 わたしのしようとしていることは、これは忌まわしい犯罪なのだと思わなかったわけではありません。しかしわたしは香蘭こうらんが──今はもう彼女のほんとうの名を知っているのですから、はっきりとそう呼ばせてもらうことにします──幽霊であることをうすうす感づいていたのです。

 教えて頂きたいのですが幽霊を相手に犯罪なんて成立しえるのでしょうか?

 とうてい考えられないじゃありませんか。かつては人間だったにしても、今はもうそうじゃないはずです。だれしもが思うようにわたしも思っただけです。ただわたしはこんな少女といたりつくせるのなら、白日夢でも幽霊でもかまわないとまで願ったのでした。

 思いきって香蘭こうらんの服を脱がすとわたしはだいぶ気が楽になりました。くるみを割ったように滋味あふれる体を取り出して、河原に寝かしつけたのです。

 それより後のこととなるとたいして詳しく話せそうにありません。覚えていることといったらごくわずかなもので、いったい何を忘れてしまったのかさえ思い出せないありさまなのです。とても少女の姿態したいを嘆賞たんしょうする余裕はなかったのでしょう。

 わたしは正面向きにあぐらの上にかかえあげた少女を犯しました。

「ヒドイコト」と、香蘭こうらんが「ワタシ、カナシイ。アナタヒドイコト、シタ。カナシイコト」と泣いて訴えた痛がりようも、ささやかな抵抗も、なぜかわたしの決意をゆるがしはしなかったのです。

 ついにわたしのたけり狂った欲望が幼い腹の上に真珠しんじゅの涙をまきちらし、はぐれ雲からふりだした天気雨がいっとき肌をうって、なまぬるい大粒のシャワーがそれを内股のほうへ洗い落としました。

 あの世で彼女が香蘭こうらんと呼ばれるように、わたしはいいこだ、かわいいこと声をひそめてなんども呼んだのです。わたしの快感はただつかまることもできず身をよじる強烈なものでしたがどう考えて良いかふしぎでならなかったのは射精の瞬間、完全につらぬかれ、苦痛で歪ゆがめた香蘭こうらんの表情が、それまで見たこともない歓喜の色に輝くような気がしたことでした。自分の生命力が吸いとられるような気がしたほどです。

 天気雨はすぐやんで、体もたちまち乾きます。わたしが、どうしても殺さねばならない衝動に駆られたとき、ぬれた草の上にあおむけになった少女の首にはロープが一巻かかっていました。

 どうしてそんことをしたのでしょう。

 香蘭こうらんは、脱ぎ捨てたシャツのほうに手を伸ばし立ちあがろうとするようなそぶりを見せました。だからといって彼女が騒いだりこのことを人に告げるなんて考えられないことでしたのに、もともと生きていないのならなおさら、殺す必要などないと簡単に判断できるのですから、わたしがそのかぼそい首にもう一巻ひとまきロープをまわして力のかぎり引っ張ったというのは信じがたいことでした。

 それはロープではなくて古びた電気コードでした。手にとってみてわかったのです。

 少女の頭には黒いビニール袋がかぶっていて、表情をうかがい知ることはできません。

 わたしは香蘭こうらんの息が止まるまで全力でコードを引っ張りつづけたのです。それが、彼女の望みだったのです。

 彼女が死んでわたしは香蘭こうらんが笑ったわけを知りました。彼女は幽霊のじぶんを、わたしに犯してもらいたかったのです。

 まだぬくもりは残っていましたが、息が止まって、顔がふくれ、全体にしなびたように赤らんでいる見苦しい死体を、わたしはどうにも正視にすることができませんでした。わたしはあわてて立ち上がり、逃にげ出だしました。ふりかえると五月のような緑の葉がみずみずしい柳やなぎの木の根方に、大人になった香蘭こうらんが立っていました。こちらを見ていました。

 なぜでしょう、わたしにははっきりとそれがあの子だと確信できました。

 夕暮れの風が柳やなぎのしなやかな枝を顔の前で交叉させると、それは彼女の長い髪とからみあい、緑の色にとけあって、やがてスカートの格子縞こうしじまとかさなり衣服のほかの模様と色をのみこんで、香蘭こうらんの姿は消えました。

 二度とこの世に現れることはないでしょう。

 逃にげなければと、考えられたのはそのことだけでした。

 ようやく止めてあった車のことを思い出したというのに!

 思いのほか狼狽ろうばいしていたのでしょう。わたしはよそ見をしたはずみに犬に散歩をさせる主婦が見ているところで何かに蹴つまづいてつんのめる醜態しゅうたいを演じてしまったのです。

 それはよくある放置された黒いゴミ袋でした。おそるおそる足で探りますと結構重いわりに中身はなんだか柔らかく、手ごたえがない感じです。いやに厳重にテープを巻き梱包こんぽうしてありましたが投棄とうきされたのはだいぶ以前のことらしくポリ袋は汚れ、いたんで、破れた亀裂から腐乱ふらんした小さな手が、なかば指をひらいて、くずれ落ちた肉のあいまに白骨をさらして、ころげ出しているのが見てとれました。

 死体が発見されて一週間後にわたしは逮捕されました。

 取り調べに何と答えればよかったのでしょう。遺体の体内から検出された残存物を、DNA鑑定した結果、あいてがわたしであることが確認されました。

 それはそうでしょう。認めるにやぶさかではありません。遺体の損傷をあれこれあげつらって、わたしが彼女を強姦したといわれるのも報いでしょうか。仕方のないことです。

 でもこれだけは言って置かねばなりません。

 マチタエリコと名のった少女はとうに死んでいたのです。殺したのは、絶対にわたしではありません。

 わたしではないのです。

 わたしが目撃されたのは、彼女が死んで、七十日もたったあとのことでした。それを彼等は死体をもてあそびに行ったのだろうというのです。死体には河原でつまづいただけですし少なくとも、わたしは生きている彼女を犯したことはないのです。

 殺したのは絶対にわたしではありません。

 とうてい信じてはいただけないのでしょうか?

 この眼は本気で信じている眼だ。

 精神鑑定に持もち込こめば、無罪を勝ち取れるだろう。

 私は確信した。

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々不狼児

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