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牛娘《うしむすめ》

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/6 📚 シリーズ: 異伝記 📝 2,365文字 ✅ 全年齢

あらすじ

連作短篇の形式で語られる怪談ノワール。

本文

 叔父さんが、わざわざ僕の家にやってきて、「ほら、この人がお前の父親だよ」と言って紹介したのはまったく見覚えがない男だったので、おそらくどこかの電柱に魔法をかけて連れて来たのだろうという事ぐらいすぐにわかった。叔父さんはそういう質たちの悪い冗談が大好きだった。以前にも案山子かかしに魔法をかけて、お客として連れて来たことがあって、その時は鴉からすの屍骸しがいも混じっていたものだから、案山子かかしの客が突然メリーさんの目玉を突つつき出だして大騒ぎになった。

 メリーさんは家で飼っている年を取った牧羊犬ぼくようけんで、片目を抉えぐり取とられた以外は無事だったが、それからは叔父さんを見ると不機嫌そうにうなり声を上げるようになってしまい、僕は少し悲しかった。

 叔父さんが魔法を使えるといたって、魔法がかけられる相手は有機物に限るので、石や金属やプラスチック、自転車や自動車などの機械は操あやつれなかった。案山子かかしだって竹と縄と木綿もめんの着物だったから操あやつれたわけで、それでも有機物が不十分だったから吊つられていた鴉からすの屍骸しがいなんか加えてとんでもない事になったのである。

 今回のお父さんの偽物は電柱だったけれど、その頃は僕の家の周囲はまだ田んぼばかりで、木の電柱も残っていたのだ。電柱だけあってとんだ木偶でくの坊ぼうで、見分けるのは簡単だったが、母の怒りはおさまらない。

 息子をからかう弟に、おとなしく凹へこまされているほど、母は穏やかな気性の人ではなかった。

「モー、なんてことするの。モー、アンタってコは」

 庭で草を食べていた母は叔父さんに向かって突進した。

 なまじ自分の身に覚えのある僕の父親のことだったから、余計に抑おさえがきかなかったのだろう。

 縁側を踏みぬき、ちゃぶ台をひっくり返し、畳たたみを蹄ひづめで毛羽立けばだてながら、猛然と叔父さんを追いかけ回す。

 僕の母は生まれてすぐ、悪い魔法使いによって牛に変えられてしまった。以来、決して人間の姿に戻ることはできず、奔放ほんぽうだった十代に僕を産んだ。

 母が預けられていた放牧場は肉牛専門だったから、思いがけず妊娠を知った時には父親の可能性のある牡牛おうしは全頭ぜんとう食肉しょくにくになっていた。堕胎は考えなかったそうだ。母としても自分が何欠ける所のない人間の子を産むとは想像していなかったのだ。

 その頃、中学生だった叔父さんはよく姉のところへ遊びに来て、ブラシをかけたり、散歩や水浴びをさせたり、しきりに面倒を見ていたが、にもかかわらず自棄やけになって牡牛おうしとやりまくる姉に焼餅を妬やいていたのだ。

 しかし、身に覚えのない牧童頭ぼくどうがしらのことでからかわれるのは、母にとっては我慢がまんのならないことだった。

 たしかに牧童頭ぼくどうがしらは見栄みばえのする好青年で、母の片思いの相手だったけれど、所詮しょせん相手は人間、間違っても厩舎きゅうしゃに閉じこもって獣姦に及ぶような異常者ではなかった。

 大切な想い出を叔父さんに汚されたとあっては、たとえ床を踏み抜いたとしても責せめられない。

 普段はとても優やさしい牝牛めうしの母も、時として呪われた体にふさわしい凶暴性を発揮することがあったのだ。

 その昔、母は一度だけテレビに出演したことがある。有名になりたいという叔父さんの頼みをきいたのだ。母は普通の牛の振りをして、歌って踊った。

 叔父さんは牛に芸を仕込しこんだ調教師の役どころで、母の達者な歌と踊りに合わせて必死で操あやつる格好をしている、まだ高校生の叔父さんの姿がなんとも情けなくて、失笑ものの、録画テープが家に残っている。

 乳房の垂れたホルスタインの大きな牝牛めうしが軽快なステップを踏んで、モー、モー、とのどかな声で歌いながら踊る姿は息子の僕が見ても微笑ほほえましく、美しい。

 叔父さんは恥をかいたが母の芸は評判を呼んで、取材依頼が殺到した。

 僕という息子がいるのですべてを断ったのに、叔父さんがさも残念そうに言うには、それはそれは丁寧ていねいにお断りしたのだが、恥知らずな写真週刊誌の記者一名が母の盗撮を試みたのだ。

 母はちょうど庭で用を足し始めたところだった。

 牛の放尿はすぐには止まらない。母はそこらじゅうに小便をまき散ちらしながら覗のぞき屋やめがけて突進すると、怒りにまかせて頭突きでカメラごと顔を砕くだき、腸を引きずり出し、前足で踏みつけ、性器を喰くいちぎり、あっというまに喰くい殺してしまったのである。

 その時だけは、珍しく叔父の魔法が役に立った。

 叔父は死体に魔法をかけて生きているように見せかけて家に帰した。なにしろ有機物を操あやつるならお手のものだ。

 とはいえ、そのまま記者に以前と同じ生活を続けさせるわけにはいかなかった。魔法で、外見だけは生きているらしく見せかけていたが、組織は死んでいるし、性器なんか母に喰くわれてしまって跡形あとかたもない。

 叔父はすぐさま妻と二人の子供を殺すと、遺書を残し、損傷の程度が酷ひどいので、既に死んでいたことがわからないように、車の中でガソリンをかぶって焼身自殺させた。

「家族まで殺すのはやりすぎだ」と母は叔父さんを叱しかったそうだが、「その顔は笑っていたよ」と叔父さんは僕に話してくれた。

「一度は帰宅したというアリバイが必要だったんだ。姉さんも、そのことはわかっていたのさ」

 あの時と比べたら、今、母が叔父さんを追い回すのなんて、じゃれているみたいなものだった。

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々不狼児

々不狼児

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