弐
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
「……あいつ、明日になっても来なかったら、一度様子を見に行くか」そう呟いた兄は、湯呑みを手に取った。銀が山を下りてから三日。
本文
「……あいつ、明日になっても来なかったら、一度様子を見に行くか」
そう呟いた兄は、湯呑みを手に取った。
銀が山を下りてから三日。
みみという娘を連れて挨拶に来ると言っていたのに、いまだに帰ってこない。
「まったく。誰に似たんだか……」
呆れ半分に笑い、茶を口に運ぶ。
そこで、ふと思い出した。
「……みみ、か」
聞き覚えのある名前だった。
いや、名前だけではない。
兄は、大樹の管理を担っている。
大樹に関わる長命種であるみみとは、以前から知り合いだった。
顔も知っている。話したこともある。
だからこそ、弟からその名前を聞いたとき、少し引っかかりはしたのだ。
けれど、すぐには結びつかなかった。
銀は人里へ行ったはずだった。
そこで出会った娘を、今度は兄に紹介する。
そういう話だと受け取っていた。
「……まさか、あの子のことか?」
兄は湯呑みを置いた。
しかし、考えれば考えるほど、確信が持てない。
そもそも、みみがいるという境界の狭間のお宿は、誰でも自由に出入りできる場所ではない。
あそこへ入れるかどうかは、台帳様次第。
大樹の管理を任されている兄でさえ、好き勝手に出入りできるわけではなかった。
「……銀が、あそこへ?」
思わず口にしてから、兄は首を傾げた。
弟が境界の狭間のお宿に出入りしているなど、聞いたこともない。
いや、そもそも、そんな場所へ行っているという発想自体がなかった。
人里で誰かと知り合い、親しくなった。
それなら分かる。
けれど、あのみみと、どうやって?
兄は腕を組み、しばらく考え込んだ。
「…………」
そして、ふっと息を吐く。
「まあ、帰ってきたら聞けばいいか」
結局、今はそれ以上考えようがなかった。
兄は再び書類へ目を落とした。
けれど、いつもならすぐに戻るはずの意識が、なかなか仕事へ向かない。
弟は今、どこで何をしているのか。
みみとは、いったいどういう経緯で知り合ったのか。
そして、なぜ三日も帰ってこないのか。
「……銀のやつ」
呆れた声が、静かな部屋に落ちた。
その頃、境界の狭間のお宿では。
兄が想像もしなかった理由で、弟が帰れずにいた。