12話 無意味な死闘(前編)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
死んだ冒険者を蘇らせる事を仕事にする蘇生屋トルクは、今日も死体を探しにダンジョンへと潜る。人助け?いいや、ただの飯の種だよ。モンスター退治や宝探しみたいな夢もロマンもありゃしない。そんな冒険者の物語。
本文
昼下がりの安宿の一室。
左腕の聖水射出装置に細工をしていると、傍らから呆れたような声が聞こえてきた。
『意味が無いだろう。こんな事をしても。
そんなに悲しかったのか? ハンスが死んだ事が』
「黙れ」
トルクが静かに言い放つ。
傍に立つもう一人の自分――蘇生屋トルクがふぅ、とため息を吐く。
『知ってる奴が死ぬのは、今に始まった事じゃない。
本当はわかっているんだろう?』
話しかけるな。
『見ないふりはよせ。俺はお前だ。そんな事をしても苦しいだけだぞ』
もう一人の自分が腕を組み、呆れた様な眼差しでこちらを見ている。
『いつだって俺はお前に代わって冷静に、冷徹に、合理的に判断してきたんだ』
知っている
『ならどうして俺の言う通りにしない?』
したくないからだ
『理屈が通って無いぞ』
黙れ
『会話にならないな』
再びもう一人の自分がため息をつく。
トルクは無言でスティレットの刃を研ぎ始める。
イコはさっきから、何も言わずにこちらを見ている。
俺が誰かと話しているように見えるのだろう。そりゃそうだ。
イコにはこいつが見えない。
俺は今、おかしくなっている。
数週間前に別れた知り合いが死んだだけだというのに。
◇◇◇
「俺はもう冒険者を引退するよ」
冒険者ギルドの食堂。
酔った荒くれ者達の陽気に笑う声が響く中で、恰幅の良い短髪の男、
ハンスが酒の入ったグラスを片手に静かに告げる。
ハンスが属するチーム『ブルーゲイル』が迷宮50階層突破を記念して、ギルドをあげての宴の最中のことだった。
「……そうかい」
隣の席のトルクが豆茶を啜る。
ハンスは、トルクが蘇生屋になる以前から付き合いのある、数少ない冒険者仲間だった。レッドマンティスの一件でトルクが何をしたのかも知っている。
だが、彼を安易に慰めることも、責めることもしなかった。
「……今回の潜りで、少なくとも俺は60階層の突破を目指していた。
自分なりに準備も、鍛錬もしてきたつもりだった。けど53階層止まりだった。
多分これが、俺の限界なんだろうな」
自嘲するようにハンスが呟いた。
ある者は自身の限界を感じ、またある者は割の合わなさに迷宮から去っていく。
よくある事だ。
迷宮に潜ったまま帰ってこれなくなった者の方がずっと多い。
「幸い、チームの皆はわかってくれた。
新しく入るメンバーもいるしブルーゲイルはまだやれる。
立つ鳥跡を濁さず、老兵はただ去るのみって奴さ」
「辞めて、何かアテはあるのか?」
「前に、野菜の収穫を手伝った農家が俺の事を覚えててな。
もし良かったら畑を手伝ってくれないかって誘いを受けたんだ。
土相手なら、俺の体もあと何年かは無茶がきく」
そう言って袖をまくり、力こぶを作ってみせる。
袖から見える太い腕には多くの傷跡があった。
「なぁ、トルク。良かったらお前も来ないか?人手は多い程ありがたいって向こうも言ってくれてたんだ」
躊躇いがちに、ハンスが切り出す。
「俺みたいな能無しが行っても仕方ないだろ。蘇生術も野菜相手じゃ役に立たん」
「……トルク、昔のことなら、もう――」
「ハンス」
カン、とトルクのコップがテーブルを叩く音が響く。
荒くれ者の集う場所にも秩序や掟はある。
脛に傷を持つ者同士、互いの過去を詮索しない。それがここでの暗黙のルールだ。
宴会の喧騒を余所に、二人の間に暫く沈黙が流れる。
「……悪かった。けど、これだけは覚えておいてくれトルク。
冒険者以外でも、生きる道は沢山あるんだ。
ずっと冒険者をやっていられる奴なんていない。
俺はもう、自分が知ってる奴が帰ってこなくなるのを見たくないんだ。
お互い、昔からの顔見知りもずいぶん減った」
「………」
ハンスの言葉に、顔見知り程度の奴や、依頼で短い間だけ行動を共にした冒険者たちの顔が浮かんだ。
いずれも迷宮の闇に消え、ギルドの名簿では名前の横に赤字で『死亡』と書き足された者たちばかりだ。
「山道近くの集落に俺はいる。もし気が向いたら来てくれ。
大した物は出せないが、飯と酒ぐらいは出せるから」
「酒は好きじゃねぇ。何度も言ってるだろ」
「そう言うなって。慣れれば、あれはいい物さ」
そう言ってハンスはテーブルの上に自分の分の代金を置いて立ち上がった。
「……じゃあ、な。トルク。生きてる内にまた会おう」
それがハンスとの最後の会話だった。
ハンスのいる集落に鋼鉄熊(アイアンベア)が現れたのはその数週間後。
巣を持てず、冬眠の為のエサを確保できずに狂暴化した個体が集落にまで降りてきたのだ。
「畑にいたら、いきなり山の方からやってきたんだ……それで、ハンスさんが
……俺達を逃がす為に、立ち塞がって……こっ、小屋の中に逃げて待ってたら悲鳴が聞こえてきて……」
農夫が震えながら話す中で、トルクの顔から感情が消えていた。
衛兵たちが住民に聞き込みをしている間、トルクも現場へ足を運んだ。
そこには血の跡が残り、何かを引きずった跡が土の上に伸びていた。
周囲には獣の足跡もある。
そして、最後に別れたあの日引退の記念に持ち帰ったハンス自身のネームタグが引きちぎられ、血がついた状態で地面の片隅に落ちていた。
それを拾い上げたトルクの手が僅かに震える。
指に力がこもり、ギチリ、とネームタグが歪む音がした。
◇◇◇
「……あっちに、ハンスっていうおじさんと同じ魂の気配があるよ」
イコが前を飛び導く中、山道を黙って歩くトルク。
『仇討ちのつもりか?らしくもない。報酬も出ねぇ。頼まれたわけでもないだろ』
「蘇生屋トルク」が傍らで話しかける。
『十中八九、ハンスは食われた。原型を留めないレベルの損傷は蘇生が難しい。
お前だってそれ位はわかっている筈だろう』
黙れ
『無意味だ。まったくもって無意味だ』
しばらくすると開けた場所に出た。
近くには土が盛り上がり、人の顔と手が土の中からはみ出していた。
熊が、獲物を土に埋めて隠した盛り土。
ハンスだった。
その時、バキバキと木が音を立てて倒れる。
毛皮の隙間から鋼鉄の肌を覗かせた巨躯が、木々をなぎ倒しながら姿を現した。
鋼鉄熊が牙を剥き出しにして唸り声を上げながら現れた。
居場所を、獲物を取られると思っているのか、トルクを睨んでいる。
自分よりも二回りも巨大な怪物を前にしても、対照的にトルクは静かだった。
スティレットを静かに抜く。
「イコ、一瞬だけでいい。合図したらアイツの動きを止めろ」
「………」
傍らのイコが不安そうにトルクを見やる。
トルクの目元に落ちる影は、さらに深くなり、その感情がイコには読めなかった。
「お前も必死なんだろうな。生きる為に食っただけだ。そうだろうよ」
トルクが静かに言い聞かせるように言葉を発しながら鋼鉄熊に近づいていく。
冒険者だって生きる為に殺す。
そこには悪意も何もない。
意味もない。
「……そうだよな。意味なんて、無いんだよな」
ハンスも、特に理由もなく死んだ。
だったら――
「お前も……無意味に死ね」
トルクの目が苛烈に据わり、冷たい殺意を宿した。