第七十七話:25年前の真相
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?
本文
これは私が記録した、七十七本目の違和感である。
七十七本目は、桐生修一から、来た。
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連絡は、電話だった。
「渡すものが、ある」
それだけ、言って、切れた。場所も、時刻も、言わなかった。言わなくても、分かるだろう、という切り方だった。
いつもの喫茶店の、いつもの席で、私は、待っていた。
桐生は、時間通りに、来た。黒いコートは、今日は、乾いていた。前回と、違う点は、それだけだった。
手帳の他に、封筒を、一つ、持っていた。角の潰れた、茶色の、厚い封筒だった。
テーブルに、置いた。
「二十五年分だ」
コーヒーは、頼まなかった。
封筒の口を、開ける前に、桐生は、一度、私の顔を、見た。何かを、確かめる目だった。何を確かめたのかは、言わなかった。
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(桐生の語り)
二十五年、追ってきた。
今日で、終わりにする。
先に、言っておく。俺の、最後の仕事だ。
墓を見た日から、書庫に、通った。退職者に、閲覧の権利は、ない。頼める相手が、一人だけ、残っていた。名前は、書くな。
最初の七人の、調書を、引いた。二十五年前、あの更地で、消えた七人だ。
それだけの、つもりだった。
引き出しの、隣の束が、目に、入った。
似た事件が、あった。
一件じゃない。二十五年の間に、この県だけで、十一件。届出人も、管轄も、ばらばらだ。誰も、繋げていなかった。繋げる理由が、書類の上には、ない。
繋がる理由は、一つだけ、あった。
最後の、言葉だ。
「時間が逆に進んでいる。もうすぐ消える」
十一件、全部、同じだ。一字も、違わない。書き取った巡査は、全員、別人だ。
写真を、借りた。借りた、と、書いておく。返す当ては、ない。
現場の写真と、届出の、顔写真。十八人分。
家の、床に、年代順に、並べた。二十五年前を、左に。去年を、右に。膝を、ついた。関節が、鳴った。
顔は、全員、別人だ。年齢も、性別も、違う。
左から、順に、歩いた。
右へ、行くほど、目が、似てくる。
次に、口元。
次に、輪郭。
一枚ずつ見れば、他人だ。並べて、歩くと、一つの顔に、寄っていく。少しずつ、削られていくみたいに。
夜が明けるまで、何度も、往復した。カーテンの隙間が、白くなっていた。写真は、動いていない。動いたのは、俺の見方だ。そう、思おうとした。
右端の、一枚の前で、足が、止まった。
去年の、失踪者だ。
その顔を、俺は、知っていた。
どこで、とは、まだ、書かない。刑事の、やり方だ。分かったことは、最後に、まとめて、書く。
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失踪日を、書き出した。
十八人分。手帳の、見開きに、縦に、並べた。
届出の年は、ばらばらだ。二十五年前から、去年まで、散っている。
月日を、見た。
指が、止まった。
同じだ。
十八人、全員、同じ月、同じ日だ。
年だけが、違う。
一件ずつ、調書に、戻った。年の欄を、ルーペで、見た。
インクが、違う。
年の、数字だけ、あとから、書き足されている。色も、筆圧も、他の欄と、違う。十八件、全部だ。管轄も、書き手も、違う書類に、同じ手順で。
数字の下に、別の数字の、跡が、あった。上から、書き直してある。
斜めから、光を、当てた。紙に残った、筆圧の跡を、指で、なぞった。見るより先に、触った。
十八件、全部、同じ数字だった。
五年前だ。
ルーペを、置いた。手のひらが、湿っていた。紙に、跡が、つく前に、離した。
二十五年前の、七人も。去年の、一人も。書類の上では、最初、五年前の、同じ一日に、消えていた。誰かが、あとから、年だけを、二十五年に、ばらしていた。
どっちが、正しいかは、決めない。両方、書く。
だが、これだけは、書く。
俺が、二十五年、見てきたものは、全部、あの一日に、向かって、傾いている。
右端の、去年の一枚。
あの顔は、鏡で、見た顔だ。
俺の、顔だ。
(桐生の語り、終わり)
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桐生は、そこまで話すと、手帳を、閉じた。
「俺たちは、同じ日に生まれて、同じ日に終わる」
誰に向けた言葉かは、言わなかった。
「俺たち、とは」
私は、聞いた。
「十八人だ」
少し、間を、置いた。
「それと——」
続きは、来なかった。
五年前の、その日付には、覚えがあった。四十七本目の夜、自分のノートの、一冊目の記録開始日と、一日の狂いもなく、重なっていた日付だった。六十六本目の夜、石から、消えたはずの日付だった。
今夜、それは、十八人分の、書類の下から、戻ってきた。
もう一つ、覚えがあった。
「時間が逆に進んでいる」
一本目の、違和感の男が、そう言っていた。書き取った巡査は、いない。書き取ったのは、私だ。
そのことは、桐生に、言わなかった。
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桐生は、封筒から、最後の一枚を、出した。
「二十本目の夜、お前に、見せた写真だ」
覚えていた。更地になる前の、二十五年前の、現場。写り込んでいた男が、当時の桐生ではなく、現在の桐生だった、あの一枚だ。
「今朝、もう一度、見た」
桐生は、写真を、私に向けて、置いた。
見た。
更地になる前の、建物。半分、開いた扉。その手前に、黒いコートの男が、立っていた。
桐生だと、思おうとした。
だが、コートの着丈が、違った。肩の落とし方が、違った。桐生は、肩を、張る。この男は、落としている。
鏡で、毎日、見ている立ち姿だった。
顔を、見た。
桐生では、なかった。
私の顔だった。今の、私の。今夜、この席に座っている、私の顔だった。
「五年前の人間が、二十五年前に、写っている」
桐生は、立ち上がった。伝票は、取らなかった。
「俺は、答えを、持っていない。お前が、持て」
コートの裾が、椅子の背を、掠めた。
「渡すものは、渡した」
背中が、扉の向こうに、消えた。
写真は、テーブルの上に、残った。
指先が、写真の縁に、触れたまま、動かなかった。店内の音が、遠のいた。喉が、鳴った。飲み込むものは、なかった。
肺に、空気を、入れる方法を、一瞬、忘れた。思い出すまで、胸が、動かなかった。
写真の中の私が、こちらを、見返している。そんな気がして、裏返せなかった。
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家に、帰った。
桐生の話を、ノートに、書き写した。十八人分の月日と、一つの年を、並べて、書いた。
七十七本目の蝋燭に、火を、灯した。
炎が、右に、揺れた。
記録を終えると、私は七十七本目の蝋燭を消した。残りは、二十三本。