第七十八話:語り部たちの真実
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?
本文
これは私が記録した、七十八本目の違和感である。
七十八本目は、誰からも、来なかった。
私が、会いに、行った。
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写真は、裏返せないまま、机の上に、あった。七十七本目の夜から、翌朝まで、そのままだった。
写真の中の私は、二十五年前の、扉の前に、立っている。今の私は、この部屋に、いる。どちらも、事実だとしたら、確かめておかなければならないことが、一つ、あった。
六人は、いるのか。
会って、確かめる。それだけを、決めた。
六人に、電話を、かけた。同じことを、言った。「土曜の午後、会いたい。場所は、そちらで決めてほしい」。時刻は、言わなかった。六人とも、場所だけを、答えた。六つ、全部、違った。
手帳に、書き留めた。
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桐生とは、いつもの喫茶店だった。
今日は、コーヒーを、頼んだ。砂糖を、二つ、入れた。前回は、頼まなかった。
「答えは、持てたか」
「まだだ」
「そうか」
事件の話は、それきりだった。窓の外の街路樹の葉が半分、落ちていることを、桐生が、言った。私も、それを、見た。二つ目の砂糖が、カップの底で、溶ける音がした。桐生は、今日は、伝票を、取った。
凛とは、初めて会ったカフェだった。
制服だった。補講の帰りだと、言った。
「先生、顔色、大丈夫ですか」
凛のほうが、私の顔を、見ていた。
「毎晩の声は」
「まだ、来ます。でも、今は、聞くだけにしてます」
紅茶の湯気を、凛は、両手で、包んだ。手の甲に、日差しが、あった。初めて会った日と、同じ席だった。凛が、それを、覚えていた。
陸とは、大学近くのアパートだった。
モニターが、消えていた。暗い画面を、見るのは、初めてだった。
「最近、あんまり、つけてないんです」
陸は、笑った。まばたきは、数えなかった。数える気に、ならなかった。
「なんか、平和なんですよね」
前にも、聞いた言葉だった。声だけが、前より、深かった。
由香とは、病院の中庭だった。
夜勤明けの昼だと、言った。白衣ではなく、薄いカーディガンだった。初めて見る服だった。ベンチに、並んで、座った。
「昼間に、観測者さんと会うのは、初めてですね」
由香は、目を、細めた。日差しが、手荒れの跡を、照らしていた。
「怖いものは」
「今日は、何も」
そう言って、由香は、しばらく、空を、見ていた。
千尋とは、昼のバイト先の、ファミレスだった。休憩の十五分に、合わせた。
コーヒーは、千尋が、持ってきた。「サービスです」と、言った。
「夜も昼も働いてると、今が、どっちか、分かんなくなりますよ」
乾いた、笑い方だった。
「まあ、そんなもんですよね」
十五分は、きっかり、十五分だった。千尋は、一度も、時計を、見なかった。立ち上がるとき、エプロンの紐を、結び直した。
美咲とは、更地だった。
親友の部屋があった建物は、もう、なかった。土の色だけが、あった。美咲は、カメラを、首から下げているだけで、構えなかった。
「撮らないのか」
「もう、撮るものが、ないので」
風が、土の匂いを、運んだ。美咲は、靴の先で、土を、少し、均した。
「います。今のところは」
七十四本目の夜に、私が送った問いへの、答えだった。聞き直さなかった。
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家に、帰った。
六人分を、ノートに、書き写した。会った順に。喫茶店。カフェ。アパート。中庭。ファミレス。更地。光と、匂いと、相手の最後の言葉まで。一人分を、書き終えるたびに、次の一人分を、書いた。六つの記録は、それぞれ、別のページに、収まった。
六つ、書いた。
いい一日だった。そう、書きかけて、やめた。書かなくても、ノートの字が、そう見えた。字が、いつもより、大きかった。
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記録の冒頭には、時刻の欄が、ある。
手帳から、書き写す欄だ。書き終えてから、見返した。
「14:00」
喫茶店。
「14:00」
カフェ。
「14:00」
アパート。中庭。ファミレス。更地。六つとも、「14:00」だった。
私の字だった。
書いた記憶が、なかった。時刻は、誰にも、言っていない。誰からも、聞いていない。手帳には、場所しか、書いていない。
上着のポケットを、探った。
レシートが、二枚、あった。喫茶店と、カフェ。私が、払った二か所だ。
喫茶店。十四時六分。
カフェ。十四時九分。
喫茶店からカフェまでは、歩いて、二十五分かかる。三分では、着かない。
路線図は、開かなかった。開かなくても、分かっていた。六か所は、どれも、私が、いつも、一人で、行っている距離だ。だから、どの二つを、選んでも、十四時に、両方には、いられない。
それでも、六つとも、覚えていた。
桐生の、二つ目の砂糖が、溶ける音。凛の手の甲の、日差し。陸の、暗い画面。由香の、カーディガンの色。千尋の、きっかり十五分。美咲の、土の匂い。
指先に、喫茶店のカップの熱が、まだ、残っていた。同じ指先に、更地の土の乾きも、残っていた。両方が、同時に、あった。
どれも、薄れていなかった。
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時刻の欄は、六つでは、なかった。
七つ、あった。
七つ目の場所は、「この部屋」だった。
「14:00」
覚えていた。十四時、私は、この机で、ペンを、持っていた。何を、書いていたかは、覚えていない。ペンを、持っていたことだけを、覚えていた。
右手の、小指の側面を、見た。インクの汚れが、あった。紙を、こすった跡だ。爪で、掻いた。落ちなかった。今夜、書き写した分にしては、乾きすぎていた。
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七つとも、書いた。
桐生なら、そうする。両方、書く。私は、七つ、書いた。
書けない一行が、残った。
「誰かが、私の代わりに、行った。あるいは——」
ペンが、止まった。
続きは、あった。頭の中に、最初から、あった。
書かなかった。
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七十八本目の蝋燭に、火を、灯した。
炎が、右に、揺れた。
記録を終えると、私は七十八本目の蝋燭を消した。残りは、二十二本。
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ノートを、閉じる前に、六つの記録を、もう一度、読んだ。
最後の言葉の欄だ。書き写したときは、一人ずつ、書いた。並べて読んだのは、今が、初めてだった。
桐生。「ありがとう、記録してくれて」
凛。「ありがとう、記録してくれて」
陸。由香。千尋。美咲。
六つ、同じだった。
六人は、別々の場所で、別々の声で、それを、言った。私は、六回、聞いた。六回とも、別の言葉として、聞いていた。
七つ目の欄の下だけ、空白だった。