第七十八話:語り部たちの真実の表紙画像

第七十八話:語り部たちの真実

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/30 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,641文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、七十八本目の違和感である。

七十八本目は、誰からも、来なかった。

私が、会いに、行った。

────────────────

写真は、裏返せないまま、机の上に、あった。七十七本目の夜から、翌朝まで、そのままだった。

写真の中の私は、二十五年前の、扉の前に、立っている。今の私は、この部屋に、いる。どちらも、事実だとしたら、確かめておかなければならないことが、一つ、あった。

六人は、いるのか。

会って、確かめる。それだけを、決めた。

六人に、電話を、かけた。同じことを、言った。「土曜の午後、会いたい。場所は、そちらで決めてほしい」。時刻は、言わなかった。六人とも、場所だけを、答えた。六つ、全部、違った。

手帳に、書き留めた。

────────────────

桐生とは、いつもの喫茶店だった。

今日は、コーヒーを、頼んだ。砂糖を、二つ、入れた。前回は、頼まなかった。

「答えは、持てたか」

「まだだ」

「そうか」

事件の話は、それきりだった。窓の外の街路樹の葉が半分、落ちていることを、桐生が、言った。私も、それを、見た。二つ目の砂糖が、カップの底で、溶ける音がした。桐生は、今日は、伝票を、取った。

凛とは、初めて会ったカフェだった。

制服だった。補講の帰りだと、言った。

「先生、顔色、大丈夫ですか」

凛のほうが、私の顔を、見ていた。

「毎晩の声は」

「まだ、来ます。でも、今は、聞くだけにしてます」

紅茶の湯気を、凛は、両手で、包んだ。手の甲に、日差しが、あった。初めて会った日と、同じ席だった。凛が、それを、覚えていた。

陸とは、大学近くのアパートだった。

モニターが、消えていた。暗い画面を、見るのは、初めてだった。

「最近、あんまり、つけてないんです」

陸は、笑った。まばたきは、数えなかった。数える気に、ならなかった。

「なんか、平和なんですよね」

前にも、聞いた言葉だった。声だけが、前より、深かった。

由香とは、病院の中庭だった。

夜勤明けの昼だと、言った。白衣ではなく、薄いカーディガンだった。初めて見る服だった。ベンチに、並んで、座った。

「昼間に、観測者さんと会うのは、初めてですね」

由香は、目を、細めた。日差しが、手荒れの跡を、照らしていた。

「怖いものは」

「今日は、何も」

そう言って、由香は、しばらく、空を、見ていた。

千尋とは、昼のバイト先の、ファミレスだった。休憩の十五分に、合わせた。

コーヒーは、千尋が、持ってきた。「サービスです」と、言った。

「夜も昼も働いてると、今が、どっちか、分かんなくなりますよ」

乾いた、笑い方だった。

「まあ、そんなもんですよね」

十五分は、きっかり、十五分だった。千尋は、一度も、時計を、見なかった。立ち上がるとき、エプロンの紐を、結び直した。

美咲とは、更地だった。

親友の部屋があった建物は、もう、なかった。土の色だけが、あった。美咲は、カメラを、首から下げているだけで、構えなかった。

「撮らないのか」

「もう、撮るものが、ないので」

風が、土の匂いを、運んだ。美咲は、靴の先で、土を、少し、均した。

「います。今のところは」

七十四本目の夜に、私が送った問いへの、答えだった。聞き直さなかった。

────────────────

家に、帰った。

六人分を、ノートに、書き写した。会った順に。喫茶店。カフェ。アパート。中庭。ファミレス。更地。光と、匂いと、相手の最後の言葉まで。一人分を、書き終えるたびに、次の一人分を、書いた。六つの記録は、それぞれ、別のページに、収まった。

六つ、書いた。

いい一日だった。そう、書きかけて、やめた。書かなくても、ノートの字が、そう見えた。字が、いつもより、大きかった。

────────────────

記録の冒頭には、時刻の欄が、ある。

手帳から、書き写す欄だ。書き終えてから、見返した。

「14:00」

喫茶店。

「14:00」

カフェ。

「14:00」

アパート。中庭。ファミレス。更地。六つとも、「14:00」だった。

私の字だった。

書いた記憶が、なかった。時刻は、誰にも、言っていない。誰からも、聞いていない。手帳には、場所しか、書いていない。

上着のポケットを、探った。

レシートが、二枚、あった。喫茶店と、カフェ。私が、払った二か所だ。

喫茶店。十四時六分。

カフェ。十四時九分。

喫茶店からカフェまでは、歩いて、二十五分かかる。三分では、着かない。

路線図は、開かなかった。開かなくても、分かっていた。六か所は、どれも、私が、いつも、一人で、行っている距離だ。だから、どの二つを、選んでも、十四時に、両方には、いられない。

それでも、六つとも、覚えていた。

桐生の、二つ目の砂糖が、溶ける音。凛の手の甲の、日差し。陸の、暗い画面。由香の、カーディガンの色。千尋の、きっかり十五分。美咲の、土の匂い。

指先に、喫茶店のカップの熱が、まだ、残っていた。同じ指先に、更地の土の乾きも、残っていた。両方が、同時に、あった。

どれも、薄れていなかった。

────────────────

時刻の欄は、六つでは、なかった。

七つ、あった。

七つ目の場所は、「この部屋」だった。

「14:00」

覚えていた。十四時、私は、この机で、ペンを、持っていた。何を、書いていたかは、覚えていない。ペンを、持っていたことだけを、覚えていた。

右手の、小指の側面を、見た。インクの汚れが、あった。紙を、こすった跡だ。爪で、掻いた。落ちなかった。今夜、書き写した分にしては、乾きすぎていた。

────────────────

七つとも、書いた。

桐生なら、そうする。両方、書く。私は、七つ、書いた。

書けない一行が、残った。

「誰かが、私の代わりに、行った。あるいは——」

ペンが、止まった。

続きは、あった。頭の中に、最初から、あった。

書かなかった。

────────────────

七十八本目の蝋燭に、火を、灯した。

炎が、右に、揺れた。

記録を終えると、私は七十八本目の蝋燭を消した。残りは、二十二本。

────────────────

ノートを、閉じる前に、六つの記録を、もう一度、読んだ。

最後の言葉の欄だ。書き写したときは、一人ずつ、書いた。並べて読んだのは、今が、初めてだった。

桐生。「ありがとう、記録してくれて」

凛。「ありがとう、記録してくれて」

陸。由香。千尋。美咲。

六つ、同じだった。

六人は、別々の場所で、別々の声で、それを、言った。私は、六回、聞いた。六回とも、別の言葉として、聞いていた。

七つ目の欄の下だけ、空白だった。

ジャンル・タグ

, , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 0 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

👥 フォロワー: 1人

作者ページを見る