第6話 丸髷王国の初代女王
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あらすじ
丸髷は美しい。 古い日本髪の写真集を見て、丸髷の美しさに魅せられた若い女性、丸井月子。 彼女は、思い切って自分も丸髷にしてみたものの、周囲の人々から笑われてしまう。 傷ついた月子は、ある夜、星空を見上げて決心する。 「地球に丸髷の美しさを理解してくれる国がないのなら、宇宙に作ればいい!」 やがて、彼女の夢に共感する少数の仲間たちが集まり、秘密の宇宙船計画が始まる。 そして、誰にも知られずに宇宙へ旅立つ月子たち。 果たして、丸髷を愛する人々の理想郷は見つかるのだろうか? 丸髷と宇宙――全く関係のなさそうな二つのものが結びついたとき、奇想天外な冒険が始まる。 ちょっぴりおかしくて、心温まる、愛と夢と丸髷の宇宙物語。
本文
丸髷王国に、晴れやかな朝が訪れた。
空は青く澄み渡り、柔らかな日差しが、町の家々を照らしていた。
広場には色とりどりの花が飾られ、大勢の人々が集まっている。
今日は、丸髷王国にとって、記念すべき日だった。
丸井月子が、初代女王に即位するのである。
「月子さん、準備はいいですか?」
花村小春が、嬉しそうに声をかけた。
「う、うん……」
月子は、少し緊張していた。
鏡の前には、華やかな衣装をまとった自分が映っている。
そして、その頭には、美しく結い上げられた丸髷があった。
艶やかな黒髪。
ふっくらとした優美な曲線。
上品な髪飾りが、朝の光を受けて輝いていた。
「……きれい」
月子は、思わずつぶやいた。
小春が、にっこり笑った。
「本当にきれいです! 今日の月子さんは、世界一の丸髷美人ですよ!」
「ありがとう、小春さん」
月子は照れくさそうに笑った。
「でも、まだ信じられないの。私が女王様になるなんて」
「もう、月子さんったら!」
小春は楽しそうに笑った。
「みんなが、月子さんに女王になってほしいってお願いしたんですよ」
「そうだけど……」
月子は、鏡の中の自分を見つめた。
思えば、すべては一冊の写真集から始まった。
古い日本髪の写真集。
その中に載っていた、美しい丸髷。
あの写真を見たときの感動を、月子は今でもはっきり覚えていた。
そして、自分も丸髷を結った日の喜び。
街で人々に笑われた日の悲しみ。
夜空を見上げ、宇宙へ行こうと決心した日のこと。
どれも、遠い昔のことのように感じられた。
「人生って、不思議だね」
月子は言った。
「本当ですね」
小春は優しく答えた。
「でも、私は月子さんと出会えて、本当によかったです」
「私もよ、小春さん」
二人は、顔を見合わせて微笑んだ。
やがて、式典の時間が近づいた。
広場には、丸髷王国の住民たちが集まっていた。
美しい丸髷を結った女性たち。
着物をまとった人々。
現代風の服装をした人々。
そして、丸髷の美しさを心から愛する男性たち。
周辺の自治共同体からも、多くの来賓が訪れていた。
音楽を愛する町の人々。
自然と共に暮らす町の人々。
伝統工芸を大切にする町の人々。
それぞれ異なる文化を持つ人々が、
丸髷王国の誕生を祝福するために集まっていたのである。
広場の中央には、小さくも美しい宮殿が建っていた。
白石隆之の支援と、多くの人々の協力によって完成した建物だった。
豪華すぎず、しかし気品のある、温かな雰囲気の宮殿である。
そして、宮殿の前には、月子のための玉座が用意されていた。
白石が、広場に集まった人々の前に立った。
「皆さん。本日は、丸髷王国の記念すべき日です」
広場が静かになった。
「この国は、一人の若い女性の、ささやかな願いから始まりました」
白石は、穏やかに続けた。
「丸髷が美しいと、心から褒められる場所がほしい。
その願いは、やがて宇宙への壮大な夢となりました」
人々は静かに聞いていた。
「彼女は、本当に宇宙へ旅立ちました。
しかし、遠い星に理想郷を見つけることはできませんでした」
白石は、微笑んだ。
「けれども、地球へ帰ってきた彼女は、
私たちとともに、この国を作ることができたのです」
広場に、大きな拍手が起こった。
「それでは、皆さん。丸髷王国初代女王、丸井月子さんをお迎えしましょう!」
音楽が流れ始めた。
宮殿の扉が、ゆっくりと開いた。
そこから、月子が姿を現した。
華やかな衣装に身を包み、美しい丸髷を結った若い女性。
その姿を見た人々から、歓声が上がった。
「月子さん!」
「おめでとうございます!」
「なんて美しい丸髷でしょう!」
男性たちも、感激した様子で拍手を送っていた。
「素晴らしい丸髷です!」
「女王陛下に、心からの敬意を!」
月子は、胸がいっぱいになった。
かつて、丸髷を結って街を歩いたとき、人々は笑った。
しかし、今は違う。
人々は、同じ丸髷を見て、心から美しいと褒めてくれている。
月子は、ゆっくりと歩きながら、何度も人々に頭を下げた。
そして、玉座の前に立った。
白石が、月子に向かって言った。
「丸井月子さん。
どうか、私たちの初代女王となり、この国を温かく見守ってください」
月子は、静かにうなずいた。
「はい。喜んで、お引き受けします」
広場に、再び大きな拍手が起こった。
月子は玉座に座った。
その瞬間、白石が高らかに宣言した。
「ここに、丸髷王国初代女王、丸井月子陛下の即位を宣言いたします!」
「女王陛下、万歳!」
「丸髷王国、万歳!」
人々の歓声が、青空に響き渡った。
月子は、少し照れくさそうに微笑んだ。
そして、立ち上がった。
「皆さん……」
広場が、静かになった。
「今日は、本当にありがとうございます」
月子の声は、少し震えていた。
「私は、ただ丸髷が好きなだけの、ごく普通の女性でした」
人々は、優しく見守っていた。
「丸髷を美しいと思って、自分でも結ってみました。
でも、笑われてしまったことがあったんです」
月子は、少しだけ目を伏せた。
「とても悲しくて、地球のどこにも自分の居場所がないように思いました」
そして、顔を上げた。
「だから、宇宙へ行こうと思ったんです」
広場のあちこちから、温かな笑い声が聞こえた。
月子も、微笑んだ。
「今考えると、ずいぶん大きな夢でしたね」
また、笑いが起こった。
「でも、その夢のおかげで、素敵な仲間たちと出会うことができました」
月子は、白石と小春を見た。
二人は、嬉しそうに微笑んでいた。
「そして、こうして皆さんと一緒に、丸髷王国を作ることができました」
月子の目に、涙が浮かんだ。
「この国では、丸髷を美しいと思う心を大切にしたいです」
人々は、大きくうなずいた。
「でも、それと同じくらい、
ほかの人が大切にしているものも、尊重したいと思います」
月子は、広場に集まった人々を見渡した。
「好きなものは、人それぞれ違います。
だからこそ、お互いに認め合い、助け合って、幸せに暮らしていきましょう」
大きな拍手が起こった。
月子は、満面の笑みを浮かべた。
「皆さん、これからも、よろしくお願いします!」
こうして、丸髷王国初代女王、丸井月子の時代が始まった。
それから、丸髷王国には、穏やかで幸福な日々が訪れた。
朝になると、町のあちこちで人々が挨拶を交わした。
丸髷を結った女性たちが、花の咲く道を歩いていた。
その姿を見た男性たちは、自然に笑顔になった。
「今日も、美しい丸髷ですね」
「ありがとうございます!」
そんな会話が、町のあちこちで聞かれるようになった。
丸髷を結うための施設も、毎日賑わっていた。
初めて丸髷を結う女性たちは、鏡の前で歓声を上げた。
「わあ! こんなにきれいになるんですね!」
「本当に素敵!」
小春は、そんな人々を嬉しそうに見守っていた。
月子も、ときどき施設を訪れた。
「皆さん、とてもお似合いですよ!」
女王からそう言われると、女性たちは、嬉しそうに笑った。
男性たちの間でも、丸髷の美しさについて語り合うことが、
楽しみの一つになっていた。
ある人は、丸髷の優美な曲線を褒めた。
ある人は、髪飾りとの調和を褒めた。
そして、ある人は、丸髷を結った女性たちの凛とした姿を称えた。
中でも、女王月子の丸髷は、国民たちの憧れだった。
しかし月子は、自分だけが褒められるより、
みんなで丸髷の美しさを楽しむことを喜んだ。
「私の丸髷も、皆さんの丸髷も、みんな素敵なんですから!」
月子は、よくそう言った。
丸髷王国では、年に一度、大きな祭りが開かれるようになった。
その名も「丸髷祭」。
美しく丸髷を結った女性たちが集まり、人々がその優美な姿を楽しむ祭りだった。
着物姿の人もいれば、現代風の洋服に丸髷を合わせる人もいた。
それぞれが、自分らしい美しさを楽しんでいた。
周辺の自治共同体からも、多くの人々が訪れた。
中には、丸髷にあまり興味がない人もいた。
けれども、みんなが楽しそうにしている様子を見ると、自然と笑顔になった。
「いろんな文化があるって、面白いですね」
「本当ですね」
そんな会話が、祭りの会場に広がっていた。
白石は、祭りの様子を眺めながら、しみじみと言った。
「丸井さん。あなたの夢が、こんなに多くの人々を幸せにしているのですね」
月子は、少し照れくさそうに笑った。
「白石さんのおかげです」
「いいえ。みんなのおかげですよ」
白石は、穏やかに答えた。
月子も、深くうなずいた。
「……そうですね」
やがて、月日は流れていった。
丸髷王国には、新しい家族が増えていった。
結婚する人々。
子どもを授かる人々。
新しい家を建てる人々。
町には、子どもたちの明るい笑い声が響くようになった。
子どもたちは、丸髷の文化に親しみながら育っていった。
母親や祖母が丸髷を結う姿を、不思議そうに見つめる子どももいた。
「ねえ、お母さん。その髪型、どうやって作るの?」
「これはね、丸髷っていうのよ」
「まるまげ?」
「そう。昔から伝わる、美しい髪型なの」
子どもたちは、興味深そうに話を聞いた。
大きくなって、自分も丸髷を結うようになる子もいた。
別の髪型を好む子もいた。
けれども、誰もその違いを笑わなかった。
それが、丸髷王国の大切にしている文化だったからである。
さらに年月が流れた。
丸髷王国は、少しずつ発展していった。
家々が増え、庭園が広がり、人々の交流も活発になった。
丸髷の文化を学ぼうと、遠くから訪れる人々も増えていった。
そして、王国で生まれ育った子どもたちが、大人になった。
新しい家庭を築き、また子どもたちが生まれる。
丸髷を愛する文化は、世代を超えて受け継がれていった。
それは、誰かに強制されるものではなかった。
ただ、美しいものを美しいと感じる心が、人から人へと伝わっていったのである。
月子は、そんな王国の姿を、いつも嬉しく見守っていた。
女王としての月子も、年齢を重ねていた。
けれども、丸髷への愛情は、少しも変わらなかった。
毎朝、鏡の前で丸髷を整えるたびに、月子は微笑んだ。
「やっぱり、丸髷は美しいわね」
その言葉は、若いころとまったく同じだった。
ある静かな夜。
月子は、宮殿の庭園に出ていた。
空には、無数の星々が輝いていた。
遠くには、美しい月も見えていた。
月子は、ゆっくりと空を見上げた。
そして、昔のことを思い出した。
初めて丸髷を結った日のこと。
街で笑われた日のこと。
悲しくて、夜空を見上げた日のこと。
あのとき、自分は思ったのだった。
地球に丸髷を美しいと褒めてくれる国がないのなら、宇宙に作ろう。
その途方もない夢を、本当に実行してしまった。
宇宙船を造り、仲間たちとともに宇宙へ旅立った。
しかし、遠い惑星には、たどり着けなかった。
失意の中で、地球へ帰ってきた。
それなのに――。
「……不思議ね」
月子は、小さくつぶやいた。
今、目の前には、美しい丸髷王国が広がっていた。
家々の窓には、温かな明かりが灯っていた。
遠くからは、人々の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
丸髷を愛する人々が、幸せに暮らしている。
自分が、あれほど夢見ていた世界が、ここにある。
「遠い星まで行かなくても、よかったのね……」
月子は、優しく微笑んだ。
そのとき、後ろから声が聞こえた。
「女王陛下」
振り返ると、そこには小春がいた。
小春も、すっかり年齢を重ねていたが、明るい笑顔は昔のままだった。
「こんなところにいらしたんですね」
「ええ。星を見ていたの」
小春は、月子の隣に立った。
「懐かしいですね。宇宙旅行」
「本当にね」
二人は、顔を見合わせて笑った。
「月子さん。あのとき、本当に宇宙まで行っちゃいましたね」
「そうね。今考えても、ずいぶん思い切ったことをしたわ」
「でも、楽しかったですよ」
「私もよ」
二人は、しばらく星空を眺めていた。
やがて、小春が言った。
「月子さん。今、幸せですか?」
月子は、少し驚いたように小春を見た。
そして、穏やかに微笑んだ。
「ええ。とっても幸せよ」
小春も、嬉しそうに笑った。
「よかった」
月子は、もう一度、王国を見渡した。
かつて、自分の丸髷を笑った人々がいた。
しかし今は、丸髷を心から美しいと褒めてくれる人々がいる。
自分を支えてくれる仲間たちがいる。
そして、子どもたちが育ち、新しい世代へと文化が受け継がれている。
月子は、そっと自分の丸髷に手を触れた。
ふっくらとした、美しい丸み。
あの日、写真集で見つけたときから、ずっと愛してきた髪型。
その丸髷が、自分の人生を、こんなにも大きく変えたのである。
「ねえ、小春さん」
「はい?」
「私、丸髷に出会えて、本当によかった」
小春は、にっこり笑った。
「私も、月子さんに出会えて、本当によかったです」
二人は、静かに微笑み合った。
夜空には、数え切れないほどの星々が輝いていた。
宇宙は、どこまでも広かった。
その広大な宇宙の中に、地球という小さな星がある。
そして、その地球の片隅に、丸髷を愛する人々の小さな王国がある。
そこでは今日も、人々が互いを尊重し、助け合いながら、幸せに暮らしている。
丸髷王国。
それは、一人の若い女性が、一冊の写真集に心を奪われたことから始まった、
奇跡のような物語だった。
そして、その女性は、今も人々に愛される女王として、王国を優しく見守っている。
丸髷王国初代女王、丸井月子。
彼女の愛した丸髷は、
これからも、世代を超えて美しく受け継がれていくことだろう。
月子は、最後にもう一度、夜空を見上げた。
遠い星々が、優しく瞬いていた。
まるで、宇宙そのものが、彼女の夢を祝福しているようだった。
月子は、幸せそうに微笑んだ。
「やっぱり……丸髷は美しいわ」
星空の下、丸髷王国には、今夜も穏やかな時間が流れていた。
(第6話 完)
――『大宇宙マルマゲドン』完――