第二話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
「ノーパン同士、団結だ」カインのその言葉は、エリナにとって救いだった。聖女としての威厳を失い、今やただの下着無しのメイドとして立つ自分。しかし、同じ境遇で戦う仲間がいるという事実は、震える心を少しだけ落ち着かせた。彼女は深呼吸をし、胸を張った。フリルのスカートが風に乗って揺れ、その下にあるはずのない布地への期待——いや、不安が客席に漂う。「いらっしゃいませ……」
本文
「ノーパン同士、団結だ」
カインのその言葉は、エリナにとって救いだった。聖女としての威厳を失い、今やただの下着無しのメイドとして立つ自分。しかし、同じ境遇で戦う仲間がいるという事実は、震える心を少しだけ落ち着かせた。彼女は深呼吸をし、胸を張った。フリルのスカートが風に乗って揺れ、その下にあるはずのない布地への期待——いや、不安が客席に漂う。
「いらっしゃいませ……」
エリナの声は先ほどより幾分しっかりしていた。彼女は注文を取るために、テーブルごとに回ろうとした。だが、彼女の足取りは依然としてぎこちない。視線を感じると、自然と股間を庇おうとする癖が出てしまうのだ。
「お姉さん、その調子だと転ぶよ」
隣の席から、年配の男性が声をかけた。悪意はない。むしろ、心配しているような口ぶりだった。
「あ、ありがとうございます……」
エリナは頭を下げる。その瞬間、スカートの裾がわずかに持ち上がり、太ももの付け根が見えそうになった。彼女は慌てて手を押さえ、顔を真っ赤にして走り去った。
「……大丈夫か?」
カインがトレイを抱えたまま、エリナの背中に問いかける。
「平気です。私、頑張ります」
エリナは振り返り、無理やり笑顔を作った。その瞳には涙が溜まっているが、意志の強さがあった。カインはその姿を見て、自分の情けなさを痛感した。
魔王を倒した英雄が、逆に少女に励まされている。
一方、ロイドはカウンターで静かにコーヒー豆を挽いていた。彼の動きは機械的でありながら、どこか優雅だった。ミレディアが隣に立ち、紫煙をくゆらせながらロイドを見ている。
「あなた、慣れているわね」
ミレディアが甘く囁く。
「盗賊時代、金庫の鍵を開ける時と同じだ。集中すれば、周囲の雑音は消える」
ロイドは目を上げず、豆の粒度を確認する。
「雑音? お客様の視線のこと?」
「視線など、計測不能なノイズに過ぎない。重要なのは、この一杯の味と、時給一万円という数値だ」
ロイドの冷徹な回答に、ミレディアは満足そうに笑った。
「いいわね。その割り切り方。でも、忘れないで。ここは『天罰』。罪を犯した者たちが、恥を通じて贖う場所なのよ」
「罪?」
ロイドが初めてミレディアを見た。
「魔王を倒し、世界を平和にしたのは善行。だが、その対価を得られず、自堕落に生きていたのは怠慢。そして今、こうして裸同然で働いているのは、傲慢への罰」
ミレディアの言葉は、刺々しさを含んでいた。ロイドは何も答えなかった。ただ、挽き終わった豆を丁寧にカップへ移すのみ。
店内の時が進むにつれ、客の数が増えてきた。最初は好奇の目で見られていた三人も、徐々に接客のリズムを取り戻していく。カインは注文を受け、エリナは料理を運び、ロイドはドリンクを作る。完璧なチームワークではない。だが、互いの隙を埋め合うような連携が生まれつつあった。
「カイン、三番テーブルのお茶が冷めてるわよ」
エリナが指摘すると、カインはハッと気づいて急いだ。
「悪い、すぐ持っていく」
彼は走ろうとして、再びバランスを崩しかけた。今度はエリナが腕を支えた。
「もっと視野を広くした方が良いわよ。転んだら丸見えよ」
「お、お前だって、見えてただろうが!」
カインが叫ぶと、エリナは真顔で答えた。
「見えません。私は聖女ですから」
「嘘つけ! 先ほど太ももが見えかけていただろ!」
二人の掛け合いに、客席からは笑い声が漏れた。緊張感がほぐれていく。それは、屈辱的な状況の中で生まれた、奇妙な一体感だった。
その時、店の入口が開いた。
入ってきたのは、一人の男だった。黒いマントを纏い、兜で顔を隠している。その存在感は、他の客とは一線を画していた。空気が変わる。ジャズの音が遠のき、代わりに重厚な沈黙が店を支配した。
「……誰だ?」
カインが小声で問う。
「不明。だが、危険な匂いがする」
ロイドが手を止めた。
男はゆっくりと店内を見渡し、最後に三人のいるカウンターへと歩み寄った。その足音は、床を叩くたびに心臓を締め付けるようだった。
「メニューを」
男の声は低く、掠れていた。
カインがレジに向かう。エリナが注文用紙を用意し、ロイドが待機する。三人の視線が交錯する。これは、ただの客ではない。
「……ご注文は?」
カインが尋ねると、男は兜を外した。
そこには、傷だらけの顔があった。左眼が潰れ、右頬には火傷跡。だが、その目は鋭利な光を放っていた。
「君たちは、本当にあの英雄たちか?」
男の質問に、三人は息を呑んだ。
「……何者だ」
カインが剣の柄を探すが、そこには何もなかった。代わりに、トレイがあるだけ。
「私は、かつて魔王軍に仕えていた者だ」
男は淡々と語った。
「残党と呼ばれる者たちの中に、生き残りはいないと思っていたが……どうやら、違ったようだな」
ミレディアがカウンターから出てきた。彼女の表情は、いつもの妖艶さを欠き、冷たい殺気に満ちていた。
「ご主人様。ここでは暴力は禁止されています。もし何かあれば、『天罰』のルールに従ってください」
「ルール?」
男が鼻で笑う。
「ノーパンで働くことがルールか? 滑稽だ」
「笑うがいい。これが現実よ」
ミレディアが言い返す。
男は三人を見た。カイン、エリナ、ロイド。かつて自分を殺そうとした敵。今は、羞恥に塗れた存在。
「……面白い。俺も、ここで働かせてくれ」
男が言った。
「何?」
カインが驚く。
「金がない。仕事もない。だが、この店なら、恥をかくだけで飯が食える。悪くない取引だ」
男は兜を机に置いた。
「雇え。オーナー」
ミレディアは一瞬考え込んだ。紫煙を吸い、吐き出す。
「……条件は同じよ。制服のみ着用。下着禁止。時給一万円」
「構わん」
男は即答した。
エリナがカインの袖を引いた。
「カインさん……これ、大丈夫ですか?」
「わからん。だが、断ったら暴れるかもしれない」
カインが小声で言う。
ロイドは無言で、男の肩幅と腕の筋肉を観察していた。
「……厄介な客が増えたな」
ロイドが呟いた。
その時、男のポケットから、一枚の古い写真が滑り落ちた。拾い上げると、それは魔王城の内部で撮られたものだった。そこに写っているのは、若かりし日のカインとエリナ、そしてロイド。そして、その背後に立っている、もう一人の人物——ミレディアだった。
「……っ!」
カインが目を見開く。
「なぜ、お前がミレディアと……」
男は写真を奪い返し、ニヤリと笑った。
「秘密だよ。英雄様方。これからよろしく頼む」
男は自分の席に戻り、メニューを開いた。
店内の空気は、再び張り詰めた。だが、今度は恐怖ではなく、謎と期待が入り混じった重さだった。
「……とりあえず、コーヒーを持っていこう」
カインがトレイを持ち上げた。
「私が行く」
エリナが手を伸ばす。
「いや、俺が行く。お前は皿洗いだ」
カインが拒否する。
「二人とも、落ち着け」
ロイドが制した。
「まずは、新しい仲間の様子を見る。焦るな」
三人はそれぞれ役割を果たすため、動き出した。ノーパンメイド喫茶「天罰」。ここに、新たな波乱が訪れようとしていた。