第三話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
元魔王軍の”灰”が、メイド服に着替えると、古い写真と革の日記帳をポケットに大事そうにしまう。「おはようございます」もう昼に近いのに朝の挨拶が聞える。
本文
元魔王軍の”灰”が、メイド服に着替えると、古い写真と革の日記帳をポケットに大事そうにしまう。
「おはようございます」
もう昼に近いのに朝の挨拶が聞える。
カランと鈴を鳴らし新しい客が入ってきた。
それは一人の少女だった。金髪をツインテールにまとめ、背丈はエリナよりも頭一つ分低い。しかし、その瞳には年齢不相応な冷めた光が宿っていた。彼女は店内を見渡し、カインたちの姿——特にフリルの下着無しのメイド服を見て、眉をひそめるでもなく、ただ小さく溜息をついた。
「……遅刻だよ」
少女はカウンターへ歩み寄り、ミレディアの前に立つ。
「オーナー、契約書を持ってきました。今日からシフトに入ります」
ミレディアは紫煙を吐き出し、ニヤリと笑った。
「あら、新入りさん。名前は?」
「リナです。元・勇者パーティの弓使いです」
その言葉に、カインとエリナ、ロイドが一斉に振り返った。
「勇者パーティ? 俺たちは英雄パーティーだぞ」
カインが食いつくように言う。
「知ってます。だから、あなたたちより後輩です。先輩方、よろしくどうぞ」
リナは愛想のない笑顔で会釈した。その手つきは軽快で、どこか挑発的だった。
リナは制服を受け取り、バックヤードへ消えていった。数分後、彼女もまた、同じフリルのミニスカートと白いブラウスを纏って現れた。ただし、彼女の動きは三人とは明らかに違っていた。慣れているのか、それとも最初から羞恥心など持ち合わせていないのか、堂々と歩を進め、客席へ向かう。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
リナの声は澄んでおり、客席の男性たちが一瞬息を呑む。だが、リナはその視線を完全に無視し、注文を取ると、トレイを器用にバランスさせて運んだ。
「……こいつ、何者だ」
ロイドが低く呟く。
「元勇者パーティなら、魔王城攻略にも参加していたはずだ」
カインが疑いの目を向ける。
その時、灰が立ち上がり、リナの背後に忍び寄った。彼はリナの肩に手を置こうとしたが、リナは振り返ることもなく、肘打ちで灰の手を弾いた。
「触らないでください。お客様へのサービス精神とはいえ、スタッフ同士の接触は禁止されています」
リナが冷静に言い放つ。
灰は鼻で笑い、自分の席に戻った。
「面白い。君も、この店に適応しているようだな」
「適応? 違います。私はここで稼いで、次の冒険資金を作ります。それだけです」
リナは灰を一瞥し、再び接客に戻った。
そのやり取りを見ていたエリナは、複雑な表情でカインに近づいた。
「カインさん……私、あの子みたいになれません」
「無理にする必要はない。お前はお前のペースでやれ」
カインが優しく言ったが、内心では焦りが募っていた。リナのような新人が次々と現れれば、自分たちの存在意義が薄れていく気がするのだ。
そこへ、ミレディアが割って入った。
「いいえ、大丈夫よ。むしろ、あなたたちがいることで、この店は成り立っているの」
ミレディアは四人のスタッフを見渡す。
「英雄、聖女、影、そして灰。さらに今、勇者の後継者が加わった。これで『天罰』の陣容は完璧に近いわ」
「完璧?」
カインが呆れた顔をする。
「ノーパンでコーヒーを出すだけの店ですよ」
「だからこそ、完璧なの。世界を救った者たちが、最も屈辱的な場所で、最も真摯に働く。その対比こそが、お客様の心を掴む魔法なのよ」
ミレディアはそう言って、リナに目配せした。
「リナ、あなたには特別業務を頼みます。この子たち(カイン、エリナ、ロイド)の指導係として、接客のコツを教えてあげて」
「承知しました」
リナは無駄のない動作で頷き、カインたちの前に立った。
「まず、歩き方です。重心を下げて、膝を柔らかく使う。スカートの揺れは計算に入れて、足を組まないこと。次に、視線。お客様の目を見すぎない。見返されると、お客様は緊張して注文を間違えます。最後に、声。明るく、しかし押しつけがましくない音量で」
リナの実践的な指導に、カインたちは戸惑いながらも従おうとした。
「ほら、カインさん。もう一度、いらっしゃいませを」
エリナが促す。
「い、いらっしゃいませ……」
カインが言うと、リナは首を横に振った。
「弱いです。腹筋を使って、声を張ってください。それと、腰を引いて。お尻が見えすぎています」
「うっ……」
カインは顔を赤らめ、姿勢を直した。
その時、店の入口が開き、また別の客が入ってきた。今度は女性客だった。OL風のグループではなく、一人の老婦人。彼女は杖を引きずりながら、ゆっくりと席に着いた。
「お茶を……温かいものを」
老婦人が静かに言った。
カインが対応しようとしたが、リナが先んじた。
「はい、お待ちください。すぐにお淹れします」
リナは老婦人のそばに跪き、丁寧に注文を確認した。その姿は、かつて勇者として戦った面影を微塵も感じさせない、純粋なメイドのものだった。
カインは自分の不器用さを痛感し、拳を握りしめた。
「……くそ」
小声で悪態をつく。
ロイドが隣に立ち、低く囁いた。
「焦るな。お前の剣術の基礎体力は、接客の持久力になる。利用しろ」
「お前は何を言ってるんだ」
「事実だ。魔王を倒した脚力を使えば、長時間の立ち仕事も楽勝のはずだろ」
ロイドの冷徹な分析に、カインは思わず吹き出しそうになった。
エリナが二人の間に入り、微笑んだ。
「カインさん、ロイドさん。仲良くしてくださいね。私たち、仲間なんですから」
その言葉は、今の状況において最も重い意味を持っていた。
ノーパンメイド喫茶「天罰」。ここでの戦いは、剣ではなく、羞恥心との戦いだった。
リナが老婦人に抹茶を届けた瞬間、店の照明がわずかに揺れた。灰が窓の外を見て、何かを察したように眉をひそめた。
「……来たか」
灰が呟く。
カインが振り返る。
「何が?」
灰は答えず、ただ店の入口を見つめていた。
その先に、見覚えのある人影があった。