第五話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
夜の帳が降り始めた王都の街路。ノーパンメイド喫茶「天罰」の制服を纏った英雄たちが、再び動き出す。石畳に響く足音は、四人分の靴底と、セレスティアの一歩が混ざり合っていた。街灯の光が、フリルの裾を照らすたびに、カインは自分の太ももの辺りが冷風にさらされている感覚で背筋がぞわりとする。エリナは両手でスカートの端を握りしめ、ロイドはそんな彼女を見て無表情のまま前を見据え、リナは鼻歌でも歌いたげな軽やかさで歩を進めていた。
本文
夜の帳が降り始めた王都の街路。
ノーパンメイド喫茶「天罰」の制服を纏った英雄たちが、再び動き出す。
石畳に響く足音は、四人分の靴底と、セレスティアの一歩が混ざり合っていた。街灯の光が、フリルの裾を照らすたびに、カインは自分の太ももの辺りが冷風にさらされている感覚で背筋がぞわりとする。エリナは両手でスカートの端を握りしめ、ロイドはそんな彼女を見て無表情のまま前を見据え、リナは鼻歌でも歌いたげな軽やかさで歩を進めていた。
「……本当に、この格好で行くんですか?」
エリナが震える声で尋ねる。彼女の顔は真っ赤で、涙目になっている。
「ええ。急ぎの仕事だから着替えている暇はないわ」
セレスティアが振り返らずに答える。その右腕に巻かれた包帯が、月明かりの下で白く浮き上がっている。
「それに、あなたたちの魔力反応を隠すには、この『変態的』な視線の集中力を利用した方がいい。人間は異常なものを見ると、思考が停止するから」
「理屈がおかしい!」
カインが叫ぶが、周囲の通行人の視線がすでに彼らに突き刺さっていた。カップルが立ち止まり、酔いどれが目を剥き、警邏中の兵士が眉をひそめる。だが、誰も声をかけてこない。ただ、呆然と見つめるだけだ。それがミレディアの言う「魔法」なのか、カインにはわからなかった。
目的地は、王都下層区の入口にある旧下水道の蓋だった。セレスティアが杖代わりの魔導具で地面を叩くと、石の隙間から微かな紫の光が漏れ出した。
「ここよ。三日前から、この付近の魔力濃度が異常に低下している。まるで、何かが吸い取っているみたいに」
セレスティアが説明する。
「地下街って、モンスターが出たりする場所じゃないですよね?」
リナが弓を構える素振りもなく、冷静に問う。
「かつては冒険者の巣窟だったけど、平和になってからは閉鎖区域よ。でも、最近、不審な侵入者がいるらしい」
「侵入者……元魔王軍の関係者?」
カインが灰のことを思い出し、身構える。
「わからない。だからこそ調査が必要なの」
セレスティアが手袋を外し、掌を地面にかざした。淡い青い光が広がり、石の蓋がずれる。暗闇が口を開け、湿った土の匂いと、腐敗したような甘い香りが漂ってきた。
「……吐きそう」
エリナが顔を覆う。
「我慢して。聖女様」
ロイドが短く言い、階段へ足を踏み入れた。カインが続く。リナが最後尾で警戒しながら降りていく。
階段は螺旋状に深く続いていた。壁面には苔が生え、水滴が落ちる音がやけに大きく響く。三人の足音だけが、静寂を破る。
五分ほど降っただろうか。空間が開けた。そこは、かつての水路の一部を改築した広場のような場所だった。天井が高く、四方に洞窟への入り口が見える。だが、照明はない。代わりに、壁一面に張り付いた何かから発せられる微弱な光が、視界を確保していた。
「あれ……生物?」
カインが指差す。
壁には、半透明の膜のようなものがべっとりと貼り付いていた。それは脈打つように膨張収縮を繰り返しており、内部には紫色の液体が流れているように見える。
「魔力結晶……いや、違う。これは生きている」
セレスティアが息を呑む。
「触らないでください」
リナが警告する。
「もしこれが魔力を吸収するなら、接触した瞬間、あなたの魔力が抜かれる可能性がある」
その時、エリナが悲鳴を上げた。
「あ……!」
彼女は壁の近くまで来ていたのだ。その足元に、小さな黒い塊が転がっていた。拾い上げようとした矢先、その塊が動いた。
それは、手のひらサイズの蜘蛛のような生物だった。だが、脚はなく、体全体が粘液で覆われている。その頭部——というべき部分に、一つだけの目が開いた。
「ギギッ……」
甲高い音が響く。
「逃げろ!」
カインが叫び、エリナの腕を引っ張る。
しかし、遅かった。その生物が弾丸のように跳躍し、エリナの胸元——ブラウスのボタンを外そうとしていた。
「きゃあっ!」
エリナが仰け反る。その拍子に、スカートが翻る。一瞬、周囲の暗闇の中で白い肌が見え隠れした。
だが、それ以上に衝撃的だったのは、生物がエリナに触れた瞬間、彼女の体から金色の光が噴き出たことだった。
「浄化……!」
セレスティアが目を見開く。
生物は金縛りにあったように空中で止まり、やがてドロドロと溶けて床に崩れ落ちた。
「大丈夫ですか、エリナさん!」
カインが駆け寄る。
「私……今、勝手に……」
エリナは茫然自失だった。自分の意志とは関係なく、体内の聖なる力が暴走したようだ。
「いいえ、これは偶然じゃない」
セレスティアが床に残った粘液を調べる。
「この生物は、特定の魔力パターンに反応するのよ。特に、高純度の聖属性魔力に。あなたたちは、まさに最高の餌になる存在だったわけ」
「最悪だ」
ロイドが吐き捨てる。
「つまり、俺たちを誘い出すために、こんなもんを送り込んだのか?」
カインが周囲を見渡す。壁の膜が、さらに激しく脈打ち始めた。
「……来たわね」
セレスティアが後退する。
奥の洞窟から、複数の影が現れた。先ほどの蜘蛛型の生物が、数十匹。そして、その背後には、もっと大きな、人型のシルエットが立っていた。
それは、兜を被った男だった。
左眼が潰れ、右頬に火傷跡。コードネーム「灰」。
だが、今の彼は「天罰」の制服ではなく、ボロボロの革鎧を纏っていた。
「英雄様方」
灰の声は、掠れており、しかし明確にこちらを捉えていた。
「オーナーの命令です。この実験体たちを、回収してください」
「実験体?」
カインが叫ぶ。
「お前、ミレディアの指示でここにいるのか!?」
「正確には、監視役だ。あなたがたが、どこまで耐えられるかを見るためのね」
灰が手を叩くと、蜘蛛型の生物たちが一斉に襲いかかってきた。
カインは剣を持たない。だが、彼の体には鍛え抜かれた筋肉がある。彼はトレイを盾代わりに使い、最初の生物を弾き飛ばした。
「リナ、射撃!」
「了解」
リナが弓を引き絞り、矢を放つ。矢は風を切り、二匹の生物を貫いた。だが、貫かれた生物は死なず、粘液を撒き散らしながら再生しようとする。
「効かない!」
「物理攻撃は無意味。魔力で焼き尽くすしかない」
セレスティアが呪文を唱え始める。
その時、エリナが前に出た。
「私が……やります」
震える声だが、目は澄んでいた。彼女は両手を広げ、聖女の祈りを捧げる。
眩い光が、洞窟内を埋め尽くした。
生物たちは悲鳴のような音を上げ、蒸発していく。
だが、その光は、エリナ自身の体力をも奪っていた。
「エリナ!」
カインが抱き留める。
「ごめんなさい……少し、眩しいです……」
エリナが呟き、意識を手放しかける。
その時、灰がゆっくりと近づいてきた。
「見事だ。だが、まだ終わっていない」
灰が懐から取り出したのは、古い写真だった。若き日のカイン、エリナ、ロイド、そしてミレディア。
「これを見て、思い出せないか? 三年前の夜、魔王城の地下で、私たちは何を誓ったのか」
カインが顔を上げる。
「……何の話だ」
「真実だよ。ミレディアは、魔王ではない。だが、あなたたちを殺さなかった唯一の存在でもある」
灰が写真を握りつぶそうとした瞬間、セレスティアの呪文が炸裂した。
爆発的な魔力が、洞窟の壁を崩す。
瓦礫が降り注ぐ中、カインはエリナを抱え、ロイドはリナを庇い、セレスティアは自分自身を防御で固めた。
灰の姿は、瓦礫の向こうへと消えていった。
だが、その直前、カインの耳に届いた言葉があった。
「……逃がさない」
低く、掠れた声。
洞窟の奥から、さらに多くの光が漏れ出し、新しい敵の気配を感じさせる。
カインは息を荒げながら、倒れたエリナの手を握り直した。
「起きろ、エリナ。まだ戦いは終わっていない」
その言葉に応じるように、エリナの睫毛が微かに震えた。