第四話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
入口のガラス戸が、ゆっくりと開いた。風鈴の音すら鳴らさぬほど静かな動作だったが、店内の空気は一変した。リナが老婦人に抹茶を届けた直後、カインたちの視線は全員、その入り口へ吸い寄せられていた。そこに立っていたのは、一人の美しい女性だった。
本文
入口のガラス戸が、ゆっくりと開いた。
風鈴の音すら鳴らさぬほど静かな動作だったが、店内の空気は一変した。リナが老婦人に抹茶を届けた直後、カインたちの視線は全員、その入り口へ吸い寄せられていた。
そこに立っていたのは、一人の美しい女性だった。
長い黒髪が肩口で揺れ、身に着けているのは質の高い仕立てのスーツ。だが、その足元には泥がこびりつき、右腕には包帯が巻かれている。彼女は店の中を見渡し、最後にカウンターに立つミレディアと、テーブルに座る灰の姿を確認すると、小さく頷いた。
「……遅くなったわね」
女性の声は低く、掠れていた。それはエリナのそれとは違う、疲れ切った大人の声だった。
カインが息を呑む。この顔を知っている。三年前、魔王城攻略戦の終盤、彼らを支援するために現れた魔法使いの一人——セレスティアだ。彼女は英雄パーティのメンバーではなく、独立系の魔術師として、カインたちと一時的に同盟を結んでいたはずだ。
「セレスティア?」
カインが思わず名を呼ぶと、女性は驚いたように目を見開き、それから苦々しい笑みを浮かべた。
「あら、英雄様方。まだ生きていたのね。そして……なぜメイド服を着ているのかしら」
セレスティアは店内を見回し、フリルのミニスカートと白いブラウスを纏ったカイン、エリナ、ロイド、そして新入りのリナを一瞥した。彼女の表情は困惑から呆れへと移り変わる。
「ノーパン……だと?」
セレスティアが問いかけると、リナが冷静に答えた。
「仕様です。オーナーの方針により、下着類の着用は禁止されています」
「仕様……ふざけるな」
セレスティアが吐き捨てるように言った。
その時、灰が席を立ち、セレスティアの前に歩み寄った。彼は兜を外し、傷だらけの顔を晒す。
「セレスティア殿。久しぶりだな」
セレスティアは灰を見て、一瞬固まった。
「……灰。お前もここにいるのか」
「雇われたのだ。生活のためにな」
灰が淡々と答える。
「生活? お前はかつて、魔王軍の精鋭だった。金ならいくらでも稼げるはずだ」
「平和になった世界では、剣の腕だけでは飯は食えん。君も同じだろう」
灰の言葉に、セレスティアは唇を噛んだ。確かに、彼女もまた、かつての栄光を失い、現在はフリーランスの魔術師として細々と生計を立てていた。しかし、こんな場所で働くことまでは想像していなかったのだろう。
「私は……用があって来たのよ」
セレスティアはそう言いながら、スーツの内ポケットから封筒を取り出した。
「これは何だ?」
カインが尋ねる。
「依頼書よ。最近、王都周辺で不審な魔力反応が増えていてね。調査員を探していたのだけど、信頼できる人物が見つからなくて……」
セレスティアはカインたちを見た。
「あなたたちが『天罰』で働いているという噂を聞いて、訪ねてきたの。まさか本当にここでコーヒーを淹れているとは思わなかったけど」
「つまり、我々を助っ人として使おうというわけか」
ロイドが冷たく指摘する。
「ええ。報酬は弾むわ。ただし、条件がある」
セレスティアはミレディアの方を見た。
「オーナー。この子たちを、一時的に貸して頂戴。シフトの穴埋めは、私が責任を持って対応します」
ミレディアは紫煙をくゆらせ、ニヤリと笑った。
「面白い提案ね。ただし、『天罰』のルールは破れないわ。仕事が終わったら、すぐに戻ってきてもらう。それと、外出中の服装も、原則として制服のままよ」
「……何?」
カインが叫ぶ。
「外に出るのに、ノーパンで?」
「お客様へのサービス精神は、どこへ行っても変わらないべきでしょう? それに、もし事件現場で恥ずかしい思いをすれば、記憶に残って二度と忘れないわ。それがあなたの成長につながるかもしれない」
ミレディアの理屈は暴論だった。だが、セレスティアは眉をひそめることなく、むしろ納得したような表情を見せた。
「なるほど。合理的ね。了解しました」
セレスティアが即答した。
「待て! 俺たちは探偵じゃない!」
カインが抗議するが、エリナが彼の袖を引いた。
「カインさん……報酬が弾むんですって。今月の家賃、払えますわ」
エリナの目がキラキラしている。聖女としての矜持より、現実的な生存本能が勝っているようだった。
「……くそ」
カインは項垂れた。
「ロイド、どうする?」
「行くぞ。ビジネスチャンスだ」
ロイドは既にジャケット(これも制服の一部)を羽織り、準備万端だった。
「リナ、あなたは?」
カインが新人を見る。
「私も行きます。指導係としての実務経験になりますし、何より……面白そうですもの」
リナは挑発的に微笑み、灰を見た。
「灰さんは?」
「私は留守番だ。オーナーの護衛兼、店の警備を任されている」
灰が座り直し、日記帳を開いた。
「じゃあ、決まりね」
セレスティアが手を叩き、四人のスタッフを連れて店を出ようとした。
その瞬間、店の奥から別の声が響いた。
「ちょっと待って!」
振り返ると、厨房から出てきた若い男性——パートタイムのコックらしき人物が、怒った顔でこちらを見ていた。
「シフト変更は無断だよ! しかも、制服のまま外に出るなんて、衛生管理上問題だ!」
コックの主張は正当だった。だが、ミレディアは動じない。
「いいえ、これは特別許可よ。オーナー権限で決定事項」
「……チッ」
コックは舌打ちをして引き下がった。
セレスティアは苦笑しながら、カインたちに言った。
「ご迷惑をおかけしてすみません。でも、本当に困っているの。王都の地下街で、謎の生物が出没しているらしい。魔力を吸収する性質を持つそうで……」
「魔力を吸収?」
エリナが青ざめた。
「私のような聖女にとって、それは致命的な敵ですわ」
「だからこそ、あなたが必要なのよ。浄化の力を持ってるのは、今のところあなたしかいない」
セレスティアはエリナの手を取った。
「お願い。この仕事をこなせば、あなたは再び『聖女』として認められるかもしれない」
その言葉は、エリナの心を大きく揺さぶった。
「……わかりました」
エリナが頷く。
カインも、ロイドも、リナも、それぞれ異なる理由で同意を示した。プライド、金銭、好奇心、そして義務感。
四人はセレスティアの後を追って、「天罰」の扉をくぐった。
背後では、灰が窓の外を見つめ、呟いていた。
「……来るか」
その瞳には、不安とも期待ともつかぬ光が宿っていた。
夜の帳が降り始めた王都の街路。
ノーパンメイド喫茶「天罰」の制服を纏った英雄たちが、再び動き出す。