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13話 無意味な死闘(後編)

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📅 公開日: 2026/11/2 📚 シリーズ: 迷宮潜りの蘇生屋さん〜僕らの命はパンより安い〜 📝 4,485文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

死んだ冒険者を蘇らせる事を仕事にする蘇生屋トルクは、今日も死体を探しにダンジョンへと潜る。人助け?いいや、ただの飯の種だよ。モンスター退治や宝探しみたいな夢もロマンもありゃしない。そんな冒険者の物語。

本文

二本足で立ち上がった鋼鉄熊(アイアンベア)が、地鳴りのような唸り声を上げる。

視界を遮る巨大な漆黒の影。

スティレットを握り締める右手に、軋むほどの力がこもった。

名が示す通りの金属質な皮膚。

鎧すら紙切れのように切り裂く爪と、強大な膂力。

単体で初級パーティーを壊滅へ追い込む災害級のモンスター。

己の倍以上ある体躯を、静かな眼光で見据える。

鼻腔を掠める、血と臓物の生臭い臭いにわずかに目元を細めた。

「たらふく食った様だな。だったらもう心残りもねぇよな」

ガァァァ!!!

鼓膜を震わせる威嚇の咆哮。

震える空気が森の木々を揺らし、葉擦れの音を響かせた。

前傾姿勢に身を沈め、突き出された凶悪な前脚。

四本の爪がギラリと光を返した。

「グオオオオオオ!!!」

牙を剥き出し、突進の予備動作に入った刹那。

左腕をまっすぐ前方へ突き出す。

バシュッ!

左手首から跳ね散る、真っ赤な液体の飛沫。

顔面を直撃した瞬間、巨躯が目と鼻を押さえて仰け反った。

「ギャアアアアーーー!!!」

途端に鼻を突く、刺すような凄まじい香辛料の激臭が広がる。

本来は聖水を飛ばすための噴射装置。

聖水の代わりに仕込んだのは、原液をさらに数倍に濃縮した刺激物だ。

過敏な獣の嗅覚へ、激痛と激辛の暴力が容赦なく襲いかかる。

(目と鼻はこれで潰した!)

地を蹴り、一気に加速する。

怪物は潰れかけた眼球でトルクの影を捉え、右腕を振り下ろした。

グアン!

肩当ての鉄板が弾け飛び、抉れた左肩から赤いしぶきが舞う。

「――ッッ!!」

身を捻り致命傷を逸らしたものの、左腕の感覚が鈍くなった。

激痛に歯を食いしばりながら、トルクはそのまま円を描くように横腹へ回り込む。

怨敵の気配を追い、巨頭がこちらへ巡る。

「イコ!!」

叫びに呼応し、伸びる白い髪の束。

四肢、首、胴体を縄のように絞め上げ、巨体を縛り付けた。

「グゥゥオオオオ!!!」

「……っ!」

強烈な膂力が、毛髪の拘束を力任せにブチブチと引きちぎる。

とうとう胴体と腕を繋ぎ止めていた最後の髪束までもが、暴力的な力で弾け飛んだ。

「おじさん!」

髪を回収しながら、焦燥を孕んだ声が届く。

香辛料で感覚を破壊された怪物は、定まらない視界に翻弄され敵を見失っていた。

「……充分だ、イコ」

トルクは、すでに鋼鉄熊(アイアンベア)の背後に潜り込んでいた。

それも股のすぐ後ろ、という肉薄した距離。

右手に握るのは刺突専用の剣スティレット。

いくら穿つことに特化した鉄針とて、怪物の強靱な筋繊維と肉厚な骨身までは貫けない。

目や口といった頭頂部の急所は高すぎる。

ゆえに狙うは、この巨躯における唯一無二の死角。

ドスッ

鍛えようのない無防備な部位――肛門へ向けて、針状の刃を根元まで深々と突き立てた。

「グガアアァァーーー!!!」

獣の鼓膜を割る悲鳴が森に響き渡る。

だが、これだけで終わらせる気など毛頭ない。

「……死ね」

左手で開いた巻物を間髪入れずに発動させる。

ビキビキビキッ!!

青白い光がスティレットの刃を伝い、内臓の奥深くへ氷結の冷気を流し込んでいく。

本来は食料保存に用いる低階位の凍結魔法。

密着しての発動を強いられるため、実戦での使い道は皆無に等しい。

だが、無防備な臓腑を直撃すれば話は別だ。

冷気が内臓を駆け上がり、心臓を凍りつかせた鋼鉄熊は、大きく口を開けた彫像のごとき姿で直立不動となる。

ズル…

刃を引き抜くと、先端に血と僅かな肉片がへばりついていた。

汚れを気に留める余裕もなく、不動の巨体を背後から蹴り飛ばす。

前のめりに倒れ込んだ巨躯は、ガシャンと硬質音を立て、凍りついた頭部の一部が砕けて飛び散った。

「………」

完全な死を確かめて、トルクは肩で荒く息をする。

「おじさん……」

浮遊するイコが不安げな視線を寄せる。

その問いかけに応じることもなく、顔すら向けない。

鮮血の噴き出す左肩を片手で押さえ、ハンスが埋められた盛り土へと足を進めた。

「……待ってろ、もう少しだ」

誰に言い聞かせるでもなく呟き、泥土を必死に掻き分ける。

腕を動かすたび、激痛とともに傷口から血が噴き出した。

それでも指の動きを緩めない。

しばらく土を掘り返すと、ようやく覗いたハンスの輪郭。

そこにあったのは、凄惨な空洞だった。

腹部の肉も臓物もすべて喰らい尽くされ、削げ落ちた背骨が剥き出しになっている。

肋骨にこびりつくのは、わずかな皮膚の残骸のみ。

「………!」

弾かれたように鋼鉄熊の骸へと引き返し、仰向けだった巨体を力任せに引っ繰り返す。

スティレットを何度も突き立て、傷口を無理やり押し広げた。

胃袋から溢れ出すのは、原形を留めぬ肉片の山。

既に変質が始まった肉塊の隙間に、誰かの指先が覗いていた。

トルクは震える手つきでその肉片を掻き集め、ハンスの空洞になった腹の中へ押し込んでいく。

「……出来る筈だ。一週間も経っていない。肉体は、ある……

なんとか作用すれば……」

ブツブツと呪文のように言葉を溢しつつ、ポーチから蘇生薬をひったくる。

損なわれた胴体へ容赦なく振りかけた。

「『いお いお あむらと 命よ戻れ』」

聞き慣れた呪文の響き。

柔らかな光がハンスの惨死体を包み込む。

しかし、瞬く間に光芒は霧散した。

肉体に何の変化も訪れない。

バシャッ!

二本目の蘇生薬を撒き散らす。

「『いお いお あむらと 命よ戻れ』……!」

すうっと消え去る輝き。

蘇りの奇跡が発動する兆候はどこにもない。

『無理だ。肉体の損傷が激しすぎる』

もう一人の自分―蘇生屋トルクが自分を見下ろす様に立っている。

『既に消化が進んでいるし、他の人間の肉片が混じっている』

黙れ

『それぐらいは、お前もわかっているだろ』

「関係ねぇんだよ!!そんなの!!」

幻の言葉を打ち消す様にトルクが叫ぶ。

「こいつは……迷宮からやっと抜け出せたんだ。

あのろくでなしの薄暗い肥溜めから、日の光の下へ出れたんだ。

そんな奴がどうして迷宮の外で死ぬんだよ!!!」

『関係ないんだよ、そんなの』

――!!

トルクが目を見開き固まった。

シャープナー。

少し前、希望に満ちた未来を夢見ていたあの若者に、自分が言い放った言葉が脳裏に蘇る。

『良い奴だったとか、悪い奴だったとか……強かったとか弱かったとか、誰かが死ぬのに理由なんかない。どんな奴だって死ぬときは死ぬ』

その言葉が、丸ごと自分へと突き刺さっていた。

『どうしようもなかった……そういう時もある』

トルクの手が、ゆっくりと下がる。

俯いたその目には、光が消えていた。

暫くして、トルクは無言でポーチから聖水を取り出した。

肉片を詰め込んだハンスの遺体に聖水を浴びせる。

肉の焦げるような臭いが立ち上り、淡い光が天へ昇っていった。

カラン

空になったガラス瓶が静かにトルクの手から落ちた。

◇ ◇ ◇

迷宮都市トルディアの夕方。

住民たちが各々の我が家への帰路を行く様をイコは高台の上から足をプラプラさせてみていた。

手には好物である聖水の入ったガラス瓶があったが、それに手はつけられていない。

「おや、こんばんわイコさん」

聞き覚えのある声にイコが振り向く。

ダボダボの衣装に身を包み、何重もの布で顔を覆った怪しげな佇まい。

背中には身丈を超える巨大な荷物。

迷宮商人ジジが、珍しく迷宮の外で佇んでいた。

「ホ・ホ。珍しいですねぇ。おひとりですか?」

「うん……おじさんね。なんか、今は一人になりたいんだって。

だから、今は一緒に居ない方がいいと思ってここにいるの」

「そうですか」

ポツリポツリと、イコが街の灯りへ視線を落としながら言葉を紡ぐ。

「今日のおじさん、おじさんなんだけどおじさんじゃない感じがしてて……

なんだか変だった。ずっと、無理してる感じ。

いつものおじさんじゃなかった。でも……」

イコが俯く。

小さな肩が、すっと落ちた。

「いつものおじさんは、気持ちを教えてくれない時があるけど、今日のおじさんは、痛いとか苦しいとか、おじさんの気持ちがすごく伝わってきた。

いつもよりずっと怒ってて、ずっと痛そうで、ずっと悲しそうだった。

……いつものおじさんって、無理してるのかな」

ジジが黙ってイコの隣に座る。

大きなリュックがギシと音を立て、二人の影が夕闇に長く伸びた。

やがて、ジジが話を切り出した。

「イコさん、人は好きですか?」

突然のジジの問いを不思議に思いながらも、イコはんー、と首を傾げて答える。

「嫌いな人もいる。でもおじさんとジジは好き」

「ホ・ホ、ありがとうございます。

私はね、人間が大好きですよ。良い人も悪い人も含めてね」

ジジは町並みを眺めながら言葉を続ける。

「迷宮には色んな人達がいて色んな生き様が見えるのです。

私はそれを見るのが大好きなのですよ。お芝居を見る様なものです。

さしずめ冒険者の皆さんはお芝居の役者という所でしょうかね。

特にトルクさん……あの人は面白い、三流の役者です」

「三流の役者さん?」

イコが横を見てジジの顔を見るが、ジジは遠くを見たまま続ける。

「普通の人は英雄になりたがりますが、あの人は頑張って悪役を演じようとしているんです。見るに堪えない演技で悪役になろうと必死なんです。

それが滑稽で愛おしくて、そして危なっかしい。目が離せないのですよ」

ジジは目を細めていた。

布の隙間から覗く目が、街の灯りを淡く拾う。

「大人になるということは、嘘をつき続けることでもあるんですよ。

皆、何かの役を演じるしかない。

けれど、自分が何を演じたいのか、選べない人もいるのです。

自分の器に合わない役を演じようとしたり、背負いきれない役から降りようともがいたり……大人とは、そういうものです」

「………」

ジジはやがてイコの隣から立ち上がる。

そしてイコに笑いかけた。

「イコさん、どうかトルクさんの傍に居てあげて下さいね。

冷徹な蘇生屋だけでなく、子供に振り回される大人、という役を彼に与えてあげてください。……私と彼では、ただの同業者にしかなれませんから」

『では』とだけ言い残し。

背を向け、巨大な荷物の影とともに坂道を下り去っていく。

陽はすっかり沈み、いつの間にか街の至る所で、暖かな明かりが灯り始めていた。

◇ ◇ ◇

安宿の部屋の床には空の酒瓶が転がっていた。

左肩には包帯がグルグルに巻かれ、トルクは赤ら顔でベッドに仰向けになっていた。

口の中には酒の匂いと苦い後味が残っている。

やはり、酒は好きになれない。

酔った所で、嫌な気持ちは消えないからだ。

『……無駄だ、と何度も言った筈だ』

ベッドの傍らに立つもう一人の自分が呟く。

もう今度は反論する気力も湧かなかった。

『何度でも言う。俺はお前だ。こうならない為に俺がいる』

「………もう消えてくれ。頼む」

トルクが天井に顔を向け、右腕で目を覆う。

何も聞く気も、見る気も起きない。

『……今は消えよう。でもな、お前が間違えそうになったら、俺は何度でも出るからな。……明日からは俺に任せるんだ』

幻は音もなく消える。

街灯りが増える中で、トルクの部屋は暗いままだった。

奇跡も神もありゃしない。

いたとしても、それは冒険者たちの味方じゃない。

そんなことは迷宮で散々思い知らされてきた。

それでも、あの時は縋りたかった。

神でも、奇跡でもない。

それらを超えた――『何か』に。

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作者について

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