アルト・ランゲートの苦難
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あらすじ
西の大陸の平和を守るため、港町エル・ドラドを後にしたSSS級パーティ『真実の天秤』。 次なる目的地である不夜の鉱山都市【ゴルゴン・グラン】を目指し、彼らは険しい山岳地帯へと足を踏み入れる。 しかし、そこは「一筋縄ではいかないトラブル」のオンパレードだった! 道中で待ち受ける難解な関所の検問(?)や、己の体幹を鍛えるために挑んだ霊峰の滝行で早くも炸裂する、お約束の大惨事――。 シリアスな世界観と、容赦ないギャグの嵐がハイテンションで交錯する! 大罪の影が忍び寄る緊迫の道中でありながら、今日も今日とてリーダー・アルトの胃袋は限界突破のサイレンを鳴らし続ける。 果たして彼らは、無事に鉱山都市へとたどり着くことができるのか? ポンコツで愛すべき最強パーティが織りなす、爆笑必至の異世界ファンタジー第3章、いざ開幕!
本文
第3話 『でーれー強い魔物がおるんじゃけぇにゃ!』
足元を揺らす地鳴りは、巨大な獣が吐き出す不吉な鼓動に似ていた。
湿った古びた石の匂いに混ざり、魔導石特有の焦げついた鉱物臭が急速に立ち込める。広大な地下空洞の天井からハラハラと落ちてくる古のチリが、松明の赤黒い炎に照らされて蠢いていた。
ダンジョン中層の最奥——『古代の遺構』と呼ばれる円形の大広間。 その暗闇の奥からヌッと現れたのは、身の丈十メートルを悠に超える巨躯、ダンジョン中層の守護者『古代の番人(ゴーレム)』だった。
全身を古代の魔法金属と、歳月を経て青錆の浮いた重厚な魔導石の装甲で固めている。胸中央には、まるで生き物の心臓のように脈打ちながら赤く明滅する、直径一メートルほどの核(コア)が埋め込まれていた。
「グオオオオオオオオンッ!!!!」
空気そのものを叩き割るような咆哮。巨体が動くたび、ギチギチと重厚な金属摩擦音が広場に不気味に響き渡る。並の冒険者であれば、その圧倒的な存在感と威圧感だけで腰を抜かし、刃を握ることすら忘れる代物だった。
「来たわね……! かなり頑丈そうで、お肌の荒れそうなデカブツじゃないの!」
大魔導士ヴァルが紫のローブを翻し、先端に巨大な魔石を抱いた長杖を構える。その長身から放たれる魔力は、一瞬で周囲の湿気を蒸発させるほどの熱気を孕んでいた。
「ガハハハ! 待たせおってからに! 俺の巨斧でペチャンコにしてくれるわ!」
バルダーが背中に米俵のように縛り付けた聖女ミゼラを揺らしながら、大股で一歩前へ躍り出る。
「ひやああぁぁぁっ! 高いですぅ! 揺れますぅぅっ! バルダーさん、せめて私を戦闘に巻き込まないで安全な場所に降ろしてくださいぃぃっ!」 「安心しろ聖女! 俺の背中は世界一安全な要塞なのだ!」 「どこがですかぁぁぁっ!? 揺れすぎて三半規管が崩壊しますぅぅっ!」
ミゼラが目を回して泡を吹きかけている最中にも、ゴーレムは容赦なくその太い岩石の腕を振り上げた。丸太など比べものにならない、巨大な大木のような腕が上空から疾風を伴って振り下ろされる。
ドゴォォォォンッ!!!!
叩きつけられた拳が石畳を爆砕し、強烈な衝撃波と大量の石片が全方位へと撒き散らされた。
「きゃあああぁぁっ! 水圧(?)がすごいですぅぅっ!」 「水圧じゃない! 爆風だミゼラ!」
俺——アルト・ランゲートは時空魔法『クロノ・ブースト』を脳内で巡らせ、体感時間をわずかに加速させた。迫り来る巨大な岩片の軌道を瞬時に見極め、低い姿勢で石畳を滑るようにかわす。
「バルダーとヴァルは正面を引きつけろ! この規模のゴーレムは、核(コア)を直接撃ち抜かない限り無限に再生する! カゲツ、リン! お前たちの機動力で背後に回り込み、弱点を探ってくれ!」
俺の指示が飛んだ瞬間、広場の左右の影が滑らかに揺れた。
東方の侍カゲツと、くノ一のリン。 二人は一切の足音を殺し、まるで風に舞う木の葉のように石柱の影から影へと滑り込んでいく。東方の武芸を極めた者同士、その身こなしと気配遮断は完璧そのものだった。
……そう、身こなし「だけ」は。
◇
ゴーレムの背後、巨大な石柱の影に忍び込んだカゲツは、鋭い眼光で敵の構造を観察した。
(む……! あのゴーレム、胸の核だけでなく、右の首筋の装甲の隙間に魔力循環の節点(ツボ)がある……! あそこを同時に叩けば、過負荷で一瞬だけ胸のコアの防壁が全開になるぞ!)
カゲツは隣の石柱に潜むリンへ視線を送った。 『同時にあの首筋を斬りつけ、コアへの隙を作るぞ』と伝えたい。
だが、極度の人見知りであるカゲツは、声を出して喋ることができない。そして、この猛烈な戦闘の最中にポケットからスケッチブックを取り出し、のんきに筆で文字を書く余裕など当然なかった。
追い詰められたカゲツが選択したのは——【無言のパントマイム】だった。
カゲツは片手を前に差し出し、己の首筋をトントンと指差した。次に、両手を交互に激しく振り回して「同時に斬る」という意思を表現しようとする。さらに、両目をパチパチと激しく瞬きさせ、「分かったか?」と合図を送った。
隣の石柱でそれを見たリンは、真剣な表情で深々と頷いた。
(なるほど……! カゲツ殿は『首が痛くて動けないので、自分は奇妙な踊りと変顔で敵の注意を引く。お前は一人でなんとかしろ』とおっしゃっているのだわ……!)
違う。致命的なまでに解釈がズレている。
リンは「任せてください」と言わんばかりに力強く頷くと、今度は自分の両耳を引っ張りながら、片足でぴょんぴょんと跳ね始めるパントマイムを返した。
(『心得ました! 私はウサギの真似をして敵の注意を完全にこちらへ引きつけます!』という意味ですわ!)
カゲツは激しいショックを受け、白目を剥きかけた。
(な……なにゆえリン殿は突然ウサギの真似を……!? まさか『お前はウサギ並の脳みそか』と拙者を侮辱されているのか……!? いや、あるいは東方の古い呪法……!?)
「何やってんだあの二人ぃぃぃぃっ!?」
遠くでゴーレムの猛攻を交わしていた俺は、思わず絶叫した。 敵の背後に回り込んだ人類最高峰の侍とくノ一が、ゴーレムの真後ろで妙な手招きダンスとウサギ跳びを繰り広げているのだ。あまりにもシュールで地獄のような光景だった。
ゴーレムすらも「何だこいつらは」と言わんばかりに巨体を歪め、首を傾げてカゲツたちに向かって巨大な腕を振り下ろそうとしていた。
「しまっ——二人とも避けろ!!」
大木のような岩石の腕が、風を切る重低音と共に二人へ迫る。 パントマイムのすれ違いによって、死の危険が迫ったその時。
二人の脳裏に、極限の恐怖と「このままでは全滅する」という危機感が走った。 そして——人見知りの限界を超えた二人の口から、重たいなまりと猫語尾を交えた決死の絶叫が解き放たれた。
「で、でーれー強い魔物がおるんじゃけぇにゃあああぁぁぁっ!!」
カゲツが涙目になりながら、喉がちぎれんばかりに絶叫した。
「右の首筋の装甲の隙間が弱点なんじゃけぇにゃあぁぁっ! そこを同時に切らんと、コアの防壁が外れんのじゃけぇにゃあぁぁっ!」
続いてリンも顔を真っ赤にして悲鳴を上げた。
「ウサギの真似じゃねぇんじゃけぇにゃあぁぁっ! カゲツ殿のパントマイムが下手すぎるんじゃけぇにゃあぁぁっ!」
「「〜にゃああぁぁぁぁっ!!」」
広場全体に響き渡る、強烈すぎる東方の重たいなまりと、可憐(?)な「〜にゃ」の語尾の合唱。
俺を含む全員の動きが一瞬止まった。 ゴーレムすらも、あまりの音圧と独特すぎる言語空間に一瞬硬直する。
「な……なにあの凄まじいなまり……!?」俺が呆然としていると、ヴァルが扇子をパッと開いて即座に通訳を開始した。
「アルト! 二人は『右の首筋が弱点! 同時に撃ち抜けばコアの防壁が解けるわ!』って言ってるわよ!」
「通訳が完璧すぎる!!」
「行くわよ二人とも! アタシが魔法で援護するわ!」
ヴァルが杖を掲げ、極大の爆炎の弾丸をゴーレムの顔面に叩き込む。視界を奪われ、巨体を揺らして怯むゴーレム。
その瞬間、なまりと猫語尾を叫んで開き直った(あるいは絶望した)カゲツとリンの動きが、神速の領域へと達した。
「「東方奥義——【双影・居合一閃】ッ!!」」
ズバァァァァァンッ!!!!
二人の姿が消えたと思った瞬間、ゴーレムの右首筋に美しい交差する銀の軌跡が走った。 正確無比。コンマ一秒のズレもない完璧な同時一閃。
ゴーレムの右首の重装甲が弾け飛び、内部の魔力回路が断ち切られる。同時に、胸中央の赤いコアを覆っていた石造りの防壁が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「今だアルト!!」
ヴァルの叫びに応え、俺は跳躍した。 時空魔法『クロノ・ブースト』を発動し、自身の時間を三倍に加速させる。
「はあああぁぁぁっ!」
加速した長剣の一撃が、剥き出しになったゴーレムのコアを正確に貫いた。
カアァァァァァンッ!!
核が砕け散り、ゴーレムの巨体が内側から溢れ出す圧倒的な光の粒子となって崩壊していく。 十メートルを超える岩石の巨人が、砂となって崩れ落ちていく光景は、まさに圧巻の一言だった。
◇
「……ふぅ。なんとか倒したか」
俺は長剣を鞘に納め、着地して息を整えた。 胸を突き抜けるような達成感とカタルシスに浸ろうとした、その時だ。
パンッ! パンッ!
爆竹のような不穏な音が響き、カゲツとリンが立っていた場所から猛烈なピンク色の煙が巻き起こった。
「ゴホッ、ゴホッ!? なんだこの煙!?」 「いやん、不吉な色の煙ねぇ!」
煙が薄れると、そこには顔を真っ赤にし、息を荒くしたカゲツとリンが、スケッチブックを頭の上に掲げて正座していた。
カゲツ:『我らの不徳の致すところ』 リン:『今すぐ記憶を消してください』
煙玉で自分の存在と今の羞恥を隠滅しようとしたらしいが、不発に終わったようだ。二人の湯気が出そうなほど赤くなった顔が、事の重大さを物語っていた。
俺はこめかみを押さえ、二人の前に歩み寄った。
「カゲツ……リン……」 「「……(ぷるぷる)」」 「言いたいことは山ほどあるが、まず一つだけ言わせてくれ」
俺は深呼吸をし、本日一番の声を張り上げた。
「独特すぎるなまりと猫語尾の組み合わせってなんだよ!! 属性の渋滞にも程があるだろ!!」
「「〜にゃああぁぁぁぁっ!!」」
二人は悲鳴を上げると、今度は本物の煙玉を足元に叩きつけ、文字通り影の中に逃げ去っていった。
「あ、逃げた! こら待て!」 「ガハハハ! 賑やかで良いではないかアルト! さあ、深層の宝箱を探しに行くぞ!」 「アルト様ぁ……私を……私を早くこの背中から降ろしてくださいぃぃ……」
バルダーがガハハと笑いながら先へ進み、背中のミゼラが今にも途切れそうな声で救援を求めている。ヴァルは「たく、服が埃っぽくなっちゃったじゃない」と文句を言いながら鏡を取り出していた。
俺は溜息をつき、ポケットから六粒目の胃薬を取り出した。
「……ハァ。先が思いやられるな、本当に」
苦い薬を飲み込みながら、俺はポンコツたちの後を追って、ダンジョンのさらなる深みへと歩みを進めたのだった。