第6話 旅立ちの標(しるべ)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
人間と魔族が対立する世界で、少年シグルは、かつて奴隷だった自分を救ってくれた元・王国軍総司令官ゴーヴァンの養子として生きていた。 家族に囲まれた平穏な日々。 それは、シグルが初めて手にした「居場所」だった。 しかしある夜、鉄の仮面をつけた謎の刺客が一家を襲撃する。平穏を奪われたシグルの前に残されたのは、養父から受け継いだ一振りのサーベルと、胸の奥に秘めた《過剰な魔力》だけだった。 なぜ、ゴーヴァンは狙われたのか。 王国軍上層部が隠そうとしている真実とは何なのか。 そして、自分の力は何のために存在するのか。 大切な家族を奪った事件の真相を追うため、シグルは仲間たちとともに剣を取る。 その旅の先で待っていたのは、長きにわたる戦争の歴史に隠された陰謀と、両国の未来を揺るがす巨大な秘密だった。 守りたいものを失った少年は、受け継いだ剣と危険な魔力を手に、世界の真実へ立ち向かう――。
本文
王都アヴァロニアの冒険者ギルド本部『鉄の錨(いかり)亭』。
無垢材の太い柱と石造りの壁に囲まれた広大なホールは、朝から独特の熱気と喧騒に包まれていた。
安酒の匂い、乾いた汗、長旅で煤けた革鎧の擦れる音、そして武具を磨く油の匂い。掲示板に群がる冒険者たちの怒号に近い大声や、酒杯を叩きつける甲高い音が天井の吹き抜けに反響している。
その喧騒の片隅で、シグルは壁に背をあずけ、手の中にある真鍮製のプレートをじっと見つめていた。
《ランク:E》
使い込まれた金属の表面に刻まれた、酷く味気ない二文字。それが十五歳になった今の自分に対する、ギルドという組織からの冷静な評価だった。
(……やっぱり、Dランクへの昇格はダメだったか……)
先月挑んだ昇格試験の不合格。ベテラン試験官からの容赦のない言葉が、今も胸の奥に深く刺さっている。
『動きは丁寧で、基本もできている。だが、綺麗にまとまりすぎだ。土壇場で局面を強引に切り開く鋭さや、戦況を覆す決定打に欠ける。パーティの一員としてなら十分やっていけるだろう。だが、Dランクとして一人で行動するには、まだ決定力が足りんな』
(僕の剣じゃ、誰も守れないのかな……)
若いゆえの無力感と悔しさが胸を苛む。追いうちをかけるように起きた、父の不可解な死——。失意のまま足を向けられずにいたギルドへ、今日こうして再びやってきたのには、明確な理由があった。
シグルは服の上から、胸元のペンダントをそっと握りしめた。
肌に触れる金属はひんやりと冷たく、モルガナが施してくれた抑制の魔導が微かに胸を鎮めてくれる。
父が不可解な襲撃によって命を落とし、軍の上層部が不自然な隠蔽に走っている。そして、ガリス兄さんは危険の渦巻く北の国境街へ向かっている。
立ち止まっている時間など、今のシグルには残されていないのだ。
(父さんが目指した真の平和の道を壊させるわけにはいかない。父さんの死の真相を突き止め、ガリス兄さんを助け出す。そのためなら……どんな泥を啜ってでも、前に進むんだ)
腹の底で静かな炎を燃やしながら、シグルは北方面へ向かう依頼書に目を走らせた。どうすれば安全にノルドマルクへたどり着けるのか。今の自分にできることを探していた、その時だった。
「おいおい。そんな恐ろしい顔で掲示板を睨むなよ。依頼書が焦げちまうぞ?」
頭上から不意に軽やかな声が降ってきた。
「……え?」
振り返ると、殺伐としたギルドの中で、ひときわ隙のない立ち姿を見せる三人組が立っていた。
実用的な片手剣を下げた青年、巨躯に両手長剣を背負った大男、そして頑丈な長杖を携えた知性的な女性魔術師。
「君がシグル君だね? 僕はレオン」
青年——レオンが優しく微笑み、周囲の喧騒を避けるようにシグルをギルド奥の静かなテーブル席へ促した。
「ゴーヴァン様の訃報は聞いたよ。僕たちがまだ右も左もわからない駆け出しだった頃、ギルドへの推薦状を書いて励ましてくださった恩人なんだ。……それとね」
レオンは懐から一通の封書を取り出し、卓の上に置いた。
「一昨日、王立学校時代に実戦パーティを組んでいたギャハッドから、俺たち宛てに緊急の書状が届いてね」
巨体の重戦士ボルクが太い首をゴリッと鳴らし、豪快に笑う。
「あの学校時代、クソ生真面目で鼻持ちならねえエリートだったギャハッドの野郎がな! 弟が無茶をしそうだから、俺たちのパーティで鍛えてやってくれってよ。あいつがあそこまで頼み込んでくるとは思わなかったぜ」
「っ……!」
長杖を携えた魔術師リーナも、包み込むような優しい瞳で頷く。
「アタシたちはあの学校で、何度も一緒に死線をくぐり抜けた仲間だもの。あのギャハッド君がそこまで頼み込んでくるなんて、よほどの覚悟よ。喜んで力になるわ」
シグルの胸の奥が激しく熱くなった。
いつもは厳しく頼もしい長兄として振る舞っていたギャハッド。だが、その裏では、かつて命を預け合った戦友たちに頭を下げ、弟のために道を用意してくれていたのだ。
(ギャハッド兄さん……僕のことを子ども扱いしていると思ってた。でも……違ったんだ)
奥歯を噛み締め、シグルはこみ上げるものを必死に押し殺した。
「ゴーヴァン様への恩義もあるし、何よりギャハッドの頼みだ」
レオンが真剣な眼差しでシグルの目を見つめ直す。
「ちょうど僕たちは、北のノルドマルクへ向かう大型商隊の護衛任務を請け負ったところなんだ。食料や生活物資を運ぶ商隊でね。本来、Eランクの冒険者が単独で参加することはできないけれど、今回は僕たちBランクパーティの見習い同行者として、ギルドに申請してある。僕たちと一緒に来てくれないか、シグル君。現場での生き残り方は僕たちが一から教える」
三人の温かい言葉と、背中を押してくれる家族の深い想い。
胸を苛んでいた暗い迷いが、すっと晴れていった。
シグルは胸元のペンダントを強く握り直すと、まっすぐな瞳で力強く頭を下げた。
「……はい! よろしくお願いします! ぜひ、僕を一緒に連れていってください!」
「よし、いい返事だ!」
ボルクがシグルの肩をバシッと力強く叩き、レオンが爽やかに頷く。
「決まりだね。出発は明日の早朝、東門だ。しっかり準備を整えておいてくれよ」
頼もしい先輩たちの背中を見送りながら、シグルは自分の両手を見つめた。
父の死の真相を追う旅。フィナンと培った実戦の剣と、家族の絆、そして頼もしい仲間たち。
シグルは胸を張り、父の遺志と己の未来が待つ「北の国境街ノルドマルク」へ向けて、力強い第一歩を踏み出したのだった。
(第6話・完)