アルト・ランゲートの苦難
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あらすじ
西の大陸の平和を守るため、港町エル・ドラドを後にしたSSS級パーティ『真実の天秤』。 次なる目的地である不夜の鉱山都市【ゴルゴン・グラン】を目指し、彼らは険しい山岳地帯へと足を踏み入れる。 しかし、そこは「一筋縄ではいかないトラブル」のオンパレードだった! 道中で待ち受ける難解な関所の検問(?)や、己の体幹を鍛えるために挑んだ霊峰の滝行で早くも炸裂する、お約束の大惨事――。 シリアスな世界観と、容赦ないギャグの嵐がハイテンションで交錯する! 大罪の影が忍び寄る緊迫の道中でありながら、今日も今日とてリーダー・アルトの胃袋は限界突破のサイレンを鳴らし続ける。 果たして彼らは、無事に鉱山都市へとたどり着くことができるのか? ポンコツで愛すべき最強パーティが織りなす、爆笑必至の異世界ファンタジー第3章、いざ開幕!
本文
第6話 フレイル素振りの惨劇と、鍵屋親方の怒号
「俺の作品を侮辱しやがってぇぇぇっ! 弁償しろ! いや、その前にそのナマクラ斧ごと叩き折ってやる!!」
鍛冶屋兼・鍵職人のガルド親方が吐き出した怒号は、宿屋『月光亭』の薄い天井を震わせ、朝の静かな一階食堂を一瞬で戦場へと変え破裂させた。
金槌をぶんぶんと振り回すガルド親方と、巨大な斧を担いで「ガハハ! 俺の八烈斧がナマクラだと!? 面白い、どちらの鉄が本物か試してみるか!」と目を輝かせるバルダー。二人の巨体がぶつかり合い、テーブルのスープが派手に波打った。
「待てバルダー、煽るな!! 親方、どうか落ち着いてください! 弁償なら……弁償ならギルドの報酬から引かれた分で……って、もう一銭も残ってねぇんだよ畜生!!」
俺——アルト・ランゲートは、倒れかけた椅子を蹴り飛ばしながら二人の間に命がけで割り込んだ。
だが、頭に血が上ったドワーフの頑固親方と、戦闘欲の塊である脳筋戦士を言葉だけで止められるはずもない。ガルド親方が「邪魔だ退いていろ小僧!」と振り回した金槌の風圧が俺の頬をかすめ、バルダーが「ガハハ! 武器職人の意地とやらに応えてやる!」と腰の斧を引き抜こうとする。
「アルト様!!」
毛布を被って震えていたミゼラが悲鳴を上げた。
「これ以上、宿屋の建物を壊されたら、今夜から私たちが路上生活になってしまいますぅぅっ!」
「そこかよ!? いや、正論だけど!!」
俺は間一髪でバルダーの腕にしがみつき、体重をかけて引き剥がそうとした。
「ガルド親方! 扉を壊したのはこいつの無知と暴走です! 鍵の技術を愚弄したわけじゃないんです! 頼むからここで街ごと吹き飛ばすような喧嘩はやめてくれ!!」
「知るかぁっ! 男のプライドの問題だ! この丸太ん棒を叩き折らんと気が済まん!!」
「ガハハハ! 叩き折れるものなら折ってみろい!」
バルダーがガルド親方の胸元を掴み、ガルド親方がバルダーの髭を引っ張る。 巨漢二人の揉み合いは、そのまま宿屋のドアを突き破り、朝日が眩しく照らし始める街の中央広場へと雪崩れ込んでいった。
「あぁっ! 月光亭のドアがまた壊れたぁぁぁっ!!」
俺は絶望に頭を抱えながら、路地裏へとなだれ込む二人を追って飛び出した。
「カゲツ! リン! 二人を止めるぞ! 手を貸せ!」
「御意に……! これ以上、街の安寧を乱させはせん……じゃけぇ!」
「語尾を混ざらせながら追ってくるな! とにかく二人を引き離すんだ!」
朝の爽やかな静寂は一瞬で吹き飛び、王都の下町は「巨大なドワーフ」と「大斧を担いだ狂戦士」による空前絶後の大捕物劇の舞台と化したのだった。
◇
「待てぇぇぇっ! 逃げるなバルダー!!」 「ガハハハ! 逃げてなどおらん、広い場所へ移動しただけだ! 来い親父、鍛冶屋の金槌と戦士の斧、どちらが強いか勝負だ!」
広場を激走する二人の足音は、まるで地響きだった。 路面店の露店が揺れ、並べられたリンゴやパンがコロコロと転がり落ちる。店主たちが「おい何事だ!?」「またあの赤き黄金亭のポンコツどもか!?」と悲鳴を上げて避難していく。
「誰がポンコツだ誰が!!」
俺は必死に息を切らしながら二人の後を追いかけていた。
体感時間を引き延ばす『クロノ・ブースト』を脚に集中させ、加速してバルダーの前に回り込もうとするが、奴の無駄にでかい体躯が放つ圧迫感と、怒り狂うガルド親方の金槌の軌道が危険すぎて安易に近づけない。
「アルト殿! 拙者が忍びの縄術で……!」
カゲツが懐から取り出した捕縄を投げつけようとしたが、興奮したバルダーが振るった手が偶然縄を弾き飛ばし、後ろを走っていたリンの顔面に直撃した。
「ふぎゃっ!? な、なにをするのですかカゲツ様ぁ!」 「あ、すまん……手元が狂った……にゃ!」
「お前ら役に立たねぇぇぇっ!!」
俺が叫んだその時だった。
「アルト様ぁぁぁっ! 私も……私もお手伝いしますぅぅっ!」
後ろから、何か重厚な金属音が響いてきた。
振り返った俺の視界に入ったのは、息を荒らしながら走ってくるミゼラの姿だった。 先ほどの下着全開事故から着替えたらしく、今度はしっかりとした聖職者の法衣を身にまとっている。
……だが、彼女の両手には、およそ聖女には似つかわしくない物騒極まりない兵器が握られていた。
それは、太い鉄鎖の先に、トゲ付きの巨大な鉄球が取り付けられた打撃武器——『フレイル』だった。
「な……なんでそんなもの持ってるんだミゼラ!?」
「さっきの特訓の反省を生かして……! 脚力が駄目なら、遠距離からの打撃術でバルダーさんを押し留めようかと……っ! 宿屋の備品庫に眠っていたのをお借りしてきましたぁっ!」
「返してこい今すぐ!! それはお前が扱っていい代物じゃない!!」
俺の静止の叫びは、彼女の情熱の耳には届かなかった。
「見ていてくださいアルト様! 私だって、やるときはやるんですぅぅっ!!」
ミゼラは広場の中心で大きく両足を広げ、仁王立ちになった。 そして、重さ十キロはあろうかというトゲ付き鉄球を、頭上高くでグルグルと回し始めた。
ブォン……ブォン……ブォン……!
風を切る不穏な重低音が広場に響き渡る。 鉄球の遠心力が増すごとに、ミゼラのか細い腕が痛々しく引き絞られ、彼女の体が振り回され始めた。
「ひやあぁぁぁっ!? 重いです! 想像以上に引っ張られますぅぅっ! 止められませんんんっ!」
「だから言ったろバカ野郎!! さっさと手放せ!!」
「手放したら誰かに当たっちゃいますぅぅぅっ!」
ミゼラは涙目で叫びながら、旋回する鉄球の勢いに逆らえず、まるでフィギュアスケートの選手のようにその場で高速回転を始めた。
ブォォォン! ブォォォン!!
「危険だ! 全員伏せろ!!」
俺はカゲツとリンの首根っこを掴んで地面に転がり込んだ。
ミゼラの回転スピードは増す一方だった。彼女の華奢な体が、鉄球という凶悪な質量に振り回され、独楽(こま)のようにぐるぐると回り続ける。
そして——悲劇は、最大遠心力に達したその瞬間に訪れた。
パツンッ……!!
乾いた、嫌な音が広場に響いた。
ミゼラが着用していた聖職者用の法衣。その肩口を固定していた頑丈な留め具と肩ひもが、鉄球の猛烈な遠心力と引きちぎられるような負荷に耐え切れず、一気に弾け飛んだのだ。
「え……?」
ミゼラの動きが止まった。
肩ひもを失った法衣の上半身が、重力に従ってハラリと滑り落ちる。 朝日が眩しく差し込む広場の中央で、彼女のまぶしいほどに白い肩口、そして豊満な胸元を包む繊細な下着のレースが、隠すものもなく露わになった。
「あ……あ……」
ミゼラは自分の胸元を見下ろし、顔を果実のように真っ赤に染めた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
限界を迎えた聖女の絶叫が炸裂した。
恐怖と羞恥心が頂点に達した彼女は、あろうことか、回し続けていたフレイルの手縄を自分の真上に向かって力任せに放り投げてしまったのだ。
「あ」
俺の口から、間抜けた声が漏れた。
空高く放り投げられた十キロのトゲ付き鉄球。 それは綺麗な放物線を描き——グラビティ(重力)の法則に忠実に、真下にいるミゼラの脳天を目がけて一直線に落ちてきた。
ゴツッ!!!!
「ふぎゅっ……!?」
鈍い音とともに、鉄球がミゼラの頭直撃——ではなく、間一髪で彼女が掲げた腕の小手(鉄製)に激突した。
衝撃でミゼラは白目を剥き、そのまま「どてん」と豪快に仰向けにひっくり返った。 はだけた法衣、開いた胸元、そして頭の上に綺麗なタンコブを作った状態で、ピクピクと痙攣しながら沈黙する聖女。
「……ミゼラーーーーっ!?」
◇
「……見ない。俺は何も見ていない」
俺は固く目を閉じ、明後日の方向を向きながら、自分が着ていた薄手の革ジャンパーを脱ぎ捨てるようにしてミゼラの上に被せた。
「うぅ……アルト様ぁ……。胸が……胸が寒いですぅ……」
「寒くしてるのはお前だ! 頼むから静かに寝ててくれ!」
タンコブを押さえて涙を流すミゼラに上着をしっかり巻き付け、視界から彼女の毒々しいまでの露出をシャットアウトする。
だが、これで事態が収拾したわけでは断じてなかった。
「ガハハハ! 観念しろガルドの親父! 俺の勝ちだ!」 「ふざけるなバカ力! まだ勝負はついておらん!!」
広場の一角では、ミゼラの自爆劇など露知らず、バルダーとガルド親方が取っ組み合いの喧嘩を続けていた。ガルド親方はバルダーの腰布を引っ張り、バルダーはガルド親方の頭を鷲掴みにして持ち上げている。
周りには野次馬が集まり始め、「いけー! 鍛冶屋の親方!」「負けるな冒険者!」と呑気な歓声まで上がり始めていた。
「ハァ……ハァ……」
俺はハーブティーの包みと特製胃薬の苦味を思い出し、深く、深く息を吐き出した。
(もうダメだ……俺の胃が持たない……)
だが、ここで俺が投げ出せば、明日にはバルダーがギルドから永久追放され、俺たちは街の修理費の莫大な借金を背負って破滅する。
俺は腹を括った。
腰のポーチから、トリア薬局で買った『竜の胆汁入り超極苦胃薬』の予備の小瓶を取り出す。 そして、その蓋を握り潰す勢いで開けると、残っていた黒い液体を一気に口の中へ放り込んだ。
「ぐわあああぁぁぁぁぁっっっ!!! 苦ぇぇぇぇぇっ!!!」
強烈な苦味が脳幹を直接殴りつける。 激痛と激苦によって、アドレナリンが異常分泌され、頭の中の雑念がすべて吹き飛んだ。視界が研ぎ澄まされ、世界の動きがゆるやかに見え始める。
「覚悟しろよお前らぁぁぁぁっ!!」
俺は凄まじい速度で二人に向かって突進した。
時空魔法『クロノ・ブースト』全開。 バルダーの巨体とガルド親方の隙間に割り込み、二人の関節の急所に目掛けて、魔法で強化した掌底を同時に叩き込んだ。
パァンッ!!
「ぐおっ!?」 「ぬはっ!?」
不意を突かれた二人は、呼吸を詰まらせて同時にその場に膝をついた。
「ハァ……ハァ……! 聞け二人とも!」
俺は二人を見下ろし、血走った目で叫んだ。
「親方! バルダーが扉を壊したのは事実です! 弁償金は俺たちが……俺が責任を持って、次の依頼の報酬から必ず支払います! だから今は矛を収めてください!」
「ぐ……ぬぬ……小僧、お前がそこまで言うなら……だが、金だけじゃ済まんぞ! あの扉の鍵構造の価値を、この筋骨バカに頭を下げて認めさせろ!」
「分かった! バルダー、頭を下げろ!」
「なに!? なぜ俺が——」
「下げろぉぉぉっ!!」
俺の鬼気迫る相貌に気圧されたのか、バルダーは珍しく「ぐぬぬ」と唸りながら、ガルド親方に向かって不承不承に頭を下げた。
「……すまんかったな、親父。お前の扉は……まあ、割るのに少し手応えがあったぞ」
「少しだと!? この野郎……まあいい! 小僧の顔に免じて、今日のところはこれで勘弁してやる! 弁償金は一銅貨たりともまからんからな!」
ガルド親方は捨て台詞を吐き、金槌を担いでぷいと背を向けて去っていった。
◇
「……ふぅ」
静まり返った広場で、俺は膝から崩れ落ちた。
地面に突っ伏し、荒い息を吐き出す。 全身の筋肉が悲鳴を上げ、口の中には未だに死ぬほど苦い胃薬の味が残っていた。
「助かりました……アルト殿……」 カゲツが駆け寄ってきて、俺の肩を抱き起こしてくれる。
「アルト様、お見事な仲裁でしたわ!」 リンも拍手を送ってくる。
だが、俺の心は一向に晴れなかった。
ふと横を見れば、俺の上着に包まれたミゼラが、タンコブを冷やしながら涙目でこちらを見つめていた。
「アルト様……私、また……足を引っ張ってしまいましたぅ……」
「……いいよ、ミゼラ。無事だったなら……それで……」
「でも……私、絶対に諦めません!」
ミゼラは上着の裾をギュッと握り締め、力強く立ち上がった。その瞳には、敗北のショックを乗り越えた(あるいは反省していない)新たな決意の光が宿っていた。
「身体を動かす特訓がダメなら、次は『精神力』です! 精神を研ぎ澄ませば、きっと魔法の精度も上がり、ミスのない聖女になれるはずですぅ!」
「……精神力?」
嫌な予感が、俺の背筋を冷たく撫で上げていった。
「はい! 明日は静かな場所で『瞑想』の特訓をします! 心を無にすれば、絶対にハプニングなんて起きませんから!」
ミゼラは可愛らしく胸を張ってみせたが、その言葉を信じられる要素はどこにもなかった。
「……ハハ」
俺は乾いた笑いを漏らし、空を見上げた。
秋の澄み切った青空が広がっている。 明日もきっと、胃薬が手放せない一日になるのだろう。俺はそっと懐の空になった薬瓶を撫で下ろし、深いため息を吐いたのだった。