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第十四話 受け取るための剣

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/11/6 📚 シリーズ: Reincarnation -Record of memories- 📝 8,978文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

遺した記録、貴方の記憶、その手で全て解き明かして。

本文

翌朝。

シェイン王国の訓練場には、いつもより少ない人数しかいなかった。

リトルヴァルキリーたちは休養日。

昨日の大会で大きく消耗したノア、ミア、ユナは、ロイドの命令で訓練場への立ち入りすら制限されていた。

ミアは最後まで抵抗したらしい。

「勝った次の日こそ鍛えるべきだ!」

そう叫んだ直後、ユナに「歩けないのに?」と言われ、沈黙したという。

ノアは素直に休んでいるらしい。

ただ、休んでいる間も魔力制御の感覚を忘れないように、ロイドから「魔法灯一つだけを十分間安定して光らせる」という軽い課題を渡されていた。

トーマは、その話を聞いて少し笑った。

ノアらしい。

怖がりながらも、きっと真面目にやるのだろう。

だが、トーマに休みはなかった。

訓練場の中央。

トーマは木剣を握り、ソルと向かい合っていた。

横にはロイド。

少し離れた場所にはレナ。

レナはなぜか準備運動をしている。

「レナ、今日はあなたが主役ではありません」

ロイドが言う。

「分かってる!」

「ではなぜ全力で肩を回しているのですか」

「いつでも走れるように!」

「今日は走らない訓練です」

「えっ」

レナは本気で驚いた顔をした。

「走らない訓練なんてあるのか?」

「あります」

「世界は広いな……」

トーマは木剣を肩に乗せながら呟いた。

「レナは毎日楽しそうだな」

「楽しいぞ!」

「羨ましい」

「トーマも楽しく走ればいい!」

「解決方法が全部走るなんだな」

ロイドが咳払いをした。

「始めます」

空気が少し締まる。

ソルは静かに木剣を構えた。

「今日の訓練は、攻撃ではない」

「守りか?」

トーマが問う。

「違う。受け取る訓練だ」

「受け取る?」

トーマは眉を寄せる。

ロイドが説明する。

「昨日、あなたはリトルヴァルキリーたちの戦いを見て、連携の重要性を学びました。特に、仲間が作った一手を次に繋げること」

「ああ」

「ですが、あなた自身はまだそれが苦手です」

否定できなかった。

トーマは、敵が来れば前に出る。

危険を見れば自分で止めようとする。

誰かに任せることは少し覚えたが、それを戦闘の中で自然に使えるかと言えば怪しい。

ソルが言う。

「お前は、一人で完結しようとする」

「……そうかもしれない」

「だから、今日は誰かの動きに合わせる。誰かが作った隙を使う。誰かが残した一手を拾う」

レナが目を輝かせる。

「つまり、私が隙を作るんだな!」

ロイドが頷く。

「はい。あなたには敵役兼補助役をやってもらいます」

「補助!」

「ただし、勢いだけで突っ込むのは禁止です」

「難しい!」

「でしょうね」

トーマはレナを見る。

「大丈夫なのか?」

レナは胸を張った。

「たぶん!」

ロイドが静かに言う。

「だから不安なのです」

ソルが木剣を下ろし、訓練内容を説明した。

「最初は簡単だ。私が敵役。レナがお前の味方役。レナが私の動きを一瞬止める。お前はその一瞬を使って攻撃する」

「レナが止める?」

「止めるといっても、完全ではない。進路を塞ぐ、視線を奪う、間合いをずらす。それだけでいい」

ロイドが続ける。

「あなたはその“わずかな変化”を見て動いてください。自分だけで突破しようとしないこと」

トーマは木剣を握り直した。

「分かった」

「では、始めます」

合図と同時に、ソルが動いた。

速い。

トーマは反射的に構える。

その瞬間、横からレナが飛び込んだ。

「行くぞ!」

「叫ばないでください!」

ロイドの注意が飛ぶ。

だが、レナの動きそのものは鋭かった。

ソルの進路へ、木剣を横から差し込む。

攻撃ではない。

ソルの踏み込みを半歩ずらすための動き。

ソルはわずかに足を変えた。

ほんの一瞬。

隙と呼ぶには小さすぎる変化。

トーマはそれを見た。

だが、体は動かなかった。

自分で攻める時の隙なら分かる。

だが、他人が作った隙をどう使うか。

一瞬迷った。

その迷いの間に、ソルの木剣がトーマの肩を打った。

「ぐっ」

軽い打撃。

だが、完全に負けだった。

ソルは静かに言う。

「遅い」

「分かってる」

「見えていたか」

「見えてはいた。でも、動けなかった」

ロイドが記録する。

「見てから考えていますね」

「考えちゃ駄目なのか?」

「考えるのは必要です。しかし、戦闘中の一瞬は短い。味方の作った隙を見てから考えていては遅れます。事前に“どう受け取るか”を決めておく必要があります」

レナが頷く。

「つまり、私がこうやったら、トーマはこう! みたいなやつだな!」

「その通りです」

「おお、当たった!」

ロイドが少し驚いたように見る。

「今の理解は正しいです」

レナは得意げに笑った。

「私もたまには頭を使う!」

「たまにでは困ります」

トーマは肩を回した。

「もう一回頼む」

ソルが頷く。

二回目。

ソルが踏み込む。

レナが横から進路を塞ぐ。

今度はトーマも事前に決めていた。

レナが右から止めるなら、自分は左へ踏み込む。

動いた。

だが、動きが大きすぎた。

ソルはそれを読んで、木剣の柄でトーマの腹を軽く突いた。

「ぐっ……!」

「単純」

ソルが言う。

「受け取ることと、相手に読まれることは違う」

ロイドが補足する。

「レナの動きを見て、あなたの動きが固定されすぎています。連携は型ですが、型に閉じ込められると読まれます」

「難しいな」

「はい」

レナが腕を組む。

「じゃあ、私がもっとすごい動きをすればいいのか?」

「違います」

「違った!」

トーマは息を整える。

「でも、少し分かった気がする」

ソルが問う。

「何が」

「昨日のノアたちは、最初から完璧な形があったわけじゃない。相手に合わせて、その場で変えてた」

「そうだ」

「だから、レナが作った隙をそのまま使うだけじゃなくて、そこから自分でも変える必要がある」

ソルの目がわずかに細くなる。

「いい」

短い褒め言葉。

トーマは木剣を構え直す。

「もう一回」

三回目。

ソルが来る。

レナが横から入る。

トーマは動く。

今度は左へ大きく踏み込まない。

小さく半歩。

ソルの視線がトーマを追う。

その瞬間、トーマは木剣を振るのではなく、足元を狙うように低く構えた。

攻撃の気配だけを見せる。

ソルの重心がわずかに下がる。

そこへ、レナがもう一歩踏み込んだ。

「おりゃ!」

レナの木剣がソルの剣を軽く弾く。

完全には崩せない。

だが、剣先が上がる。

トーマはそこを狙って踏み込んだ。

木剣の先が、ソルの腕へ向かう。

届く。

そう思った瞬間、ソルは半身を引いた。

トーマの木剣は空を切る。

だが、完全な失敗ではない。

ソルの動きが、今までより大きくなった。

「止め」

ソルが言った。

トーマは息を吐く。

「当たらなかった」

「だが、動かした」

ソルは静かに頷く。

「今のは悪くない」

レナが両手を上げる。

「やったな、トーマ!」

ロイドも記録を見ながら言う。

「今のは初めて“味方の一手を利用して自分の選択を変えた”動きでした」

トーマは自分の手を見た。

ほんの少し。

だが、何かが掴めた気がした。

誰かが作った一手を、そのまま受け取るだけではない。

受け取り、自分の意志で次の形へ変える。

「……これが連携か」

ソルが答える。

「入口だ」

「入口か」

「まだまだ先は長い」

トーマは笑った。

「分かりやすいな」

レナが元気よく言う。

「じゃあもっとやろう!」

ロイドが止める。

「休憩を挟みます」

「今いいところなのに!」

「いいところだから休むのです。疲労した状態で雑に続けると、悪い癖がつきます」

レナは悔しそうにする。

「ロイドはいつも正しいことを言う!」

「不満そうですね」

「不満だ!」

「正直でよろしい」

トーマは訓練場の端へ向かい、水を飲んだ。

その時、腰の剣が微かに震えた。

昨日の夜ほど強くはない。

だが、確かな反応。

トーマは剣に手を触れる。

一瞬、また映像がよぎった。

崩れた塔。

血に濡れた手。

誰かが叫ぶ。

――トーマ!

今度は、その声の主の輪郭が少しだけ見えた。

長い髪。

白い服。

倒れた誰かを抱えている。

顔は見えない。

だが、その声には怒りと悲しみが混ざっていた。

次の瞬間、映像は消えた。

「……っ」

トーマは膝に手をつく。

レナがすぐに気づいた。

「トーマ?」

ソルとロイドも駆け寄る。

「どうしました」

ロイドの声は冷静だが、鋭い。

「また、見えた」

トーマは息を整えながら言う。

「昨日と同じ場所だ。崩れた塔。血。誰かが俺を呼んでた」

ソルの表情が険しくなる。

「剣の反応か」

「ああ」

ロイドがすぐに記録を取る。

「訓練直後に発生。内容は前回と類似。記憶断片の連続性あり」

レナは心配そうにトーマを覗き込む。

「大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「本当か?」

「たぶん」

ロイドがじっと見る。

トーマは言い直した。

「……大丈夫だ」

「よろしい」

ソルは剣を見る。

「連携を学んだ直後に反応した」

「関係あると思うか?」

「あるかもしれない」

ソルは静かに言う。

「お前の記憶には、一人ではない戦いが関係しているのかもしれない」

一人で行くな。

誰かの叫び。

崩れた塔。

血。

トーマは唇を噛む。

自分は誰かを置いていったのか。

誰かと戦ったのか。

それとも、誰かを守れなかったのか。

「焦るな」

ソルが言った。

トーマは顔を上げる。

「でも」

「焦って剣を抜けば、ロイの言った通りになるかもしれない。自分から戻れなくなる」

トーマは黙った。

剣を抜きたい衝動は、確かにある。

この剣を抜けば、もっと多くの記憶が見えるかもしれない。

自分が何者か分かるかもしれない。

だが、それは危険だ。

まだ早い。

「……分かってる」

トーマは剣から手を離した。

「抜かない」

ロイドが少しだけ安心したように息を吐いた。

レナもほっとした顔をする。

「よし! なら水飲め!」

「急だな」

「大事だぞ!」

「確かに」

トーマは水を飲み、深く息を吐いた。

空は晴れている。

昨日の大会の熱が、まだどこかに残っているようだった。

だが、トーマの胸の奥には別の熱があった。

記憶に近づいている。

それは怖い。

けれど、もう後戻りはできない。

⸻

同じ頃。

シェイン王国の医務室。

ノアは小さな魔法灯を前に座っていた。

休養日とはいえ、完全に寝ているだけでは落ち着かない。

ロイドから渡された課題。

「魔法灯一つを、十分間安定して光らせること」

ノアはそれを真面目に実行していた。

魔法灯は淡く光っている。

強すぎず、弱すぎず。

大会前なら、これだけでも難しかった。

だが今は、少しだけ感覚が分かる。

大きな力をそのまま出すのではなく、細く、静かに、必要な分だけ流す。

「……怖くない」

ノアは小さく呟く。

完全に怖くなくなったわけではない。

でも、手の中の魔力は暴れていなかった。

自分のものとして、そこにある。

扉が開いた。

ユナが入ってくる。

腕にはまだ軽い包帯が巻かれている。

「ノア、休んでる?」

「休んでるよ」

ユナは魔法灯を見る。

「課題してる」

「これは軽いやつだから」

「真面目」

ノアは少し笑った。

「ユナこそ、腕は大丈夫?」

「重い。でも大丈夫」

「無理しないでね」

「ノアも」

二人はしばらく黙っていた。

医務室の窓からは、訓練場が少しだけ見える。

遠くでトーマたちが訓練している姿が見えた。

ノアはそれを眺める。

「トーマ、訓練してる」

「昨日出てないから」

「でも、見て疲れたって言ってた」

「それは少し分かる」

ユナは椅子に座る。

「見てる方が怖い時もある」

ノアは頷いた。

「トーマもそうだったのかな」

「たぶん」

ノアは魔法灯の光を見つめる。

「私、少しだけ分かった気がするの」

「何を?」

「自分の力が怖いって気持ちは、消えない。でも、誰のために使うかを自分で決めたら、少し怖くなくなる」

ユナは静かに聞いていた。

ノアは続ける。

「セイレンさんは、大人に都合よく名前をつけられるって言った。でも、私は……私の力の名前を、自分で決めたい」

ユナの目が少しだけ柔らかくなる。

「いいと思う」

「ユナは?」

「何?」

「ユナの力は、何のため?」

ユナは自分の包帯を見た。

昨日、ルチアの一撃を受け止めた腕。

「繋ぐため」

短い答えだった。

「ミアが前に行きすぎないように。ノアが一人で抱えすぎないように。相手の動きと味方の動きを繋げるため」

ノアは微笑んだ。

「ユナらしい」

「そう?」

「うん」

その時、廊下から大きな足音が聞こえた。

ばたばたばた。

扉が開く。

ミアが顔を出した。

「二人ともここにいたのか!」

ユナが眉を寄せる。

「寝てなきゃ駄目」

「寝てた! 起きた!」

「それは休養が終わったことにはならない」

ミアは気にせず中に入ってきた。

足を少し引きずっている。

ノアが心配する。

「ミア、足は?」

「痛い!」

「じゃあ歩いちゃ駄目だよ」

「でも暇だった!」

ユナがため息をつく。

「ミアらしい」

ミアは二人の間に座った。

「何の話してたんだ?」

ノアは少し考えてから答える。

「自分の力を、何のために使うか」

「おお、難しい話だな!」

「ミアは?」

ユナが聞く。

「ミアの力は何のため?」

ミアは少しも迷わなかった。

「前に出るため!」

ユナは額に手を当てた。

「そのまま」

「だって、私が前に出たら二人が後ろで動けるだろ?」

ノアとユナは、同時にミアを見た。

ミアは少し照れくさそうに鼻をこする。

「私、細かいことは苦手だ。でも、怖い相手が前にいたら、私が最初に行く。それでユナが考える時間ができる。ノアが守る場所を見つけられる。なら、それでいい」

ユナは黙った。

ノアも黙った。

ミアは少し不安そうにする。

「あれ、変なこと言ったか?」

ユナは首を振る。

「言ってない」

ノアも笑った。

「ミアらしいけど、すごくいいと思う」

ミアはぱっと笑った。

「だろ!」

三人の間に、静かな光が灯った。

魔法灯の光は、相変わらず安定している。

ノアはそれを見て、小さく思った。

自分の力の名前。

それはまだ分からない。

でも、少なくとも今は。

ミアを前へ進ませるため。

ユナと繋がるため。

トーマにちゃんと見てもらえる自分でいるため。

そのために使いたい。

⸻

訓練場では、休憩を終えたトーマが再び木剣を構えていた。

ソルが向かい、レナが横。

ロイドが合図を出す。

「再開」

今度は、ソルがすぐには動かなかった。

代わりに、レナがトーマの前に立つ。

「今度は私が先に行く!」

「味方役だよな?」

「味方だ!」

「なら頼む」

その言葉に、レナは嬉しそうに笑った。

「任せろ!」

レナが走る。

ソルへ向かって。

まっすぐ。

本当にまっすぐ。

ロイドが小さく呟く。

「もう少し工夫を……」

だが、ソルはその突撃に対応するため、わずかに剣を上げた。

レナの速さは単純だが、無視できない。

そこにトーマは合わせた。

レナの背後から出る。

だが、同じ軌道ではない。

レナの直線を盾にして、斜めから入る。

ソルの視線が一瞬、レナとトーマの間で揺れた。

そこへ、トーマが木剣を振る。

ソルは受ける。

だが、今度はトーマがすぐに引いた。

攻め切らない。

その隙に、レナが横から入る。

ソルの木剣がレナを弾く。

トーマはその反動を見て、もう一度踏み込んだ。

木剣の先が、ソルの袖をかすめた。

ほんの少し。

だが、初めて触れた。

「止め」

ソルの声。

トーマは息を吐いた。

レナは目を輝かせる。

「当たった! 今、当たったよな!?」

ロイドが記録を確認する。

「袖に接触。判定上は有効ではありませんが、明確な前進です」

レナは両手を上げた。

「やったぞ!」

トーマも小さく笑った。

「レナのおかげだ」

その一言で、レナは固まった。

「……私の?」

「ああ。レナが前に出てくれたから、ソルの視線が動いた」

レナの顔がぱっと明るくなる。

「そうか! 私、役に立ったか!」

「かなり」

「ロイド! 聞いたか!」

「聞いています。よかったですね」

「よかった!」

レナは本気で嬉しそうだった。

ソルはトーマを見ている。

「今の感覚を忘れるな」

「ああ」

「お前一人では、私に触れなかった」

「分かってる」

「それを悔しがるな」

トーマはソルを見る。

「悔しがるな?」

「一人で届かないことを恥と思うな。誰かと届いたなら、それもお前の力だ」

その言葉に、トーマの胸が熱くなる。

誰かと届いたなら、それも自分の力。

昨日のノアたちの戦い。

そして今の自分。

それらが繋がった気がした。

腰の剣が、静かに震える。

だが、今度は映像は来なかった。

ただ、鞘の紋様が一瞬だけ淡く光り、すぐに消える。

ロイドが気づいた。

「また反応」

トーマは剣に触れる。

「でも、嫌な感じはしない」

ソルが頷く。

「剣も、お前の変化を見ているのかもしれない」

レナが首を傾げる。

「剣が見るのか?」

「比喩です」

「ひゆ?」

ロイドが説明しようとしたが、少し考えてやめた。

「後で説明します」

「今じゃないのか!」

「今ではありません」

トーマは笑った。

その時、訓練場の入口に一人の兵士が現れた。

「ロイド様!」

緊張した声。

ロイドの表情が変わる。

「何事ですか」

兵士は封書を差し出した。

「テリア王国より、追加の連絡です。至急確認を、と」

テリア。

その言葉で、場の空気が変わった。

ロイドは封書を受け取り、封蝋を確認する。

テリア女王の正式な紋章。

彼女は封を切り、内容を読む。

一行目で、眉が動いた。

「……これは」

ソルが問う。

「何だ」

ロイドは顔を上げた。

「テリア女王陛下が、近日中にシェイン王国へ来訪されるとのことです」

トーマは目を細める。

「テリア女王が、ここに?」

「はい」

ロイドは続きを読んだ。

「目的は二つ。忘却の剣の調査協力。そして、ノアの魔力制御に関する助言」

レナが首を傾げる。

「ノアに?」

トーマの胸に、不安が生まれる。

ノアの魔力。

テリア女王。

セイレンの過去。

「それ、大丈夫なのか」

トーマの声は自然と低くなった。

ロイドは封書を見つめる。

「危険とは限りません。テリア女王陛下の魔力研究と結界技術は三国随一です。ノアにとって有益な助言を得られる可能性は高い」

「でも」

ソルが続ける。

「セイレンの件がある」

ロイドは頷いた。

「はい」

沈黙。

テリア女王はセイレンを娘だと言った。

だが、セイレンは自分を器として扱われたと憎んでいる。

そして今、テリア女王はノアの魔力に興味を示している。

同じ過ちを繰り返さないと言っていた。

だが、それを完全に信じていいのか。

トーマには分からなかった。

「トーマ」

ソルが言う。

「勝手に警戒して噛みつくな」

「まだ何も言ってない」

「顔に出ている」

「そんなにか?」

「かなり」

ロイドも頷いた。

「かなり」

レナも元気に頷く。

「かなり!」

トーマは少しだけ肩を落とした。

「気をつける」

ソルは静かに言った。

「警戒は必要だ。だが、敵と決めつけるな」

「分かってる」

「本当に?」

「……たぶん」

三人の視線が刺さる。

トーマは言い直した。

「分かってる」

ロイドは封書を畳む。

「来訪日は三日後。こちらも準備が必要です」

三日後。

テリア女王がシェインへ来る。

忘却の剣と、ノアの魔力。

二つの危ういものが、また一つの場所に集まろうとしていた。

⸻

その夜。

テリア王国の研究塔。

テリア女王は机の上に広げた古い文献を見つめていた。

忘却の剣。

記憶を封じる剣。

世界が覚えてはならぬものを閉じ込める鍵。

持ち主が耐えられぬ過去を肩代わりする器。

その横には、ノアの魔力観測記録が置かれている。

大会で記録された、防御膜の分割展開。

魔力量。

制御の成長。

テリア女王は小さく息を吐いた。

「似ておる」

誰に。

それは言うまでもない。

ゼロ。

英雄。

世界を救った男。

だが、ノアが本当にゼロの子かどうかはまだ分からない。

分からないからこそ、調べたい。

調べたい。

その欲求に、テリア女王は自分で気づいていた。

研究者としての血が騒ぐ。

王としての判断が必要だと囁く。

そして、母としての後悔が、その手を止めようとする。

「……同じことはせぬ」

テリア女王は自分に言い聞かせた。

その時、扉が開いた。

アリスが入ってくる。

「まだ起きてるの?」

「眠れぬ」

「でしょうね」

アリスは机の上の資料を見る。

「ノアの記録?」

「そうじゃ」

「見すぎ」

「分かっておる」

「分かってない顔よ」

テリア女王は苦笑した。

アリスは真剣な顔で言う。

「シェインに行くなら、約束して」

「何をじゃ」

「ノアを研究対象として見ないこと」

テリア女王は黙る。

アリスは続けた。

「助言をするなら、本人のために。シェインのためでも、テリアのためでも、あなたの研究のためでもなく、ノア本人のために」

沈黙。

やがて、テリア女王は静かに頷いた。

「約束する」

「本当に?」

「本当じゃ」

「破ったら?」

テリア女王は少しだけ目を細める。

「お主が止めろ」

アリスは腕を組む。

「言われなくても止めるわよ」

その声に、テリア女王は少し笑った。

「頼もしいのう」

「茶化さないで」

「すまぬ」

テリア女王は窓の外を見る。

「セイレンにも、誰かがこうして止めてくれていればの」

アリスは何も言わなかった。

その後悔は、今さら誰にも戻せない。

だが、次を変えることはできるかもしれない。

⸻

荒野。

紅い旗の下で、セイレンは夜空を見上げていた。

ルークは焚き火のそばで、焦げたパンを見つめている。

「また焦げた」

「火に近すぎるのよ」

「そっか」

ルークは焦げた部分をむしって食べた。

「苦い」

「でしょうね」

セイレンは赤い旗を握る。

遠く、テリア王国の方角から魔力の流れを感じた。

「母上が動く」

ルークが顔を上げる。

「テリア?」

「ええ。シェインへ行くつもりね」

「トーマ?」

「トーマとノア。両方でしょう」

ルークは少しだけ考える。

「止める?」

セイレンはすぐには答えなかった。

夜風が吹く。

紅い旗が揺れる。

「まだ止めない」

「見る?」

「ええ」

セイレンの目が冷たく光る。

「母上が本当に変われるのか。ノアを前にして、研究者ではなく一人の大人でいられるのか」

ルークは首を傾げた。

「変われる?」

セイレンは笑った。

それは冷たい笑みだった。

「人はそう簡単に変わらないわ」

「でも、トーマは変わってる」

その言葉に、セイレンは少し沈黙した。

「……そうね」

ルークは焦げたパンをもう一口食べる。

「ノアも」

「ええ」

「セイレンは?」

風が止まった。

セイレンはルークを見る。

ルークはいつものようにぼんやりしている。

ただ思ったことを言っただけ。

悪意はない。

だからこそ、深く刺さる。

「私は変わらないわ」

セイレンは言った。

「変わる必要がないもの」

ルークは短く答える。

「そっか」

それ以上、何も聞かなかった。

セイレンは夜空を見上げる。

変わらない。

そう言った。

けれど本当にそうなのか。

トーマが変わり始めた。

ノアが力を受け入れ始めた。

テリア女王も、もしかすると何かを変えようとしている。

なら、自分は。

紅い旗が、夜の中で小さく鳴った。

セイレンはその音を聞きながら、静かに目を閉じた。

「見せてもらうわ、母上」

その声には、憎しみだけではない何かが混ざっていた。

まだ名のつかない感情。

それが何なのか、セイレン自身にも分からなかった。

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